24 * ケイティって結構アイデア持ってるよね
ケイティ達親子がククマットに当たり前にいるようになって久しい。息子のジェイル君なんて特例で自警団の訓練生になり学校から帰ってくると自警団の詰め所に通いククマット領内の巡回担当に混じってククマットの平和の為に日々活動している。
……所属国のテルムス公国帰らないの? と何度か言ってみたことがある。
帰らない。『ククマットは快適』と言って。『月一顔出してるから!』と言って。その月一も半日だし。ケイティなんてネイリスト育成専門学校の顧問やってるのでその月一のテルムス公国への帰還もしないことがある。
「それで公国からの使者に泣き付かれ対応する私の身になって欲しいがな」
グレイのそんな呟きすらガン無視する夫婦。いや、親子。
「友達こっちに沢山出来ました!」
と、ジェイル君に言われるとグレイも強く言えないことを利用する両親を誰か説教してほしい。
あっちに豪邸あるんでしょ、どうしてるのと問えばそれは人に貸し出しているとかでそこで雇った使用人さんたちもそのままそこで仕事が出来ているので誰にも迷惑をかけてないからと笑顔で言うマイケル。あのね、使者が来てる時点で迷惑かかってるんだけど、と諭したけれど、それも効果なし。
……総括すると、この親子はテルムス公国に帰りたくないんだな、ということが分かってからはあまりしつこく言わないことにした。
私としてはテルムスに申し訳ないけどソレで構わないと思っていたりする。
何でかと言うとね、ケイティの時々思い付きで言うことが私の製作意欲を刺激するから。
侮れないんですよ、ほんと。
「ジューリー、見てぇ、新しいネイルー」
上機嫌でやってきたケイティは、今日はセティアさんを伴っていた。聞けば今日は彼女を誘ってネイルを施して貰いに行っていたとかで、確かに爪が淡いピンクに白い花が描かれたカワイイ柄になっている。ケイティのは相変わらずド派手だけどね。今日ローツさんがお休みだからセティアさんも休みなのにケイティはセティアさんを連れ出したらしい。
「大丈夫、ちゃんと許可をとったから。今日は抜き打ちテストをしてきたの。セティア相手だといい訓練になるから」
そう、セティアさんって元は伯爵令嬢で現在はフォルテ男爵夫人。それがどう役に立つかと言うと、セティアさんがお客様となることで生徒たちは貴族相手の会話やマナーを直接学べる。修道院にいた頃、寄付や支援をしてくれる富裕層の女性の対応を一手に引き受けていたそうで、そのためにマナーや教養の質を落とさないよう常に気をつけ学び続けていたことが役に立っていると。
シルフィ様とルリアナ様のハンドマッサージからネイル施術は原則講師二人が行うので、生徒たちは今まで一通りのマナーを知るケイティとこの地を訪れる貴族で侯爵家に『問題なし』とお墨付きを貰っている御婦人でしか貴族を相手にすることはない。今はネイリストを世に送り出すことに専念しているため講師二人がお店を持つ気がないという理由もあり、なかなか機会を与えてやれずにいた。
そこにセティアさんよ。ケイティが目をつけたのよね。
「疑問に思うことを何でもいいから質問してみて」
とか。
「困る要求や質問をされたときの躱し方含めた対応を見たいから、色々我儘言ったり細かーいことを質問したりしてみて」
と。
で、生真面目セティアさん。ケイティに言われたことを忠実にやってくれるわけですよ。そして浮き彫りになった生徒たちの問題。
いざ、施術しながら会話となると集中が途切れ失敗したり、逆に会話が疎かになったり。
これでは駄目だと最近はこうして時間を見つけて突然学校に行ってセティアさんにお客様役をしてもらい生徒たちを鍛えるケイティ。現状ネイリスト育成専門学校の生徒たちは良いところ出身だったり、そういう家に仕えている人達なので会話なんて出来るだろうと思ってたからこれには驚かされた反面ケイティの目の付け所は流石だと感心させられたりもした。
「ネイルサロンが出来るのはまだまだ先ねぇ」
残念そうなケイティだけど、それは仕方ない。生徒たちは基本帰る場所があり、その帰る場所にいる主のためにネイルアートやハンドマッサージを習得するのが殆どだからね。
「気長に待つしかないよ、そのうち出来るはずだから」
私の適当な返しにふくれっ面になったケイティを私とセティアさんが笑う。その後ネイルの話で盛り上がる中、私はアクセサリーパーツの目標数が完成したのでそれを箱にしまい、作業台を台拭きで拭く。
「セティアさんはこのあとすぐ帰っちゃう?」
「そのつもりでした、何故ですか?」
「今から研修棟に行くのよ、新しいレターセットが出来たって連絡があったから。これからの季節に合いそうなのを選んでおこうと思ったの。もし時間があるならせっかくだからセティアさんにも見てもらおうと思って。紙も新しいのなんだよね、それで実際に触ってもらって書き心地を確かめてもらえると有り難いかもって思っちゃったわけ」
「是非同行させて下さい、新しいデザイン凄く楽しみです」
と、その時。
「あ」
ケイティが不意に声を出した。
「思い出した」
私の手元をみて。
「おむつケーキ作れない?」
なにその唐突なお願い。セティアさんと二人でフリーズしちゃったじゃん。
私が作業台を拭くのを見て思い出したらしい。
「ネイルしてもらってすっかり忘れてた」
だって。
というか台拭き見て布から布おむつを思い出したと。
「普通紙おむつで作るけど、ジュリなら布おむつでも作れるかなって思ったのよぉ」
ケイティのテルムス公国にいる知人がそろそろ出産らしく、出産祝いに悩んでいたらしい。贈り物は花やケーキが未だ主流のこの世界で何かびっくりするものをと思って、そう言えば、と思い出したのが。
おむつケーキ。と。
ああ、あったあった!
