25 * とある人々、入手した後を語る
閑話的なお話です。最初の方は初登場。
そして只今家族でコロナ感染中のため、感想等のお返事遅れる可能性あります。ご了承下さい。
―――バミス法国:ウィルハード公爵領領主館―――
オークションで手に入れてから数ヶ月。
妻がまたバッグフックを眺めて笑みを溢した。
直系六センチほどの小さな丸い世界。
青空に浮かぶ雲、湖、山々がその小さな丸い世界に風景画のように見事に表現されている。
これは絵ではない。半透明、透明の天然石や魔石が隙間なく嵌め込まれているのだ。
線のような細いパーツもあれば、砂粒ほどの点のようなパーツもある、これらすべて削り出され研磨されたものなのである。
指で表面を撫でてもその継ぎ目が全く感じられない。つまりそれだけ精巧に研磨され組み合わされているのである。
試しに我が領の職人にやらせてみることにしたのだが。
「これは……」
見せただけで眉間にシワを寄せ、如何に高等な技術を必要とするか一目瞭然だった。
同じものは作れない、何度目かの挑戦で職人がきっぱりと謝罪と共にそう発した。
「これを本当に金物職人が作ったのですか? 信じられません、一流の研磨職人ですら、これほどのものは作れるのかどうかという代物ですよ」
さらに、と職人は続けた。
「このミスリルを加工した金細工職人ですが……側面の模様、どうやって入れたのでしょうか? ミスリルは硬くしかも魔力を殆ど通しません、模様を入れるにはそれ相応の道具が必要ですし性質から細やかな線や点は入れにくいんです。それなのにこれは万年筆で書く線より細い、彫ったり叩いたりしたのではなく、明らかに先端の細いもので線を入れています。魔法付与で強化した道具では魔力を通しませんので不可能ですし、だからといってミスリルより硬い金属で作られた道具があったとしても、これほどきれいに曲線を入れるには身体能力が飛び抜けていなければ出来ないはずです。……一体、どうやっているんでしょうか」
その目はまるで神の御業を見ているような、受け入れがたい現実と直面しているような、職人としてはあまりにも情けない姿だった。
「申し訳、ございません。……私の今の技術ではとても、並ぶ物は……」
作れません、その一言は酷く頼りなく、弱かった。
「この国でもこのような物を作れる職人が近いうちに出てくるかしら」
「さあな。そのうち出てくるんじゃないか?」
「まあ、他人事のようにおっしゃいますのね」
「ははっ、他人事さ」
「何故ですの?」
「幸い私には金がある。買えばいいだけだ」
「随分高慢ですこと。あなたがそのお金で支援なさればそれなりに良い職人が生まれますわよ?」
「それなりに、だろう? そんなことに金をかけるつもりはない。私はな、【彼方からの使い】ジュリ様にかけたい。【スキル】【称号】がない? 魔力がない? それがどうした、なくてもこれ程の物を作れる職人を世に誕生させられる。師弟関係から生まれるのではない、興味と好奇心を目の前の物に、人にぶつけるだけで、生み出す。それがどれほど奇跡的なことか……まるで分かっていない者の何と多いことか。あの大枢機卿ですらあの方への対応を間違っているからな」
「そうなのですか?」
妻が不思議そうに首を傾げた。
「今いる国に蔑ろにされているならば是非我が国で、と迎えようとしているがその時点で間違っている。迎えるだと? 何馬鹿なことを言っているんだと罵ってやりたいよ。居る場所などあの方自らが決めることだ、移りたいとあの方が望むならそれを我らが感謝し受け入れるのだ。困っていたら助ける、それは当然のこと、なのに枢機卿会ときたら……。『助けてあげる、優遇してあげる』という姿勢がいただけない」
「まあ、枢機卿会はそのような態度なのですか?」
「ジュリ様への下賜品にどさくさに紛れるように領地と爵位を書き込んでいたそうだ」
「えっ?」
