24 * 浮かれて大変
コンプライアンスだ何だと騒がれる昨今、これくらい緩く自由な職場が実在したら世間からは働きやすい職場だと羨望の眼差しを向けられるのか、それとも危機管理などがなっていないと批判の対象となるのか、作者としては気になるところです。そんなことを思いながら執筆した回になります。
シルフィ様の活発な動きは色んな人を引きずるように活発にさせた。
「ジュリさーん、カットワーク刺繍の日傘完成しましたわぁ」
その最たる例。 《タファン》の店長になるシルフィ様のご友人オリヴィアさんがご機嫌な様子で日傘を持ってきた。……侍従とは雰囲気が明らかに違う若い男を二人侍らせていることは敢えて突っ込まない。
基本となる日傘数本に混じる、カットワーク刺繍の商品化の意見を聞くために開催したお茶会で日傘を提案してくれた中立派の夫人、私達の結婚式でビンゴ大会の豪華景品を見事引き当てた伯爵を旦那様に持つ夫人のための完全一点物の日傘はそれはそれは見事な出来栄えだった。
「ジュリさんの仰言る通り、あえてアシンメトリーなデザインが独創的でありながらなんて優雅な仕上がりになったか!」
「ああ、これはいいですね」
「ええ、ええ、みてください、この紺色に映える真っ白な刺繍。そして切り抜かれたことで軽やかさが感じられますわ。これだけで見る人の目を奪いますわね。そしてね、ほら、飾りのガラス玉。傘の露先につけられたこれが歩く度にキラキラしながら揺れるんですの。これのなんと上品なこ・と・か」
……いやもう、この人に営業任せるよとシルフィ様が全幅の信頼を寄せている理由がわかったわ。スゲーわこの人、よく喋るしその喋りが人に語りかける口調でしかも非常に聞き取りやすい速度と声色をしている。テレビショッピングに出演させたらいい線行くよ、きっと。
ハンドルも拘ってガラスになっているその一点物の日傘は直様丁重に箱詰めされて伯爵夫人の所に送り届けることになっているという事も告げられながら次に 《タファン》で販売される第一弾の日傘をオリヴィアさんはテーブルに並べる。
「白、黒、紺色、主にこの三色と基本の色は少ないですけど、その代わり刺繍のデザインと糸の色をバリエーション豊富にするという発想は流石ジュリさんだわ」
「人となるべく被らないようにするにはそれくらいの配慮はしないと、と思いまして。 《タファン》ならそれくらいの手間をかけたものを多く出しても売れるでしょうしね。日傘も富裕層の嗜み品としては欠かせないものの一つですし」
「それにハンドルを選べるというこのオプション、私感動致しましたわ。これを全面に押し出して売ろうと思いますの、このさりげない選択肢、好きですわ。女心をグッと摑みますわよ、必ず」
「お、おぅ」
圧がすごくてついのけぞり気味に変な声を出しちゃった。
そう、なるべく人と被らない様にしたいという富裕層のその願いをもっと簡単に叶えられないかなぁと考えた時に、ライアスから傘を持ち差すときに必ず握るハンドルならば構造が統一されていれば簡単じゃねえかという意見を貰い。
で、見本の日傘以外は柄がついていない状態で販売することになったのよ。
《タファン》の真向かいに関連の工房があるので購入したらそれをすぐ仕上げてもらい持って帰るのを可能にする立地だからこそ。
こういう挑戦はこれからもしていきたいよね。
「他にアイデアがありましたらいつでもご連絡お待ちしてますわ、直ぐにこちらに伺いますわね」
と、『わたくし忙しいので』と慌ただしく恋人? かと思われる若者二人を引き連れのちの女店長がそれはそれはご機嫌な様子で帰って行った。
「……私が口を挟む隙がなかったな」
「グレイじゃなくてもあの人に口を挟むことができる人って少ないと思うよ」
そして、同じく引きずられ慌ただしく動き回るのは。
「あー忙しい、忙しい。ほんっと、忙しい。なんでこんなに。全く、忙しいねぇ」
語彙力……。と、ツッコミしたくなるぼやきを常時発しながらも動きは止まらない。
フィンである。
《レースのフィン》の主催として最近の彼女はレースの新規デザインや若手の育成など、レースを編むというよりは下支え的な役割に徹している。一点物のレースを編んでもいいんだけど、出来たタイミングを見計らって身分の高い女性達が私宛に手紙を侯爵家経由で送ってくる。『私が買います』って。
この手紙が怖いんだよねぇ、売る相手を慎重に見極めないと国際問題になりかねない事態に。フィンのレース争奪戦にはバールスレイド皇国の皇后様やくじ引きの企画以降ちょいちょい接点のあるヒタンリ国の王妃殿下も堂々と参戦してくる。そしてその手紙が煩わしい私が燃やそうとするのでフィンが胃痛に悩まされることになる。そんな彼女は最近自作の一点物をコソコソと編んではいるんだけど、胃の健康維持のために溜め込んで後で纏めてグレイに丸投げしようという魂胆。そのためグレイも一点物が溜まった暁には争奪戦の審判役になるのが決定なので思い出しては胃痛がしそうな顔をしたりする。
気ままに編んでいるため空いた時間を他の事に充てたはいいけど他の事になると忙しい忙しいとちょっと面倒そうにしているフィンは、なかなか面白い。
この忙しなさは他の理由もある。忙しないというより、落ち着きがない、というのが正しいかも。
その代表格がキリア。
「あと、五日」
カレンダーを見てここ数日何度もカウントダウンをしている。
何のカウントダウンかって?
