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『ハンドメイド・ジュリ』は今日も大変賑やかです 〜元OLはものづくりで異世界を生き延びます!〜  作者: 斎藤 はるき


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24 * 妥協はせずに

「どうするんだ、こんなに」

「どうもしないよ?」

「……どうもしないとは、また困ることを言ってくれる」

「物を作ってると考え事しなくて済むからいいんだよねぇ」

「おむつケーキを量産するなら商品を量産してもらうと助かるんだが」

「今日のノルマは達成しております、ご心配なく」

 グレイが黄昏れちゃった(笑)。


 昨日、クノーマス家の屋敷で使用人さんたちと休憩室で談笑していたグレイをとっ捕まえて帰りの馬車に乗り込んだその場で子供とお母さんのお店を前倒しで開店させたいと相談されたこと、そしてそれをほぼ断る形でとりあえず考えさせてくれと返したことを話した。グレイはそれを聞いても特に驚かなかったのは、事前に侯爵様からそんな話をシルフィ様とルリアナ様からされるだろうと聞かされていたらしい。

「父上から聞いている、驚きはないしジュリが断るだろうことも私から話した時に父もそれでいいと言っていたから、断っていい。大したことではない」

 ものすごく、ものすごく軽くそう言われてあ然としているとグレイは笑いだして。

「そういうときのジュリが絶対に折れないことは私が一番理解しているつもりだ。乳幼児の使うものは安全が絶対条件、そして乳幼児には流行り廃りなんて通用しないし無関係、だから親が種類豊富に用意されたものから選んで納得して買ってもらいたいと何度もその口から聞かされているんだ、妥協する気が全くないのは重々承知だ」

「はぁ、なるほど。普段の喧嘩も役に立ってるわけね」

「そうだな」

 旦那はこの件をあまり深く考えていないことが判明した。

「深く考えていないわけではないぞ」

 厶っとされた。

「ジュリが妥協したくないことをしっかり見て考えれば自然とその理由がわかるしその感覚が身につく。私とてどんなに見た目が良くても体に悪いものや危険な物をほしいとは思わないし、選択肢が豊富な中から選んで納得して買ったものならきっと後悔しないだろうと思える様になっただけだ。母上とルリアナが今のクノーマス家の状況を考えると前倒しして開店したい気持ちはよくわかる、非常にいいタイミングだ。ただ……ジュリが関わっている時点で、最終的なことは必ずジュリが決めるべきだと私は思っている。それこそセラスーン様の望みではないかな」

「けど、クノーマス家の事業だよ? 一応私が監修してはいるけど……」

「その監修している人間がいなかったら誕生していなかった事業だ。だからこそ相談してきたんだろうが、まあ、あまり気にする必要はない、ジュリの進めたいようにな」


 なんて会話をして一時は納得して。

 でも朝を迎えてなんだかモヤモヤしたものが心にあるのよね、なんて考えだしちゃって良いもの作れない気がしたのでノルマ達成後は一心不乱に今作りたいものを作ってやろうとおむつケーキの土台を量産中。

 ケイティ、持ち込んだ荷箱置いてっちゃってさぁ。どうせおむつケーキ欲しいって言ってたから作っちゃえと、おむつ、ロンパース、よだれかけをクルクルまとめて切り株みたいなのを作ってたわけ。

 キリアはそれを見て専用のラッピングペーパー作ってくると研修棟に行ってしまった。今頃他の人、主にフォンロントリオの作業場所を奪ってケーキの断面とか、それっぽいのを描いたり切ったり貼ったりしてると思うわ。私達は仕事とは無関係のものを作ってるから他の人の邪魔だけはしないでねと去り際の彼女に声をかけたけど、伝わったかなぁ。


「私としては、妥協案がないわけではない、とジュリが考えている気がするが?」

 ……。思わずピタリと手を止めてしまった。

「なんでそう思うの?」

「考えたくない、と言ってる時点でな。それを提案すべきだろうがしたくない、といったところか。そもそも妥協したくないのに、妥協案など出したら、そのせいで芳しくない結果になったら後悔するだろう?」

