ニューイヤースペシャル ◇ハルト、初日の出に祈る◇
明けましておめでとうございます。
今年もよろしくお願い致します。
季節もの単和です。本編とは繋がっていないものなのでお気軽にお読みください。
クリスマス編はジュリが不憫? でしたが、こちらは趣を変えてあります。《ハンドメイド》的なこともしていません、ただ新年を迎える話です。
「あけおめー!!」
勢いよく、ジュリの店の裏口から工房にすぐつながる扉を開けて叫んでみた。
一応今日が異世界の元日。
「おあっ?! あけおめー!!」
当然反応したのはジュリだけで、ライアスとフィン、それから店を手伝ってる女たちは『なんだ?』って顔してる。
この世界、統一された新年の迎え方ってのがないんだよなぁ。ほとんど建国記念日がその国の新年の始まりに定められてて、要は国によって祝う日が全く違う。このジュリが召喚されたベイフェルアは春だし、俺が召喚された国は初夏。一応十二ヶ月の一年として俺やジュリは認識してるけど、これも自動翻訳で季節とか暦を照合した結果のものだと思うんだよ。
だいたいこの国のこのクノーマス領は侯爵家が治めることになったのを記念してそれを祝うのが十二月の後半から数日、そして建国記念日の春に数日。なんてゆーか、元日が二回あるような感覚で、イマイチ俺にはピンと来ないし、それはジュリも同じだったらしい。
『あけおめー』にジュリがテンション高く返して寄越したのは、一月一日の暦通りの日本版の新年を迎えた日を共有出来たからだ。
あのね、俺この世界で彼女いるの。数年前から。今でもちゃんとお付き合いしてるんだけど、仲良いんだけど、これをその彼女にやってみたらさ。
「なにかの呪文? それともハルトの【スキル】? 変わった響きよね」
って妙に冷めた顔で言われて。
「……わかってた、伝わらないだろうなって分かってた。でも、【スキル】かよ……ひどい」
って俺は数分瀕死の状態に追い込まれた。
伝わらないこのもどかしさ。
今年はなかった!! 最高!!
でも。
俺とジュリがその場でライアスたちに言葉の意味から日本の新年の日付の説明から、なぜか話が派生して鏡餅とかしめ縄とかそういう説明させられて大変だった。
「しめ縄なんて面白そうじゃないか」
っておばちゃんが言ったけどさ
「無理、作れない。私の領分じゃないし手を出したらダメなやつ。やりだしたら極めるまで他の事が出来なくなるから」
ってジュリは笑顔で断固拒否してたな。
「まあ贅沢言わないけど、初日の出くらいは見られたら良かったよねぇ」
「おっ?! 見に行くか?! 俺も行きたい!!」
「おおっ! 行こうハルト! 異世界初日の出見に行こう! 一日過ぎたけど!」
二人で盛り上がって、決定。場所は俺が決めていいって事になって、いざ初日の出を見に!!
「うん、予想はしてた」
「ごめん、日の出見に行くだけですって言ったんだけど」
もはやこの二人が並んでるのは常態化。
まだ真っ暗な時間、モコモコに着こんだジュリの隣にはグレイセル・クノーマス侯爵令息が、当然のように腕を組んで立っていた。なんで日の出を見に行くだけなのに、異世界のノリを味わうためだけなのに、わざわざ立派なマント羽織って剣まで携えているのか。
「つかぬことをお聞きしますがグレイさんや」
「なんだ?」
「なんでお前まで行くわけ? そしてなんでそんなに仰々しいわけ?」
「真夜中にジュリを連れ出すというからだろうが? しかも新年を祝う行事なんだろう?」
……ああ、なるほど?
