24 * 皆で行くぜ!
今日のククマット領中央市場の広場は賑やか。 大きな乗り合い馬車がいくつも並び、乗降口には人数を確認する担当者が立って並ぶ人たちを中に誘導していく。
各々二日分の着替えなど身の回り品が入った鞄を背負っていたり、手で抱えていたり。
総勢なんと約二百名の大所帯。
社員旅行です!!
《ハンドメイド・ジュリ》と《レースのフィン》の正規の従業員とその家族 (人数制限あり)での社員旅行です。
いやぁ、バミス法国からの目録にとんでもない物が記載されたり、カットワーク刺繍のお披露目でヤバい空気になったり……胃が痛くなることが続いたこのタイミングで社員旅行ですよ、近場のトミレア地区だけど、この楽しい明るい雰囲気ですよ、胃痛おさらばです!!
「いい天気じゃん!」
当たり前のようにハルトがいる。隣にいるルフィナが目をパチパチさせてる。……何しに行くのかこの男は説明してないっぽい。
「どこに何しに行くのか聞いてもいい?」
やっぱりね……。
ハルトがそう問いかけられて意気揚々と説明を始めたけれど、対してルフィナは顔が強張り始めた。
「私達、従業員じゃないよ?!」
だよね、という顔をしたのは私だけじゃない。
そもそも何でハルトが社員旅行に来ているのかというと、マイケルとケイティが一緒に行くのに俺が行けないなんておかしい! とグレイに泣きついたから。ケイティはネイリスト育成専門学校の顧問をしてくれているし、時々ククマット領地内を巡回してくれたり、グレイがいないときはさり気なくお店の二階に待機してくれたり防犯対策に一役買っている。ついでに自警団の教育係のようなことも気まぐれで請け負ったりなんてこともあるので、ジェイル君がいいなぁ、って顔をしてた時点で誘うのは当然だったという説明をしても、ハルトは引かなかった。
「俺は 《本喫茶:暇潰し》の商長だぞ!」
「そうだな」
「……」
「……」
「……」
「《ハンドメイド・ジュリ》系列ではないな。協力体制は敷いているが」
長い間の後、ごもっともなことを返されて打ちひしがれたあとのハルトが更に面倒くさくなってグレイが折れたという経緯がある。で、ハルトを認めたんだから他の人の参加も認めなきゃならないという問題が浮上、一度それで揉めそうになったのを『責任取れ!』とグレイがハルトに押し付けて事なきを得る。
「俺はジュリと友達だからいいんだよ! 文句あるなら来い! 喧嘩で解決してやる!!」
と、言われた人はなんとも理不尽な事で諦めさせられていた。こういうところがハルトは怖い。
ちなみに領民講座の講師たちも、と計画したけれど講師たちが遠慮した感じ。講座の予定がびっしりで彼らの場合ガッチリ時間割が決まっているため調整するのが難しいのと、なんだかんだと人に物を教えるのが楽しい人たちらしくカイくんまで『次の機会に』とあっさりと辞退してきた。
気を利かせたのかもしれないね。彼らには後日ちゃんと合わせて休暇を取ってもらいその時に旅行に行ってもらおうと決めた。
ルフィナがグレイに平謝りしている近くで、懇意にしている冒険者パーティー二組もいつになく浮ついた様子。懇意にしているエンザさんパーティーとセルディアさんパーティーは旅行の往路の護衛として雇った。グレイ、ハルトがいるならいらないって? 社員旅行だよ、 護衛させたら意味ないじゃんってことで。
往路の護衛をしてもらうのでどうせトミレア地区に泊まるなら夜の宴会においでよと誘ったのよ。宴会が非常に楽しみな様子。
「全員乗ったかー?! いざ、トミレアへしゅっぱーつ!!」
なんでハルトがそれを言う。
ガタゴト馬車に揺られながらトミレア地区へと向かう。途中クノーマス侯爵家の屋敷が見える地点を通過し、点々と存在する小さな村に立ち寄ってお手洗い休憩を挟んだり、座りっぱなしで痛くなるお尻や腰のために軽く散歩したり。各村には立ち寄ることを事前に通達してあって、お手洗いの場所の確保もしてあったので混乱もなかった。というかね、二百人もいると立ち寄る村で誰かしらおやつなど何かを買ったりするので小さな商店は少ないながらも臨時収入的なものが入ることを喜んでた。旅に出るとサイフの紐が緩むしね (笑)。
「お父さん大丈夫?」
「ああ、散歩して楽になったよ」
「じじ良かったね」
「そうだな」
