◇ハロウィーンスペシャル◇ シルフィ、仮装してククマットを闊歩する
季節もの、ハロウィーンのお話です。
今年はシルフィが語ります!
そしてこちらはただただ大人たちがハロウィーンを楽しむお話で本編とは絡んでいません。ゆるーい気持ちで読めます。
ハロウィーンです。
今年は義理の娘であるルリアナが参加出来ないのが大変残念だわ。仕方ないわね、お腹に赤ちゃんがいるし何より過保護なエイジェリンが不特定多数が集まる夜に外出なんて!! と泣き脅しをかけるし。
「まあ、お義母様お似合いです!!」
両手を顔の前で合わせたルリアナがはしゃぐ。今年の私の衣装はジュリだけでなくルリアナもアイデアを出してくれたの。
「来年は私も絶対に参加しますわ、その時の衣装はこれを参考にしたいと思います」
「そうね、私よりも貴方の方が似合うはずよ」
ジュリから提案されたのは。
「今年のシルフィ様は美しく鮮やかな海の魚です。人魚でも良かったんですけど、どうしてもヒレの綺麗な魚や熱帯魚の華やかな感じが頭から離れなくて」
白からオレンジ、そこから赤、そして赤からワインレッドのグラデーションのドレス。袖と裾は波を彷彿とさせるドレープの効いた広がるデザインで刺繍は鱗を思わせる繊細なものが施されているの。ストールも同じ様に波打つような仕上がりの真っ白なオーガンジー。貝殻の刺繍がオシャレだわ。
「この杖、凝ってますね」
「そうなのよぉ、ガラスと白塗りの棒を組み合わせて海をイメージしたんですって。珊瑚も使って……―――」
二人でティアラや手袋の凝ったデザインで盛り上がっていたら。
「そろそろ行こうか」
旦那様の登場です。
「海の覇者のご登場ですわね」
ルリアナはこれを初めて見ることもあって目をキラキラさせて拍手をして迎えたわ。
「侯爵様はシーサーペント」
ジュリのその極めて短い説明に、以前見かけた長い布を引きずって歩くシーサーペントを模したらしい衣装を思い出してしまった。それは私だけでなく、侯爵家全員が。
「いやいや、侯爵様には着せられませんよあんなのは。大丈夫です、シーサーペントをイメージしたかっこいいのにしますから」
ジュリのその軽い口調に偽りはなかったわ。
「光沢のある革と金属を駆使して、厳ついシーサーペントの鱗を表現してます。シーサーペントの鎧、と言えばいいですかね? そこに濃い目の色合いの天然石を所々に散りばめて暗くならないようにしました。後ろに長く垂れている部分は長い尻尾を表現してます。もちろん侯爵様の身長に合わせて引きずることのないよう調整しますよ」
シーサーペントの頭部を模した兜に、海を連想させる飾りが施された剣。シーサーペントが人化したらこんなふうになるかしら? と思わせる衣装なのよ。
「とても素敵ですわ! 着てみたいです!!」
え、ルリアナ、これを着たいの?
そういえばこの子、着ぐるみなるものを密かに愛用していたわ。うさぎに始まり猫や犬、最近は熊も……。
奇妙なテンションになったルリアナはエイジェリンに預け、ククマット領に馬車で向かう。
到着する頃には辺りは闇に包まれる直前。けれど灯りが至る所を照らしていて、どこもかしこも明るい。視線を動かすたびに、必ず一つはジャックオーランタンが目につくし、おどろおどろしい物から可愛らしいものまで、沢山のそれらしい飾りが目を奪うように置かれている。
「今年も大盛況だな」
「ええ、本当に」
旦那様と並んで歩けばククマットの領民や観光客から驚愕の視線を向けられそして歓迎され、私達も自然と笑顔が溢れる。
「ようこそククマットのハロウィーンへ!」
とんがり帽子の魔女に扮したジュリが笑顔で迎えてくれた隣。
吸血鬼なるものに仮装している息子が無言で出迎えた。
「あ、牙をつけたまま喋ると口が乾くし違和感半端ないって、喋るの避けてるだけです。なので私が案内しますねぇ」
ジュリ、今年もあの牙を付けさせたのね。そしてその牙を改良はしないのね。ジュリはグレイセルの仮装は吸血鬼一択! と言っていたから、少なくともあと数年はその改良されない牙に悩まされるんじゃないかしら。頑張ってね、グレイセル。
そして今年も、とても謎多き仮装をしているのがハルト。
……それは何の仮装なのかしら?
