24 * 優秀な人材を確保したら
新章です。
「改めてありがとうございました」
セティアさんが笑顔で、グレイと私に御礼をしにきた。
「固い挨拶はなし!」
「ええっ?」
「何回も聞いたからもう十分。あとは、幸せにククマットで生きてくれればそれでいいってば」
「ジュリさん……」
結婚式からだいぶ経つのに、ローツさんの休み明けに合わせてセティアさんが開店前のお店に来たから何事かと思えば御礼というね。セティアさんは会うたびにこんな様子で、ローツさんはちょっと苦笑してるからきっと止めたんだろうね、私とグレイがそういうのを求めてないから。ま、そのへんは慣れて貰うしかないか。
今日はフィンが 《レースのフィン》で新作のレースの図案をお披露目する日で、久しぶりに不在。冬を前に開店に向けてフィンは《レースのフィン》をメインに動く事になるのでそれに伴い若干人事の配置変更があったり今後の予定の確認とか、事務的な事を進めなくてはならないので今日の私はものつくりはお休み。
二階の事務所に上がり、私達四人はテーブルを囲んだ。
「せっかくだから相談しちゃおうかな」
私のその言葉にローツさんとセティアさんが首を傾げる。
「二人のプライベートに口出しするつもりは全くないんだけど、もし、可能なら……セティアさん、私の秘書やらない?」
「……『ひしょ』……って、なんですか?」
あ、ごめん。
そうだ。
セティアさんは知らない。
というか、この世界、秘書と呼ばれる職業がない。
それに該当するのが『側近』『文官』『管財士』など、多岐に渡って使いこなされているから。
グレイやローツさんは当然私がその説明を随分前からしているので知っている。
「ざっくり言えば、側近ってこと。ただなんとなく私の中で側近って言葉がしっくりこなくてね。だからローツさんやキリア、うちの従業員の上層には役職を独自に付けてるんだけど。セティアさんにしてほしいのは、貴族令嬢だった頃の知識と、修道院で培った知識を活かして私の代わりに手紙の返信したり、富裕層が来たときに私と一緒に同席して貰ったりしてほしいのよ」
「私が、ですか」
「うん。いやぁ、私伯爵夫人なんだけど、そのへんの知識が皆無で。今までグレイ、ローツさん、そしてルリアナ様にそのへんのことやってもらってたのね? 今でももちろん頼ってはいるんだけど、なにせルリアナ様が妊娠して出産控えてるでしょ?女性関連のことを今お願い出来なくて」
「あ、なるほど」
「この二人にもやってもらってはいるんだけど、手紙とか、代筆してもらうとねぇ、字がね、ちょっと、こう……微妙で」
「……あー……」
セティアさんの反応が (笑)!!
男二人が目を逸らす。
実はこの二人、ライアスに負けず劣らずの厳つい字を書くんですよ。主張の激しい強めな字をですよ。セティアさんも知ってるからこその反応ですね。
「確かに、お二方の字で返信なさると、先方は驚かれるかもしれません。……お誕生日のお祝いのメッセージや季節のご挨拶の手紙には、その、あまり向いていない、かも……」
「あまりじゃなくて、全く向いてないんだよね」
「……」
笑顔で無言のセティアさん。否定しないってことはそういうことだよ。
お店を始めた当初から、グレイはもちろんローツさんに、侯爵家の皆さんから言われていた。『ジュリが手紙を返す必要はない』と。そんな暇あるなら楽しくもの作ってて、という他に貴族社会特有の難解で不可解な言い回しなどが物凄く存在するため。伯爵夫人になったらちょっと勉強しようかな? と思ったんだけど、その膨大な量ゆえ最低一年は勉強する必要があると言われて諦めたのよ。なのでルリアナ様が妊娠する前はルリアナ様とシルフィ様に丸投げしていたんだけど、ルリアナ様の妊娠以降ルリアナ様が外に出なくなった分をシルフィ様が補っているし何より発展目覚ましいクノーマス領、シルフィ様も精力的に多方面に働きかけていたりして必然的に忙しくなった。手紙くらいやるわ、とルリアナ様は言ってくれたけど、そもそも次期侯爵夫人にさせることじゃないよねぇ。私、格下の伯爵夫人だよ、何様だよって普通なら言われちゃう。
他にも私もお茶会くらいは主催する必要があるんだけど、心細い!! 無理です! 一人じゃムリィィィ!!