知ってる!!
「それ、ルリアナにもいいかなと思ったの。あの子もそういうサプライズ好きでしょ?」
「あぁぁぁぁぁっ! そうだね、そうだね! ケイティ流石!!」
そう、ルリアナ様もそろそろなんです〜。私までドキドキしてます~。
アイデア持ちのケイティ大好き。
「あの」
セテイさんだった。
「『おむつケーキ』って、なんですか?」
だよね!!
いつ頃誕生したのかはっきり覚えてないけど、と前置きをしてケイティが説明してくれた。
アメリカでは妊婦さんの友人がホスト役となり、産前にこれから必要なものをシャワーのように、つまり沢山浴びせるくらい (ケイティ、それはちょっと大袈裟な気がするよ)のプレゼントを贈るベビーシャワーと呼ばれるパーティーを開くのが一般的なんだとか。そのパーティー用アイテムとしておむつケーキが誕生したらしい。日本では誕生前は何があるか分からないから贈り物は控えるべき、と私は両親から言われ友人の出産後にお祝いを贈っているから国が違えば祝うタイミングも違うんだなぁと今更ながらしみじみ考えさせられたりしたわよ。
アメリカで広まったものだけど、実用的でかわいらしいと贈り物になることはもちろん、産婦人科病院では生花をお祝いに持って行けない病院が多くなってきた背景も影響して日本でも人気が出たというのをネットで見た気がする。そういえば産婦人科に限らず生花の持ち込み禁止の病院はすごく増えてた記憶があるわ。
「でも皆が皆喜ぶものでもなかったらしいわね」
「あ、そうなの?」
「だってほら、紙おむつって袋に入ってて清潔な状態でしょ。おむつケーキを作るには必ず開封して手作業でデコレーションケーキのようにしていくわけだから必ず手で触るじゃない。手袋してようが一枚ずつ袋に入れ直してようがこんなの不衛生だっ! て事前に申告する人もいたみたいよ」
「あー、たしかに」
「……ジュリさんたちのいた世界では、おむつは紙で出来ていたんですか」
セティアさんがびっくりしている。そうだよね、この世界布おむつだもん。紙おむつはあらゆる技術の発展あってこそ生まれたものの一つだからこの世界の未熟な製紙技術ではまだまだ無理。
「布もあったわよ。ただ、使い捨てで洗う必要がなくて楽だし衛生的だから主流は紙だったわね。ジェイルを妊娠したとき紙おむつが無いことに気づいてショックを受けるくらいには便利なものよ」
「使い捨て、ですか。本当に、お二人のいた世界は、聞けば聞くほど全く違う世界だったのだと驚かされます」
目を丸くして言うので私達はつい笑っちゃった。
「紙はないけど、布はあるからね。ジュリ、おねがーい」
「うん、いいよ。作れるよ多分。やってみようか」
それにね、この世界なら『直接触った?!』なんて言わない。そんなこと考えもしない (笑)。
いや、そのうち最低限は考える世の中になって欲しいけど。
翌日。
ケイティの行動力……。昨日確かに作れるよと言った、笑顔で言った。
そうしたら工房に持ち込まれたのが大きな荷箱五箱よ。邪魔。
「布のおむつに、よだれかけ、靴下に帽子に手袋にもちろんジュリが前に考えてくれたロンパースもあるわよ」
「……見たことあるものばっかりなんだけど」
「そりゃそうよ、クノーマス侯爵家が開店予定のお店に出す商品だもの」
ルリアナ様とエイジェリン様に昨日のうちに連絡して、トミレアにある専門の工房から持ち出す許可をとり、今朝転移で取りに行ったんだって。そして開発・改良途中の物を含め手当たりしだいに運んできたと。工房もルリアナ様にもプレゼントされると聞いて喜んで出してくれたゆえのこの量になったらしい。
「さあジュリ! 作るのよぉ!」
はいはい、分かりました。
ここまでされ、期待されたらね。
さて、突然だったので昨日の相談から考えていたものは当然用意出来ていない。なので試作を兼ね備品の準備から。
