24 * ご機嫌な理由
大人たちがただただ旅行を楽しむ続き。
何故グレイがくじを担当するのかというと。単純にこの人相手に不正を働こうとする人はいないから。あのハルトも大人しい。
「だって腕を切り落とすとか笑顔で言うんだぞ、笑えねぇっつうの」
ということなので。
今回景品に迷った、何がいいかと。
「現金でいいじゃないか」
何を悩むんだとグレイが言ったこの提案、夢がないなぁと思いつつ、採用。なんと千リクル。景品じゃなく賞金。
「初めての社員旅行だ、一回限りということで」
……こんなこと言ってるけど、手っ取り早いと思っただけでしょ。
副商長が自腹で出すというので現金はさらに五百リクル一本、百リクル三本も採用となった。
他にはこのクノーマス家のお宿の二泊三日の無料宿泊が一本、《タファン》で販売予定となっているお洒落なバニティケース、裁縫箱が採用になった。 《タファン》で販売予定のものは軒並み高級品、しかも 《ハンドメイド・ジュリ》では買えない物なのでこの二つは喜ばれるだろうというセティアさんの意見を取り入れた。
他に私的には笑いのネタになるかと思ったのにフィンとライアスから大絶賛されたのが、小麦粉一年分と米一年分。テレビで米一年分というクイズの賞品を見たとき、子供ながらに一年分てどんだけ? と疑問に思い笑った記憶があってネタとしてやるつもりが、まさかの大絶賛。
「こっちの世界で一般家庭の小麦粉一年分てどれくらいよ?」
私の疑問はグレイがちゃんと調べてくれて解決し。じゃあ、他にも何か一年分、とアンケートを取ったら『砂糖と塩』『乾物』『お酒』。なんだこれ、景品として成り立つの? という不安はおばちゃんトリオが払拭してくれた。
「欲しいに決まってるだろ!!」
「わざわざ買いに行かなくていいんだ、楽だよ」
「現金もいいけど一年分は魅力的だね」
だって。
で、しょうもないものなんだけど。
「……まあ、確かに、貰っても微妙だね」
フィンが本当に微妙な顔した。それは店の近くにある雑貨屋で長年売れずにいた束子。店主曰く、仕入れた当時の流行りで作られた物で細長くて狭いところが擦れると一時期売れたらしいんだけど、細長いことでしっかり掴んで擦れない、直ぐに曲がって折れる、結局使い難いということで売れなくなった代物なんだって。取っ手でも付けて売れば良かったのに、という言葉は今更なので言わないでおく。
「売れ残ってて困ってるものある?」
「ある」
私の問いに迷うことなく出てきたのがこの細い束子。大量だった。
「じゃあ、豪華景品以外の残念賞で三個セットかな。そして若干嫌がらせに感じるかもしれないけど、しょうもない賞品として十個セット、いくつかこれにしよう。使えない訳じゃないし、あれば何だかんだと使うはず……使うよね?」
ということで決定した。
この残念賞としょうもない賞を見た皆がかなりざわついた。ウケる。
ということで始まった抽選会。
私が景品を決めグレイが木札を引くというスタイルのため、一番だから良いというわけじゃない。もちろんダラダラするつもりはないので早めに豪華景品と賞金は出してしまうけどね。
そして、阿鼻叫喚。
お宿のお料理や飲み物運んだり片付をしてくれる給仕の人たちも何事かとびっくりするほどの大騒ぎになってしまった。
お酒飲んでるし、旅行で浮かれてるしで、束子十個セットが当たってしまったメルサが本気で泣いているし 《ハンドメイド・ジュリ》で主に研修棟兼夜間販売所側で会計士を目指しロビンたちの補助などを担当している数ヶ月前に入ってきた十九歳の男の子が千リクル当たり、両親の震えが止まらず今にも倒れそうで周りに介抱されたり、ケイティは砂糖と塩が当たってしまって『他の人にあげるわ』と言ったら女性陣が群がって大変な事になりくじのやり直しになった。
で、ハルトやルフィナはもちろんローツさんたちにも平等に束子三個セットを配り全員が何かしら手にし、抽選会は無事? 終了。
「くぅぅぅっ!」
冒険者のエンザさんがやけに悔しそうにしていたのはバニティケースを狙っていたからで、束子三個セットを恨めしそうに睨むその目はマジだった。
「俺らはついでに参加させてもらってたんだからそんなに落ち込まないでくださいよ」
弟分のような存在であるもう一組の冒険者パーティーリーダーのセルディアさんがちょっと冷めた目で諭していた。
うん、皆にとって泣いたり笑ったり、非常にいい思い出になったんじゃなかろうか。
この後は余興タイム。
まあ、色々考えてくれた人がいっぱいいて、時間的に全員は無理だったので五人に絞ってやってもらった。特に最後にマイケルが息子のジェイル君と魔法を駆使して幻想的な光景を立体的に見せてくれるという物凄い事をしてくれて、これには拍手喝采で大宴会のフィナーレに相応しい余興だった。
「ハズレてよかったわ」
「やりたかったのに……」
一体ロビンは何をしようとしていたのか、あとでこっそりキリアに聞こうと決めた。
