25 * あの人への贈り物、四度目は新婚の続き
『動く貯金箱』の内部パーツに関してはいつもの如くライアスにお任せし、素晴らしい完成度のものを用意してもらえた。うん、私とハルト考案の貯金箱、どっちも売り出せる。
で、私は外側の細かなデザインを詰めていく。
先日新素材として見出されたレインボーウッドの皮。極小の茶色い煉瓦風タイルのようなその見た目を活かした風車の建物にしてみる。細い竹ひごを組み合わせ貼り付けて作った風車と合わせれば長閑な風景にありそうないかにも、の佇まい。
「ここまですると可愛いさじゃなくレトロな感じを目指すのがいいね」
「田園風景はそれがいいかもね。しかし面白いねぇ、お金を入れると回るんだから」
フィンは指で風車を回しながら、中の四枚の羽が回転するのを興味深い目で見ている。
「これはお金を入れて回したくなるかもね」
「大袈裟なカラクリじゃないからそんなに回転するわけじゃないけど、それでも物を落とすだけで動くって今までないものだったでしょ? お金を保管、貯めるもので楽しむっていうのは如何なものかと言う人も出てくるかもしれないけど、それは価値観の違いということで楽しめる人が買ってくれればそれでいいと思うわけ」
この貯金箱がグレイの誕生日プレゼントにふさわしいのかどうか問われると『どうだろうね?』と返すしかない私だけど、グレイは私が作る自分だけのオリジナルに拘りを持つので完成品第一号そして一点物、という点は満足頂けるだろう、と勝手に決めつけておく。
私がグレイの誕生日プレゼントを真剣に作る隣、フィンは久しぶりに白土を捏ねて楽しそう。
「あ、いい感じ!」
「そうかい?」
「丸っこくて可愛い」
私が見本に作った色はまだ着いていない真っ白な豚さんをお手本に、フィンもまずは豚さんを、そしてアレンジして羊を作っている。
「白土は固まるまで時間がかかるし、中を空洞にすると重みで変形するからこれくらい小さければ内側に支えになる型のようなものは要らないよね。この大きさだと、百枚入らないかな? まあ、この見た目の可愛さなら子供がお小遣いを貯める貯金箱としていかがですか? って売りだすのもアリかな」
ちなみに、こちらの世界のお金は全て硬貨。世間一般に出回っているのは一リクル(百円くらいかな)とそれよりも小さな硬貨と、その上十リクルが中心。百リクルになると所謂金が混じるため金貨になり普段の買い物程度では百リクルはあまり出回らない。さらにその上の大金貨などは商売をしている人や貴族などが取引で使用することから普通に生活していてお目にかかることはとても珍しい。
一方で、一リクルより小さい半リクル (二分の一)、素リクル (十分の一)は一リクル同様非常に日常生活に欠かせないお金。この世界の技術的な面で大きさ、重さを変えるのが難しいことから色の違いでこの三つは判別出来るようになっている。
つまり、一リクル以下は重さもサイズも一緒。
なので『動く貯金箱』はこの三種の硬貨に対応出来ればいい。今更だけど日本の一円、あれってすごいなと思う。あの軽さ、サイズって絶妙だよね? そしてその一円を入れて反応して『動く貯金箱』とか、ちゃんと金額を判別する貯金箱とかもあったなぁ。あの技術力、地球にいたころは『へー、面白い』程度にしか思わなかったけど、当たり前に享受してたけど、たいしたものだわ、うん。
そんな過去を振り返りしみじみしているうちにフィンがそれぞれの背中部分に切り込みを入れ、小さな二つの貯金箱を完成させた。
色も明るく、うん、可愛いぞ!!