社員旅行ですよ。
従業員全員が現在ソワソワMAXなのよ。
《レースのフィン》のシーズンが来て開店してしまうと従業員揃っての社員旅行は無理だろうと私とグレイはその直前に社員旅行をねじ込んだ。そう、ねじ込んだ。シーズンと同時にクリスマスの準備も始まるので、皆が一様に忙しくなるからこのタイミングしかなかったの。それにね、社員旅行は皆がとても楽しみにしているので、延期とか中止が出来ない状況なのよ。
特に今回初の社員旅行ということでグレイが大盤振る舞いしてもいいと許可をくれ、従業員の家族も制限と条件はあるものの無料や半額などで参加できるからその日が近づくにつれ浮き足立っちゃって。
気も漫ろな人達に囲まれてるせいもありフィンが落ち着かない、落ち着けない。
「あぁぁぁぁっ、今晩寝れないかも!」
一番落ち着きないのはキリアだった。普通、寝れないのは前の晩じゃないの? 寝不足になるよそれ。
「ちょっと、いえ、実は……凄く楽しみです」
照れくさそうに手にしていた手帳で口元を隠して恥じらいがちに呟いたのはセティアさん。
「私も楽しみー」
そんな彼女を微笑ましく見つめテンション高めに言ったのがケイティ。
キリアとロビンの息子であるイルバくんも勿論社員旅行に来るんだけど、それを聞いてケイティたちの息子でありイルバ君の兄貴的存在のジェイルくんが羨ましそうにしていたのよ。ケイティはネイリスト育成専門学校の顧問もしているし、普段からお世話になってるから、本当に色々とお世話になっているということで招くことに。
セティアさんは基本私のやることなす事全てに非常に興味を持ってくれてそして楽しんで体験してくれるのもあるけれど、近場と言っても旅行自体が数年ぶりということもあってとっても楽しみにしてくれている。元は伯爵令嬢、保養に静養にと知人や親戚の領地に招かれたりリゾート地のような所を何度も訪れていたと聞いているから、お出かけ自体が本当は好きなんだろうな、と思ったりする。私のせいでローツさんが日々忙しくしていて旅行どころではない生活を強いてしまっていることに罪悪感があったりするので、彼女にはとことん社員旅行という未知なる、ぶっ飛んだ? 旅を楽しんでもらいたいわね。
そんな話で盛り上がっていたら。
おばちゃんトリオがやって来た。
「ジュリ、これどうだい」
ニヤっと不敵な笑みを浮かべたメルサ。ご丁寧に蓋付きの箱に入っていたそれをテーブルに置いてから開けて見せてくれたのはいいんだけど。
「……盛りすぎじゃね?」
スンとしてしまった、言葉遣いも完全なる素になるほど。セティアさんは目をパチパチさせて、未知なるものを目撃した顔をして、ケイティはおばちゃんトリオのような不敵な笑みを。
彼女たちが持ってきたのは、がま口ハンドバッグ。
新作を考えているとは聞いていたしいつものように勝手に作っていることも知っていたけどね。
なんじゃい、このフリフリキラキラ目が疲れるハンドバッグは。
ショッキングピンクのプリーツ加工のリボンが何段も重ねられ全面を覆うボリュームある横長の四角いそのがま口ハンドバッグは口金が金色でつまみがお花の形になっている、これは可愛いからよし。問題は本体で、ボリューム満載のリボンの至るところに白土で作った小さなお花と蝶が散りばめられていて、一部はプリーツの下からチラリと見えるように工夫されてもいる。さらに金属の小さなお花や星パーツなど所謂可愛い見た目のも付けられ、口金の端にはその金属パーツの大きいサイズがチャームとして揺れている。
……濃い!!
「え、なんでこんなの作ったの」
「いやぁ、社員旅行が楽しみで落ち着かなくって。で、作ってると落ち着くからそれならショーウィンドウに飾る目玉商品ほしいなあって思ってさ」
ナオはヘラっと笑って脇に抱えていた別の箱をテーブルに置く。嫌な予感がする。
「こっちは水色だよ!!」
色違い来た!
