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『ハンドメイド・ジュリ』は今日も大変賑やかです 〜元OLはものづくりで異世界を生き延びます!〜  作者: 斎藤 はるき


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23 * 献上品とは別に

 気づかないだけで疲れていたし緊張していたらしく、昨晩はベッドに入るなりグレイと会話するのもままならない睡魔に襲われ、寝落ちした。

「風呂から戻ったらうつ伏せでピクリともしないから死んでるのかと思った」

 と冗談を言われるくらい熟睡したので朝はスッキリ目覚めることができて気分がいい。


 予定通り、私達は獣王様への謁見のため準備を進める。昨晩はアベルさんの家に泊まったキリアも既にアベルさんと共に来ていて……。あれ、二人ともどうしたそのスンとした顔。

「おばちゃんトリオが観光に行っちゃった」

「わあ、自由だぁ。謁見はしないけど他の人への挨拶はするのがいいと思って来るように言ったんだけどね」

「すみません、我が家の近くに市場があると昨晩話してしまい。ベイフェルアでは手に入らない布や糸を見つけると朝食も食べずに行ってしまいました、止めたんですよ、でも無理でした……」

「ああ、あの人たち基本グレイと私の言う事しか聞かないから。なんか、ごめんね」

 一応謝っておこう。


 キリアと私は 《ハンドメイド・ジュリ》の正装を纏い、グレイとローツさんは貴族らしい正装で。

 そして。

「シルフィ様に感謝だね!」

 彼女がローツさんが両手で抱える物に視線を向けて元気な明るい声でそう言えば、グレイが珍しく素直に頷く。

「母上には私から改めて礼をしておくよ」

「そうだね、何かお礼しないと。()()を使えたらいいなぁと思ってたらシルフィ様から使ったら? って言ってくれてホントに有り難かったもん」

 大成功を収めた移動販売馬車の展示即売会とオークション。恙無く事を終えられたのは獣王様が許可し協力してくれたから。だからこそバミス法国と公的な事業として行えたし、ベイフェルア国内で今回のことに対する反発が起きたとしても規模は小さく然程影響を与えないという安心感を得られた。

 アストハルア公爵様やツィーダム侯爵様がバミス法国で行うことに積極的に力を貸してくれたのは獣王様が交渉の段階から協力関係を築こうと尽力なさって下さったことを知っていたというのもある。

 これがなかったら、私と今のアストハルア公爵様との接点はもっと浅いものだったし、ツィーダム侯爵様とグレイの距離はまだそこまで近くはなっていなかったと思っている。


 謁見が終われば直ぐに帰る。王宮なんて長居する場所じゃないし私も暇ではないし、今後もそう簡単に来れる場所ではないから、この帰還前の謁見でお礼を渡すと決めていた。

 来て直ぐに献上した螺鈿もどき細工の家具や小物は既に王妃殿下の個人部屋に獣王様の意向で運びこまれて模様替えが始まっているらしい。今までのカーテンや敷物とは合わないのでそれも取っ替え引っ替えしながら最高の『螺鈿の間』にすると執事さんや侍女さんたちが張り切っているそうな。『螺鈿の間』、ちょっと響きがカッコいい。螺鈿もどき細工はお気に召した物があれば後日追加で送るといいだろうと侯爵様に言われていたのでそれもその場で確認出来るといいな。













 和やかな雰囲気で進む謁見。

 獣王様と妃殿下も終始笑顔だし、側に控えるアベルさんや側近さんたちも似たような顔と雰囲気。螺鈿もどき細工の追加も確認できた。

 そろそろマナー的に下がる時間になったらしく、グレイからそっと腕を引かれた。それが合図で私から帰る旨を伝える。一応私が商長なのでね、そういうことは私がやらなきゃなのでね。……未だにこういうタイミングとかさっぱりわからん。


「最後になりましたが、この度のご協力に今一度感謝申し上げます。その感謝の印としてこちらをお納め下さい」

 私の言葉に合わせてローツさんから包みを受け取ったグレイが一歩前に進み出て、それを掲げる。すると直様気配を殺し空気に徹していた文官さんたちがササッとテーブルを運んでくる。凄いな、流石だわ。

 布の結び目を解き、出てきたのは紙製の箱。一辺が四十センチの正方形で高さも十センチとそこそこでかいものを二つ。

 その箱の蓋をあける。

 香料や着色料の入らない、ツオロの実の石鹸本来の優しい香りが私の鼻を擽った。


 ……獣王様はじめ、みなさんがキョトンとしちゃった。


 わかる。

 わかるよ。

 匂いは石鹸だけど見た目がね。

 マリ石鹸店で好評のカラフルな石鹸じゃないからね。


 これはホイップソープ。

 侯爵家オリジナルとして、現在クノーマス侯爵家に滞在した人しか見たことも触ったこともない石鹸だから。

 サイコロ状に小さくカットされたものと、絞り袋で絞り出されたケーキのデコレーションのような見かけなので石鹸には見えないし、こんな形をしている意味が分からないよね。

 箱の中身に触るわけには行かないので事前の打ち合わせ通りキリアがローツさんから渡された袋を開けて中から瓶を取り出す。

「実際に触っていただきますとよく分かりますので、お召し物が汚れないように膝にかけるものをご用意いただけますか?」

 私のこの言葉には流石に文官さんたちが焦ってた。だよね、獣王様にと分かっただろうからテーブルを即座に用意出来たけど、まさかさらに出てくるとは思わないだろうし。

 ところが。

 えっ!

 玉座から示し合わせたお二人が降りてきた!!

 ちょい待ち!!

 これ、公的な謁見だよ?!

 みんなザワッとしてるよ?!

