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『ハンドメイド・ジュリ』は今日も大変賑やかです 〜元OLはものづくりで異世界を生き延びます!〜  作者: 斎藤 はるき


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24 * 社交界は面倒

……【大変革】によって齎された『合意職務者』という新しい働き方にバミス法国は湧いた。だからそれとは別に贈られた個々の恩恵の強化についてアベルさんや獣王様は気にしていないようだった。そもそも私の恩恵はハンドメイドに関するものがほとんど。まあ、グレイやローツさん、そしてなぜかカイくんまでちょっとヤバそうな恩恵が与えられていてそれが強化されたのが気にならない訳ではないけれど。

 あの三人については恐らく私がこの世界最弱ゆえの強化なんだろうなぁ、なんて納得している。そして、恩恵の強化というのは基本そういうものだから周囲も変なものが強化されたな、程度の驚きで済むだろうし実際にそれで済んだけれど……。


「フィン主宰など、ハンドメイドに関する恩恵が強化されたようだと主人が申しておりました」

「そう、ですね……」

「ジュリさんはそれを実際に確認されましたの?」

「現在確認中、ですね」

「そうですか、それでどのような変化が」

「お待ち下さい、公爵夫人」

 毅然とした態度で割り込んできたのはシルフィ様だった。

「それについては現在確認中だとジュリが今まさにお伝えしましたわ。今この場でお答え出来るものではないかと思われますのでどうかご容赦願います」

 目上の公爵夫人に対して怯む様子一つ見せず、シルフィ様が私を庇うように前に出たのを見て、公爵夫人は意外な反応を見せた。

「……シルフィ様にそう言われてしまいますと、従わざるを得ないのを知っていて仰るのですね」

 眉を下げて、少し寂しげに、困った顔。

 本来なら、公爵夫人相手に格下の夫人がこんな事を言うのはタブーだ。今この中だけでなく、アストハルア公爵夫人はこの国で王族を除いた女性の中で最も地位が高いから、シルフィ様の発言だって『黙っていろ』と言えばそれで済むのに。

「そうですわね、わかっていて申し上げます。……ジュリ自身が未だその本質を見極め切れていない事をこのような場で話題にされるのは困ります。貴方のお立場であれば『話せ』の一言でジュリに喋らせる事が出来てしまいます。不確かな、曖昧なことで本人が一番慎重に確認したいと思っている事を無理に話さなくてはならないのです、それがどれだけジュリにとって後に命取りになるか分かりませんわ。夫人にとっては興味の延長に過ぎないのでしょう、けれど、貴方の一言で不確かな事を話し、それを後に言質にされ、ジュリが苦しむ事になるかもしれないのです、だからその話はお控え下さいませ」

 そしてシルフィ様はツィーダム侯爵夫人に向き直る。

「ツィーダム侯爵夫人、貴方も興味がおありのようですけれど、あまり面白可笑しく周囲を唆すようなことだけはなさらないで下さい。……親しき仲にも礼儀あり、ですわ。皆様にも申し上げます、恩恵の強化について、既に皆様なら聞き及んでいるのでしょう。しかし、それがどの程度のものなのか、現在ジュリが確認中です。そして目に見えて明確な変化を確認出来るのはジュリだけですし、確認出来たことを誰に話すのかもジュリの自由です。……ジュリはこのような場に慣れておりません、断るにしろ、話すにしろ、責任ある発言を求められるような質問は差し控えて頂きます。それが出来ぬと仰るのであれば、ジュリにはもうこのような場を設けなくても良いように侯爵家が対応させて頂きます」

 ツィーダム侯爵夫人は『やれやれ……』と呆れながらも笑って了承の意味で軽く首肯する。

 他の夫人たちは突然訪れたピリッとした雰囲気に戸惑うばかりだった。

 アストハルア公爵夫人は、毅然とした態度を崩さないシルフィ様にやっぱり困ったような表情を向けていた。














 あの後、ガラリと雰囲気を変え明るく華やかな声と身振りでシルフィ様がその場を取りしきってくれた。

 シルフィ様がいてくれてよかった、私とセティアさんではアストハルア公爵夫人とツィーダム侯爵夫人を同時に止めるの無理だったもん!!

「彼女はかつて社交シーズンでは王都で何度もお茶会に招待していた仲だったの」

「えっ!」

「やはり、そうでしたか……」

 驚く私とは反対にセティアさんは納得しているみたい。

「聞いたことがあるんです、シルフィ様が社交界の華と呼ばれ中心的存在になられた頃、社交界にデビューしたばかりの令嬢たちや若い夫人たちはシルフィ様のお茶会に招待されるのがステータスになっていた、と。そしてそのお茶会には派閥関係なく沢山の令嬢、夫人が招かれていたと。例外なくその中にいらっしゃったんですね、アストハルア公爵夫人が。……シルフィ様に、憧れたお一人なのですね」

