24 * これでもお茶会です
秋、実りの季節。
迎賓館の一室は秋の果物や野菜、色付いた木々の
葉の形をした白土製のカワイイオブジェを至るところに飾った。焦げ茶の家具が映える白壁の室内とそのオブジェたちと調和するようにオレンジや黄色を主体としたフラワーアレンジメントにも拘ってほっこりとした雰囲気に華やかさを加えた。
「しかしあんたは面白いことを考えるね」
フィンが最終確認のために花の状態を確認しつつ不意に笑ってそんなことを言うと、つられるようにオブジェの配置の微調整をしていたキリアも笑う。
「はははっ、ホントに面白いわ」
彼女がちょっと豪快に笑って言うのでセティアさんもつられて笑う。
「ふふっ、私も驚きました」
「そう? だいぶ前からいい案だと思ってたんだけど」
慣れないドレスに身を包んだ私は首を傾げた。
ちなみに今回のお茶会は、みなさんからいつでも良いという言質を取っていたのでイベント目白押しの季節に突入する前に無理矢理急遽ねじ込んだ。当主たちの許可も勿論貰ってあるので文句は言わせないぞ。
「ようこそお越しくださいました」
セティアさんにピッタリと隣りに張り付いてもらい始まったお茶会。
無難で間違いのない挨拶でお客様をお迎え。
これだけでもう既に窮屈だなぁと思う私は果たしてこのまま伯爵夫人としてやっていけるのかという疑問を抱えつつ、それでも今日のメンバーは知ってる人達だけなので多少の失敗は許して貰おうと甘えたことを考えながら全員が指定した席に着いたのを確認してつい頬が緩む。
「ジュリさん、顔が」
おっと、セティアさんに指摘された! あ、社交辞令満載の作り笑顔からかけ離れた不敵な笑みを浮かべていたらしく、堪らずシルフィ様がフッと息を漏らし扇子で顔を隠したわ。
「あー……初のお茶会なので、ゆるーくいきたいと思いますぅ。そもそも普通のお茶会ではないことは招待状でお伝えしていましたので、皆様もどうぞご自宅で寛ぐような気分で構いません」
「そうか? ならば遠慮なく」
パチン! と扇子を閉じて軽やかな通る声で遠慮なしに言ったのはツィーダム侯爵夫人。正していた姿勢を崩すといきなり足を組んだ。
「ふふふっ、相変わらずですこと。ツィーダム侯爵夫人が珍しくお茶会に乗り気だったのもコレが目的ですものね?」
「そうだな、私は茶も菓子も好きだが茶会は今ひとつ性に合わない。が、今回ばかりは招待状を奪ってでもと思える内容だったのでな」
次いでシルフィ様も扇子をテーブル置くと、両肘を付き指を組むとその上に顎を乗せて楽しげに笑う。
「秘密のお茶会がテーマだものね」
そう。
今まで何度か経験したシルフィ様やルリアナ様のお茶会に参加して思ったのが。
「なんでお茶を飲むのにあんなに堅苦しくルールまみれで緊張しなきゃならないんだろう」
その疑問を口にしたら、シルフィ様とルリアナ様に言われた。
「それなら、どんなお茶会にしてみたい?」
と。
「え、侍女さんは最低限、姿勢崩して好きにお茶を飲んでお菓子食べて。そしてルール無視を決して口外しない秘密のお茶会、ですかね? それならその場で私が新作とか試作をお披露目して意見を聞いたりしやすいですし。上流社会の女性の意見を纏めて聞きたいと思うことがあるんですけど、原則お茶会や夜会になるんですよね、そうするとまずマナーやルールありきで、しかもどんなお茶会だったのか、誰が呼ばれたのか、そういうことを後日社交界でネタにされちゃうじゃないですか、それだと新作の場合情報が流出する恐れもあるし、私を良く思っていない人が参加していたらそもそも社交場で仕事の話をするなんて、って批判されるでしょうし。そういうわずらわしさをぜーんぶ、ぶん投げたお茶会にしていいなら、開きたいですね。それにそういう緩い空気の中なら色んな意見を聞けそうです」
それが実現したの。
ええ、やっちまいましたよ。
ドレス着てるけど、楽な姿勢で緩く、人目を気にせず、勝手気ままなお茶会です。
中立派筆頭二家の夫人が堂々と姿勢を崩したのを見て、招待客、つまり夫人たちが次々肩の力を抜いて笑みを浮かべる。
席も円卓や長テーブルではなく、ゆったり座れる椅子の前に小さなテーブルがあるだけ。初めは派閥や家格で指定したものの、この後は自由に語り合えるように移動してもらって構わないようになっている。
たちまち緩んだ空気は私が望んでいたものなので出だしは順調といえるかな。
