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『ハンドメイド・ジュリ』は今日も大変賑やかです 〜元OLはものづくりで異世界を生き延びます!〜  作者: 斎藤 はるき


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25 * 砂から生まれるもの


 グレイと私の屋敷のとある一室。


 そこは私専用の工房と化している。

 最早この中にあるものはグレイも触らない。全て私の好み、使い勝手で物が配置されているので使用人さんたちも掃除にすら入らない。ここに無遠慮に入って物を触れるのは今のところキリアとフィンくらいで、他の人が入って物を動かすと私が不機嫌になるという理由であのおばちゃんトリオすら避ける。事前にそれを説明されたせいか、初めて入室するロディムとユージンはおっかなびっくりといった感じでゆっくりとした歩調で私達の後に入ってくる。ローツさんとセティアさんは以前入室済みなのでそこまでではないけれどそれでもなるべくぶつかったりしないように気をつけているのは伝わってきた。

「これね、君が欲してる砂」

「あ……」

 ゆらり、そんな表現か相応しい動きだった。引き寄せられるようにガラス瓶に色毎に入れられ並ぶ物を前に立つとそれを無言でただ見つめる。

「本当に不思議な色ですね、我が家にも妹が気に入って買ってきた物がありますが、とても柔らかな色合いなのに、明るく見えて」

「元いた世界ではパステルカラーっていう色合いでね、これは意図的に白を混ぜて淡い色合いにしてあるのよ。ワームの個体によって色はもちろん濃淡の違いもあることが分かってきてるから、これについては討伐後、砂化したのを確認してみないと分からないんだよね。一種の賭けに近くていつでも好きな色が手に入るわけでもないのよ。だからいくつか基準となる色をこうやって保管していてそれを元にお店では色の調整をしてる。今後も新色が発見されるかもしれないからそういう調整とか入手も含めてまだまだ手探りな素材よ」

「そうなんですね。確かにワームの砂化に関してはまだ良くわかっていないことも多いです、不和反応を起こす素材も今のところ無いと言われていますが、死んだあと砂化してしまうため反応する素材に触れる機会がないだけとも言われていますし」

「そうらしいね、まだまだ謎の多い素材で劣化もどれくらいで起こるのか、それも今レフォアさんたちが研究してるしほかの機関でもしてるって話だけど如何せん砂化するせいで武具にならないから真剣に研究されない素材の代表格だったりするみたい。困ったものよ」

 私とロディムがそんな話をしていることもお構いなしで若き駆け出し芸術家はただじっと砂を見つめている。

「……キレイ、だ」

 ポツリ、呟いた彼の目は、まるで恋い焦がれる想い人を見つめるような熱っぽさがあった。


 ……こいつ、芸術が恋人、とか言うタイプかもしれない。


 そんな目だった。













 小瓶にライトエメラルドの砂を少しだけ入れたのを『あげるよ』と渡したら両手でギュッと抱きしめたので、砂を貰ってそんなに嬉しいものなのか、とグレイ達が不思議そうに見ているのが印象的だね。


 貰えたのが相当嬉しかったらしく、オドオドした雰囲気は鳴りを潜めて今は笑顔で皆と会話が出来ている。

「落ち着いたところで提案があるんだけど、いいかな? ここからが二次面接みたいなものになるんだけど」

「あ、はいっ」

「その砂、使いたいんだよね?」

「はいっ」

「グレイから君の話を持ちかけられて、ちょっと考えてたことがあるのよ。……その砂を見たとき何か新しい挑戦が出来るかも、と思ったりした?」

「はい、そ、その通りです。これには可能性が秘められていると思いました」

「グレイ以外にはまだ誰にも見せてなかった試作品があるのね。これを機に見せようと決めたからそれを見て、どうしたいか聞ければと思ってる」

「え?」

「それと……ロディムにも関わってもらいたいの。世代が一緒だからアストハルア公爵よりはロディムかな。もちろん公爵家で話し合ってもらう必要はあるんだろうけどね」

「私も、ですか?」


「そう。この砂を使った芸術をね、世に送り出してみようと思うの。ハンドメイド作品ではなく、完全なる芸術」


 そして、この作業部屋と繋がる扉に向かい、私はその扉に手をかけて開けた。

「こっちはね、私の未発表の試作品とか、完成してお気に入りの物を置いている部屋」













 グレイから彼の話をされてから試しに作ったものが壁に立てかけてある。

「簡単に使い途を見せるために虹の絵になったけど、極めたら風景画とか人物もいけるはずだから」

 キャンバスに接着剤を塗り、その上に色付きの砂を掛ける。掛けたら余分な砂を落とし、また接着剤を塗って、また色付きの砂を掛け、余分な砂を落とすを何度も繰り返す。


 そして出来上がるのが『砂絵』。


 サンドアートというと、この砂絵のほうが馴染みのある人もいるかもしれない。私は子供の頃に実際に子供でも出来るこの砂絵セットを親に買ってもらっている。当時のはとても便利で、砂は色別に袋に入っていたし、接着剤も自分で塗る必要はなくてシール式になっていて必要な部分だけ剥離紙を剥がして砂をかければ簡単に作れたものだった。しかも室内で簡単に制作して片付けもできるように専用のシートまで付いていた。