「ええ。私が平民出身だと見下されぬように必死に旦那様と社交界を渡り歩いて何とか侯爵家の者として恥ずかしくないよう振る舞えるようになって、あからさまな嘲笑も聞こえなくなって暫くして、彼女……リズベルが公爵に見初められて結婚したのはまだ十八歳の時、しかも実家は子爵家で子だくさんの四女として育った彼女は正直私よりも教養やマナーといったことが身についていなかったの。愛情は受けて育ったけれど、レディとしての教育までは行き届かない環境だったようね。学園での成績は優秀だったし、魔力も豊富、努力家ということもあって先代公爵夫妻も家格など些末なことだと気に入っていたし、そして同派閥の穏健派ということも相まって結婚まで障害らしい障害はなかったの。でもね、いずれ社交界に出しても恥ずかしくないようにと厳しく教育されて育った私ですら、社交界で真っ直ぐ前を見て歩けるように自信が持てるのに数年。そんな私よりも経験がなかったリズベルは羨望の眼差し以上に嫉妬の眼差しを向けられたわ。酷い嫌がらせを受けたりもしていたの、手助けせずにはいられなかったわ。……私と十歳離れていたこともあって、お茶会は先生と生徒のような関係でね。リズベルも公爵夫人でありながら私のことを『お姉様』と呼んでいたくらい」

 おお……流石シルフィ様。貴婦人として未だ社交界で強い影響力を持ってる人らしい話だわ。

「でも、グレイセルの騎士団団長の任期延長のことで派閥間の溝が深まって……以降ほぼ断絶していたの」

「あ、そうだったんですか」

「二度ほど、手紙を貰ったわ。でも私は当たり障りのない返信しかしなかったわ」

「え、何でですか?」

「今日の彼女をどう思ったかしら。……厄介だと、思わなかった?」

 うわ、返答に困る質問だぁ。

「ふふふっ、いいのよ、正直に言って頂戴? 私とセティアしかいないもの」

「……あー、確信犯だと思いました。私の気分を乗せて、自然に大きな声になるように促されて、そして会話の内容も上手く持っていかれましたよね。【大変革】の恩恵について『詳細は調べてみないと分からない』とアストハルア公爵様にも伝えていますが……多分そのことを聞かされてますよね、そのうえで聞き出そうとしたのかな、って。……恩恵の強いメンバーは過去に一度は勧誘されてますから、【大変革】のことを知ってまた勧誘するつもりだったのかもしれません」


 そう、少し前くらいから、主だった恩恵持ちにグレイやローツさん、そして自警団やクノーマス侯爵家の目を掻い潜って『うちに来ませんか?』という勧誘が来るようになった。これが不用意に恩恵の内容を周囲に話すべきではないと思った理由。何がどれだけできるのかはっきりしてしまうとピンポイントでその能力を欲する人も出てきてしまう。だから『確認に時間がかかる』『明確な基準は設けられない』と濁し有耶無耶にしている現状。

 勧誘された本人たちからは、ここを出ていくつもりがないので困ったという話を聞かされてその対策に本腰を入れようかという矢先の【大変革】による恩恵の強化。

【選択の自由】のある私と違い、恩恵持ちには自衛手段はない。

 だからそこに周囲が目をつけ始めた。しかも新しい技術を欲する所は家どころか国単位でも来ている。バールスレイド皇国も使者を送り込んで来たけど、それは直ぐに現れたリンファがボコボコにして引きずって連れ帰ったけどね……。キリアに関しても既にアストハルア家が陰ながら彼女の護衛を担っているけれど、キリアは『それを理由に来いと言うならもう作らない、護衛もいらない』ときっぱり断りを入れていることもあって、キリアを勧誘することはないらしいけれど。


「良くも悪くも、彼女はご主人のアストハルア公爵に忠実なの。そして好奇心も知識欲も人一倍。クノーマス領が荒れた時、励ます内容だけでなく、こちらの内情を知りたい旨も書かれていたわ。私達の関係が崩れようとしていることを心配するよりも、そちらに注目しているような内容だった……クノーマス家がどうなるのか、国内の勢力図がどうなるのか、強い興味が読み取れる手紙だったことを今でも覚えてるの」

 公爵夫人のことを可愛がっていたんだろうな。

 自嘲する笑みには、寂しさが滲んでいる。

「そもそも派閥が違うから、仄かな期待めいたことを思った私が浅はかなだけ。だから彼女の言動を責めるつもりはないわ、私も侯爵夫人として似たようなことをしてきたし、これからもするでしょうから。……リズベルに対して聞き出せたら助かるなんてことを公爵が言ったかもしれないし、そうでないかもしれない。どちらにしろリズベルは公爵が気になっていることは自分も知りたいと思うような人なの。そのためには、自分の地位をいくらでも使うわ」

