25 * あの人への贈り物、四度目は新婚
やって参りました、お誕生日。わたしたち夫婦は誕生日が近いのでこの時期になるとソワソワする。
うーん、悩む。
あまり気合を入れすぎると、お返しを兼ねた誕生日プレゼントが常識外れな金額のものが来てしまう。結婚して一緒に暮らしてるから何か買うにしても二人で共有するものが多いし、だからといって土地とか建物とか貰っても今の時点でほぼ人任せ、というかグレイが管理してくれているので貰う意味があまりない。宝飾品やドレス……は、私にこだわりがあるのを知ってるので計画的に注文したほうがいいとなっている。
つまり、気合の入れ過ぎはわたしたち夫婦には向いていないということがようやく分かってきた。
なので今年はルールを設けた。
予算百リクル。
言ったらグレイが固まった。がんばれ。
初心に返り一番最初にプレゼントしたブックバンドをまたオリジナルで作るのもいいかと思ったりしたんだけど、折角なら新しい物をあげたいなぁ、なんて考える。
「何作んの?」
この時期になると見計らったようにやって来るのがハルト。グレイのためにデザインするから良いのが出来ると踏んでいて、自分もそれを貰おうという魂胆でコイツはやって来る。
「……アクセサリーじゃないよ」
「じゃあ服だ」
「違う」
「帽子」
「残念」
「カバン」
「不正解」
「冬用小物」
「ブッブー」
「何だよ」
聞きたくてしょうがないって顔してるから教えてあげた。
「貯金箱」
すっごい悲しそうな顔をするんじゃない。
「そういや、ないなこの世界」
「無いのよ、金庫みたいな箱はあるけど」
そ、この世界には貯金箱がないことに随分前に気づいていた。それでも凄く欲しい、作りたいと思わなかったのは、貯金箱は無いけれどお金を入れておく木製の小さな金庫のようなものが流通しているから。こちらの世界の人たちはその箱にお金を入れておくか、硬貨袋というこちらの財布にあたる物に入れて持ち歩く。お金を入れる為の物は存在していたし、硬貨袋はうちのお店で可愛いのを売り出しているのである意味満足していたし不満がなかったのよね。
ただ最近、貯金箱も可愛く、面白く作れるな、と思ったわけよ。
見た目の可愛い形は勿論、中に細工をすればお金を投入してその重みでカラクリが動くものもある。
あったら面白いんじゃないかな、ってね。
「……欲しいかも」
ハルトがボソッと呟いた、聞くと欲しくなるんだよね、分かるわ (笑)。
「凝ったカラクリはそもそも設計から大変、だから単純でパーツも作りやすいものにするつもり。それとせっかくだからお金入れたら割らないと取り出せないタイプのもちょっと考えようかと」
「ブタのやつ?」
「そうそう、丸くて愛嬌のあるあれ」
「俺も作りたいなぁ」
「んじゃ作ろうよ、ルフィナに作ってあげたら?」
「俺が作ったの喜ぶかな」
「……」
さて、カラクリといっても本当に単純で仕組みさえ理解してしまえば子供でも作れてしまうくらいのものがいい。複雑な作りはそれだけパーツが必要だしなりより特殊な形になってしまい、作り直しが難しくなってしまう。
なのでその単純な仕組みで最も分かりやすいのが、硬貨を入れたときにその重みで動く、その一度の動作そのもので済んでしまうものが理想。
「ハルトとしては作りたい動く貯金箱のアイデアはある?」
んー、としばし悩んでポンッと手を打ったハルトがその手をパタパタさせる。
「こういうやつ」
「全く分からねえわ」
なんだよそれ、という怪訝な顔をした自覚があるわ。
「硬貨入れると、その重みでさ、中の板が下がって、反対が上がって蓋が開くとか何かが飛び出すとか」
「ああ、なるほど、それも簡単だね。シーソーみたいな仕組みでパーツも少なくて済むしね」
「え、お前は違うのかよ?」
「うん」
せっかくだからハルトのも試作してみよう。
硬貨の重みのみで動くことが前提となるため、まず素材がかなり限られる。
重要なのは軽さ。この世界にプラスチックは無いので入手が簡単で種類豊富なものから選ぶ事になる。
「これかな」
薄くで固く、丈夫な木材。
