25 * これぞ契約社員
「さきイカだって」
「なんでまたそんなものを」
「熱でもあったのかね」
グレイが私の誕生日プレゼント (百リクル縛り)にさきイカを選んだことで周囲がそのセンスにドン引きしたり笑いを堪えたり本気で心配したりと、度々グレイに死んだ目をさせることが数日続いてからまもなく。
本日、 《ハンドメイド・ジュリ》に仲間が増えた! 期間限定だけど本人とその家族の強い希望があったこと、侯爵様が彼のためにも経験させてあげるべきだろうと後押ししたこと、何よりグレイも何だか期待しているようで受け入れるのが良いだろうと言ってきたので、私も。
「オッケー!」
と快諾。
ロディム・アストハルア。
主に 《ハンドメイド・ジュリ》関連の事業とククマット領内独自の制度や仕組みを学ぶため、二年から三年を目処に私達の仲間として働くことになった。
『覇王』の事が無事片付いてから学園に戻っていたロディムはシイちゃんと卒業式の一大事イベントである舞踏会もラブラブで終えたと報告が来た。いや、別にそういう情報いらないんだけど、何故かわざわざ報告が届いた。他人から (笑)。
ロディムはシィちゃんとその舞踏会のドレスの打ち合わせ含めてプライベートでもよく会ってて、実に色んな話が出来て充実してたみたいなんだけど、そのなかでシイちゃんが私が持ち込んだ『振替伝票』や『貸借対照表』など、最近はその確立されたお金の管理体制に感銘を受けてその基礎が記されたグレイとローツさんの努力の結晶である参考書や教本を貰い受け勉強している、という話をしたそう。
そういえば以前……シイちゃんうちで働きたいって言ってたけど、あれ冗談だよね? ちゃんと公爵家に嫁に行くよね? なんて突っ込みは止めておこう、揉め事になりそうな気がする。なんてことを一人悶々と考える羽目になったりもしたわ。
そんなシイちゃんに感化されたのかどうかは分からないけれど。
「給料はいりません、その代わり 《ハンドメイド・ジュリ》の『経理』というものを全て教えてほしいんです」
わざわざ、正式に受け入れる日の前日に私を訪ねてきて、ロディムから真剣な顔でお願いされたのよね。
今うちの店だけじゃなくクノーマス侯爵家も同じ方式に移行をしている真っ最中。クノーマス家の管財人がグレイの下につく形で全員がシフトを組んで手伝い兼勉強のために来てくれている。
それにロディムも加えてくれ、ということだ。
シィちゃんから借りた教本の一部を書き写して公爵様に送り見せたんだそう。そしたらすぐさま魔導通信具で手紙が学園の寮に転送されてきて。
『卒業後、落ち着いたらククマットで勉強させてもらえるよう改めて打診する。そのつもりでいるように』とだけ返事が来たらしい。
元々『会計士』、『経理』については特に情報の規制はしておらず、教えて欲しいなら有料で教えるよー、という緩い感じにしている。その膨大な情報量故に特別販売占有権に登録するのがとても難しく、というかギルドがパンクする、とハルトに言われているくらい。教本と参考書もまだまだ改良が必要だろうし、増えていくのも確実。だから知りたければ、活用したければうちに来て最低でも数ヶ月グレイとローツさん、そして最近はキリアの旦那のロビンや会計士たちの下に付いて徹底的に勉強しないととてもじゃないけど使いこなせない。
けれどこのやり方を取り入れて使いこなせたら格段にお金の流れが明確になり、そして正確な数字が並ぶ。それをロディムが書き写した極わずかな情報から見出したアストハルア公爵様は流石。
そんな公爵様から、この方式を今後公爵家でも取り入れたい、そのためにロディムに叩き込んで欲しいと相談されたわけ。ついでに管財人も定期的に二人ずつ送り込むのでコキ使っていいから教えてやってくれと。
ということで。
グレイの下に新人経理担当がロディム含む三人配置されました。他二人はアストハルア公爵家でも中堅の管財人と紹介を受けたよ。
公爵様公認なのでコキ使います。ロディムも例外じゃなく三人平等に。使えるものは使うんです。
「……こういう風に固まっていくんですね。乾燥して周囲から固まる、とは違う……」
「スライム様が固まってく工程みるの初めて?」
「ええ、私が素材を手にするときはすでに完成品です。こうして加工する場所にいること自体が希なことですね」
「興味あるかどうかは別としても、経理として素材の価格を決めたりするのに素材を知ることは必要だから勉強はしてもらうよ」
「非常に興味深いです、レフォアさんたちと一緒に素材の研究に携わりたいくらいですよ」
「あれ、そういうの好きなの?」
「領地経営と帝王学に必要ないので……いずれ趣味で出来ればとは思いますが」
ロディムが私の隣で、スライム様がかなり固まって揺すっても垂れない固さになったのをひっくり返したりして観察しながら苦笑した。『諦め』の滲む笑顔に見えたのは気のせい?