ジュリを真夜中に連れ出すのは危ないから剣を持ってきたのか、そして襟や裾に毛皮が使われてる高級そうなマントは新年の行事だから身なりに気を使ったってわけか。
そういうことにしておこう。
俺がジュリと二人で出かけることに不満があるんだろ? とは聞かないでおこう。
安易にそんなこと聞いたら腕の一本切り落としにくる、マジで。
「ところで、ジュリのその大荷物、それ持ってくのか?」
「え、荷物持ってても転移出来るって言ってたよね?」
「出来るけど、どうすんの?」
「ふふふふふ、それは現地に着いてからのお楽しみよ」
「何かするのか?」
「寒いですからね、グレイセル様もぜひ寒さも醍醐味にする余興として楽しんで貰えれば」
ジュリが寒さ対策ついでに何かするらしい。足元の大荷物を手で軽く叩き笑った。
場所は比較的近いところに決めてた。このクノーマス領内で国有数の港がある最大の地区。その港を少しそれて、低い断崖が続く海岸線が一部ある。そこは魔物も危ない動物も出ないし人も住んでいない雑木林がある所だけど、地元の人間がその海岸線にやってくる渡り鳥の猟をするために木を倒して地面をならしただけの狭い空き地が所々にある。そこにした。
目の前に遮るものはなくて、水平線から昇る太陽が正面に見える絶好のポイントだ。
ここならグレイも転移できる距離だからちょうど良かったな。
「……想像以上に準備万端だな、おい」
俺の言葉に、グレイも同意したような驚いた顔をしている。
「二十歳のころから友達と初日の出見に行くのが恒例だったんだけど、年々大がかりになっていったのは認める」
そう言ってジュリが笑った。
まず、レジャーシートの代わりに大判の布を広げた。
「お手伝いお願いしまーす」
のジュリの言葉に俺とグレイは素直に従う。
大きな麻袋から、こっちの世界の七輪のようなものを置くとその中に魔物素材を塗装して火が長持ちする炭を突っ込んだらそれをグレイが渡された。
「火起こしお願いします」
次に、蓋のない鍋を出し、水筒を出し、そこにその水筒らしいものをゴン!! と無造作に入れたのを俺が渡された。
「水魔法使えるよね? 鍋に水溜めて。そして火起こし終わった上に置いてね」
そしてジュリはまだまだ出す。
水を溜めてそれをグレイに渡すとすかさず俺に今度は小さい七輪を寄越した。
「こっちもよろしく」
なんだ、これ。
意味がわからん。
と、思ってたら。
「おっ?! 焼き鳥?!」
ジュリの出してきたものについ顔が綻ぶ。グレイも俺の言葉に反応してジュリの手元を覗き込んだ。
「これは? 普通の串焼きよりも随分小ぶりだが?」
「焼き鳥だな、これ。俺たちのいた世界だとこういう細い串に鶏肉さして焼いたやつを焼き鳥って言うんだよ」
「お酒に合いますよぉ、今日は塩と唐辛子だけですけど」
肉や魚を包む大きな葉っぱからお目見えしたそれに俺もグレイもテンションが上がる。そしてジュリはさらに、もう二つ包みを出してきた。
「こっちはフィンの勧めてくれたじゃがいもとチーズを練って丸めたやつ。炙って食べると美味しいんですよ」
「ああ、これは美味い。酒に合うんだ」
「地元料理なんですよね? フィンのはバジルがちょっとだけ入ってます」
「そう、家庭によってスパイスや、ハーブを調整するから微妙に味が違うんだよ」
「うまそう、聞いただけでうまそう」
一口サイズのだんごのような薄黄色のそれをジュリはころげないように葉っぱごと皿に乗せる。
「そしてー、こっちはライアスおすすめ! 」
蓋のされた小さめの鍋だが、その縁を何か小麦の生地らしいもので覆っている。
「ブルさんのシチュー!! 火にこのままかけて周りのパン生地がこんがり焼けたらそれを浸けて食べる!! 工房にこもって徹夜する際のライアスの夜食の定番寒い冬の正義!!」
つい、俺とグレイはオオッと声をあげた。だって寒いんだもん (笑)。熱々シチューとか、ホント正義じゃん。
ちなみに水筒は中身はワイン、水を沸かしてそこで温めホットワインにするとのこと。スパイスの効いたホットワインが苦手だからと量は少なめだったけど、その代わりそのまま飲める白ワインも用意してきたのを布の上に皿やコップと共に並べる。
「グレイセル様もいるから出しちゃおう」
どうりでやたらと重かったわけだ、七輪がもうひとつ出てきたよ。そして炭も多いな? そりゃ『持ってね』って俺に丸投げするわけだ。
「ジュリたちの世界では新年はこうして祝うのか」
「いや、違うからな? 少数派だからな?」
俺とグレイのやり取りをジュリが面白おかしく笑いとばす。
「地元に眺めのいい山があって、若者が寒さ我慢大会みたいなことを兼ねてそこで初日の出を見るっていうのが定番だったんですよ。ただ、元日はガラの悪い人も多く集まるので別の日にやったりしてその時点で初日の出じゃないんですけどね。でも楽しかったですよ、私と友達は我慢大会は嫌で、こうやって火を起こせる道具で飲み物を暖めつつ自分たちも火に当たりつつ日の出まで、喋り倒してましたよ。翌年からお腹も空くからってお菓子とかこうして持ち寄るようになって豪華になりました、三回目には十二人集まって、来年はいっそのことバーベキューでもする? なんて話で盛り上がったりしましたね。四回目は……友達も二人結婚して、他にも彼氏と過ごすとか、海外旅行とか、みんなそれぞれ予定があって出来なかったので、私は部屋に篭って好きにしようと決めて。そしたらこの世界に来ちゃったんですけどね、もうこういうこと出来ないと諦めてたので、出来てよかったです」
気のせいだろうか?