それを簡単に図面に起こしたものに合わせてカットしていく。
「蓋が開閉するのはもっと細かい設計とか重さの計算が必要になるから、今回は単純さを追求してシーソータイプで飾りが飛び出るのにしてみるよ」
「シーソー部分、割と細いな」
「うん、これは硬貨が上に落ちれば必ず当たる幅なのよ。投入口の真下にあるなら投入口の幅さえあればいいからね」
「そういやそうだな」
見よう見まねでハルトが同じようにカットしていく。
仕掛けとして最も作りやすい硬貨が落ちて来たときに反対側が上がって飛び出すだけのもの、とはいえ、その飛び出しが上手くいくかどうかは重さがポイントになる。
シーソーが常に飛びだす部分の重みで隠れていなければならないのと、硬貨の重みで必ずそれが上に上がる重みのバランスが求められる。
「ハルト、それ、無理かな」
「あ、やっぱり?」
今回は小さな板に絵を書いてその板のサイズ調整が必要になるけれど、そもそもこの男は絵心がない。そして、細かい絵が描けない。なので必然的に大きくなるので、試しにシーソーに硬貨を落としてみると。
「……びくともしない (笑)!」
本人は何故か大ウケ。
「なんでお前は一発で上手く跳ね上がるんだよ」
私がカットした板を貼り付けたシーソーは硬貨一枚で見事にシーソーらしい動きをしたのが気に入らないようで不貞腐れた顔された。
「それぞれのパーツはこの大きさと重さがベストだね」
「なあ」
「うん?」
「なんで硬貨が当たる方に革を貼ったんだ?」
「ああこれね。木のままだと滑りやすいから、跳ね上がる前に硬貨が滑り落ちる可能性があるわけ。だからといって幅を広げると重くなりすぎるから、滑り止めの効果のある物で少しでも上げている時間を長くする役割をさせるってこと」
「おまえ、すげぇな。そんなこと考えながら物作ってんのか」
「そんなこと考えながら物作んなきゃ売れねぇだろうがよ」
「……ごめん」
何故か喧嘩腰に返してしまった……。ちょっとだけイラッとしたのよ。
あとはもう一工夫。
絵の板側が下がり過ぎていても上手く外に飛びだしてくれないこともあるので板がぎりぎり飛び出し口から出ない高さになるよう、シーソー下に出っ張りを付けてあげるのも忘れない。
ちなみに今回は試作なので絵の板だけど、動物やコミカルな動きを模した人形のミニチュアの重さをしっかり調整したもので可愛いのを作りたいね。
「この仕組みがちゃんと出来れば後は外側を好きに作れるから、これに関してはオッケーかな」
「おおっ……後で白土で面白い外側作ろう」
ハルトがやる気だ、どんなものを作るのかちょっと気になる。
「んじゃあ、そろそろジュリが作りたいのを教えてくれよ」
「オッケー。ワタシが作りたいのはちょっとパーツが多くなるよ」
まず、丈夫な変形しにくい金属か木製の円柱の細い棒を用意する。今回は試作なので加工しやすい木製を使う。
「その棒に四枚の羽を接着するのよ」
「羽……」
「加工しやすいように硬い厚めの紙を使うけど、売り物にするときは木や金属でちゃんとしたパーツを用意するのがいいわね」
四枚の長方形の厚紙をそれぞれ真ん中からL字に折り曲げて、谷折りしたところが棒に接するようにそれぞれ接着させる。すると、棒には十字の羽ができる。
「あ、そういうことか。この羽に硬貨が当たると回転するんだな」
「そういうこと。これで、外側に風車をつければ、風車の建物が出来るでしょ? 風車のある風景貯金箱になるわけよ」
勿論、これを作るにあたって気をつける点がいくつかある。まずよく回転するように摩擦抵抗の少ない良く磨かれた木材や歪みの出にくい金属にしなければならないし、こちらも羽や外の風車が重すぎるとあまり回転しないので内側外側どちらも軽量化が必要になる。
「重さ、バランス、材料は吟味が必要だけどね」
「まあな、でも面白い。硬貨ひたすら入れまくって遊ぶ奴もいるぞこれは」
「それはそれでいいんじゃないの? お金貯まるし」
そんな会話をしながら外側のデザインを詰めていく。
「うーん」
ハルトがやたらと悩みだした。