「……やってみる?」
「はい?」
「いいよ、ここでやってみれば?」
私の気軽な言い方に、少し面食らったロディム。
私としては、いい経験になると思っている。
素材を無駄にせず、いかにいい状態で作品に活かせるかは素材に仕上げてくれる人の腕にかかってる。それを体感することはロディムがここでさらに学ぶ予定の『内職』と『代理』の違いを理解して、素材を使えるようにする大変さも知ることになる。それは必ず、今後人を雇い動かす立場になるロディムにはいい経験になる。
それに、最長で三年、ここにいる間は好きなことをしてほしい。この世界でロディムは成人として扱われるけど、私からみるとやっぱりまだ子供だな、と思う表情をするときがある。公爵領や王都、社交界で許されなくてもここでは年相応に楽しいことはとことん楽しんで好きなとこをとことん好きだと言ってほしい。
「『内職』も、ハルトの 《本喫茶:暇潰し》も、ロディムは全部公爵領でも出来るか見極めたいから経験しに来てるんでしょ?」
「ええ、そうです。でも、素材の研究は」
「やりなよ、やれる環境があるんだから。そして将来私にもっと未知なる素材を提供出来るようになりなさい」
ちょっとおどけて言ってみたんだけど、ロディムは申し訳無さそうに笑って、頭を下げてきた。
「ありがとうございます……やはり、ここに来てよかった」
次期公爵。そんな男が驚くほど簡単に頭を下げて来たのにはつい苦笑が漏れた。
簡単に頭を下げるほどには、ロディムは『作り手』側にいたいのかも知れないとふと思う。
「あはは、お礼なんて言われることじゃないからね。ロディムはさ?」
「はい」
「まだ若いんだよ」
「?」
「可能性は若ければ若いほど、多彩で広域なんじゃない? 帝王学に不要なことかもしれないけど、ここにいる間は、『次期公爵』じゃないからね、 《ハンドメイド・ジュリ》の一員。ここでは貪欲で好奇心旺盛で、なんでも真剣に本気で取り組む人間が活躍してる。みんな、自分の可能性を見いだして活躍してる。ロディムもそうしてごらん。今は無駄だと思っても帝王学じゃ解決できないことの一つでも見つけて、それが案外身近な所にある知識で解決できるものもあるって知れたら儲けものって気持ちでね」
「……はい」
「それにここはククマット領の、 《ハンドメイド・ジュリ》だよ? 誰が許さなくても私が許すといったらそれでいいの、ここは私が法律ってこと。その私が言ってるんだから誰にも文句は言わせないわよ」
「あははっそうですね」
「せっかくならこの際ネイリスト育成専門学校と領民講座の見学ならいつでも出来るからそっちも時間見つけていってみなよ」
「いいんですか?」
「いいもなにもロディムは勉強に来てるんでしょ。ケイティともっといろんな年齢の人から意見を聞きたいって話してたところ。ロディムの若い男目線も十分データになるよ」
ロディムが嬉しそうに笑った。
きっと、私のような人間は彼の周囲にはいなかったんだろうなぁ。
話してるとものすごく肩の力を抜いて楽しんでるのが分かるんだよね。
私がタメ口で年下の少年扱いしてるのをハラハラして見てる人がいるわけ。彼の身の回りの世話で付いてきた執事さんと侍女さんたちとか。
質問してきたことにちょっとだけヒントを与えて答えを出させてね、間違うと。
「不正解!! 勉強し直しーーー!!」
とか、私がロディムにめっちゃ言うから。
