◇三周年記念◇ あってもなくても結果に然程違いがない
三周年記念最後、三話目。
こちらはゆる~い気持ちでお読みください。ハルトが語りまーす。
マンドレイク。
神経毒をもつ植物でその毒性とは裏腹に小さな可愛らしい紫色の花を咲かせる。
マンドラゴラとも呼ばれ、ゲームやラノベでも比較的登場率が高い。
青々と茂る葉と紫の可憐な花とは対照的に、根の見た目はインパクトがある。複雑に枝分かれする根は大地にしっかりと絡み付くため、然程長く伸びていない若い物でも抜くには相当の力を必要として、無傷で掘り起こすには周囲の土を丁寧にどける手間が必須だ。
その複雑な形の根が人の形や四肢を形どったようにも見えることからその奇っ怪な形をキモ可愛いに変換したキャラクターにされていたり、実際にそういう小物を作って販売している所もあった。
神経毒はなかなかに危険なもので、致死毒としても知られているし死に至らないとしても幻覚症状を引き起こすなど、昔からその取り扱いには専門知識が必要な植物であった。
……なんで俺が真面目にかつて得た知識を思い出しているかというと。
いるからな、この世界にも。
マンドレイクが。
ただし。
植物じゃない。
魔素を栄養の一部として取り入れる魔性植物でもない。
魔物なんだよ。
……魔物なんだよなぁ、これが。魔石が取れるんだよ、だから魔物。
俺の思考を遮るように。
「ああ、確かに私は適任かも」
ジュリが納得した様子でしかも好奇心を刺激されたのかちょっと楽しそうに頷いた。
その隣グレイも今まで何で気づかなかったんだと言いたげにそりゃもう驚いた顔をして頷いている。
「忙しいところホントにごめんね、でもどうしても必要なの。バールスレイドでは発生しないし、ましてや私含めて周囲の人はもれなくマンドレイク採取には向かないのよ」
リンファがジュリに一日自分のために時間を作ってくれと、そのせいでお店を休ませることになるならその賠償金は支払う用意があるとぎっしり金貨を詰め込んだ状態の袋を抱えてセイレックの他に三人のバールスレイド魔導院の重鎮を引き連れやって来た。
今、バールスレイドでは流行性の感染症が各地で発生している。この感染症、症状としてはインフルエンザに似ている。ただ俺の解析ではインフルエンザウィルスではなく、この世界特有の菌だということは判明している。インフルエンザ程高熱が出たり関節痛に苦しんだりすることはないが、それでも風邪に似た症状に加えて目眩を引き起こすのでなかなかに厄介なものだ。
この感染症は主にバールスレイドやそれに近い緯度の地域に流行しやすくて今いるこのベイフェルアではあまり発生しないし、発生しても爆発的な流行を見せることもない。
それに良く効く薬があるため薬さえ手に入れば死者も殆ど出さない。
その薬の原料の一つがマンドレイクだ。
地球のものとは違って致死性の毒はなく、葉も根も生でも食べられる。ちなみに根はちょっと辛味がある大根に似た味で、葉はレタスのような瑞々しさのある歯ごたえが楽しめる。
ただし。
魔物。
そしてその見た目も地球のマンドレイクとはかなり違う。
まず、放射状に広がる葉は綺麗な緑色をしていて葉の裏側にくっきりと白い筋が入っているのでストライプ模様に見える。花は紫、だけじゃなく青や白、黄色も混じるかなりカラフルな花だ。そして根の部分。
……顔がある。
シワがそう見えるんじゃない。顔があるの。
俺、これ初めて見たとき二度見したからな。
だって、顔だぞ。ちゃんと瞬きするし、鼻がヒクヒクするし、口も動かせる。いやもう、なにこれ、怖すぎでしょ、って話しかけるくらいにはリアルな顔が淡いオレンジ色をした根にくっきりと。
大根が真っ直ぐ育たずたまにSNSに投稿されて話題になっちゃったりするようなコミカルな人間の姿をした大根みたいな形状のど真ん中に、顔があるんだぞ。
怖いだろ。
「でも知らなかった、マンドレイクって魔力に反応して絶叫するなんて。単に抜くと絶叫するのかと思ってた」
「抜くときも絶叫するわよ? ただね、魔力を察知することで仲間に葉を激しく揺らして危険を知らせる特性があるわ、気配察知に優れた器官があるのよね。だから抜くのも近づくのも大変なのよ」