「今年は、る◯うに剣心だぜ!!」
ごめんなさい、全く分からないわ。
「分からなくて大丈夫です」
そう、よかったわ。ジュリがそう言うなら安心。
そういえば今年はマイケルたちはテルムス公国で小規模ながらも初めて自分たちでハロウィーンを企画し開催するからこちらには不参加。もちろん、来ていたとしても私達と顔を合わせることはないのでしょう。寂しいけれど、その原因は私達なのだからと甘んじて受け入れている。
「あら、そういえばリンファ礼皇は何処に?」
「知り合いの子供を数人連れてきてるんですよ、その子達に付き合ってスタンプラリーを回ってます」
今年も子ども達限定参加のハロウィーン・スタンプラリーが開催されている。
数カ所にスタンプが設置され、全てのスタンプを集め中央市場の特設会場にある専用のスペースに行くとお菓子や飴がぎっしり詰まった袋が貰える。各ポイントにはククマット自警団がそれぞれ仮装して出迎え、子ども達はそれを見てびっくりしたり、笑ったり。
「次あっち行ってみよーぜ」
「あと二個だ、よーし!」
「待ってよぉ」
「こっちこっち、みつけたよ!」
明るくはしゃぐ子供の声に、すれ違いざま自然と大人たちも笑顔になる。
お菓子の袋は侯爵家も協力させてもらったの。去年よりも数を増やすと聞いていたから沢山美味しいものを用意させてもらったわ。
そして。
「おおっ、これは凄い!」
旦那様が目を輝かせた。
そこは、屋台が集められた、一際明るい場所。
特に目を引くのは巨大なジャックオーランタン風のテント。
「ライアスと仕事仲間さんたちが頑張ってくれたんですよ」
木材で骨組みをつくり、その上に布を張った巨大なジャックオーランタンはグレイセルの背丈を軽く超えているので息子も天井を気にせず中を歩けるようだわ。口部分は入口で屈んで中に入ればそこはまるで御伽話の世界のような不思議な空間。
淡いオレンジの光のランタンに照らされて、かわいい顔の魔物や動物が草木の中からこちらを覗いている飾りつけが施されている。中央にあるテーブルと椅子、ワゴンがあり、それらも可愛らしいデザインの幽霊や骸骨が彫刻されている。
「去年この賑やかさを味わいながら休める場所があると喜ばれそうだとグレイとローツさんから言われたので、テントを張ることはすぐに思いついたんです。なのでせっかくだから凝った作りにしちゃおうと考えたらこうなりました。ここは侯爵家専用テントになるのでお知り合い等呼んで使って下さいね」
「ああ、ありがとう。これは面白い! 喜ばれるだろう!!」
旦那様が上機嫌。まるで子供のようにキョロキョロしているわ。
他に二箇所テントが張られているけれどそれらもジャックオーランタンの形をしていたわ。色は私達のところは鮮やかなオレンジ、そして一般開放されている、テーブルなどはないけれど中にたくさんの飾りがされているテントは紫色。そしてもう一つ。
「……呪われそうな色だな」
「まさに! それを目指してペイントしてもらいました」
「誰にだ?」
「ハルトです」
旦那様が固まった。いえ、私も言葉を失っているけれど。
黒がメインに、オレンジ、赤、紫、黄色、白と緑が使われている。
「ハロウィーンっぽくして、と言ったらこうなりました。ハルトの絵は基本不気味に仕上がるのでこういう呪われそうな色使いや絵が欲しいときは好きに描かせるといい感じになりますよ?」
塗った、というより……なんて言えばいいのかしら。わからないわ。染料の付いたまま筆をぶつけたのかしら、染料を直接掛けたのかしら。……どういう技法でこうなるのかしら? わからないわ。
「本人曰く『超ポップな感じに出来た!』だそうです」
「ほう、これを『超ポップ』柄というのか」
「いいえ、呪われそうな柄です」
「「……」」
なんて返すのが正解か分からず旦那様と笑顔だけ返しておいた。ちなみにこの呪われそうな柄のかぼちゃテントも接待用なんですって。心へのダメージが少ないのは紫のテントだと思うのは私だけかしら。
「視察に来る人たちはアストハルア公爵様御一行はじめククマットに慣れてる方も多いじゃないですか、皆さん心臓の強そうなかたばかりだから大丈夫ですよ」
そういうことが言えるジュリも心臓が強いな、と旦那様に言われて笑っていたわ。
ツィーダム侯爵夫妻をテントに招き、ホットワイン片手に談笑していたらローツとセティアがあいさつに来てくれた、けれど。
「あらまぁ、ジュリにいいように遊ばれたわね、ローツ」
私は努めて平常心であまり刺激しないよう、旦那様とツィーダム侯爵は二人を目にした瞬間笑いそうになったのを必死にこらえたのに、侯爵夫人エリス様ったら。
「はははは!」
大きな声で笑ってしまったわ。
「着ぐるみとやらだな!! それはブラックホーンブルか、似合うではないか、いいぞ……ふはっ、あははは!」