小さな子供がいる家族は余興が終わると同時にそれぞれの宿に向かう。会場を出る所で子供たちにはお菓子の詰め合わせを渡したの、子供に束子は可哀想だったしね (笑)。大人たちはというと、食べ過ぎ飲み過ぎたと宿に戻る人もいれば飲みなおすと酒場に繰り出す人などそれぞれが自由に散って行く。
「おやすみー」
いつもなら『お疲れ様でした』『お先失礼します』なんて挨拶をするけれど、今日は『おやすみ』。これがなんだかとても新鮮だった。
いつもと違う一日の挨拶。こういうのいいな。
「 《本喫茶:暇潰し》でもやるのアリだな」
「社員旅行?」
「おう、めっちゃ楽しい。……内容は全然違うけど学生の頃の修学旅行、思い出した。抽選会なんてなかったけどさ、皆で広間で飯食って、騒いで、明日の自由時間どこに行くか確認したりして、浮かれてたの思い出した」
「そっか」
不意に蘇る過去の記憶。時々振り回されて悩まされて、『未練』として一生私達に残るけど、こんなふうに楽しく思い出せることもある。地球で当たり前に体験してきた楽しいイベントは私達の心の安定剤。
「私も、また社員旅行するよ。お金かかるけどね! 稼がないと!!」
「だな」
ハルトと二人、安定剤で笑えた夜。
翌日は各自朝食を宿で済ませたら自由時間。冬なので海では遊べ無いけれど、屋台巡りや工房巡り、船で他からやってくる行商さんが集まる場所で買い物したり、演劇場や小さいながら競馬場もあるし、大道芸なんかもやってたりするので色んな楽しみ方が出来る。流石クノーマス領最大の地区であり国有数の港といった感じ。
自由時間といっても初の社員旅行ということで本日もお楽しみを用意している。ブイヤベースや海鮮酒蒸しが美味しいと評判のお食事処があって、うちの従業員と家族はお昼をそこで食べると無料になる。本来後払いが出来ないお店だけど私なら、ということで快く引き受けてくれたんだよね。まあ、私というよりグレイがいるからこその信頼なのかもしれないけれど。
事前にチケットのような個々の名前入り無料券というのを配ってあって、それを渡せば好きなだけ食べられる。チケットの裏に注文した物が書き込まれ、お店の人が後で集計しやすいようになっているし請求される私達も金額が確認出来る仕組みにしたら何かお店の人に感動された。
もちろん私はたらふく海鮮を堪能。一緒に行動していたマイケルたちとハルトたちだけど、私とグレイの見事な食べっぷりに触発され、無茶をし、動けなくなるという事態に陥ってしまったので彼らとは結局別行動となってしまった。
「な、なんで動けるの……」
別れ際、マイケルから恨みがましい声でそんなこと言われたわ。
「お前の胃……やっぱブラックホールに繋がってるって」
ハルトに失礼な事言われた!
「ブラックホールとはなんだ」
「……いま、その説明必要か?」
「気になるではないか。ブラックホール、以前もその単語を聞いた気がする。胃に繋がってるとは? どのように?」
「頼むから、それ後にしてくれよ……」
そんな苦しくて動けないししゃべるのも辛いハルトにグレイが容赦なく質問攻めしてるのを見て私はちょっとだけ溜飲を下げてあげたよ。
昨晩の大騒ぎに一役買ったお酒によって二日酔いが結構いたみたいよ。
後日私の所に届いた請求書の額が予想に反して低かったことが気になって、お食事処が私やグレイに気を遣ったのではないかと確認をするため見せてもらったチケット。
「品数が一品だったりパンとミルクだけなどの方は皆さん二日酔いでした」
海鮮の美味しい店でパンとミルク……。マジか、二日酔い恐るべしとつぶやく事になる。
グレイと二人、トミレア地区の港を歩く。
「あー、食べたぁ。お腹いっぱい」
「満足したか?」
「余は満足じゃ」
「それはようございました」
ふざけた会話で夜の港を歩く。
夜と言っても賑やかだ。今日の最終便の船から乗客が降りてきて近場の宿や酒場に向かう人だけでなく、明日の朝一番の船には荷物が積み込まれ、旅人、船員、色々な人が気軽に食べれる屋台は客寄せに呼び込みをしたりている。どこもかしこもにぎやかなその場所を手を繋いで歩く。
「まだお店も結構開いてるね」
「朝一番の船に乗る者たちは今のうちに必要な物を買わなくてはならないからな、この時間でも港周辺は飲食する場所以外も開けている。防具の修理屋や薬屋などは日付が変わる頃までやっているところもあるな」
「へぇぇ」
ふと気づいた。
いつもは隣を歩くグレイが、手を繋いでいるけれど少し後ろを歩いていることに。周囲から見ると、私が彼の手を引いて歩いているように見えるかもしれない。
「どしたの?」
「何が?」
「……無意識?」
「ん? 何がだ?」
私からの問いかけが何を指しているのか分からないようで、不思議そうに私を見つめてくる。
そしてもう一つ気づいた。
何だろう、毎日見てる顔なんだけど……今日は色気が凄いな、旦那。
え、本当にどうした? 何か雰囲気違うけど?