「一定範囲内で魔力を察知すると警戒態勢に入ります、そうなると、抜くどころか、葉っぱを引っ張るだけでかなりの、そう、かなりの、奇声を発してしまうのです……耳が、三日ほど馬鹿になる、かなりの奇声です」
重鎮の一人がかなりの、を強調した。こいつ、マンドレイクで酷い目に合ってるな。
「というかね、魔力豊富な人だと、歩いていて足が掠っただけでも叫ばれるわよ」
「リンファはヤバそうよね?」
「ええ、もう、辺り一帯焼き払ってやるほどには耳障りな奇声を大音量で浴びせられたわ」
「一帯、焼き払っちゃったんだ……」
「お陰でマンドレイクが全部焼死して使い物にならなかったわね」
ジュリが遠い目をしたが、すぐにやっぱり好奇心旺盛な目に変化した。
「魔力なしの私なら、どうなんだろうね? この世界の人って私以外はもれなく魔力持ちだから、掠っただけで叫ばれることは珍しいにしても、抜こうと引っ張れば必ず叫ばれる。でもそれは魔力のせいなわけで……ちょっと興味あるわ」
ということで本人が乗り気になったためにマンドレイクの掘り起こしをすることになった。
自他ともに認める最弱の魔力なしのジュリが、マンドレイクの採取に出るとなると極めて危険だ。マンドレイクは鬱蒼と茂る森や手入れのされていない放置された廃屋の庭など人が寄り付かない所に群生するから、そういう場所は例外なく魔物が跋扈するから、ジュリを一人には絶対に出来ない。
「となると……私の周りに、少し離れたところに強い人を護衛として配置する感じ?」
「そうね、でも、そうなると、マンドレイクの、奇声ってどうなのかしら? 音量が小さくなったりするかしらね」
そういえば、そうだな。
周りにジュリの護衛のために魔力の高い奴らを配置するけどでも抜くのは魔力の全くないジュリ。
……やっぱり周りの魔力に反応して奇声を発する? うーむ、興味深いな。
その疑問はジュリが見事に解決し教えてくれることになる。
群生地を見つけ、周囲を警戒し、安全を確保したその中心にジュリが進む。
「あったあった、これだね、カラフルなかわいい花」
スコップ片手にジュリはしゃがみ込み、特に緊張も不安もないらしく、物珍しげにマンドレイクを観察している。
「ちょっと引っ張ってみるねー」
なんでそんなに躊躇いがないんだとこっちか戦々恐々とする程大胆に躊躇いなく葉っぱを掴んだ!
お前、耳栓してるからって油断しすぎだぞ、耳栓してても失神するやつもいるくらい凄い奇声、しかも爆音なんだぞ。鼓膜破れる奴もいるのになんでお前はそうも豪胆なんだ。俺、その注意事前にしたのに。
けれど。
「……音、出さないね?」
ジュリが鷲掴みにしている葉っぱを軽く抜くような仕草をしているが、音はしない。
「……凄いわね、まさかとは思っていたけれど」
リンファが目を輝かせ、グレイも興味深げな目をしてジュリを見つめている。他に同行したバールスレイドの奴らも感心した様子で若干の不安を滲ませながらもしっかり観察している。
「んじゃ、掘るねー」
ザクザクと、周りの土をジュリが掘り起こす。やっぱり音を発していない。
「ん?」
「ジュリ、どうした?」
「顔、出てきた。……コワ」
グレイが『それか』と微妙な顔したよ。分かる。
「あ、でも……これ、口だ。モゴモゴ動かしてるよ、音は出してない、かな?……いやこれかなり怖いわ。こっち見んな! 怖いその半目!!」
独り言のようにジュリは離れている俺たちに見たままの事を教えてくれる。
そして。大分掘り進んで面倒になってきたこと、ちょっと引っ張っても奇声を発しない事で思い切った行動に出た。
「面倒くさい! 一気に抜く! 大丈夫でしょ、たぶん!!」
「「「「「えっ」」」」」
その場にいた殆どの奴らが、例に漏れず俺もだが、その発言に上擦ったちょっと情けない声を出した。
次の、瞬間。
マンドレイクが、声を発した、らしい。
ただその声は人間が普段人と会話をする程度の大きさで、耳栓をしている俺たちにはどんなものか全く聞こえず。
「……奇声、発してた、わよね?」
「おそらく。口を動かしてたもんな?」
「いやしかし、全く聞こえなかったぞ」
俺たちが警戒心を解かずにそんなことを話し始めたらジュリがマンドレイクを掴んだまま振り向いた。
その顔は、何とも表現し難い、複雑な顔。
「……なんか、やだ。さっさと魔石抜き取って黙らせて」
ん、何が?