ちなみに気になって仕方なかったようでセティアさんも来ている。ローツさんとの間に子供が出来たら作ってあげるからね、といえば頬を赤く染めながらも嬉しそうに頷いてた。
「ん? これ、ケーキの断面図?」
本日の作業を終えたキリアも興味深く私の手元を覗き込む。実はあえて彼女には何をしようとしているのかは話していない。聞かない方がワクワクする! というので。
薄茶色の長い紙に、まずは真ん中にその紙幅の四分の一幅の白い紙を真っ直ぐ貼る。そしてそこに即席で描いたいちごの断面っぽい絵を切り抜きその白い紙の上に更に貼る。
「そう、ケーキの断面。即席だからちょっとバランス悪いけどね」
これは布類を円形になるようにまとめてからその外側を覆う為のラッピングシート代わり。これのおかげで円形を型崩れせず保てるのとケーキだと一目瞭然。私の覚えている限りでは星やハートやドット柄などとてもポップなものが多かった気がするけれど、こちらの世界ではケーキとはっきり分かる柄が良いと思うしね。こういう柄のラッピングシートの開発しないと。
取り敢えず長ーいラッピングシートはキリアが引き継いでくれたので、私は荷箱を開けて中を確認する。
もちろんおむつがメインになるだろうけど、他にも色々あるので活用しちゃう。
「……なにしてんの」
ポカンとしたキリアの顔が面白い。うん、私はひたすら布おむつとロンパース、そしてミニタオルを同じ幅になるように畳んでるからね。この時点で私がやってるのはきれいに畳まれたのをわざわざ広げて畳み直してるだけだからね(笑)。
「まあまあ見てなさいって」
何故かケイティがドヤ顔。
私の手元を見て自分も出来そうだと思ったようでセティアさんが手伝ってくれることに。
「セティアさんのはこれよりも少し幅狭めにしてもらえる?」
「わかりました」
「で、大きさはこれくらいになるように」
手で円形を示すとにっこり笑顔。どうやらラッピングシートと私の幅を揃えて畳むのから想像出来たらしい。
そしておむつをくるくる巻く。その上にロンパースも巻いちゃう。で、またおむつ、おむつ、おむつ……と繰り返し、直径二十センチオーバーの大きな円柱が出来た。セティアさんのはそれより一回り小さく高さもほんの少し低い円柱。崩れないように気をつけながら麻紐で円柱にしたおむつたちを軽く縛り、作業台の上に置き、セティアさんも見様見真似で同じく縛りその隣に並べた。
「……あ」
キリアが気づいたらしい。
「ここでキリアにいちご柄を貼ってもらったラッピングシートが使われるわけよ」
パァァァと目を輝かせたと思ったら、急にスン、とした! なんで?!
「あたしも欲しかったなぁ」
あ、そういうことね。
「もう一人頑張ろうかな」
え、おむつケーキ欲しさに子供作るの?
それは動機としてどうかと思うわよとケイティに突っ込まれながら、キリアは円柱になったおむつたちにラッピングシートを巻き付け、布に付かないように注意しながら端を軽く糊付けした。
そして、大きい円柱に小さな円柱を乗せて。
用意していたリボンを飾り。
二段のおむつケーキの基礎がそこに出来上がる。
「やっぱ欲しい! イルバに弟か妹つくろう!」
そういう宣言と相談は旦那のロビンと二人でお願いします。
ちなみに、おむつケーキを断る理由にサイズが合わないと使えない、おむつのメーカーに拘りがあるので他のを貰っても困る、などあるそうです。
なのでおむつケーキを出産祝いに検討される方は、まずは妊婦さんに聞いちゃいましょう、サプライズは不可能になりますが(笑)。
◆お知らせ◆
次回火曜日の通常更新前に季節もの入ります。
10月31日(月曜)10時更新
『◇ハロウィーンスペシャル◇ ◯◯、仮装してククマットを闊歩する』です。
◯◯は誰でしょう? というお楽しみもありつつ、本編には影響を与えないゆるーいお話なので、お時間のある方、興味のある方お読みいただければ幸いです。