キリアのお父さんが杖をつきながら、軽い散歩から戻って馬車に乗り込むのが見えた。足が少し不自由で杖がないと外出できないという彼女のお父さん。馬車の移動も揺れに耐えるため体を支えるのに腰や問題のない足に負担がかかり、長時間は耐えられないから旅行できないと聞いていた。でもこうして休憩をとりつつ、軽く歩いて体をほぐしながらなら翌日に疲れや痛みを遺さず過ごせるなら今回の社員旅行に参加できるだろうとキリアが説得した。キリアのお母さんもイルバ君もこうして旅行するのは初めてということでとても楽しみにしていたらしく、とてもいい笑顔で会話が絶えない。
こうして見てみると、少なからず体に何らかの障害がある人が見受けられる。そもそもうちではローツさんがそうだ。彼は白土を捏ねていないときは左手に軽い麻痺があって、細かな作業が出来ない。全く動かないというわけではないけれど、それでも書類に文字を書き込む時は文鎮が欠かせないし、物を運ぶ時も掌や指ではなく、左手の腕に物を乗せて右手で抑えて運ぶということが多い。
これはこの世界ならでは、と言える。
未発達な医療技術に対し、戦争や争い事に沢山の一般人が当たり前のように巻き込まれる日常だから。さらには魔物や盗賊などによる被害すら日常的で、それらに遭遇し生き残れたとしても未発達な医療技術では出来ることなど限られているし、ポーションはあるけどそれだって万能でもなければ効果的なものは高くておいそれと手の出せるものではない。
こんな世の中だから、当たり前のように体に少しの障害を持っただけで内向的にならざるを得ない。せめて迷惑をかけないように、自分一人で動ける範囲だけで生きて行く、と。
私はそんな生き方を打破する『可能性』を提供できる人間でありたいと思う。
困っている人、不自由な人を全員は救えない。だから、『可能性』を提供する。
今回の旅行だって、小さな子どもは長時間の馬車に飽きて泣いてしまうこともある、キリアのお父さんのように馬車に長時間座り続けるのが苦痛な人もいる。だからそれが少しでも緩和され、『これなら旅行にいけるかも』と思える環境を用意した。
「嬉しそうだ」
グレイはキリア達家族を眺める私を見て優しく微笑んだ。
「うん、嬉しい」
「そうか」
「うん」
せめて私の知る人たちには、私の『可能性』を感じて貰いたい。
そして、それをこうして実際に見られる事に私は満足している。
数時間の馬車移動が終わる頃、既に日が傾きかけていた。冬だからね! 日が短い!!
ちゃっちゃと皆にそれぞれ泊まる宿の名前と地図が書かれた紙を渡し、まずは荷物を預けて貰ってから、降り立ったトミレア地区にある最大の市場、港中央市場の広間に再度集まってもらう。
「急がせて申し訳ないけど時間厳守ね!!」
ちなみにキリアの旦那ロビンもうちの従業員なので彼の両親も旅行に参加している。彼らの宿はすぐ近くなので、ロビンがワタワタしながら荷物を一人で運ぼうとしていたら、息子のイルバ君が。
「お父さん、僕が持つよ!」
「……力持ちだね、イルバ」
両方のじいちゃんばあちゃんと両親の荷物を器用に重ねて一人で持ち上げてスタスタ歩き出した。
「お父さーん、前見えない……」
「ああっ、誘導するよ!」
グレイの子分になりたいというイルバ君。頼もしい限りだね。
しかし、こうして再度集合をかけて改めて思うよ。
二百人での旅行、凄まじい。
「こんなことこの世界でするのお前だけな」
ハルトに笑われた。
「他の通行人や観光客も何事かとこっち見てるわよ」
ケイティにも笑われた。
この極めて珍しい集団を引き連れて向かうはクノーマス侯爵家の一族が経営するトミレア地区で最も大きなお宿。一般人相手の宿なので妙な豪華さなどはない。
「それでもあたしたちには高嶺の花のお宿だからね」
キリアは入るなりそう言ってちょっとソワソワ。
皆もソワソワ。
……まあ、この後お酒が入れば普段通りになるでしょ。
そしてこのお宿のオーナー登場。
グレイの従姉妹にあたる、結婚式でキャラの濃さが群を抜いていた侯爵様の弟の一人娘のイスティファさん。流石はクノーマスの血筋、美人さん。
「ようこそ! お待ちしてました!!」
「イスティファさん、今日はよろしくお願いしますね」
「ええ、ええ、任せて下さいな。グレイセルさんとは今回のことで打ち合わせしたばかりだから硬い挨拶はいらないかしら」
「ああ、そうだな。今日は宜しく頼む」
「こちらこそ宜しくお願いするわ」
出来た人なのよ、キャリアウーマンって感じの。
「あっ、そうだわ。あとで私の彼氏たちに会って下さる? 事業をしてる人ばかりだからお互いお顔を知っておいて損はないと思うのよグレイセルさん」
……そういえば、彼氏が五人いるんだった。五人も一気に紹介するつもりだろうか、強者だ。
