25 * 壁だって大事な要素
カオス再び。
今度は研修棟兼夜間営業所の二階多目的スペース。
聞こえる奇っ怪で謎過ぎる音は正直怖い。
「だから音が出るのはいらないって何度言えば分かるかなぁ」
私の愚痴に申し訳なさそうにするのはローツさん。
そう、今回のこれはこの人が原因。先日の社員旅行後に久しぶりに実家のフォルテ子爵家に大量のおみやげとともに帰省したローツさん。セティアさんを連れて初めての帰省ということもありお土産はかなり奮発したそうでセティアさんが苦笑してたよ。
今季の 《レースのフィン》も営業開始、新商品であるカットワーク刺繍のハンカチやドイリー、ランチョンマットやマルチカバー等が穀潰し様こと『ハシェッド・ボンボン』の商品と共に店頭にずらりと並んでそれらを求めて初日は大行列。大きな混乱もなく 《レースのフィン》が順調な滑り出しをした今のうちにとグレイが後押ししての帰省だった。
「いやぁ、まさかこんなことになるとは」
申し訳なさそうにしてるのは顔だけだ。声が笑ってる。
二人が戻って直後、届く謎の荷物に研修棟で作品作りをするレフォアさんやウェラたちが顔をひきつらせた。時々聞こえる音よりも量。その量がすごい。あっという間に二階の半分を占拠してしまい、その後も届く荷物はグレイが見かねて私達の屋敷に移動させた。ちなみに音がでないヤツのみ。
「ジュリがいつも『新素材歩いてこーい!』って言ってる話がうちの親から帰省中に広まって」
そう。ローツさんが軽い気持ちで言ったらこうなった。
魔物素材が届く。
今現在、廃棄されるか、使い道があっても使いきれないくらい大量で超格安で売買されてる素材のサンプルが山積み。《ハンドメイド・ジュリ》の風物詩になりかけているこの光景を初めて目撃した新人さんたちがオロオロするのも風物詩になりかけているのがなんとも複雑な気持ちにさせられる。
音がするものはその時点でもう見ない。以前猫系の魔物の目が入ってて、それと目が合って以来軽くトラウマになりかけたからね。そういった素材はレフォアさんが時間を見つけて進めている素材の研究に欲しいというので喜んで提供することにした。
そして案の定、大半がうちでは使えない見た目や質感、あとは何故これが? というものも紛れている。
しかし、ホントに魔物素材ってまだまだ用途のない廃棄が多いんだなぁと再認識。
そして、まだまだ知らない魔物もいるんだということも。
今回はローツさんの実家フォルテ子爵領と周辺南部貴族領が中心。何が使えるか分からないからと一種類の魔物でも部位に分けてそれぞれあるからかなりの数。
「うん、ほぼ不合格!!」
「だよな」
私の宣言にローツさんは特に落ち込むことなく、むしろ当然と言わんばかりに頷いた。
グレイも苦笑し。
「どうして『綺麗なもの、キラキラしてるもの』という条件が毎回消えるのか不思議だ」
ってぼやいてたわよ。
さて。
こんなカオスな状況でも、一つ面白いものを見つけた。それを候補に上げたときグレイとローツさんが驚いたのには訳がある。
地味だから。
そう、とても地味な見た目なのよ。
だってね、約一センチ×二センチの長方形をした茶色い物体。
色は茶色で表面は若干光沢がある。と言っても単なる茶色ではなく、黄色味が強かったり濃い茶色だったりとそれぞれ微妙に違う。
これ、魔性植物の『レインボーウッド』の木の皮。
レインボーウッドとは、七色のド派手な見かけの丸い実をつける木で、その実は皮を剥いて食べてみないと何味か分からないという不思議な魔性植物。バナナ、パイナップル、リンゴ、ミカン、レモン、桃、栗という脈絡一切ない味が楽しめて私も初めて食べたとき感動したわ。ド派手な皮を剥くと真っ白の実がお目見えして、歯ごたえや口当たりはマンゴーに近いんだけど、味は七種。ピンポン玉より少し大きいくらいだから楽しんで食べれるし味もいい。面白い上に美味しいって、いいよね。
おっと、話がそれた。
で、そのレインボーウッドの皮なんだけど、年に二回、夏前と冬前に脱皮するんだって。
脱皮だよ、木なのに脱皮。凄いよね。
それが今回私の目に留まった。
木の皮というよりはもっと硬質な質感で、力を込めないと私では割れない硬さ。脱皮するとき皮目の筋にヒビが入りポロポロと剥がれ落ちるのでこんな形になるらしい。
これを見たとき、『あれ』に使える、と直感が働いた。
なのでとある工房へお邪魔することに。
「これでどうだ?」
家具職人の一人パルソムさん。ミニチュア家具やノーマちゃん人形の 《ノーマ・シリーズ》の家具作りをお願いしている一人。