どうやら飛びだす細工部分を白土にしたいらしい。それについては私が作ってあげることにしたんだけど、何を飛び出させたら面白いか、で悩んでいる。
「飛び跳ねる、といえば。……カエル、うさぎ。ベタだなぁ」
「別にベタで良くない?」
「そこは拘りたいじゃん」
「作るの、私だけどね」
その呟きは無視されつつ、暫く悩んでポンと手を打ったハルト。
「変顔がいい」
「変顔?」
「うん、そう」
「……え、変顔って、顔だけ?」
「え、ダメか?」
「ダメじゃないけど……ルフィナにあげるんだよね?」
「そうだけど?」
こいつの感性が未だに私は理解デキマセン……。
本人の希望なので作るけど、一概に変顔と言われても困るので、本人にやってもらう。
「ああ、そういうのね」
ハルトがやったのは、両手で頬をギュッと押しながら口を開けて白目を剥いてる顔。これ、変顔というより怖いのは私だけだろうか? そして某有名絵画を彷彿とさせる。あまり細部に拘ると怖いので、というかそもそも小さく作らないといけないので簡単なコミカルな顔にした。一応髪型や眉毛はハルトをモデルにしたと分かりやすいようにしてみたり。
で、それをシーソーに乗せて、試作の簡素な箱に組み込んで、硬貨を落としてみるとちゃんと跳ね上がった。
「いいじゃん!」
「まあ、ハルトがいいならいいけど……」
これが飛び出てくるのかぁ……。ルフィナは喜ぶかな? これ。
私も紙にデザインを描く。
お金を投入する風車小屋自体は然程大きくはせず、その下に土台となる薄い箱にお金が入るようにすれば結構貯められる。そして底板をスライド式にしてしまえばお金もスムーズに取り出せる。
外側については重さなど気にする必要はないのでかなり凝った作りが可能。土台の箱も白土で覆ってそこに道や草むら、そして馬や羊も置いて丁寧に色付けすれば立派な風車のある風景になるし風車の付ける位置や土台次第では水車にも出来るかな。個人的には精密な作りと軽量化さえ出来れば観覧車なんかも行けると思うけどこの世界に観覧車はないのでやめておく。
そんなこんなで私とハルトがそれぞれ思いついたのちの『動く貯金箱』の原型がここに誕生した。
これらは『なんで試作の時に呼ばないの!!』とキレるキリアによって様々なデザインが生み出され、『お金を保管するもの』ではなく『お金を貯めるもの』という今までとはニュアンスの異なるお金の扱い方の定着に一役買うことになるんだけど、ハルト考案の変顔シリーズだけはキリアが作りたがらずルフィナのために作られた第一号変顔貯金箱に続く量産品が売り出されるまでかなりの年月を要することを、私達はまだ知らない。
「じゃあ次は割るタイプだな。栓をして何回も使える物にはしないのか?」
「それは追々ね、お金を貯めるものだからそんなに開閉することに拘る必要はないと思ってるの。それに割ったらそれきり、って思うとなかなか勇気がいるよね、その分お金も貯まりやすいからそれこそ貯金箱としては一番理想なのが栓なしなわけ」
「あー、確かにな」
そんな話しをしながら、まずは過去の記憶を頼りにブタさんの貯金箱を描く。ピンク色の丸っとした、顔が可愛いような面白いような、ちょっと笑いを誘う愛嬌のある形。
これを元に他に羊、ニワトリ、牛など身近な動物を面白く丸っこいデザインにする。
「動物以外に使えそうなのあるかな」
そんなことをハルトが言うのでちょっと考える。
「それなら、あえてミニ金庫や硬貨袋の形のものとかはどう?」
「お、いいね」
「野菜や果物も面白いよね」
「それこそスイーツデコ、食べたくなるシリーズとかどうよ?」
「確かに! でも凝った作りは別物かな、それこそ栓付がいいかも。割れない! って人が多そう」
こうして私のグレイへの誕生日プレゼントは新商品の試作を出兼ねた貯金箱に決定し、後はグレイのためのオリジナルを作るだけ!
よおーし、作るぞー!!
しかし。
この貯金箱。
とある人たちの懇願により、僅か数日で私はさらなる進化? を強要され私とグレイの誕生日どころではなくなるという事態を引き起こす事になる。