「ジュリ?」
「こういうときのグレイって、大体機嫌がよくなる事があった時よね」
「何の話だ」
「今日なにしてたっけ? 朝から私の食い倒れツアーに付き合わせて、ガラス工房の視察したり、途中飲んだりして、まあ楽しいことはしたけど」
「……何の話をされているのかさっぱりわからないんだが」
「ご機嫌だなって思ったのよ。何かあった?」
グレイはその問いに、思い当たる節があるのかフッと息を漏らしながら笑った。
「ああ、確かに……ご機嫌だな。準備が大変だから毎年は無理でも、隔年ごとにはしたいな、と思ったよ」
「そう? そんなに楽しかった?」
「そうだな」
やけにご機嫌だわ。
「自由時間で皆が好きに行動しただろう? 広いトミレアと言っても歩ける範囲が決まっていて、ちょっと歩けば社員旅行に連れてきた彼らの誰かしらとすれ違ったりするとき……『あっち面白いですよ』『新しい屋台出てましたよ』と、私達にはもちろん、お互いに楽しみを共有する言葉を掛け合っていた。普段、こんな会話をすることなんてないだろう、この会話だけでも経験した甲斐があると、思い出に残ると思ったんだ」
「そんなこと?」
私が首を傾げると、グレイが苦笑する。
「ジュリはそういう経験があるんだろうな」
「まあね、小学校、中学校、高校と……学生の頃に学校の皆で行く修学旅行があったから」
「誰もいなかったと思う」
「何が?」
「この世界で、同じような経験をした者は、今日までいなかったはずだ」
「あ、なるほど……」
納得した。
確かに、この世界ではこんな旅行はなかったはず。
「楽しいな」
子供のような、無邪気な笑顔で呟く。
「ジュリとこんな風に過ごせることがとても楽しい、ああ、それだけじゃない……嬉しいのか」
自分に問いかけ納得したような満足げな笑みに変化した。
一体何がそこまでグレイをご機嫌にさせるのか、正直私には理解できない。私は私のやりたいことをやって自己満足していて、その達成感が楽しさの素になっている。だから楽しいと思う感覚は一緒でも、グレイとはどこか違いがあるように思えた。
それでも私も思う。
「私も嬉しいよ、グレイと色んな経験が出来て」
楽しさだけでなく『嬉しい』という感情を共有出来る事に、幸せを感じる。
「そうか」
「うん」
この人にこの笑顔を。
ご機嫌だと何故か色気が増すこの笑顔をもっとさせてあげようと思った夜。
「皆馬車に乗ったかな!」
私の声に皆が返事をしたけれど、行きの半分の元気もない。
「二日酔いがいっぱいだぁ」
無垢な笑顔でそういったのはジェイル君。彼の両隣にはその二日酔いの両親、マイケルとケイティが無表情で座っている。
「馬車に揺られて大丈夫なの?」
「大丈夫だよ、いざとなったら僕が何とかするよ」
「何とかって……」
「帰るまでが旅行なんだよね? だから馬車で帰るけど、いざとなったら外に放り投げるから大丈夫!」
それはつまり、二人が馬車の中で吐きそうになったらジェイル君が外に放り出すってこと? 容赦ないな、息子。その笑顔が怖い。
羽目を外した大人たちが結構いたようで、昨晩も飲めや食えやとトミレアの酒場や食堂で楽しんだらしい。
楽しめたならそれは良いことだ。ただ、二日酔いで馬車に揺られて帰るという地獄を思い出し、皆出発前から顔に悲壮感が滲んでるわぁ。想定よりも馬車を停車させる回数が増えて、予定到着時間を大幅に過ぎることは後の笑い話になるはず。
そんなこともひっくるめて。うん、社員旅行やってよかった!
余談:キリアの叫び
「結局の所、ロビンの余興ってなんだったの?」
「そうだな、気になるな」
「……を、……って」
「え?」
「唇を、引っ張って! ほら、凄い伸びるでしょ!!ってやるだけ!!」
「「は?」」
「人生で初めて旦那を、殴りたいと思った。そして、二度と、二度とこの話題は……」
「あ、うん、ごめんもう聞かない」
「すまない、二度と話題にしない」
ジュリとグレイセルは謝った。
◆お知らせ◆
11月21日お陰様で3周年を迎えます。
その記念として、21日から23日の三日間、3周年記念スペシャル連続更新致します。
更新時間は10時、いつも通りです。
内容は、どうでもいい感じのも含みますのでゆる~い気持ちでお読み下さい。