セティアもブラックホーンブルだけれど、耳と角の付いたカチューシャに、黒のふわふわのポンチョというかわいいものでこんな風な仮装は外に沢山いるの。でもローツのは完全な着ぐるみ。ルリアナが欲しがりそうな全身を覆う、顔だけが出ている物。しかもローツは背が高いから迫力があるんだけど、その迫力とは裏腹に着ぐるみというアンバランスさが笑いを誘ってしまうのよね。
「何をしたらそんなものを着せられるんだ」
旦那様の問いに。
「セティアにサキュバスの仮装をさせると言い出したんです。それを止めさせる条件がこれでした」
ああ、サキュバス……。今年ケイティがいないから。あの無駄に露出の高い仮装をセティアにさせようとしていたのねジュリは。
私、旦那様、そしてツィーダム侯爵はケイティのサキュバスの仮装を知っているのでローツへの同情心が芽生えたけれど、エリス様は笑い続けているわ、こればかりは仕方ないわね。
「ちなみに、ナグレイズ子爵家のご隠居も今年は着ぐるみです」
「は?」
ローツの言葉にエリス様が固まった。
「レッドリザードの立派な全身着ぐるみです。ご本人たっての希望があったとのことでした」
さすがのエリス様も笑えなくなっていたわ。そういえばあのお方はクリスマスでもトナカイのカチューシャをしていたそうだから、もしかするとルリアナと同類なのかもしれないわね。
テントに知人や友人が挨拶に来るのも落ち着いて、ツィーダム夫妻もそれぞれが見たいところを回ると既にテントを後にした。日付が変わろうとしているにも関わらず、賑やかな場所がいくつもある。
私と旦那様もテントを出て、人が疎らになった路地裏を並んで歩く。
意図して向かった訳ではないけれど、《ハンドメイド・ジュリ》が経営する夜間営業所兼研修棟の前まで来ていた。
行列ではないけれど、品物が並ぶ台は後ろからは見えない程に人が取り囲んでいる。
皆様々な仮装をして品物を吟味している後ろ姿がいつもとは違い何だか笑いを誘う。
秋の収穫も最盛期を過ぎ、寒さと雪に閉ざされることが多くなる冬を前にその支度に余念がない時期。
賑やかに心暖かに。
そんな行事などなかった。
吹き付ける冷たい風に身震いしながらも仲間と笑って夜を楽しむ人たちなんて、限られていた。
「いいですね」
「うん?」
「冬が来るのも悪くない、そう思えるのが不思議です。ハロウィーンを過ぎればこれから冬が来るのに、寒さに耐え忍ぶ季節になるのに、何故でしょう、少し楽しみにさえ思えて来ます」
「そうだなぁ」
旦那様は少しだけ考えて。
「これがジュリが常々言っている季節を楽しむという感覚ではないかな? このハロウィーンが過ぎてもクリスマスに正月、節分に桃の節句。ああ、バレンタインデーなるものもあったな、ジュリのいた世界では色んな行事が季節ごとにあったのだろう、その都度その行事に合う物が売り出されて、それを眺めるだけでも楽しかったと言っていた。『ああ、もうそんな季節か』と楽しい気分になると。それを見て季節の移ろいを感じ、身の回りを飾り、行事を楽しむ。……そのジュリの感覚が、我々にも少しずつ、芽生えて来てる証拠だよ。良いことだ」
穏やかに笑ってそう教えてくれた。
「そうですね、よい傾向ですわね」
二人で来年も参加しましょうと約束を。そして来年はきっとエイジェリンとルリアナの間に生まれる新しい命もジュリに可愛らしい仮装を考えてもらい着飾って、この不思議な夜を過ごすのでしょう。
既に来年のことを考えてしまったわ、気が早いかしら。
「なんで勝手に外すのよ!」
「何度でも言うぞ! 口が乾く! 喋れない、誰とも挨拶できない!!」
「その牙ありきなんだけど?!」
「じゃあなぜ改良してくれなかったんだ!」
「面倒くさい!」
「お前はすぐそれだ、そうやって妙に投げやりな時がある!」
「別にそれで死ぬわけじゃないじゃん! いちいち細かいのよグレイは!」
「そういう問題ではないだろ!」
息子夫婦が喧嘩しているのに遭遇したわ。
……どうでもいい内容で、激しく喧嘩しているわね。
「仲が良いな、うむ、順調そうでなにより」
旦那様が笑顔で呟いていた。
この喧嘩、来年も見ることになりそうな気がするのは、私だけ?
ハロウィーン、楽しかったわ。
グレイセル、ジュリ、程々にね。『またあの夫婦はくだならいことで喧嘩してた』とククマット中のネタにされちゃうわ。
せっかくのお祭りよ、楽しく笑って終えましょうね。
去年と比べてもそう代わり映えしないネタでした。
やってることは一緒ですからね、代わり映えしないけど雰囲気を楽しんで頂けたら幸いです。
そして外国ではありますがハロウィーンに関連することで痛ましい事故が起きました。
今更ではありますが、冬でも人混みのできるそういったイベントは沢山あります。それらにお出かけになるという読者様もいらっしゃるかと思います。
無理せず安全を確保しつつ、楽しんで頂ければと願います。
そして我々の世界も一気に季節が進み寒くなって来ました。コロナだけではなくインフルエンザなど季節性のものが流行りだす時期です、お互いに体調管理をしながら楽しく素敵な冬を迎えましょう。