 恐るべし旦那。

 私は傍の椅子に腰掛けてため息。


「そう、ないわけではない、んだよね。でもその結果が悪かったら……後悔して多分もうその手のものは作りたくなくなっちゃうリスクがあるわけよ」















 キリアはケーキ柄の物を三種類と、パステルカラーのストライプ、ドッド柄、花柄の専用ラッピングシートを持って戻りせっせと切り株みたいなのに巻きつけている。

「あたしは経営とか難しいことわからないけど、あんたのその妥協案は好きじゃない」

 はっきり言ってくれる、とグレイは笑う。

「笑うところですか?!」

「いや、お前も大概ジュリ寄りだな、と」

「そりゃあ、そうですよぉ。そんなこと言うグレイセル様はどうなんですか、どう思いますか?」

「私か? はっきり言おうか?」

「はい」

「好きも嫌いもない、やらない」

「は?」

「好きとか嫌いとか問題はそこではないんだよ。ジュリが妥協する気がない、後悔するかもしれないと思っているんだぞ? 最愛の妻がやりたくないと言ってることを私がしたいと思うか? そんなもののために考える時間などいらないだろう、だからやらない、全力で阻止するだけだ。他の者の都合や気持ちなどどうでもいいしな」

「……その答えズルくないですか?!」

「この手の喧嘩で懲りてるからな、ズルいと言われようがなんだろうが、私はジュリが嫌ならやらなくていいという考えに至った。考える必要はない。妥協案自体には興味があったから聞き出して、今後検討する余地のある販売方法ではある。そのうちそれが適した売り方になるものや時期がきたらやればいいだけけだ」

「我らの領主は性格が捻くれすぎてて理解出来ない」

 サラッとキリアがグレイをディスるのは面白い。


 私の妥協案は、『予約制』。

 まだ出せないなら、こういうものが今後売り出されますよ、という絵と詳細の書かれた物を用意して告知し予約販売すること。

 これなら今は完成していないものでもお店でどういうものが出るのかを事前に知れて、そして購入するかどうか決めてもらうことが出来る。

 ただ、配送手段も限られるこの世界。

 結局それだと、送るにしても後日買いに来るにしてもその輸送や移動手段にかかる費用を気にしなくていい人たちだけになってしまう。つまり、富裕層が圧倒的に買いやすい状況になり、そのままそういうお店になってしまう可能性がある。

 予約品とは違うけれどセミオーダー、これを取り入れる 《レースのフィン》ではそれは起こりにくいのかな、と。何故なら価格帯が実に幅広くて、ニリクルから買えるし低価格のものが最初から圧倒的に占めているから。しかも今でもククマットにはククマット編みとフィン編みの格安商品を屋台で販売していてその屋台含めて 《レースのフィン》であることが立場はもちろん老若男女問わずに認知されていることも大きい。店に気に入るものがなければ屋台、屋台になければ店、と選択肢がある事が最初から定着しているからセミオーダー方式を取り入れても他の商品の販売方法や商品のラインナップに影響を与えることは少ないのでは、という見立てがある。


「あ、そっか。なんか嫌だと思ったらその予約制ってお金持ちの買い方に似てる」

 キリアが自分が何故予約制に反対なのか気づいて納得している。

「あたしたちはセミオーダーすらしないもん。必要だから買い物する、買いに行く、そして行ってなかったら諦める、他のにする、それが当たり前だもんね」

「そう、その当たり前の感覚を変えることはこの世界はまだまだ難しいから……だから、予約制は取り入れたくないのよ。結局その買い方が可能な一部の人達だけの物になってしまうかもしれないからね。シルフィ様とルリアナ様には申し訳ないけどね」

 私が肩を竦めると、キリアが大袈裟にため息をついた。

「まーたそうやって気を遣う」

「えっ?」

「グレイセル様じゃないけどさぁ、どうでもよくない?」

 キリアがぶっちゃけた。

「シルフィ様とルリアナ様の気持ち、分からなくもないけど、ジュリがやりたくないことやる意味ある? あんたがクノーマス家に恩を感じるのは当たり前、でも反対にクノーマス家があんたに恩を感じるのも当たり前なんだからそんなに悩むなら妥協案を話さなくていいと思う。ジュリがいなかったら 《タファン》も子供と母親のための店も計画すらなかったんだから」

「そういうもの?」

「あのねぇ!」

 急に肩掴まれた。

「人の為、あんたの原動力はそれ! その原動力を支えてるのはあんたの拘り、うっとおしいくらいの拘り!!」

 拘りをうっとおしい言われた!