セティアさんがその雰囲気を確認して、ベルを鳴らした。
スッと扉が開き、茶器セットやお菓子、軽食が運び込まれる。
「今日の侍女はクノーマス侯爵家の中でも特に口の硬い人を選んでいますので、安心してお寛ぎ下さい」
私のその言葉に笑いが起きた。
さて。
二十分ほど歓談タイムを設けて本当に好き勝手に飲食してもらい、というかお酒も用意したら皆が最初の一杯以外お酒に移行したのには驚いたけれど、その和気藹々とした空気は非常に良い。
「ジュリさん、そろそろ……」
セティアさんがタイミングよく小声で私に合図をくれる。
「お寛ぎの最中申し訳ございません、そのままで結構ですので、招待状でもお知らせしましたが私の我儘にお付き合いください」
全員が私に視線を移す中、セティアさんが予め用意しておいた大きな箱が乗ったワゴンを部屋の隅から私の所まで押してくる。
「試作品ですので、差し上げることは出来ませんがご意見を頂き採用となりましたらいち早く完成品をお届け致します」
スッ、と美しい所作でセティアさんが箱を開ける。
全員が手にしていた物をテーブルに置くと引き寄せられるように集まってきた。
「新しい刺繍製品として 《レースのフィン》から販売予定のものです」
決して大きな声ではなかった。それでも上品な女性たちなりの、抑え込まれた不思議な歓声に私はやっぱりちょっと悪い笑みを浮かべていたらしくて、セティアさんが苦笑した。
ある日、主に 《レースのフィン》で販売されている刺繍製品を担当している女性陣、刺繍部門から面白いものはないかと愚痴られた。ククマット編み、フィン編み、そしてパッチワークのそれぞれの部門に張り合えるものが欲しいと。
えー、いきなりー? とちょっと乗り気ではない私。だって裁縫関連は中の中レベルなので。
そんな私なので 《レースのフィン》の商品についてはフィンとおばちゃんトリオに丸投げしているのに、そんなことを言い出した女性陣の影響を受けちゃったのがキリア。
「なんかないの?」
この『なんかないの?』をうんざりするほど聞かされて重い腰を上げ、久しぶりに召喚時に一緒に召喚されたパーツたちに混じって大切に保管しているノートを引っ張り出した。
そのノートにはお店を開こうと決意した頃から作れそうなもの、作りたいものを思いつくままに書き留めていたので何かしら書かれている可能性があった。
で、実際にあった。
「なんで今まで出さなかった!!」
キリアに肩を掴まれガクンガクンされ、首が取れそうになったわ。
「何回も言うけど、裁縫あんまり得意じゃないから優先順位低いんだってば」
そう、優先順位がね。低い。なので忘れる。埋もれる。そのノートはキリアに貸し出そう、そして彼女に作りたいものがあれば好きにしてと言おうと決めたけど、よく考えたら日本語で書いてたので私とハルトしか読めないという……。
『たまに引っ張り出して読むんだよ』という圧をキリアから掛けられつつ、キリアと刺繍部門に提案したもの。それは。
カットワーク刺繍。
簡単に言うと布を囲うように切れ目なく刺繍し、刺繍されていない部分を切り抜いた物がカットワーク刺繍。
刺繍の仕方によっては布部分を全て切り抜いた、まるでレースのような仕上がりにも出来る。
布を切り抜くのでその端や糸処理が大変面倒で手間がかかる上に切り抜くこと前提なので切り抜いて美しく見えるデザインが求められる。
面倒くさいよね。
「あんたの作るものはたいがい面倒なものなのに、なんでよ……」
なんでだろうね、ほんと。
「カットワーク刺繍というものです。このように刺繍した内側を切り抜いてもしくは外側を切り落としドイリーやランチョンマットにすると刺繍しただけのものやパッチワークとは一味違った雰囲気のものになります」
セティアさんが一人一人にカットワーク刺繍が施されたドイリーやコースター、ランチョンマットを渡す。
「皆様には、このカットワーク刺繍をもっと他にも活かせないかご相談出来ればと思います」
他にも飾り襟、ハンカチも用意した。これから服、つまりドレスにも応用出来ることは皆がその場で気づいたらしく、各々自分のドレスの裾や袖を眺めたりし始めた。
「何でもいいです、こんなものに使えたら、あったらいいなと思うものを仰って下さい」
その一言で楽しげに夫人たちが派閥など関係なく語り合い出した。