「私で良ければ是非!!」
「ホント?!」
「はい、あ……いいですか?」
ハッとしてセティアさんが隣に視線を向けると。
「好きにしたらいい」
砂糖吐く……。見たことない甘い優しい顔してるローツさんがいる。そんな彼を見てフフッと笑みを溢して『ありがとうございます』って小さく囁くセティアさん。
砂糖が、襲ってくる。胸焼けする。
ちなみに私が直筆で返信する人は数人いる。その人たちは私とアストハルア公爵様の実に無駄のない、いや、手抜きしまくりの手紙のやり取りを知っていて自分たちもそれでいいと言ってくれた人。せっかくだからとアストハルア公爵様から来る私宛の手紙をセティアさんに見せてみた。硬直してた。うん、用件しか書いてないからね、名前すらないからね。
「ジュリさん、字がキレイですね?」
「ああ、これね、ハルト曰く異世界召喚補正らしくて。【彼方からの使い】は皆それぞれ癖はあるものの綺麗な字が書けるのよ」
「凄く便利ですね……ジュリさんの字がこれだけキレイだと、グレイセル様とローツ様の字と違い過ぎて代筆とは思われず、不審がられてしまうかも」
それね。
事実ありました、ええ、過去にありましたよ!
代筆はよくあることでそれを生業にしている人もいるくらい。なので私は二人に代筆してもらったんだけど。
「ちゃんとジュリに私の手紙は届いたんだろうな?」
と、ナグレイズ子爵家のご隠居から言われた事が。明らかに私ではなく、グレイの主張激しい字だったために、誰かが勝手に返信したのではないかと疑われたの!
そもそも女性の代筆は女性がするもので、しかも似たような字か、綺麗な字の人が代筆するものらしく。その時初めてグレイの字を見たご隠居は、汚いわけじゃないけど主張激しい厳つい字がそれまで見てきた私の字とはあまりにもかけ離れていたがゆえに、嫌がらせか偽造かと思ったと。そしてローツさんでも同じ事が起こっていて。
「これからは私が代筆させてもらいますね」
セティアさん、きっぱり言い切った。
ということで、秘書確保。
貴族特有の言い回しなんてさっぱり分からない私。そもそも私は交渉と打ち合わせといった事しかしないので最低限の最初の挨拶くらいしかしない。しかもそれも『社交界不慣れです』を全面に押し出した挨拶。グレイとローツさん、時に領民講座で講師をしている元執事のエリオンさんなどに隣にいてもらって対応してきたけれど最近は女性の商長さんや貴族夫人が経営者、という人たちとも接点が出てきたので、女性だけでお話となるとどうしてもグレイたちでは不都合な場面があったりしてちょっと窮屈さを感じていたのでセティアさんは救世主。
そして私は製作を始めると没頭してしまうので、スケジュールが大変なことになる。そんな私のスケジュール管理も任せたい。
まあ、それも二人に子供が出来るまでだね。ローツさんが絶対許さない気がする。
「えっ、駄目なんですか?」
「ん? 駄目ってことではないよ。うちは妊娠してても本人の体調がいいなら働いてもらって問題ないし。現に検品担当で妊娠中の主婦もいるよ。出産後も、条件満たせば八ヶ月からお店裏の託児所で預かれるし。もちろん預かれる条件をクリアした赤ちゃんとお母さんだけどね」
どうやら、セティアさんは働きたいらしい。ローツさんが隣で目を細めた。あ、ローツさんはやっぱり嫌なんだな、これは。
「駄目ですか?」
「う、うーん」
上目遣いのセティアさんに見つめられ、細めた目が閉じられた。そして、その目が再び僅かに開き、チラッとセティアさんに向けられると。
まだ上目遣いのセティアさん。
「……ちょっと、話し合おう、うん、後で話し合おう」
あ、これはローツさん負けます(笑)。セティアさんにめっぽう弱いですから。どんなに話し合っても負ける予感しかしない。
そのあたりはお二人に任せるとして、直近でセティアさんにお願いがある。
「お茶会ですね、分かりました。私で良ければお手伝いさせてもらいますね」
「助かるー。なんたって上の人達が来るから」
「え?」
「あ、人数は少ないよ」
「いえ、あの、上とは?」
「アストハルア公爵夫人、ツィーダム侯爵夫人とシルフィ様に、三人がどうしても私主催のお茶会に招待してほしいっていう人達が七人、そこに私とセティアさんが入って計十一人だね。皆伯爵家以上なのよ」
……セティアさんもだけど、隣のローツさんも固まっちゃった。
「……ちょっと待て? え? グレイセル様、どういうことですか?」
なぜ私に質問しないのローツさん。
「ジュリが『各家ごとに開催する暇ないのでまとめてでもいいですか』と聞いたらアストハルア公爵夫人、ツィーダム侯爵夫人、そして母上が『いいよ』と」
「『いいよ』なんて言ってないでしょ、もっと丁寧な言葉だったわよ」
「一緒だろ、確認もせずそれに対して『じゃあ開きます』なんて軽々しく返事をしたら出席者が全員伯爵家以上の夫人ばかりだったんだぞ」
「いやぁ、だから困ってたんじゃないの。ルリアナ様に頼る訳にいかないし、シルフィ様も招待客だから頼れないししかもどんなお茶会になるか期待されてるし」
「……それをセティアに手伝わせようなんてジュリも大概鬼畜だぞ」
「鬼畜の奥さんだから?」
「そういうことではないっ」
「構想はあるから大丈夫よぉ、そこにセティアさんの知識をお借りして、おかしなことにならないように修正してもらうだけだから」
セティアさん、まだ固まってる。大丈夫かな?