「その拘り捨てたら他の人と何にも変わらないんじゃないの?!」

 ガクンガクンされて、首取れそう。

「その拘り捨ててシルフィ様とかルリアナ様とか喜ばせてあんたは笑えるのかって話! あんたが笑えなかったらシルフィ様とルリアナ様だって結局は後から喜んだこと後悔するかもしれないじゃん、ジュリに嫌な思いさせたって後悔するかもしれないじゃん。あんた、それ見たら傷つくよ。傷ついて、後悔して、お二人の悲しそうな顔見て、また傷つく。うっとおしい拘り、貫きなよ。あたしらは、少なくとも 《レースのフィン》と 《ハンドメイド・ジュリ》で働く皆は、あんたの拘りで救われたり、笑ったり、喜んだり、安心したり、そんな気持ちで働いてるから。……あんたは、優しすぎる、ホントに優しすぎる。そこまで気を遣わないでよ、気を遣うためにここにセラスーン様があんたを召喚したんじゃないんだよ」


 あんたは優しすぎる。


 私はその言葉にピンと来ない顔をするらしく、いつも皆に苦笑されている。

 でも今キリアに言われてハッとした。


 私は時々忘れてしまう。


 セラスーン様から、言われているのに。


 好きにしなさい、好きにしていい、と。


 心のどこかにずっとこびりついているクノーマス家への恩。優しく受け入れてくれたククマットの人たちへの恩。


 これが、時々私に許されたことを忘れさせる。


「じゃあ、提案しない」

「うん、そうして」

「キリア」

「なに?」

「首、取れそう」

 ガクンガクン、やめて。

 グレイは私達のやり取りをとても穏やかな笑みを浮かべて見つめていた。















 だからといってモヤモヤが全部晴れるわけもなく。

 なのでせめてシルフィ様とルリアナ様の肩の荷が少しでも降ろせる事を提案する。

 妥協案ではなく、交渉しちゃうよ。

「結局優しいんだよね」

 キリアの呆れた言葉は励ましと受け取っておくわ。


「まずは準備が確実に進んでいる赤ちゃんや妊婦さん用の服や身の回りの物で玩具を除いた完成したものを先行して売りましょう。服だけでもお店を開けるほど用意できます。そこに改良済の乳幼児用の食器、沐浴用たらい、抱っこ紐、これらを同時に出します」

 シルフィ様とルリアナ様が目を輝かせた。

 けれど間髪入れずにグレイがそんな二人を制する様に一枚の紙を差し出した。

「これは?」

 不思議そうに首を傾げたシルフィ様が紙を受け取る。

「未だ完成に至っていない物を含めた乳幼児のおもちゃの一覧表です」

 シルフィ様だけでなく、隣にいるルリアナ様も驚いた顔をした。

「増えているじゃない!」

「ええ、この際ですからジュリとケイティ、そしてリンファがかつていた世界で見たことのある、こちらでも作れそうなものを全て 《ハンドメイド・ジュリ》が監修します。開発を全て担います」

 グレイが目を細めて笑みを浮かべた。

「店を前倒しで出す条件……話してもいいですか?」

 息子のその言葉にシルフィ様は眉をひそめた。

「条件、ですって?」

「開発費を母上とルリアナ……侯爵家に全額出して頂きます。そして、そこに書かれている玩具の八割、いや七割で結構です、安全基準を満たしたものになり、生産が始まったらそれを一気に売り出して貰います。小出しにするのではく、一気にです。そしてクノーマス領で移動販売馬車を使い、主要地区四箇所同時に販売を始め、周辺の村などを数日かけて回って貰い、何一つ品切れを起こさず販売した土地で購入者が必ず望んだ物を購入して帰れる体制を維持して頂きます」

「なっ……」

 シルフィ様は言葉につまり、ルリアナ様も唖然とした。

「もし、その条件を飲んでくださるなら」

 グレイはもう一枚、紙を差し出した。恐る恐る、それをシルフィ様が受け取った。

「完成した玩具は特別販売占有権に登録出来るものは全て登録します。その版権全てをクノーマス侯爵家に譲渡します。今お渡しした紙はそれを約束する誓約書です」

 お二人が息を飲むのが伝わってきた。




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