あの後、ジュリが『聞いてみたら?』と、とにかくなんだその顔? という表情のまま言うので全員で耳栓を外した。そして、ジュリが再び土をある程度掘り起こして、引っ張れば何とか抜けるまでになったマンドレイクを掴んで、引っこ抜いた。
『ヤメテー、ヌカナイデー』
めっちゃ人語だった。
悲壮感漂う、震える声だった。
「……ねえ、だんだん申し訳ない気持ちになってきたんだけど。たまにイラッとするし」
十五本目を掘り起こしている時、ジュリが振り向いて真顔で放った言葉に。
「うん、そうね、その気持ち分かるわ、もういいわ」
依頼者リンファが笑顔で優しく受け止め、マンドレイクの掘り起こし作業は終わった。
『タスケテ、タスケテ』
『ヤメテクダサイオネガイデス』
『ミノガシテェ』
『サワルナバーカ』
『ワタシヲタベナイデ』
『サラワレルー、ユウカイハンガイルー』
『ヒドイ、ワカシガナニヲシタトイウノダ』
『……サワラナイ、デ』
『ダレカー、コイツヲツカマエテ』
『ハンザイ、ダメ、ハンザイダメダヨ』
『オマエキライ、ドッカイケ』
等など……。
片言だけど何とか聞き取れる程度の拙い言葉だけど、ジュリの良心に訴えかけるには十分な威力がある言葉か、妙に腹が立つタメ口による言葉を魔石を抜かれ動かなくなるその瞬間まで個々にそれぞれ一番最初に発した言葉を長々と繰り返した。
そしてジュリが一番最初に抜いたマンドレイクは。
『ナンカオマエ、ムカツク』
ずっとそれをモゾモゾ動きながら言っていたので。
「お前もな!!」
ジュリに地面に叩きつけられていた。
大根に八つ当たりする女にしか見えなかった。
マンドレイク。
この世界のマンドレイク。
意味がわからない。
ちなみにこのあと、リンファたちがもう少し欲しいからと頑張って掘り起こしていた。
遠くからでもはっきり聞こえる奇声が何度か繰り返されたあと、その森のとある限られた範囲が氷漬けになったのが見え、ジュリがギョッとした。
「焼き野原よりはいいだろう」
良くねえよ、グレイ。
マンドレイクは魔力があろうがなかろうが、抜くにはそれなりの覚悟が必要。
誰か魔物図鑑に書き込んでおけ。
マンドレイク、ジュリのハンドメイド素材にならないかなぁ、と何度か考えたのですが良い案が出ず、こうなりました。ジュリに食べられて終わりなのでボツネタにしかけたのですが勿体ない精神が働いて登場させた次第です。細かな設定は無視しての執筆でしたので、疑問等出てくるかもしれませんがその辺は皆様のご想像にお任せします。
3周年を迎えまして。
これからも邁進していく所存ですので、よろしくお願い申し上げます。まだまだ続きますので引き続き『どうせなら〜』をお読み頂けますと幸いです。
感想、評価、そしてイイネと誤字報告いつもいつもありがとうございます。執筆の活力となっております。