「あ、こういうことでしたら私でもお手伝い出来ます」
セティアさんにお茶会の計画書を見せれば笑顔が返ってきたので良かった。
私がしたいお茶会はただのお喋りを楽しむものではなくて、シルフィ様が期待すると言った理由はそこにある。グレイと婚約したてのころ、いずれはお茶会くらいは開かないと体裁が悪いと言われて、ざっと思いつきでこんなお茶会どうですかね? とシルフィ様とルリアナ様に話したことがある。それを聞いたお二人は是非出席したいと言ってくれていたのでそれを実際にやってみようと思って。
セティアさんに手伝ってもらいたいのは、お茶会を催す迎賓館の使う部屋のコーディネートに合わせた招待客の座る位置決め、お茶と菓子、軽食の中身の選定とその量や出すタイミング決めなど。そもそも相談できそうな人が全員招待客だし私だと最後は『適当でいいや!!』になる案件。そして私がお菓子と軽食決めたらその量が大変な事になる。
「確かに、このテーブルの配置ではジュリさんは迷いますよね」
セティアさんがちょっと苦笑しつつ納得してくれたのは、テーブルと椅子の配置がなされた使う予定の部屋の図面。
「しかし、なぜこうなのですか?」
「それはグレイとローツさんがいないところでね、後で説明するから」
「「なに?」」
グレイとローツさんの眼がカッ!! っとなった。
「教えないよ、お茶会終わったらセティアさんやシルフィ様に聞いてよ。せっかくだからせめて終わるその瞬間までは女の秘密として共有したい、優越感ってやつですよ」
圧が凄いが無視。
「キリアとフィンに手伝って貰うけど、二人に聞いても無駄だからね、既に口止め済だから」
ニヤッとする私。
フフフッとちょっと面白そうに優しく笑うセティアさん。
グレイとローツさんは、仏頂面。
クフフフフッ、たまにはこういうのも悪くないよね。
「あ、セティアさんには早速招待状の代筆お願いしますぅ。開催日と場所とテーマなんかを纏めた紙を渡すのでそれに合わせて季節のご挨拶とか加えてアレンジよろしく!!」
「はい、お任せ下さい」
「ちなみに以前グレイに書かせたのがコレ!!」
「あっ、はい……」
「便箋に不釣り合いな字だよね。文章はマナー通り、非常に良く出来てるんだけどね。何でか私が強そうなイメージになるよね」
「……これからは迷わず私に言って下さいね」
「そうする」
グレイとローツさんが解せぬ、と言いたげな顔をした。
ジュリの為の秘書? 誕生です。
皆様の知識にあるような秘書ではございません。ブラック気味でところ構わず昼寝する商長を起こしたり、とんでもない量のおやつを消費する商長の側で翌日のおやつはどこから買おうかと考えたり、偉い人達からの手紙を燃やそうとまとめてあるのをこっそり回収しいつ誰から来たのか集計を取ったり。
「秘書って面白い仕事ですね」
セティアがそう誤解する業務担当です。
そしてここまで読んで頂きありがとうございます。
評価や感想、誤字報告もいつもありがとうございます。
好みのジャンルだな、続きが気になるという方はよろしければイイネや☆をポチッとして頂けると嬉しいです。




