24 * 誕生!
なんというタイミングか。
あれから数日経って、ケイティとセティアさんとおむつケーキのデコレーションに赤やピンクの靴下やよだれかけを用意すれば苺みたいに飾れるよね、なんて話で盛り上がっていたら。
「ジュリ」
ローツさんと共に今日は市場組合の会合に参加していたグレイが慌てた様子で扉を開けて戻ってきた。
「生まれたそうだ」
ん? なにが?
私たち三人はそんな顔をした。それを見てグレイが一言。
「ルリアナが今朝出産したそうだ」
はい?!
予定より早い出産だ!!
「本家はそれでかなり慌てたらしいが」
だよね、そうだよね!
「ただ、産気づいてからスポンと生まれらしい」
「「「はい?」」」
馬車の中、私達三人ハモった。
スポンと生まれたって、なにそれ。
「本人に確認してくれ、とにかく兄から届いた手紙には『今朝陣痛が始まったが間もなく無事出産、スポンと生まれてくれた』と書いてあっただけだ」
マジか!!
出産直後の割にはルリアナ様は元気そうだった。本来自然治癒で体を休めて戻していくのが産後にはいいとされているけれど、ルリアナ様は体に優しいリンファ印の回復ポーションを飲んだとのこと。それで顔色も良いらしい。
「おめでとうございます!」
「ありがとう」
私達からの祝福に、それはそれは優しげな幸せいっぱいな笑みを浮かべたルリアナ様はチラッと視線を外したけれどすぐに私達に戻す。
「気にしないでね」
ニコッと笑顔で言われてもね。私とセティアさんはそっちを見れない。ケイティはガン見してるけど。
「何とかしなさいよ、鬱陶しいったらありゃしない」
ケイティは気にしないらしい。
部屋の隅、背を丸めてシクシク泣いてる人がいる。
「つかぬことをお聞きしますが、何であんなところでエイジェリン様は泣いてるんですか?」
質問してみた。
「クノーマス家では神官様を招いてセラスーン様の像の前で抱いてもらって誕生の報告をするという習わしがあるそうなの」
「へー! そうなんですか!!」
「ええ、旧家には割と子供が生まれたときの儀式に独特の習わしがあるのよ。私の実家にもあったわ。そして神官様が今日神殿で結婚式があって直ぐに来れないそうなの。それまで父親のエッジ様は抱っこ出来ないから」
あ、なるほど。神官様に祝福してもらわないと誰も抱っこ出来ないってことね、それでエイジェリン様があの状態ってことね。
「いいえ? あなた達は抱っこできるわよ?」
「へ?」
「当主と次期当主が抱っこ出来ないだけ」
「え、それ、どういう……」
「エッジ様は父親である前に、クノーマス家の次期当主でしょう? 当主たちだけが、神官様の神様への報告が終わるまで抱けないのよ」
かつて、クノーマス家には双子の男の子が生まれたことがあったらしい。けれど、その時生まれた双子のうち、先に生まれた子は産声を上げず生命力が明らかに弱かった。当時の当主はその子を三日三晩抱き続け治癒師を総動員してその命を繋いだ。一方、後から生まれた子供は元気な産声を上げ生命力に溢れていた。その生まれた時の違いが双子の運命を決定付けた。
父親は先に生まれた子を特に可愛がった。それは長年変わらず、子ども達の成長に影響を与えた。当主本人は差別した意識はなかったと後に語っているらしいけれど、周囲からみれば雲泥の差がある愛情だったと。努力せず何でも与えられる先に生まれた子と、努力が当然でその努力を認められ結果を残さなければ望んだ物を貰えない後から生まれた子。どちらが次期当主に相応しいか、誰が見ても後から生まれた子という一目瞭然の差があった。でも納得しなかったのが先に生まれた子。これによって壮絶な後継者争いが起きた、と。
壮絶な後継者争いってなんだよ、怖いよ。
「以降、当主もしくは次期当主は出産直後の子を抱くことは許されない、というしきたりが出来たそうよ。神官様と共に信仰するセラスーン様の前で子どもたちにたとえどんなに違いがあろうとも平等に対等に慈しみ育てることを誓い、生まれた報告をする。それをしなければ当主と次期当主は触れることすら許されないそうなの」
割とこういう骨肉の争いがきっかけで王族や貴族ではその家独特の習わしが出来ちゃうらしい。凄い世界だぁ。
「ん? ということは侯爵も抱っこ出来てない?」
ケイティがふと気づいてその疑問を口にした。
「もちろん。だからお義母様が慰めてるわ」
あー、いないと思ったらそういうこと。
しかし、ルリアナ様がいるベッドの傍にあるベビーベッドにいる赤ちゃんは、予定よりも早く生まれてきたからか、小さい気がする。
でも、元気なのがわかる。
うん、元気だな。
「……ねえ、物凄い元気よね?」
ケイティもそう思ったらしい。だってね、ずっとバタバタ手足を動かしてるのよ、え、新生児ってこんなに動くっけ? と疑問なくらい。
「クノーマス家の赤ちゃんはこんな感じらしいわ。お義母様もお義祖母様も仰ってたから」
あ、これ遺伝なんだ。……不思議な遺伝。
「ちなみに男と女どっち?! そう言えば聞いてないわよ!」
「男の子よ」
おおっ! と、つい声が出てしまった。
そしてその後、ルリアナ様から是非にと私達は赤ちゃんを抱っこさせてもらった。小さくて軽くて、でも元気な赤ちゃん。
可愛いぞ!!