そう語ったジュリは楽しそうに笑っていたけれど、懐かしさと寂しさが滲んで、最後の方は声の陽気さが薄れたように聞こえた。グレイもそれを感じ取ったのだろう、いつもならジュリの話をさらに聞きたがって質問でもしそうだが、今日は遠慮してるらしい。
「さあ、寒いから食べながらお喋りしながら日の出を待ちますよ!!」
しんみりしかけた空気をジュリ自身が吹き飛ばした。
「フィンお手製だからどれも味は保証付!!」
「ジュリはどれを?」
「お前は何を作ったの?」
「……フィンお手製は美味しい!!」
「そうか、フィンが用意してくれたのか」
「えっ、なんだよジュリはなんもしてねぇのかよ?!」
「フィンのは美味しい、間違いない」
「うん、フィンのは私も美味しいと思うよ」
「もしかしてジュリって料理下手?」
「グレイセル様、焼き鳥挑戦してください、シンプルですが美味しいですよ。ハルトはその辺の草でも食べてたら?」
三人で、騒ぎながら日の出を待つ。
白い息が絶えず漂う中に、焼き鳥の香ばしい、油のパチパチとはぜる音といっしょに煙も混じる。かじりつけば熱々の肉汁で口が火傷しそうだけどそれは醍醐味だ。いも団子はこんがりとわざと焦がした濃い目の焦げがいい味になってる。ハフハフ頬張ってさらに息は白くなる。シチューのブル肉は最高に柔らかく舌で潰せてしまうから、そのまま飲み込めてしまいそうなのを我慢して、ルーに溶けた野菜と共に鍋の縁でこんがり焼けたナンのようなパンで掬って咀嚼する。こちらも熱々、白い息が本当に絶え間なく口から上がる。
寒い中で食ってるから旨さは倍増するし、気を抜くと直ぐに冷える指先は焼き鳥をひっくり返したりいも団子を転がしたりして七輪の熱を貰って温めると心地いい、酒で喉を潤せば自然と会話も弾んでたった三人なのに賑やかだ。
寒さに鼻をすすりながら、次第に空の色が変化を始め、グレイが立ち上がる。
「そろそろかな」
それにつられるように俺とジュリも立ち上がる。ジュリは手に持っていたワインの入ったカップを置くと真っ直ぐ水平線を見つめる。
ゆっくりと、太陽の光が強さを増し、水平線の闇が薄れて。
太陽が昇る。
ジュリが手を合わせて、目を閉じた。
何を祈っているのだろう。
その隣で、そんな彼女を少し不思議そうに見ていたグレイも、ジュリが何かを祈っているのだろうと気がついて、見よう見真似、手を合わせて、目を閉じた。
俺も。
いい一年でありますように。
二度と会えない家族や友人、みんなが健やかで
幸せでありますように。
この世界で優しさをくれるみんなが健やかで幸せでありますように。
どうか、【彼方からの使い】にとって、この世界が優しい世界でありますように。
「改めて、明けましておめでとうございます。今年もよろしくお願いします」
「こちらこそな、よろしくジュリ。明けましておめでとう」
「はい。いい年になるといいですね、みんなで 《ハンドメイド・ジュリ》を盛り立てましょうね」
「ああ、わたしも微力ながら尽力させてもらうよ」
「グレイセル様はいつでも百人力ですよ」
「そうか? ジュリにそう認められるのは嬉しいな」
あ、誘ったの俺だけど邪魔なのは俺っぽい。なにこいつら。腹立つんだけど?!
オレなんてジュリに紹介もしたかったから彼女を誘ったのに
「寒いのに夜、日の出のために出歩くなんて辛い。ジュリさんによろしくね、今度ゆっくり挨拶しますって伝えておいて。迷惑なことしちゃダメよ? ハルトはすぐはしゃいじゃうんだから。」
って断られたんだぞ!!
なんだよ新年早々この寂しさ!!
来年は俺だって!!
彼女と過ごしてやる!!




