24 * そろそろ 《レースのフィン》のシーズンです
さあこの季節がやって来ました!!
冬作の野菜や穀物を栽培する農家を除き、冬支度に入るククマット領と近隣の村の農家の女性たちなど私の事業に関わる人達が一堂に会する今日。
改めて見ると物凄い人数だ。
内職、副職、そして従業員を今年初めてこうして集めて見たらなんと三百人超えてるので圧巻。
自警団の訓練場をお借りしてこうして集めたのには訳がある。カットワーク刺繍という新しい商品の販売、そして穀潰し様ことボンボン使用の商品も本格的に販売が始まる前にちゃんとお知らせしておきたいことがあったから集まってもらった。
私は踏み台を用意してもらいその上に立ち、女性たちは椅子に腰掛けているのでよく見渡せる。
「来春、ついに侯爵家による、シルフィ様が商長となる 《タファン》と 乳幼児含む子供と産前産後の女性、家族の為のお店の開店が正式に決定しましたー!」
驚きと喜びが交じるざわつきが至るところから起こった。
シルフィ様とルリアナ様、《タファン》の店長に就任するシルフィ様のご友人であるオリヴィアさんという御婦人と話し合って決定したことがあるからそれを伝える。
これを機に、今現在の皆の就業形態、勤務先について改めて確認して、もし希望があれば新しい侯爵家のお店の従業員や専属の作り手として紹介状を書くことを。
相談を受けていた。
誰か一人でいいので定期的に新しい事業の商品開発の相談役として恩恵持ちに来てもらえないか、と。
これについては私も考えていた。フィン、キリアは勿論おばちゃんトリオがククマットを出ていくことは全く考えていない。でも、私の提案から始まった事なので私が関わるのは当然だけど、常に関わることは今の忙しさからは不可能。だから主力メンバーの、特にオールマイティーに恩恵を授かった誰かを定期的に相談役という立場で二店の拠点となるトミレアに出せたら潤滑に従業員と意見交換やすり合わせが出来るし、作り手の育成と指導もわざわざククマットに来てもらう必要がなくなる。人集めも何もかもがトミレアがメインとなるので都合がいい。
この話をすれば、今度は動揺と不安が交じるざわつきに変化した。
「無理に移動させるなんてことはないから安心してね。現状人が余っているなんてことはなくて、みんなも知っての通りやる気があってルールを守ってくれる人をいつでも募集してるでしょ? だから、突然行けとか言わないから大丈夫。 ただね、侯爵家の新しい店にも私達の作るものが並ぶの。お店のコンセプトは違うけど、私達の取り組みに今後トミレアも一緒に挑戦することになると思って欲しい。ここだけじゃなく、クノーマス領と一緒に挑戦。他人事じゃないの、元は同じ領内で領民だった人たちに今の皆の技術や知識を教えて欲しい。手を貸してほしい。それと、ここよりも新しい場所で挑戦したいという意欲や、トミレアにいったほうが都合がいいという事情のある人もいるはず。そういう人たちの受け皿にもなる、と思ってる。なので今日から考えて貰えるかな。帰りに要望書という紙を渡すから、それを記入して二週間以内に乗り合い馬車に乗せるか直接私の所に持ってきて」
その後は新しいカットワーク刺繍と穀潰し様ことボンボンを使った商品や、がま口やパッチワークなどの 《レースのフィン》のシーズンに合わせた新作なども説明した。
ただ、どことなく全員が商品に集中していない雰囲気が終始会場を支配していた。
全員に要望書を渡し、見送ってガランとした自警団訓練場に残ったメンバーがほぼ同時にため息を溢したのでその被り具合に笑うことになった。
「やっぱりあたしとウェラが相談役になったことも言えば良かったじゃないか」
メルサは初の試みにも関わらず自分から最初の相談役に名乗り出てくれている。今回の皆の反応に少々思うところがあるらしい。
「あたしたちが時々顔を出すと分かれば行ってもいいかなと思う人がいたかもしれないし」
「確かにね。あたしの紹介で入った人達なんかは前向きな人ばっかりだから。メルサとあたしが誘ってもいいんだよ?」
ウェラの申し出はありがたいけれど、私は首を横に振る。