この宿には迎賓館クラスのかなり広い広間がある。元々クノーマス侯爵家のお客様をトミレアでもてなすための別館として建てられた建物なので、当たり前といえば当たり前のことなんだけど、クノーマス家が今のククマット寄りの場所に屋敷を建てて移り住んでからはこの別館は不要となり取り壊されるはずだったのを、改築と改装で宿屋にしたそうな。なので夜会も開ける広間があるというこの世界でも珍しい一般向けの宿屋として有名なその広間で、この社員旅行の一大イベントを開催するわけですよ。
入口前では先に入ってもらっていたローツさんとセティアさんにみんなにくじを引いてもらう係をお願いしていた。大きな箱には私とグレイを除く人数分の番号が書かれた木札が入っていて一人一枚引く。これがこの広間でこれから始まる宴会のメインイベントに必要になる。
ちなみに、今引いた木札はメインイベント前まで誰かとトレードしてもオッケー。
「えー、皆様本日は 《ハンドメイド・ジュリ》の社員旅行にご参加ありがとうございます!!」
皆の手にはグラス。お酒の人もいればお茶の人もいるし、子供達はジュースが入ったグラスを持って広間にある小さな舞台に立つわたしに注目している。
「初めての社員旅行なので大盤振る舞いしました! まずは普段の忙しさによって疲れた体に栄養を与えましょう! 本日の夕食は食べ放題! 太っても自己責任! 飲み放題! 二日酔いも自己責任! ちなみに今年の予算既に達成しました! 皆さんありがとうございます! では召し上がれ、いただきまーす!!」
え、予算達成をその流れで言うの? という視線がチラホラ見えたけど気にしない。
「「「「いただきまーす!!」」」」
熱気に似たいただきますがそれをかき消してくれた。
宿屋の厨房はかつてない戦場のような状態になっているという情報を得つつ、ごめんね頑張ってとしか言えない私。うまーい! 港ならではの海鮮料理サイコー!! そして強引に参加させてもらったからとハルトが持ち込んだブラックホーンブルさんの肉はジューシー! クノーマス領ではごく一部にしか発生しないコカトリスの地鶏チックな高級感あふれる肉も素晴らしい!
皆もコーフン気味に飲み物片手に普段は食べれないからと次々と口に運んでいる。
「役得だな」
「ホントに」
護衛を担った冒険者パーティーのリーダーであるエンザさんとセルディアさんがしみじみとした口調だけど、食べるペースは速い。
「こら、ちゃんと野菜も食べてからお菓子にしなさい」
「ええっ、今日は好きなの沢山食べていいってお母さん言ったよ」
「野菜を食べなくていいなんて言ってないわよ」
「うぇぇっ」
ケイティにお小言を言われて苦い顔したのがジェイル君。そんな二人をニコニコ眺めるのはマイケルだ。この親子のこんな姿を見れるのも旅行ならではかもね。
いただきますからのあの奇妙な興奮が落ち着くのと同時に料理の減るペースもかなりゆっくりになったころを見計らい、私とグレイはまた舞台に上がる。
「はい、皆さん食べながら飲みながらでいいのでこちらにちゅうもーく!!」
この社員旅行のメインイベントの開催です。
「ここに入るとき、ローツさんとセティアさんから説明を受けてそしてくじ引きをしてますね、一人一人木札を持ってるそこに番号があります、今からグレイがそれと全く同じ木札が入ったくじ引きをします! そして、なんと、なんとぉ! グレイが引いたくじと同じ番号の順に豪華商品含む景品が贈呈されます、題して、『社員旅行記念大盤振る舞い抽選会』を開催しまーーーす!!」
ワァァァと大歓声が沸き起こる。
「ちなみにしょうもない景品も含みます!」
流れに乗った歓声にザワザワしたのが結構混じったわ (笑)。結婚式のビンゴ大会を彷彿とさせる興奮が会場を包む。
「あ、その後に余興をしてくれる人は自己申告よろしく! 金一封出るよ!!」
こっちはこっちでおおっ! とやる気のある人たちの気合の入った声が聞こえた。
「頼むから止めてね、ホントに止めてね笑えないから」
「なんで?!」
キリアがロビンに余興をしないよう釘を差している。ロビンは不満そう。
何をする気だったのロビン、そしてキリアは何を見せられたのその真顔。
とにかく、社員旅行のお楽しみ、開催。
社員旅行なので物作りとは程遠いお話でした。次話もこんな感じです。ただだた大人たちが休日満喫するお話、おたのしみ下さい。
そしてここまで読んでくださりありがとうございます!
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