 このワームの砂が手に入ったときにこのことも思いついてはいたけれど、とにかくこの砂の入手には費用がかかる。なのでこれをスライム様やリザード様の鱗、ゴーレム様のようには使えないという欠点がどうしても解決出来ずグラスのサンドアートだけに留めていた。

「押し付けがましいことを言うね、この砂絵を芸術にまで押し上げてもらいたいの。そして私の目指す 《職人の都》を起源とする芸術として確立してもらいたい」

「……はっ……」

 ユージンくんは喉の奥から感嘆の声を吐き出した。

「クノーマス伯爵家が君の支援をする。そして、クノーマス侯爵家も。好きなだけその砂を使って、この砂絵をこのククマットから世に送り出してほしいの」

「僕が、芸術を」

「そう。もちろん、領民講座で講師をしてもらうのが前提にあるよ。このククマットの人達がどこよりも物作りや芸術に慣れ親しんだ人達になる手助けとして、芸術関連の講師やそういう講座の開設そのものに携わってくれることも条件になる。でもそれをやってくれるなら、それ以外の時間はその砂を好きなだけ使っていいから」

 彼の唇が震える。感動しているのか、混乱しているのか。言葉が見つからない、そんな震えに見える。

「そして、ロディム」

「はい」

「どうする? ユージン・ガリトアの共同パトロン、なる?」

 ロディムの眼が見開かれた。

「……共同、ですか」

「正確にはパトロンとは違うものなんだけどね。パトロンだとその芸術家を囲い込んで家の威厳や家格を誇示するため、という部分に重きを置かれちゃうでしょ。私がしたいのはあくまで芸術を通して私のしていることを賛同してくれる人と共に世の中に広める手段として利用すること。支援者も芸術家も互いに利益や優遇させるものがある、持ちつ持たれつの関係でね。ロディムは彼と同世代、公爵様が支援者になるよりは今後の長い付き合いを鑑みると近い存在として相談に乗ってやれたりするのかな、なんて私個人は思ってる。立場に関しては文句なしだしね。もっと言えば資金的な面で不安を限りなく無くしたいの。伯爵家と侯爵家で十分だろうけど、同じ派閥で公爵家がいるなら盤石だよね、彼の実家も安心するだろうし」

「私がユージン・ガリトアの支援者の一人に……」

「少し考えてみて。このカラーサンドを使って砂絵を物にして、芸術まで押し上げるまでは本当に出費だけになるし、普通の画家とは違う、何もかも一から手探りで砂絵を確立させなきゃならないから数年はじっと待つだけの忍耐も要求されるよ。そして扱う本人も絵の才能とは違う感性も必要となるはずで、その感性をどこまで伸ばして、そして活かせるかも未知数、賭け事と一緒だからそれなりの覚悟はいるからね」

「……時間は必要ありません、その話、ぜひ受けさせて下さい」

 確固たる覚悟を感じる真っ直ぐな瞳。その真っ直ぐさは若さゆえか性質か分からないけれど嫌いじゃない。

「ユージン・ガリトア」

「は、はいっ!」

「長い付き合いになりそうだ、よろしく頼む」

「はひっ! こ、こち、らこそ!!」

 若い二人が握手を交わす。


ちなみに、後から知るんだけどこの件でロディムは史上最年少のパトロンとして名を残すことになる。それをさせた私は『ロディムは金持ちで便利』程度のかる~い気持ちからかる~い考えで推したことを笑って話して、周囲にドン引きされることになる。


「詳しい契約内容やその手続きについては改めて明日以降にグレイとしてもらうけど、今日のところはこんな感じ。質問はある?」

 ユージン・ガリトアはその問いかけに困った顔をして目を泳がせていたけれど、彼とは正反対だったのがロディムだ。

「私から質問しても?」

「いいよ、なに?」

「ワームの砂ですが……アストハルア家の父直属の素材研究所に回して見ようと思うんです。あそこは元々魔法付与に適した素材の研究所ではあるんですが、最近はそれに拘らず多岐にわたる研究も進めているので何故内臓だけ変色するのか、劣化までの期間、不和反応素材など進んでいない研究の手助けが出来るかもしれません。なので、採取依頼もこちらで随時出そうと思うんですがどうですか?」