「しかし、あんたのは酷く凝ったものになったね」
「そりゃそうでしょう」
「これ、別に貯金箱じゃなくても買う人いるよ」
褒められた。
ちなみにライアスとフィンの家で作っています。
工房でやると新作となれば周りがとにかくうるさいので。
フィンは自分で作った二つの貯金箱がいたくお気に召したようで、白土が固まり次第早速お金を貯めると楽しそうにしてたよ。
そして。
フィンとのほのぼのしたものつくりタイムとは対象的に騒いだのが、白土部門とキリア。
小さな豚さん貯金箱、風車のある風景貯金箱、怖い顔が飛びだす貯金箱、この三つをグレイに見せつつ、いずれ売り出したいという事を話したら凄く嬉しそうにして、そして面白いと子供みたいにちょっとはしゃいで、新婚らしくちょっとラブラブな雰囲気で会話をしていたのを見事にぶち壊しに来た。
研修棟兼夜間営業所にフィンの作ったものやライアスが完成させた内部パーツが確認出来る簡素な作りの貯金箱をフィンが持ち込んで説明してくれていたはずなのに、なんでこんなことに。
「割るってどういうことだい!!」
物凄い剣幕で詰め寄ってきたのは白土部門長のウェラ。
「なんで割る必要があるんだ?!」
似たような勢いのローツさん。
「割る意味がワカラナイ!! そしてなんで私を試作に誘わない!!」
キリア、首取れるから力の限り肩をガクンガクンするのはやめて。
「なにが問題なのよ」
シン、と一瞬でその場を制したのはなんとケイティ。
新しいネイルアートを見せに来て、私とグレイが囲まれているのに遭遇、そしてフィンから事情を説明されてのその一言。
「何で割っちゃ駄目なの? 割らないと取り出せ無いじゃない」
「「「……」」」
騒いでいた三人が固まった。
そう。
割る貯金箱の扱いについて、意見が真っ二つに別れることが判明した瞬間だった。
「ああ、なるほど?」
ケイティが三人の言い分を聞いて頷く。
「でもそのうち栓付きのも開発するんでしょ? 別にいいじゃない」
私とハルトは勿論ケイティと同じ。そして私から説明を受けたフィンとライアスもはじめはびっくりしつつもそういうものだと納得した。グレイに関してはその点に重きを置いていないのでほぼスルーだった。
しかし。白土部門。
折角可愛く作ったものを割るのを前提に売るなんて! と悲壮感が……。
「こんなに、こんなに可愛いのをあんたは割れるの?!」
「うん」
サラッと肯定したらキリアに睨まれた。
「割ろうか?」
自分で作った豚さん貯金箱、手に持ったら諭すような目をしたケイティに止められた。
「今やったら三人が可哀想だから止めてあげて」
「……俺は、作れない、割れない」
ローツさんがフィン作の羊の貯金箱を手にして切実にそんなことを言ったけど、あんたは重役、作ってる暇あるなら別の仕事しろ。
「あ、あたしも作らないよ!!」
ウェラが決意表明でもするような非常に意思の硬そうな声で言ってきた……。
「ということで、可愛いのは割らないの前提、栓付き前提でよろしく」
キリアにまとめられちゃったよ。
なんでこうなる。
そして嫌な予感が的中。
キリアなら言い出すと思ったんだよね。
「むしろ一杯溜まったら割りたくなる貯金箱って作れないの?」
「簡単にいうよねぇ」
「ジュリなら作れるかと」
期待のこもった目をするのは止めてほしい。
そして私はこのキリアから始まったの要求が波紋のように白土部門に広まり、悩まされることになる。
「今日、グレイの誕生日……」
「はははっ、いいんじゃないか?」
「いいのかい……。ごめん、折角の休みなのに没頭しちゃって徹夜しちゃった」
お休みの朝、テーブルに広げられた沢山の紙の一枚を手にしてグレイは愉快そうに笑いながらテーブルに突っ伏す私の頭を撫でる。
「何度も言っているだろう? 私は自分の誕生日を祝うよりも、ジュリが何かを完成させて世に送り出すのを一緒に見られることが嬉しいと」
「そう? そう言ってもらえると嬉しいけど、新婚の妻としては不合格かな、なんて」
「そんなことはないさ、私が満足しているんだから」
ナデナデが気持ちいいのと、グレイが怒ってないという安堵、そしてハイな状態で不意に思い出した貯金箱を描いたことで満足した私は徹夜明けの睡魔に抗えず、そのままいつの間にか眠りに落ちていた。
「面白いじゃないか、これ」
グレイが一枚の紙を見ながら、私の頭を撫でながらそんなことを呟いたような気がした。
「グレイセル様の誕生日明けなのにジュリが元気だ」
「今年は絶倫封印してくれた」
「え、それは怖い」