「それだと、相談役の交代で他の人になったとき、ちょっと大変だったり嫌なことがあったら、辞める可能性が高いから。……私が関わる事業だけどね、根本には侯爵家がいる、私の勢いで楽しくやってる店とは訳が違う。侯爵家のプライドや家格、そういうのが付き纏う店に何となくで人は出せないよ」
「あ、なるほど……」
納得したようにメルサが頷いてウェラも同じ様な反応をした。
「だから自分からやってみたい、行きたいと言える人材を回したい。そういう意欲のある者なら向上心も高いだろうし、家庭の事情で都合がいいと移動する者も辞めるという判断に至ることが少なくなるだろう」
グレイの補足に二人は更に納得してくれた。
今回の動きは先日の【大変革】のギフトである恩恵強化の確認も兼ねている。
フィン、キリアとおばちゃんトリオとウェラがククマットを出ても今の指導力や技術が発揮されるのか、というのを確認したい。なので先行してメルサとウェラがトミレアに出来た侯爵家の新たな工房に十日に一〜二日、指導に出向く。そこには主にククマット編みなど 《レースのフィン》の商品と同等の、《タファン》専門の商品製作を担当する人達を募集しすでに稼働可能な状態になっていて、そこでうちから当番制で二人ずつ相談役を送り込み基準を満たした高品質のものを提供出来る体制の構築を目指す。
何事も試してみないことには始まらないのでね。
恩恵が発揮されるかどうか、不安はないのかと頭を過ぎったけれど、当の本人たちは至って冷静というかおおらかというか。
「その時はその時。ククマットで作ってればいい話だし」
と、なんともあっけらかんとした回答を揃ってもらうことになったわ。
後日、用紙の回収は驚くほど早く済んで、蓋を開けてみれば数人がトミレアを本拠地にしたいと希望してくれた。親がトミレアにいるからとか、《レースのフィン》だと絶対におばちゃんトリオに勝てない (何と戦っているんだと疑問)とか、割と明確な理由があって、その人たちは本人の準備が整い次第トミレアの工房勤めをしてもらうことになった。いずれその人たちの中からその工房で頭角を現し皆を引っ張ってくれる人が出てきたらいいなと期待をしつつ、大きな混乱もなく侯爵家との連携が上手くいきそうなことに安堵する。
そして。
「どしたの?」
開店目前の 《レースのフィン》で、フィンが黄昏れている。
「あー、ジュリ。大変申し訳無いのですが、お願いがあります」
「なによ、畏まって。鳥肌立つんだけど……」
「倉庫を一棟、急ぎで建てて欲しいです」
「それ急ぎでお願いするような内容じゃないけどね。そしてその喋り、嫌な予感しかしない」
「……穀潰しを使った商品が」
「は?」
「二階を占拠しています」
何故フィンが敬語になったのか。
グレイとローツさん、そして顔がずっと黄昏れているフィンと共に 《レースのフィン》の二階に上がった。
うん。
占拠してた。
「待って待って待って、なんでこんなことになってんの?!」
「あたしが、聞きたいよ……」
二階に上がって直ぐに、開け放たれた扉が目に入ったんだけど、すでにその開け放たれた扉からちらっと見えるのが穀潰し様こと通称ボンボンが付いている何かが重なっている光景。
そして、三人で部屋の前に立った。中身がぎっしりである可能性がある荷箱と完成したボンボン付きの商品たちが占拠している。足のふみ場がないのではなく、そもそも入れない。
「誰だぁ! こんなに積み重ねたのはぁ!! 危ないから止めろって言ってるじゃん?! てかなんでこんなにあるの、全部穀潰し様を使った商品?!」
昨年ルリアナ様と共に行ったハシェッド伯爵領で捕獲しまくった後、綺麗に処理された穀潰し様は確かにククマットに大量に届いていた。ただ、それらは随時数量を決めて商品にして在庫管理も徹底し、それこそ専用の倉庫を裏に新築してそこに保管していたけれど。
「え、もしかして、裏の倉庫は既に満杯?」
「じゃなかったら倉庫をほしいなんて言わないよ」
「いやいやいや、なんでこんなことに? え、まってよ、これだけあるってことは、ボンボンの在庫はどれ位残ってるのよ」
「……ほぼゼロ」
「マジか」
えー、今年の穀潰し様、まだ届いてないのに……。それなのに、手元に在庫ゼロ?