「それについてはレフォアさんとも協議が必要な事だからそのための時間は設けるよ、たぶん協力は喜んで受け入れてくれるかもね。今そういう素材沢山抱えてるしアストハルア家の協力ともなれば資金の面でも助かるだろうし。その交渉はローツさん交えてロディムが直接してみて、うちの研究部門に関してはローツさんが請け負ってるから」

「ありがとうございます、ローツさん、よろしくお願いします」

「こちらこそな、後で必要な書類について説明するから一緒に来てくれ、その後にレフォア達と話し合おう」

「はい」

 私達の会話を聞きながら、ユージン・ガリトアが何度も私達を見比べ瞳を忙しなく揺らす。

「あ、ごめんね、余計な話をしちゃった」

「いえ、すごいな、と、思いました」

 彼はやっぱりちょっとオドオドしながらも目は輝いている。

「こうしてどんどん話が進むんですね、父が、色んな勉強してこい、と言った理由が何となくですが、分かった気がします。僕は、本当に絵のことくらいしか知らなくて、今まではそれでいいと言われてきましたし、僕もそれでいいのかなって……でも、本当にそれでいいのかと、思うことが、あったりして。でも何だか、今はそのモヤモヤしていた心がスッキリしてます。皆さんを見ていてカッコいいな、って。僕も、その中に少しでも入ることが許されたら嬉しいなって。だから、絵だけじゃなく、色々、僕も、できることを見つけようと思います。あ、講師! 頑張ります! 子供も大人も、楽しめる教室、頑張ります!!」

 それを聞いてロディムがフッと吹き出すように笑ったので彼はビクッと肩を揺らす。

「……相変わらずだな、絵のことになると別人のようになる」

「う、す、すみませんっ、学園でも先生によく注意されてたのに……」

 途端に意気消沈して俯く彼を私達は笑う。

「まあまあ、ここは学園じゃないし君が可愛く見える、濃いめのキャラ多いから気にしなくていいからね」












 ユージン・ガリトア。


 後に、ロディム・アストハルアとシャーメイン・アストハルアの結婚五周年記念の夜会で特大の砂絵が公開される。

 その精巧で美しいデッサンのような絵が砂で描かれていることは大陸中に瞬く間に広まり、『画家』ではなく『砂絵師』という唯一無二の呼び名を誕生させ、新しい芸術の生みの親として後世に語り継がれることになる。

 その称賛の影には、私達よりもロディム・アストハルアの支援が何よりも影響を与えていたことを知る人は少ない。

 彼は資金面だけでなく、あらゆるサポートでユージン・ガリトアを支え、名だたる芸術家に肩を並べる人物に押し上げる。


 そんなユージン・ガリトアは生家のあるガリトア領に時折帰省する以外は生涯ククマット領と、クノーマス領トミレア地区、そして静養地とするアストハルア領のみで過ごす。その理由としてアトリエをククマットのみに構えたこと、領民講座の講師を楽しんで勤めていたことのほかに、彼が得意とするもう一つのサンドアートとなる『立体サンドアート』が深く関係する。

 砂を固め、手指とスコップ、そして細いヘラ一本で削り出されるその砂の彫刻は雨風で一日も持たないこともある儚い芸術として世の人々に『幻像』と自然と呼ばれるまでになる。彼が砂の彫刻を作るのは不定期で、トミレアの港祭りのときに見かける機会はあるものの、それ以外は気まぐれと、静養地の湖と河川でしか作らないためその希少性から熱狂的なファンすら誕生させる。


「なにしてんの」

「また三日不眠不休で砂絵をやってたらしくて。強制的に寝かせます」

「……一応、芸術家だからさ、繊細だから、引き摺らないであげて?」

「大丈夫です、こう見えてこいつは丈夫ですから」

「い、痛い、ロディムくん……ちゃんと休むから、せめて、あ、歩かせてくれるか、な」

「うるさい、黙って引き摺られていろ」

「ええ……」

「……本当に物理的に引き摺るのを見てると、こっちも痛い錯覚に陥る、ね」


 ロディムが後の砂絵師ユージン・ガリトアをアトリエから雑に引き摺りだして家まで送る光景が見られるようになるまで、あと少し。



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― 新着の感想 ―
 ああ、やはり砂像にもいきつくんですね(笑)
[良い点] 砂絵やらないの?って思っていたので、キター(о´∀`о)となりました。 [気になる点] ハルトあたりが枯山水を教えてしまい、ククマットに侘び寂びな庭園ができてしまわないかと余計な心配をして…
[一言] たぶんジュリさん「そこにいるなら醤油取って」くらいの便利さでロディム君に声かけてる
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