「へ、へへへへへへへっ」
笑い声が出てしまう。
「あー、可愛いロンパース考えないとなぁ。くへへへっ」
私の変なスイッチが入ったのをスルーして、ケイティがそう言えば、と呟いた。
「ジュリ、急いでおむつケーキ作らなきゃ。早速活躍しそうじゃない」
「あぁぁぁだよねだよねっ、ルリアナ様、お祝いのお品楽しみにしてて下さいね!」
「まあ、ジュリが何か考えてくれているの? 楽しみだわ!」
「ふあっははははっ! ルリアナ様のも色々考えてましたからちょっとだけ時間ください!! 喜んで貰える自信のあるものなので!! うはははっ! 腕がなる、良いもの作っちゃう、うへへっ」
「あ、ジュリ」
ぽん、と肩をケイティに叩かれた。
「セティアがその笑い声にドン引きしてる」
いいんだよお祝い事だから!!
クノーマス家万歳!!
赤ちゃんが私の笑い声でギャン泣きした。
お口にチャック、しました……。
未だ隅っこでシクシク泣いてるエイジェリン様は放置、侍女さんや産婆さんがルリアナ様のアフターケアやこれからの準備に少しだけバタバタしている中、シルフィ様がやってきた。
ルリアナ様と赤ちゃんの負担にならないよう、ケイティとセティアさんと見計らって帰ろうとしたら、シルフィ様が新しい店のことで話が出来れば、という事だったので私一人だけ残っていたのよ。
「あらあら、やっぱり元気ねぇ」
シルフィ様はずーっとモゾモゾ動く赤ちゃんを見て笑い、頬を指で優しく撫でた。
「この子が生まれたらジュリに相談しようと思ってたのよ」
「何ですか?」
前倒しで子供とお母さんたちのための店を開店したい、と。
「それは……」
うーん。
少し難しいかなぁ。
今まで、《タファン》ともう一つ、子供用品のお店は同時に開店させるために進めていた。
《タファン》は嗜み品として需要のあるものを集め、さらにはきっかけとなったバニティケース、裁縫箱など計画段階から既に商品の種類は豊富だった。しかも嗜み品なので、量産するものではない。腕の良い職人さんや作り手さえ揃えばあとはデザインの問題だけになるので、商品開発は割とスムーズに行っている。
一方。
もう一つの店については私が徹底して基準を設けて商品開発を進めて欲しいとお願いした。職人さんや作り手の遊び心を優先するのではなく、『安心と安全』を最優先してほしい、と。
それによって開発が非常に遅れている。
特に子供用のおもちゃが。
「やっぱり、無理かしら」
「……うーん……こればかりは、折れたくないんですよ、ね。安全で安心して与えられるもの、そういうものに囲まれて育った私の価値観を押し付けるようで申し訳ないんですが……」
口に入らない大きさ、入ったとしても呼吸を確保できる形、舐めても害のない塗料、自然そのままの素材重視、鋭利な角のない怪我の確率が低い形、上から落ちてきて当たってもけがをしない軽さ。大まかにこの安全基準を私は設けている。
これが今おもちゃ作りを担っている工房の負担になっている、とシルフィ様が言いにくそうに告げてきた。
わかってる。実際に私のところにその苦情が何回も来てその対応に仕事を中断して何回も話し合ってきた。
「このままでは、開店予定日にすら殆どのおもちゃは間に合わないわ。予定日に間に合うものから先に売り出せないかしら」
「その、急ぐ理由ってなんですか?」
「……多いのよ」
「え?」
「私が想定した以上に、子供と母親のためのお店の開店を待っている人が」
進捗状況を確認するためにトミレアに行くたびシルフィ様が嫌というほど実感したのは、小さな子を持つ家族や親戚、そしてその友人達が開店日を楽しみにしていると期待している空気が強まっているということ。
工房に知り合いがいるからと差し入れを持って来る人が後を絶たず、職人さんたちがびっくりする日々が続いているらしい。
一方、嗜み品専門店 《タファン》の品を請け負う工房にはそういうことはなく、その期待度は歴然。その差を生んだ理由に『富裕層』『一般』と店を二店舗にすることも大きい。
今回出すのは一般向け。富裕層向けの子供と母親のためのお店は出店場所が王都もしくはそこに近いツィーダム侯爵領のどちらにするかで調整が難航しているためまだ準備段階。先行して嗜み品専門店である 《タファン》と同時開店するのが一般向けということが、トミレアだけではなく周辺各領の人たちの間でも話題になっている。
『誰でも入れる店』を『富裕層優先の店』と共に同時に。
今まで必ず『優先』されてきた富裕層。その富裕層が出す店は富裕層が優先されてきた。一般向けの店は一般人が出すからそこに踏み込む必要がない。そこにベイフェルア国の有力家クノーマス家が富裕層の店を優先せず同時に出すということが如何に周囲に影響を与えるのか、そしてすでに影響しているのかがうかがえる程の反響がある。