その人に軽く事情を説明し、そしてこうして欲しいと私の希望を言えばすぐに意図を理解してちょうど作りかけだったミニチュアの『ハウス』にいきなりそれを試してくれた。
「ああ、そうそう! これこれ! さすがパルソムさん!!」
それはね。
張り付けて、レンガ作りの壁や暖炉、花壇などに見せられるタイル。
ミニチュア専用の煉瓦風タイル。
いや、根気や根性さえあればリフォームにも使える? 並べるの途方もない手間だけど。
パルソムさんは 《ノーマ・シリーズ》の受注生産品である『ノーマハウス』の見本作りをしていた。家の形をしたそれは真っ二つに開くような作りで、まさしくシ○バニアファミリーの家のようにそこで人形遊びが出来るようになっている。家具も人形もそれなりの大きさがあるので、人形の家といっても二階建てだとなんと高さ一メートルにもなるので迫力がある (笑)。まさしく屋敷が広い富裕層向けの商品。
パルソムさんはそんな立派な暖炉にそれを張り付けて見せてくれた。
白土をうっすら纏わせた暖炉形のパーツにレインボーウッドの木の皮をずらしながら貼り付け、余分な所はニッパーのような工具でパチパチと切り落とし、家の暖炉の所定の位置に立て掛けてくれた。
「おう、面白い素材見つけたな。これはいいな」
パルソムさんはご満悦。
「ハウスが受注生産だから、暖炉や一部も選択肢があってもいいかも」
そう提案した理由は、今まで煉瓦のような見映えにしたいときは木材の表面を彫っていたから。これはこれでとても精巧で雰囲気があるんだよね。だから、このレインボーウッドの皮を利用したものか、彫り込んだものか、追加料金でオプションで選べてもいいかと。パルソムさんはその案はすぐに皆と相談してみると前向き。
「売り出してるハウスがすでに四種あるだろ? 形が違うだけだったからこれで雰囲気変えられるな、こいつはいいぞ」
一般販売しているといっても結構な御値段がするハウスは四種。それはハウスというより、台所、寝室、リビング、応接間のそれぞれのテーマがある一部屋だけの、天井と壁正面がない作りをしている。その四つに共通しているのは暖炉、そして外壁。それをパルソムさんはより雰囲気が合う方にそれぞれのレンガを使ったらいいと。
「あ、台所はレインボーウッドがいいね」
「応接間は床の色との兼ね合いでいままで通り濃い色の木材のままがいいな」
「寝室は? うーん、レインボーウッドかな」
「リビングはどちらでも合うから木材のままでいいかもしれない」
と、わりとあっさり私とグレイが意見を出してしまえたのは、実際に暖炉を入れ換えて見比べて見るとその雰囲気がかなり違うからよ。素材が一つ増えただけで、こんなにも見映えに違いが生まれて、そして楽しみが増える。
良いことよ。
「……ジュリ、レインボーウッドの皮、仕入れになりそうか?」
「なりそう。仕入れの量は少ないけどね」
「よし。少なくてもいいんだよ。これで隣の伯爵領との繋がりがさらにできるからな」
ローツさん、嬉しそうだぁ。
このレインボーウッドも白土同様フォルテ子爵領でも手に入るらしいし、主に生息してるのは直ぐ隣の別の伯爵領で、その伯爵家とは懇意にしているみたいだから仕入れはトラブルもなく出来そうとのこと。
つくづく、こういうのって『貴族の付き合い』が絡むから大変だな、と最近身に染みる。これでも私は楽なほう。だって私は侯爵家という位の高い家が側にいてくれるしグレイが伯爵だし。
ローツさんを見ているといつも実家のお兄さん、つまりはフォルテ子爵のことを心配しているのがわかる。財政の維持よりも、お兄さんが侯爵家や私達との結び付きが強くなるたびフォルテ家を取り巻く国内の情勢がどう動くか常に注視している。
子爵位というのは正直貴族社会では力は弱い。中央で政治に深く関わり地位を確立したナグレイズ子爵家のご隠居のように別の場所で力を手に収めるでもしなければ、子爵位は一歩地位の使い方を間違えばすぐ蹴落とされてしまう立場。だから領地経営を盤石なものにしなくてはならない。そして盤石な基盤だけではなく必ずお金にゆとりがあるかないか、それが貴族の信用信頼に大きく作用し、万が一なにかあってもそのお金で解決できることも多いため、一リクルでも多く税収をあげ、領地を豊かにすることは貴族の義務である前に、自衛手段にもなる。
私が知り合った人たち全てにこのローツさんのように安堵する表情をしてもらえる程の素材はない。利用出来る素材なんて未だごく一部。私一人では出来ることが限られている。