でもロディム自身が既にそれを楽しんでる。学ぶことを苦にしない彼にとって、疑問が無数に溢れているこのククマットは彼の学習意欲を刺激しているのかもしれない。私とロディムのやり取りをみて、ハラハラしていた人達の雰囲気が時間の経過と共に変化したのはロディムが本当に楽しそうに質問してきて、でも考えて、答えを間違って、それを指摘されて、最後に正しい答えを知ったその瞬間とても喜んで満足しているのが伝わって来たからかもしれない。
(この男は……きっともっと成長するよね)
将来大物になる。それを予感させる笑顔が絶えないロディムなら、ここで得る知識をしっかり人のために役立てるんだろうね。
「ロディムも工房にいたのか」
「お帰りー」
「お帰りなさい、休憩なのでジュリさんの作業を拝見してました」
グレイが研修棟から戻ってきて、ロディムが作業用のエプロンをしているのを見て驚いている。
「素材の研究に興味があるんだって」
「へえ、レフォアたちと気が合いそうだな。明日午後にギジレジンでコーティングしたリザードチップの耐久試験をすると言っていたから一緒に行ってみるか?」
「いいんですか?」
「ああ、これもクノーマス領の事業の一環だ、勉強と思えばいい」
「はい、是非お願いします」
いい仕事をしてくれるだけでなく、きっとそのやる気でもってうちのおばちゃんたちにも気に入られるはず。物を楽しく生み出す人たちに囲まれていうるちにロディムも何か恩恵を授かるかもしれないよね。
シイちゃんとの婚約が正式に発表になった。
婚約はシイちゃんの卒業後、来年の夏になる。アストハルア公爵家に自分の子供を嫁がせたい家は数多あり、特に穏健派は最後までアストハルア公爵家には同じ派閥から嫁がせるべき、という反対をしていた家が結構あったらしい。それを何とか説得し、認めさせるのに随分時間がかかったな、という質問をロディム本人にしてみると、彼は苦笑した。
「我が家の分家とか、親戚の家ですね。それと強権派ベリアス家の親族や息の掛かった家もありますから。そのあたりは、とにかく今のクノーマス家を警戒しています。同じ派閥でも常に距離を保っていたはずのツィーダム侯爵家との距離が縮まっていることも気に入らないようですし」
「穏健派も一筋縄ではいかないんだね」
「仕方ありませんね、そういうものだと思っていますから」
なんてことない、そんな顔してロディムが笑うと、ちょっとだけ呆れた様子を滲ませてグレイが薄く笑う。
「そういうことも、ジュリの前では忘れていいからな。ああそうだ、ジュリと仕事をしているとそんなことを考える暇がないことも度々だ、間違いなくコキ使われるからセティアにジュリの予定をちゃんと確認するように。逃げられるときは逃げてくれ」
「グレイ、言い方」
ロディムが笑った。
そして今更気づいた。
「ロディムが契約社員だわ」
「え、なんですか?」
「そうだそうだ、ロディムみたいなのが契約社員だ、うん、契約社員」
「ジュリさん、なんですか?」
「そりゃあバミス法国で契約社員しっくり来なくて統合されちゃうわけよ」
「あの、だから」
「そして契約社員で【神の声】……来ないんだ?! ということは定着しないやつだ?! ロディム凄いね、後にも先にもあんただけかもよ!!」
「頼むから分かるように説明してもらえますかね?!」
私の謎の独り言にロディムが耐えかねて大きな声出してた。ごめんよ。
さて、ロディムは恩恵を授かるのか? 授かるとしたらどんなものか?