「なんでよ」
「後で倍になるとかないよね?」
「それだと私死ぬから。腹上死。歴史に残りそうで嫌だから阻止する」
「私はジュリとなら腹上死も本望だ」
「その時は一人で逝ってください」
「何故だ」
「相変わらずですね、グレイセル様。愛が重い」
不毛なやり取りをしつつ、私は昨日寝落ち寸前にグレイが手にした紙をキリアに差し出す。
「なにこれ?」
「これなら、一杯になったら割りたくなる、壊したくなる、というか確かめたくなるんじゃないかなと」
キリアが紙を見つめ、そして目を瞠った。
「……五百リクル貯まる貯金箱……」
パクった。
丸パクリ、させて頂きました。
「◯万円貯まる貯金箱」
を。
それぞれ素リクル、半リクル、一リクルだけの指定がされ、満タン貯めると◯リクルになりますよ、と下にしっかり書かれた、『頑張って貯めろよ』という主張というか、圧を感じる筒状の貯金箱。
これはサイズ、硬貨によって貯められる金額は自在に変えられるし、なにより筒状に統一してしまえば作るのも楽。白土に拘る必要もなく金属、木製でも作れるわけで統一されていればコストも下がる。型さえあればスライム様で透明な貯金箱もいけるんじゃないかな。
「サイズとしては、その金額ピッタリじゃなく、確実にその目標を達成出来るように多く入るようにするといいよね」
「……」
「これはあえて栓なしにしちゃう。一度でも硬貨を入れたら壊すしかないけど、でも少しずつ貯まっていくのを持つたびに実感するわけ」
「……」
「それで、投入口からもう硬貨が入らない高さまで貯まったらそれが貯金箱に書かれている金額に到達したって証拠。そうなると、開けたくなる人もいるし、逆にこのまま保管したいと思う人もいるかもしれない。そのへんは個人の自由だね。栓とか開閉口があると、金庫や硬貨袋と変わらない使い方が出来る反面『貯める』という感覚は薄いから、本気で目標のため、買いたい物のためにお金を貯めたい人にはこっちが向いてるわね」
「ジュリ」
「うん?」
「ギルドでお金下ろして来ていい?」
「ああ、はいはい、どうぞ」
ギルドカードを握りしめ店を飛び出したキリアを見送る私達。
「合格ってところ?」
「そうだな」
二人で笑っておいた。
作業台に一リクルを二十枚ずつ重ねた物を並べたキリアが『五百リクル貯まる貯金箱』になりそうな筒状の入れ物に投入していく。五百枚入った後、即席で投入口を作った板を乗せて硬貨が入らなくなる高さまでお金を一枚一枚投入し、『これくらいかな?』『もう少し低くても』などとブツブツ独り言を呟きながら筒に線を描き込んでいるキリアのその行動を貯金箱を初めて目にした従業員たちが何をしているんだと不思議そうに、若干珍獣を見る視線が混じる目で見てるのが面白い。
そしてこうなったキリアは行動が早い。なのでこの時点で私はもう口出ししない。放っておけば直ぐに売り出せるクオリティの試作品を私達の前にもってきてくれるので。
そして出来上がった『○リクル貯まる貯金箱』は『動く貯金箱』と『可愛い貯金箱』と並んで冬の新商品として発売されることになった。
「そして私への誕生日プレゼントが、これ」
「豊漁だったそうだ」
大量のさきイカが目の前にある。
「早速炙って食べよっか」
「……怒らないのか」
「怒らないよ? むしろ面白い」
「何が」
「え、だって相当悩んだんだろうなぁと。予算決めて買い物なんてお店のこと以外でしたことないでしょ。狼狽える姿が目に浮かんでめっちゃ笑えるけど?」
「……」
「来年は五十リクルにしよっか?」
「なぜ減額なんだっ」
旦那が文句を言ってるけど私はお構い無しでしちりんを用意して早速炙って食べる準備。このさきイカが美味しいんだよねぇ。そういえばルリアナ様の実家のハシェッド伯爵家から送られてきたお酒がある! お米のお酒だよ! 早速出そう!
使用人さんたちも一緒に庭に出てさきイカを七輪囲んで炙る。お酒も振る舞い、さきイカパーティーが始まってしまった。
ちなみに、試作で材料を結構使ったしライアスにパーツ作りをお願いしたりして、まともに計算すると百リクルどころではないことは、ツッコまれないので黙っておく。
しかし、豊漁とはいえなぜさきイカ。
絶対にグレイもハシェッド家のとっておきのお酒に合うと思ってたよね?
こら、目をそらすんじゃない!
まあ、こんな感じで結婚して初めての誕生日は、新作として貯金箱が誕生し、使用人さんたちとさきイカパーティーをするという不思議なお祝いになった。こういうのもアリでしょ、私達だからね。