「セミオーダー受けられないじゃん」
「そうだねぇ……」
あ、フィンが現実逃避しちゃった。遠くを見つめて笑顔だぁ。
「おばちゃんトリオだよね」
「他に誰がいるんだよ」
「ちょっとお説教だわ」
トリオには『次にこんなことしたら半年減給と物を作らせない』と脅しをかけておいた。良いもの作ったのにとか可愛いからいいだろうとか喰い下がってきたけれど、脅しは効果覿面で瞬時にお口にチャックを自ら進んでしてくれた。
駄目ってわけじゃないのよ、現に 《ハンドメイド・ジュリ》ではキリアとウェラがおばちゃんトリオのポジションで、こちらが制御しないと保管場所に困るくらいに新作だとか一点物だとかを喜々として作る。ただし、二人は素材を欠品させる、なんてことはしない。倉庫建て増ししなきゃ、なんてことにはならない。トリオに比べるとそれなりに自制心はあるのでね。いや、でも、その自制心も信用ならない時はあるか。
「なんとかなるよ、あははは!!」
説教が終わった途端、豪快に笑ってデリアがそんなことを言ったのを見て思い出した。
おばちゃんトリオ……【大変革】で『なるとかなる』が強化されたっていう意味不明な恩恵の強化がされてたよね?
え?
まさか?
この状況が何とかなるの? つまり、倉庫増える?
「仕方ないな、倉庫を建てよう」
旦那が呆れつつも、さも当然に言いやがった。
「ほら、なんとかなったろ?!」
「「そういう問題じゃない」」
フィンとハモった。これ恩恵関係ない、グレイが面倒で建てると後が楽と思っただけだ。
ククマットの土木工事や建築を請け負う所に『もう少し計画的に……』と呆れ顔で言われてもこちらは笑ってそれを躱すしかない。
「仕方ないな、済んだ事をいちいち気にしている暇もない」
「そうだけどさぁ、在庫ゼロって流石に想定外。セミオーダーの時期を延期する旨の手紙をお得意様に出さなきゃ」
「そうだな、それは今日から準備をしよう。ただ、あまり悲観する必要はないからな」
「ん? 何で?」
「今年はハシェッド領主だけでなく、隣接するマーベイン辺境伯爵領の穀潰しも捕獲を開始している、処理も輸送も効率化したと聞いているからセミオーダー受付を大幅に遅らせる必要はないはずだ」
「あ、そっか!」
今はないけど、今年から二領で穀潰しの捕獲がされるから、その量は前年を遥かに上回る量が手に入る。それなら今後は在庫ゼロということもなくなるね。あれ、てことは、結局倉庫は新しく立てて正解ってことか。……そういうことにしておく。
しかし、穀潰し様だけで倉庫を一棟埋め尽くしていたのにその倉庫はもちろんこの二階も商品で埋め尽くされたなら、穀潰し様や糸や布などを入れていた荷箱は何処へ。そしてどうやってここまで理路整然と事を進められたのか疑問しか浮かばない。
「こういうことするときのデリアたちは、無駄に手際がいいからね……」
フィン、その一言で済ませる?
あ、済ませるんだ。
深まった秋の冷たい風が吹き付けた。足早に去った夏の熱が恋しくなるその冷たさにフルリと体が震えた。
この寒さを感じて 《レースのフィン》のシーズンだな、って思う人がこれから増えてくれると嬉しい。
穀潰し様をフルに活用してポンチョやストール、ひざ掛けにマフラー、手袋、勿論コートや帽子も準備万端。
いずれこれらの商品はルリアナの実家であるハシェッド領でも姉妹店をオープンさせて売り出されることになっている。ハシェッド領はネルビア国との国境問題がダイレクトに影響する土地、準備は慎重に進められていて今年は間に合わなかった。だから今年の 《レースのフィン》はボンボンのどんなものが人気を集めるのか、定番に落ち着くのか、そういうデータを取るためにも大事な年になる。そのデータは後の姉妹店で生産される商品開発にも活かせるはずだしね。
「商品原価、売価の見直しを定期的にするために会計士もう一人こっちに回してもいいかもね。売上もそれなりに伸びるだろうから、仕事は去年より増えるの確実だし」
「ロビンに適任者を選出させよう。ああ、可能なら見習いも一人二人付けさせたいな」
「現場で経験積むのが独り立ちの近道だしね」
また、冷たい風が吹き付けた。
かつてはこれから人の動きが鈍り訪れる冬を前にしてその先の春を望んでしまうような土地だった。
でも今は違う。
寒さと共に、この季節ならではの楽しみがあると心がほんの少し踊るようになった。
「あ」
「どうした?」
「今晩ブイヤベースが食べたい!!」
「唐突だな」
グレイは笑い、フィンは呆れ顔。
食べたいんだよ、寒いとそういうのが食べたいの!! と力説しておく。
こんなふうに唐突に、『ククマットに行きたい!』と、寒くても言ってくれる人が一人でも増えたらいいなと、思った。