「やっぱり、あの場であの話をしたのは、私が話すしかない、低い立場で不慣れだったからですか」

 シルフィ様は伏し目がちで僅かに項垂れていたその頭を更に下げて肯定した。


「ジュリさん、大丈夫ですか?」

「へっ? あ、何が?」

 最後のお客様であるシルフィ様が馬車に乗り込み屋敷に帰るのを見送った。その馬車が遠ざかるのをぼんやり眺めて無言だったせいかセティアさんが心配そうに私の顔を覗き込む。

「疲れましたよね、お茶にしましょう」

 優しい微笑みに促され、私は黙って頷く。

 迎賓館のお茶会に使った部屋は片付けが進む。そこから離れた所にある応接室のカウチに座った途端私は脱力してしまいそのまま横倒しになって盛大なため息を吐き出した。

「ジュリさん殆ど召し上がってなかったから『ガッツリ飯』を用意させてます」

「セティアさんの口から『ガッツリ飯』とか聞くと違和感半端ない」

「グレイセル様に教わりました」

「あの男、ホント周りにロクなこと教えない……」

「ふふふふっ」

 セティアさんが実に愉快そうに笑う姿を見て和む私。色気ムンムンの美人の笑顔、ごちそうさまです。


「セティアさん的には、どう思った?」

「……公爵夫人のことですか?」

「うん、グレイにはもちろん誰にも言わないから正直に話してくれるとありがたい」

「そうですね……」

 分厚いステーキが挟んであるサンドイッチに齧り付く私の前、薄いステーキが挟んである小さなサンドイッチを前にまずは一息と紅茶を飲む彼女は僅かな時間沈黙したあと答えてくれた。

「純粋な方だと、思いました」

「純粋、か」

「シルフィ様に向ける眼差しは間違いなく尊敬や憧れが見て取れました。一方で……ジュリさんに恩恵について質問なさった時の眼差しは、柔和な微笑みとは不釣り合いな、熱のようなものを感じた気がします。悪意はないと思います、ただ、シルフィ様の仰るように好奇心や知識欲が強い故のあの眼差しだとすると、少し恐いです。……あのお方に、抗う事が出来る人など数えるほどでしょう。悪意のない純粋な好奇心を満たすために何でもするとしたら、誰が、どのように止めるのだろうと不安になります」

 激しく同意。


「本当にお疲れさまでした」

「んー、疲れたぁ」

 だらしなくソファーに寄りかかればセティアさんが笑った。

「でも一度は皆様の希望通りジュリさん主催のお茶会に招待されましたので、当分は忙しいを理由にお茶会をしなくても騒がれないと思いますよ」

「それが狙いで無理矢理組み込んだしね」

「これからの季節、イベントが目白押しでお茶会どころではなくなりますからね」

「目下のところハロウィーンと 《レースのフィン》の開店、それから社員旅行にクリスマス」

「あの、予定表を見せられて驚いたんですが」

「ぎゅうぎゅうでしょ?」

「はい。ジュリさんの身の回りの管理をする人が必要というのがあの予定表を見るだけで理解できました」

 二人で余白なしのスケジュールを思い浮かべて笑い合う。


 アストハルア公爵夫人の今日の言動に、少々振り回された。

 グレイと結婚し、伯爵夫人となったことで貴族とか社交界とか大なり小なり覚悟はしていたつもりだったけれど、あの瞬間私はかなり動揺していたな、と思い返す事が出来る。

「社交界かぁ、馴染めない気がする」

「ジュリさん……」

「弱音。セティアさんしかいないからね」

 おどけてそう言えば、セティアさんは困ったような笑みを浮かべて頷いた。

「それでも、やるしかないんだけどね」

「微力ながら、お手伝いさせてくださいね」

「うん、ありがと」


 成功だったのか、そうではないのか分からないモヤモヤしたものを残す事になったお茶会だけど、大きなトラブルもなく終えたので成功だったと胸を張りなさいと帰り際にシルフィ様に言われている。というかシルフィ様が盾になってくれなかったら大失敗だったよね……。ありがたや、ありがたや。皆が競うように作っているであろうカットワーク刺繍作品のいい感じ、しかも一点物をもらってこよう。それを侯爵家に届けにいかないとね。


「……社交界、かぁ」


 また、呟いてしまった。

 セティアさんに心配されるので、とても小さな、呟きだったけれど。





いつも読んで下さる読者の皆様に感謝申し上げます。

先日8000ポイント超えまして、驚きと喜びでニヤッとしました(笑)。

まだまだ『どうせなら〜』続きますので今後も読んで下さると幸いです。

誤字報告、イイネも大歓迎です!!よろしくお願い致します。


最近ジュリが『何だかなぁ』と思う終わり方多いかもしれませんが、彼女はチート枠ではない、という扱いのつもりなので無双するとか、スカッとするとか、そういう展開は少ないかと思います。いや、そもそも物作りがメインなのでそういう展開になりにくい主人公‥‥‥と、ご了承下さい。

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― 新着の感想 ―
 うな丼…
[一言] ガッツリ飯…… 米があったかは覚えてないけど、イメージは山盛りご飯と山盛り肉(焼き肉のタレ絡め)
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