水色なのに目に優しくないのが出てきた!
「ほら、今年の『ハシェッド・ボンボン』がまだ届かないだろ? 何か作りたくてウズウズしちゃったのさ、で、こっちは」
デリア、その流れは。その箱はなに。
「どうだい黄色! 金持ちっぽいだろ!」
金運上がりそうな金色にしかみえない黄色出てきた!
ピンク、水色、黄色の凄いハンドバッグ。
こんなん、誰が欲しがるんだろうか。
「もう何件か問い合わせ来てるんだよ」
え、マジで。……情報統制してないものはククマットにいるスパイや間者と呼ばれる人たちにダダ漏れだからね。
「それでさ、これ価格いくらにしたらいいかと思って」
ナオ、いい笑顔だね。
「これ三つだけだから、高値で、どうだい」
『ぼったくる?』って顔をしない、メルサ。
個人的にはあまり奇抜な物を全面に押し出す売り方はしたくないのに!
だってこの世界、流行りが奇抜な色やデザインのことが多いから……。なんでそんなのを着たのよ? と本気で声をかけたくなる人が当たり前に闊歩してるんだもん。そんな奇抜な物が流行りになりやすい世界でこれを?
やだな、これがうちの店の定番とかイチオシと思われたら私泣く。
「……今回だけね」
こんな感じで奇抜な色やデザインの物が偶に生み出されると 《レースのフィン》がいつかめちゃくちゃカラフルな店になっちまうんじゃなかろうかと不安を抱く今日このごろ。
「いやぁ、落ち着かないねぇ」
「何が?」
デリアはご機嫌で、でもソワソワしている。
「社員旅行だよぉ、人様にお金を出してもらっていけるなんてさぁ」
デリアの言葉にナオとメルサもニコニコと陽気に頷いた。
「旅行って言っても隣のトレミア地区だけどね」
私が何てことない言い方をしたのが気に入らなかったらしく、このあとおばちゃんトリオに何故か『あんたのその態度はなんだい』と責められた。
いや、社員旅行企画したの私だけど。私がどんな態度でもいいと思うけど。
そしてこのソワソワ感を落ち着けるために従業員たちは物作りをする。
「いやぁ、ごめんごめん。作ってないと落ち着かなくてね」
白土部門長ウェラは悪怯れた様子もなく快活に笑い飛ばした。
「これ……量産するものじゃないよね」
「んなこと言われても。作っちゃったもんはどうにもならないさ」
食べたくなるシリーズの、『小物入れ:ホールケーキ』が二十四個。固まるまで一週間かかるので、しかも場所を取るのでこれは意図的に生産を限定しているものなのに。置く所がないからと、フォンロントリオの作業台まで占拠している。
「どうにかしてください……」
レフォアさん、ごめん。
「商長、ごめん」
「ホンっとキリアの『商長』呼びはロクなことにならないよね?」
「……」
嫌な予感はしてた。うん、してたよ!
「まあ、欲しいという人は多いから私が捌こう」
グレイが苦笑だよ!
「だ、だって、なんか落ち着かないんだよぉ、社員旅行が楽しみで落ち着かないいいぃぃぃ」
最近は作り手が増えて新作やパーツ配置の難しい物以外は私とキリアも作る機会が減ったコースター。
「グレイそういう問題じゃない! 擬似レジンに沈めてある金属パーツは新作でアクセサリーに使って先行販売していくと決定してたものでしょ! しかも押し花もレターセット用に選別されてるやつでしょこれは! つーかこれ私のレターセットのヤツね! キリア確信犯!!」
コースターが山となるほど量産され、在庫過多。
ダメだ、うちの従業員。
浮かれると置き場所の確保もせずに量産するとか予定外の物を作る習性があるとか、なんなのそれ。いくら良いものしか作らないとしても流石にこの習性は厄介だわ。しかも量産しなくていいもの、頼んでないものに限って……。あれ、もしかしてこのせいでウチで人気のものは常に在庫ギリギリ? 地球ならお前のところは内部統制どうなってるんだと言われるヤツ。どうもならん、としか言い返せないなぁ、これは。
こうして、秋の深まったククマット領では浮かれた人達が社員旅行まで予定の商品作りとは別に予定外の物を作りまくってしまい、価格設定などで会計士さんたちが振り回されることになった。
『自由にさせる』って、線引がとても難しいと思うんですよね。
実際問題、ジュリのやってることは潤沢な資金や後ろ盾(グレイセルや侯爵家など)ありきで成り立ってるので。
今更ながらこの回を書いていて金がなきゃ絶対に無理なことしてるよなぁ、と実感しました。
今後も本人はもちろんキリアやオバチャン達は自由ですけどね、じゃないと物語が破綻しますからね(笑)