それは間違いなく、クノーマス家の追い風になる。
領民の支持が上がるのは間違いない。噂を聞きつけて移住を希望する人が増える可能性だってある、なんてことを『大袈裟なことではない』とグレイが言ったほどに。
それだけじゃない。
ルリアナ様の出産。
そのお祝いを兼ねて《タファン》よりも先に前倒しして開店するなら。
『何を』優先するのか、お店一つ開店する時期を変えるだけで多大な影響を与えるのが高位貴族というもの。
クノーマス家にとって新しい店とルリアナ様の出産は、重要な『通過点』となる。
いつもなら味方になってくれるルリアナ様が無言を貫いている。
おそらく、シルフィ様と同じ気持ち。
この人もクノーマス家の一員だ。このタイミングを見逃すような人ではない。それこそ【大変革】によって恩恵が強まったルリアナ様がこのタイミングを望んでいるなら、それがクノーマス家にとっても私にとっても良い結果を齎す可能性が高い。
……でもなぁ。
「どうしても、駄目?」
懇願するような目をされた!! ルリアナ様のその目に弱い私。旦那よ、どこで何をしてるんだ、甥っ子一目見て以降どこに行ってるんだぁ。助けてー。
「……考えさせて貰えませんか」
というか心の中では『駄目ですね』としか言葉が浮かばない。
「無駄に期待を持たせるつもりはありません、はっきり言いますと……妥協したくないです」
「妥協しろとは言わないわ、今開発しているものは開店後ゆっくり完成させて随時出してくれるのでもいいの」
「……それが、妥協に含まれる、と言ったら理解してもらえますか?」
「えっ」
打開策としてシルフィ様が言ってくれたことは、私にとっては妥協にあたる。
これは私の気持ちの問題。
「 《ハンドメイド・ジュリ》を開店したとき、品薄になって、お店を結局休むことになって、また似たような状況に陥って、考えたんですよ。《レースのフィン》ではそんなことにならないようにって。そして人集めから作品を十分に揃えて、そしてそれを維持するよう努めて、ここまでやってきました。先日から本格的に私が監修した宝飾店も、宝飾品なので手当たり次第に作ることはありませんが、それでも最低基準を設けてなるべく品切れを起こさないよう徹底して管理してもらっています。……楽しみにして来たのに、買えない人を『仕方ない』とか『それが当たり前』と帰っていくのを見たくないんですよ」
このことでグレイと喧嘩になったことがある。
もう少し楽に考えて物を作って欲しいと、そこまでジュリが背負う必要はないと諭されて、逆にそれにイラついて頭に血が昇って喧嘩になった。
「私がそうしたいと言ってるの!! 好きなようにしろと言うならこういうことも認めてよ!」
と。
グレイはなかなか引かなかった。私が無理をするのを見たくない、そんなの単なる自己犠牲だ、世の中の人が全員そんなことを望んでもいないと。私の為にあえて強い口調で厳しく言ったことは嫌というほど伝わってきたけど。
引けなかった。
どうしても。
私の好きにするとはそこまで含む。
やりたいことはとことん突き詰めて納得するまでやらなきゃ気がすまない。
結果、グレイが折れた。折れたというより、折れざるを得ないことを私は言った。
「じゃあ、もう、全部グレイが決めて」
と。
できないなら意味がない。しないほうがいい。人に決められたことを淡々と進める方が心も傷つかないし後悔もしない、と。
「すみません、時間を下さい」
せっかくのお祝いムードが霧散した。
私の我儘で、こんな空気にするつもりはなかったんだけどな。
今の私はここにいるべきじゃない。
帰ろう。
「おめでとうございます。赤ちゃんのために、素敵なもの沢山作りますね」
本心から言えた言葉。でもその本心に少しだけモヤモヤしたものが含まれていたことは、きっと私の笑顔に出ていたんじゃないかな。
慶事ですがちょっと最後ほの暗くなっちゃいました。でもここから挽回するはず、です。
ジュリの日本人の感覚を度々取り入れようと考えながら執筆しています。
流行りもの、人気商品って完売するのは当たり前、並んで買うのは当たり前、でもそれ以外のものって日本は特に『品切れ』『欠品中』って少ない気がするんですよね。物が氾濫しているのも要因なのでしょうが、それでもそういう環境で育ってきたジュリには売る側になると品薄になって喜ぶ反面不安が付きまとうのでは? と思いました。その感覚が理解されるかどうかは別問題ですが、そういう価値観は今後も取り入れて行こうと思っていますのでちょっとでも共感してもらえたら幸いです。