他の人も、土地も、この国自体がもっと潤い発展したいのなら、やはり皆が今を見直す必要がある。
素材は武具にならなければ価値はない。
素材は高価なものでなければ価値はない。
素材は魔法付与出来なければ価値はない。
根強く、しつこく残る、素材への偏見。
これが少しでも薄れない限り、この国から『新しいもの』は生まれにくいまま。
「どうした?」
「え?」
「何か考え事か?」
「ああ、ごめんね。なんでもない、他の用途はないかな、ってね」
せめて私は。
今まで培ったものを全て活用して、見向きもされない、そんな素材を使えるようにしていきたい。たとえ微々たる量でも私が使うことで誰かがそこから閃いて何かを生み出すかもしれない。それこそ私の知識ではなく、こちらの世界で生まれ育った人ならではの価値観でもって見いだしてくれることを密かに願ってみる。
「可愛く仕上がりましたね!!」
「おうよ、なかなかいいだろ? 素材が違うだけでこんなにも雰囲気が変わるからな、ハウスの種類も増やせるかもしれないな」
ノーマ・シリーズを手掛ける職人さんたちの中には彫刻師の仕事が減るんじゃないかと懸念する声があるけれど、それでも軒並みレインボーウッドの皮の利用についての反応は良かったようで、ハウスを手掛ける工房全てで取り扱ってもらえることになった。
「気にするな、そんな事を言う奴は目の前にあるものが絶対だって腕を過信してるだけだ。ちゃんと他の職人がしてる仕事を敬ってれば新しい素材がひとつ増えた位で騒ぎやしねぇ」
「そんなものですか?」
「……ジュリは知らねぇか、前にな、俺がまだ見習いだったころ奇抜なデザインがウケて若手の職人が切り盛りしてた工房があって、そこが勢いに乗ってた時、今回みたいに新しい素材を取り入れたらどうかって話になって揉めた工房があるんだよ」
パルソムさんは少しだけ寂しさを含んだ険しい表情を顔に浮かべる。
「ああ、一回も使いもせず『こんなものに頼らない』なんて豪語して受け入れなくて。そこで働く他の職人がそれに反発して結局工房内で二分しちまって、新素材に挑戦したがった奴等が工房辞めちまってな。そっからは酷いもんさ……自分の技術以外受け入れなかったそいつの工房はみるみるうちにほかの工房に圧されて廃れちまって……その工房は潰れたよ」
「そんなことがククマットでもあったのはちょ
っと驚きです」
「これから、増えるかも知れねぇぞ」
「え?」
「技術を秘匿して、そしてそれ一つを守っていけばやっていけると傲ってるヤツがどれだけ多いか」
「……」
「基本に忠実、けど新しい事にも柔軟に対応して取り入れる努力を惜しまない、どこでもそういうやつが生き残る。それが出来なきゃ流行も生み出せねえし、追うことも出来ねぇ。消えて当たり前さ」
「結構、厳しいこといいますねパルソムさん」
「俺はよ、お前に感謝してんだよ。そういったことから目をそらさず、考えるきっかけをくれたからよ。安心しろ、今のククマットは俺みたいなヤツが多いからお前が工房を潰しちまう職人を見ることもそうそうねえよ」
「そうだと、いいですね」
パルソムさんとの会話。
『先』のために私が出来ることがもう少しあるんじゃないと思えた。
この先のこと。
【彼方からの使い】として。
【技術と知識】でもって。
残せること。
それは素材とか 《ハンドメイド》といったものとは違う【なにか】。
形ではなく。
レシピという文字でもなく。
もっと違う形がある。
そこに私が踏み込む日が、ほんの少し近づいた気がした。
ちなみに私は無意識だったけど。
「ねーグレイ、ウッド様の仕入れのことなんだけど」
「……」
「ん? なに?」
「レインボーウッドに『様』が付いたな、と思って」
ということはハンドメイド素材として定着するな、と続けて呟いた。
「定着するかどうかは分からないわよ」
「いや、定着する」
「なんで」
「さあ」
「……」
なんだ、この会話。
壁って部屋の印象に最も影響を及ぼす要素ではないかと。昨今、簡単に貼れるシートによって誰でも模様替え出来るという便利な物が沢山ありますからいい世の中だなぁとつくづく実感しています。
気軽に手軽に、そういうものを探していると最近DIY系の店に行ったりネット検索したりと何だかハンドメイドから逸れている、でも面白いー、と執筆を棚に上げて楽しんでしまいます。
なんで寄り道とか逸れるとかってこんなに楽しいんでしょうね(笑)