いいねぇ、この空気。
「……傘」
「え?」
不意に呟やかれたその単語に全員がとある人に視線を向けた。
「日傘。私、先日日傘を懇意にしている店で買いましたの。それを持って観劇を見に劇場に主人と行きましたら……全く同じ物を持つ方を前に見つけてしまって。何だか遅れを取ってしまった気になってしまい馬車から出せませんでしたわ」
『あー』という、声が出そうな顔はセティアさんまでしていた。貴族あるあるだね。最新の流行を取り入れると、割と被るってやつ。そして最新追いかけてるのに被るの仕方ないのにそれが嫌だと。
「それを派閥の違う者、特に自分より上の爵位の夫人に見られるとな。理不尽な嫌味を言われるのが決定だ。それで嫌な思いをしたという知人が何人もいる。爵位が低いと肩身が狭いらしい」
ツィーダム侯爵夫人がフッと鼻で笑って言うけどこれも貴族あるあるネタで、だからこそ最近のシルフィ様は社交界では一線を画した存在として優位に立っている。 《ハンドメイド・ジュリ》と 《レースのフィン》やククマット領とクノーマス領でガンガン開発される商品を一番に手に入れて身に着ける人だからね。
そもそもシルフィ様とルリアナ様のは私が特別にデザインしたものが多い。最新で一点物なんだよね。これは社交場では最強の武器よ。
なるほど、日傘か。
それは素敵なものができそう。
「シルフィ様、 《タファン》の商品として出して貰えませんか? 価格的に日傘は高級品です、《レースのフィン》でも出せますが、《タファン》は嗜み品を主に扱う店ですからコンセプトにも合うと思いますし」
「貴方がそう言ってくれるなら是非」
よし、日傘は商品化ほぼ決定。
「他にありませんか?」
ここから凄かった。
怒涛、という言葉がピッタリな凄まじい勢いでみなさん喋りだしたのよね。
最初に日傘を提案してくれた、私達の結婚式にも来てくれた夫人に特典として完全一点物のカットワーク刺繍日傘をプレゼントすると言ったせいもある。
でもいいなぁ、この雰囲気。
お店の皆とワイワイ騒ぎながら考えたり決めたり、時には喧嘩か? と思うくらい白熱して商品を開発するのとはまた違う楽しさがある。
これも秘密のお茶会としてマナー無視、勝手気ままをテーマにしたからこそ。
このお茶会が主流になることは、ない。それは私も分かっているけれど、たまに私がやるならいいよね。
「ジュリさん」
皆さんの希望するもののアイデアがどんどん広がり、最終的には夜会が開ける広い部屋のカーテンにどうかしら? という所まで行き着き、スケールがデカいな、なんて事をセティアさんとコソコソしながら笑っていたら。
柔和で上品な笑顔のアストハルア公爵夫人だった。
「良いお茶会ね、ご年配の方や気難しい方には厳しい事を言われてしまうでしょうけれど私達のような変わり者には実に中毒性のあるお茶会だわ。他のお茶会に行くのが憂鬱になるわね」
「公爵夫人にそう言って頂けると思い切って開いた甲斐があります、ありがとうございます」
「冗談ではなくてよ、また呼んでくれるかしら?」
「はい、勿論です」
そんな会話でセティアさんも交え和やかな雰囲気で会話が進んで数分。話は公爵領での移動販売馬車のお披露目が上手くいった事からバミス法国で行ったときの話にまで発展した。セティアさんはローツさんから聞かされていた話とはまた違う、私の話や公爵夫人がアストハルア公爵様から聞いていた話を聞けることがとても嬉しいらしく、とても表情豊かに耳を傾けてくれるので、私もいつの間にか声が大きくなっていた。そして当然、公爵夫人も。
「そしてジュリさん、【大変革】で強まったという恩恵については……確認はされたのかしら?」
あっ、と声が出そうになった。
【大変革】によって強まった恩恵。
これは、実は『合意職務者』と違い有耶無耶にしてまだ一部を除いて話していないこと。
私達の大きくなった声は確実に周りに届いていた。
同時にシルフィ様も他の夫人たちと語らっていたのに突然言葉を失ったように口を噤む。
もしかして、公爵夫人は意図して周りに聞こえるように?
「そういえば……そんな話があったな」
目を細めたツィーダム侯爵夫人は、笑みを深め私を見つめてくる。
何故、有耶無耶にしているかというと。
それなりに理由がある。
その理由というのが、切実な問題になりつつあることだから。