「断られると分かっていたし、貰ってくれたらあの方の地位がバミスでは確立されると言い訳をしてきたが、その日のうちにきっぱり断られた挙げ句、これ以上のことをするなら付き合い方を考え直すと言われたそうだ」
「んまぁっ、何てことをしてるのかしら!!」
妻が本気で呆れて額を指で抑えて項垂れた。
「だから私は大枢機卿はもちろん、法王から頼まれてもジュリ様に接触する気はない。あの方が望む時、その時に私は動けばいい。そして、あの方の生み出すものをあの方の望む形で買う。そうすれば自ずとあの方は歩み寄って下さるのだ」
妻が大事そうに、両手で持つバッグフックを私は見つめる。
「あの方に必要なのは押し付けがましい優しさではない。あるがままを受け入れる、ただそれだけだ」
妻が穏やかに微笑みながらやはりバッグフックを見つめた。
「そうですわね。……これが世に誕生したのも、ジュリ様が自由にもの作りをし、そして人々が感化され、切磋琢磨し、その過程で恩恵を受けたからこそ。私たちがすべきことは、自由であるがままのジュリ様を受け入れる、助けを求められたらそれに値する人物と認められたことに感謝し、お助けする。【彼方からの使い】とは神から愛され守られるお方……私達が、『して差し上げる』なんて烏滸がましい事を言って良い方ではありませんわね」
「そう、だから私は惜しまず買うのだ。それがあの方と縁の薄い我々が出来る最も正しい感謝の仕方であり、そして許された事だから。できることをしていればいつか然るべき時に、ジュリ様は歩み寄って下さるのだから」
―――ハシェッド伯爵領:領主館―――
ルリアナから荷物が届いた。私達家族に、そしてマーベイン辺境伯爵家の皆様に、と。大きな荷箱四つにもなるそれはククマット伯爵領では定着しつつあるクリスマスプレゼント、として貰ってほしいという手紙が添えられていた。
国境線の争いが落ち着くこの季節、久しぶりにマーベイン辺境伯爵一家を招いてささやかながらもパーティーを催す。
先に開けても良いと書かれていた荷箱には、クリスマスオーナメントと呼ばれる金や銀のアクセントがキラキラとしてとても美しい、緑と赤の飾りが大量に納められていた。他にも色合いを合わせたテーブルクロスやキャンドルホルダーなど、クリスマスパーティーをこれを使って楽しんで欲しいと一目で分かるものが沢山入っていて両親はもちろん妻も子ども達も、そして使用人達までもが目を輝かせどのように飾ろうかと騒がしくなった。
本来のクリスマスの日程からはかなり早い時期のパーティーになってしまったが、マーベイン辺境伯爵家が今後ネルビア首長国と秘密裏に交渉を進める手筈が整いつつあったのでそれを邪魔してはならないということ、なるべく早く荷箱の中をマーベイン辺境伯爵家の人たちに見てもらいたいというルリアナからの要望があったこと、そして凍える寒さに耐え忍ぶ季節を少しでも両家に楽しく過ごして貰いたいというその優しさをありがたく受け取ったからこそ、こうして久しぶりに我がハシェッド家とマーベイン家はささやかながらも穏やかで明るい雰囲気のパーティーを開いた。国からの命令で国境線の防衛拠点に赴いているマーベイン辺境伯爵御本人もこの日くらいはせめてゆっくりしてほしいと少し無理を言って招いている。
「……これ、は……」
「まあ、なんてこと」
マーベイン辺境伯爵夫妻、私やルリアナが『叔父様叔母様』と呼ぶ程幼い頃から良くして下さっている夫婦は、荷箱の中身を見て感嘆の声を溢した。
穀潰し、通称『ボンボン』と名付けられたそれが使用された身の回り品が荷箱から次々取り出され、テーブルに並べられる様を夫妻とその息子夫婦が呆然と眺める。
「小さい物を糸に通して連ねた後に、それを裾や襟、袖に縫い付けたコート、ポンチョ、ボレロにドレス。どうですか? 高価な毛皮と違ってポイント使いしか出来ませんがだからこそいい面もあります。これならどんなものにでも応用が利きますし何より価格がとても抑えられる」
私の説明を聞いているのかどうか分からない。ただ呆然と四人はまだまだ出てくるボンボンを使用した新しい商品を眺める。
「あ、こちらは帽子やマフラー、手袋ですね。あ、これはいい、流石はジュリだ」
説明書きが添えられた小物があった。それは穀潰しで作られた飾り襟だ。マフラーと違い、手持ちのコートなどの襟に重ねるようにして付けられる工夫が施されていると書かれている。その留め具の形が特殊なのでその見本も一緒に入っているのでこのつけ襟と留め具を職人に渡して試作をするといいということも丁寧に書かれていた。
他にはワンポイントとして穀潰しが使われているクラッチバッグやブーツ、ドレスを身につけるときに履く靴もあった。
更に小さなものだとリボンと組み合わせて飾りになったものが付いているカチューシャ、シュシュと呼ばれる髪留めは以前彼女がここに来て即席で作ってくれたアクセサリーに似た新作と共に入っていたのを見て、妻や母は今度知人の茶会に持っていくプレゼントの一つにしようと言い出す程可愛らしいもので、きっと喜ばれるという確信が持てたようだ。
「今年、初の試みで既に捕獲と加工をしましたが……いずれはマーベイン辺境伯爵領に発生する穀潰しをこの領の『ハシェッドボンボン』のようにブランド化しませんか」
私の言葉に四人はハッとした。
「そして、『ネルビアボンボン』を世に送り出す支援が出来る体制を、整えませんか」
グレイセル・クノーマス伯爵と直接縁のある叔父様は、パーティーの和やかな雰囲気から自ら隔絶された世界に飛び込むように一人広間の隅の椅子に腰掛け黙り込み、じっと己の手を見つめたまま動かなくなってしまった。
『両者合意の終戦宣言』
ネルビア国からの侵略に常に抗い耐えてきたマーベイン辺境伯爵家の悲願。
不可能と言われている。
そんなことは、どちらかの国が滅びぬ限り無理だと。
けれど、提案された。
エイジェリン・クノーマス、ルリアナの夫から。
「不可能ではありません。互いに利益を、豊かさを土地ではなく物を生み出すことに移行できたら、必ずそこに活路が見いだせる筈です。マーベイン辺境伯爵家は両国を繋ぐ道の開発やその資金のために領土の一部を売却など、避けては通れないでしょう。しかし、それを乗り越えた時、ネルビアは動きます。必ず良い方向に動きます。あの国はただ豊かな土地を奪還したいだけです、かつて奪われた土地を取り戻し、実りを、豊かさを民に再び与えたいだけなんです。それに匹敵するものをこちらが提示できれば、誠心誠意、その難題に挑む姿勢を、罪を償うと示せば、必ずネルビアは良い方向に動いてくれる、そういう国です。罪を償うということに王家も他の数多の貴族も猛反発するでしょう、しかし、変わらなくては。我々は国を維持するため、国民を守るために、我々が変わらなくてはならない時が迫っています。その時に乗り遅れるわけにはいかないんです」
思えば、そんなことを言い出したのは【彼方からの使い】ジュリさんが召喚されてからだ。明確に、明るい未来を指し示すような確固たる信念が見え隠れするようになった。
「何年かかっても構いません」
私は、何を思い俯き動かなくなってしまったのか分からない叔父様の前に立つ。
「ネルビアとマーベイン辺境伯爵家とハシェッド伯爵家。『ボンボン』を共に産業に押し上げ、物流を、外交を正常化し、停戦協定を結び……平和協定へと繋げましょう。出来るはずです、同じものを共に作り世に送り出し、今度は『産業の良きライバル』として、隣同士時には協力関係を結び、時には競い合い……血で血を洗う、そんな時代を終わらせましょう」
叔父様の手が、震えた。
震えた手が、ゆっくりと顔に向かい、そして覆った。
「出来るの、か……私が、生きている間に、そんな世界を、見ることが、出来るのかっ」
「はい、今までとは違う苦労を強いられます、しかし、それは悪いことではありません。決して、辛い、酷い、そんな苦労ではありません。やりましょう、叔父様。クノーマス家がその気です、疲弊した国そのものを立て直すチャンスにもなるはずだと。……ジュリさんは、戦争を知らない世代なんだそうです」
唐突なその言葉に、叔父様の肩がピクリ、反応した。
「ジュリさんが生まれ、育った国は、戦争をしない国なんだそうです。それが当たり前で、当たり前過ぎて……戦う力がないのに志願兵を集め、その人たちを当然のように戦場に送り込み、そして死んだら悲しい、仕方なかったと、罪悪感に苛まれながらも何度もそれを繰り返す我々の感覚が理解できないのだそうです。理解できないという感覚を、周囲にいる人誰一人として理解してくれない事に、苛立ちを覚えた事が何度もあるそうです。……私は、私の子供たち、そしていつか生まれる孫、その子孫には、ジュリさんと同じ感覚でいられる環境を残したいんです、叔父様、やりましょう」
マーベイン辺境伯爵。
国の防衛の要と言われながら、常に資金繰りに悩まされてきたし周辺の領の対ネルビア策の度重なる失敗によりその尻拭いまでさせられてきた。
何度も、何度も。
公爵家、侯爵家に匹敵する権限と発言が許されているにも関わらず、それを行使する暇などない程国境線問題に神経を尖らせる日々。
「権限など、なんになる」
いつだったか、吐き捨てるように目の前の幼馴染が呟いた事があった。
憎憎しい呟きに成る程にマーベイン辺境伯爵家は苦しんでいた。
それが、変わる。
兆しがある。
「まずは、叔父様」
努めて明るく声を掛けた。
「辺境伯爵領の国境線にいるあちらのスパイの前にこのボンボンの作品を一つ落としてみませんか?」
「……なんだと?」
「春には、武器を持たない使者が接触してくるかもしれませんよ」
「……本気、か?」
「クノーマス伯爵が、ビルダ将軍を助けたそうです」
「!!」
「クノーマス伯爵の思惑は、我々とは違うものでしょう、しかしビルダ将軍を助けた事実は変わりません。辺境伯爵領の国境線にいるスパイの殆どはビルダ将軍傘下ですよね? ……繋がりますよ、そこから。必ず、細くとも、頼りなくとも、必ず、我々と殺し合う以外の繋がりが出来るはずです。何もしないよりはずっといい」
ジュリさん。
あなたはこんな使い方、望まないかもしれない。
けれど、許してほしい。
どうか。
戦いで傷つき失われる命を減らしたい、無くしたい。
そのためにはあなたを利用します。
それがたとえ【選択の自由】という咎を受けることになっても。
―――神界:知の界域―――
「人それぞれ、ね」
『輪廻の雫』は私の手のひらで美しく輝いている。
「ジュリとの縁をどう紡ぐのか。……あるがままを受け入れ待つことで自然に繋がる縁もある、己を犠牲に咎を覚悟で繋げようとする縁もある。嫌いではないわよ、どちらもね」
そして下界を覗き込む。
「まぁまぁ。お前はさっきの二人とは随分違う縁を紡ぐつもりなのね? 駄目ねぇ。……あら?」
【種】が。
「……そう」
【選択の自由】を与えようとしたけれど、思い留まる。
それは、少し先の未来。
ジュリが進む道にそれは落ちている。
【変革する力】で最も至高なるもの。
【思想の変革】。
その【種】が、一粒。
ベイフェルア国に蒔かれる為に。
【思想の変革の種】がジュリの見えぬ気づかぬままに進む道に落とされた。
それを少し先の未来に彼女が拾い、蒔いたとき。
この国の人々、そしてこの者は何を、どう選択するのか。
「……育つと、いいけれど」
憂いを抱えた私の掌では変わらず『輪廻の雫』が清廉な輝きを放っている。
バミス法国の大富豪とルリアナのお兄さん、そして神界からセラスーンが見た者。それぞれ違う考えでジュリに関わろうとしているようにいろんな関わり方があるんだろうな。そんなお話でした。
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