 ほらぁ、アベルさんの顔もヤバいよぉ。


「よい、下がっていろ」

 止めようとしたアベルさんたちを、獣王様が手で制す。

「進言お許しください、この謁見は」

 グレイがすかさず慌てた様子でそう声を上げたけれどそれすら獣王様が制した。

「布が届くのを待つのも惜しい。目の前に何やら面白そうな物があるのに」

 ニッ、と笑って獣王様が硬直してしまったキリアの前に立つ。その隣に妃殿下。キリア、大丈夫? 息してる?

「ただの白い石鹸に見えるけれど違うのね?」

 妃殿下に問いかけられて慌てて笑顔を返す。

「いえ、ただの石鹸ではあるんです。質感や重さが全く違うのでそれを実際にお試し頂ければと」

「では、一番を法王が」

 妃殿下がピクリともしないキリアの両手に包まれている瓶を手で優雅に指し示す。動けないキリアに代わり、ローツさんがさっと蓋をあけた。その中にはサイコロ状にカットしたホイップソープが数個入っている。

「見た目はただの石鹸だが……。はっ?!」

 何が起きたか分からない、そんな顔をしたので笑いそうになった!

 指を入れ、摘んだ瞬間。知らない人は必ずやってしまう。

 普通の石鹸と思って掴んだり握ると簡単に潰れるのがホイップソープ。

 瓶の中で一粒潰れたそれに驚いて獣王様が固まった。

 ……ごめん、笑いそうになる。

「な、なんだ?」

「石鹸の開発に少々関わったことはご存知かと思いますが、その過程で出来た石鹸なんです。ひと手間加えるので量産が難しいため侯爵家オリジナルになったものです。今回クノーマス侯爵夫人の計らいでこちらをご用意できました、お納め下さい」

 スッと手が伸びてきた。

 崩れた石鹸の粉が付着する指をまじまじと眺めている隣から妃殿下が迷うことなく瓶に指を入れて、ゆっくり静かにつまんで引きあげた。それをご自身の掌に乗せ摘んだまま力を込めた。

 クシュッ、そんな音が出そうな潰れ方をして、妃殿下の掌で石鹸がポロポロになった。

 そして、妃殿下の耳が。

 ヒョイ、ヒョイと、わずかに上下に動く。え、なにこれカワイイ……。ゴールデンレトリーバーっぽい黄金色の耳が、艶々の毛が。

「ジュリ、手」

 グレイに止められた。怪しい動きをしてしまった。

「非常に軽くて脆いんです。大きな石鹸にはできないんですね、この特性上。ただ、このように小さくすることで使い切りになるのでまず清潔に使え、さらにこの軽さと脆さで水に溶けやすくなります。溶けやすいので泡立ちが早くてキメも細かくなります。手間が掛かるので量産が出来ませんからこれだけしか用意できませんでしたが、本来侯爵家に招待されない限り使えないものなので是非獣王様と妃殿下にお使い頂ければと思います」

 そこまで言って、気づいた。

 なんか、周囲の人との距離が物理的に縮んだ?

 アベルさんたちが明らかに近くなった。


「……余分な石鹸はないぞ」

 ぼそっとグレイが呟いたらアベルさんがいきなり距離を詰めてきた。怖い。

「ないんですか」

「ない」

「……侯爵家に」

「言っても出てこないぞ。これは本来招待客が宿泊する時に部屋に置かれるものだ。通常の石鹸作りと平行して作る、どうしても手間がかかるし忙しい店だから前もって招待する予定があるのに合わせて作ってもらうしかない、正式な招待を受けた人のみの特権だと思ってくれ。だから余分はない」

「……獣王」

「やらんぞ」

「妃殿下っ」

「……」

「一個、一個でいいので! ゴフゥッ!!」

 あ、アベルさんが吹っ飛んだ。見えなかったな、殴られたかのかな。

「平手打ちだった」

 私の心を読んだのか、冷静にグレイが教えてくれた。

 アベルさん、あんたさぁ、一応この国のナンバーツーだよね? ……もう少し、自制心というものを持って頂きたい。

「すまん、普段はもう少し落ち着きがあるのだがどうも 《ハンドメイド・ジュリ》に関わるものになると見境なく食いつくのだ」

 獣王様に見境なく、とか言われちゃってるよ。大丈夫か、大枢機卿。

 何となく、食いつくだろうなと予測はしていた。でもごめんよ、このホイップソープだけは本当に量産は難しいし侯爵家のための石鹸ということで石鹸工房のトルマさんも量産そのものを考えていない。『侯爵家に招待された人のみが使える、貰える』という価値を落としたくないという侯爵家とトルマさんの気持ちも一致してるしね。

 今回は特別、シルフィ様の計らいありきのもの。アベルさんがいくら偉い人だと言ってもそこは譲らないよ、頑張って獣王様と妃殿下を説得してくれっ!

 でもそれで納得しないだろうなぁ、という考えを解決する物は用意している。

 そう。用意したよ。

 獣王様たちはまだ気づかないけれど、実は箱は二段。この箱全てがサイコロ状と絞り出しのホイップソープと思っているはず。

「獣王様、このホイップソープはこれしかご用意出来ませんでしたが、下にあるものは後日発売されます新作の石鹸です、先行してお持ちしましたのでそちらもお納め下さい」

「お? おお、そうか」

 あ、引っ叩いて黙らせた部下を無視して二つ目のホイップソープを妃殿下と共に指で摘んで興味深げにしていたところに声をかけちゃったら、獣王様の声がちょっと裏返った、ごめんなさい。


 そしてグレイが上箱をもちあげ、横に置くと下の箱の蓋を開けた。

「まあ!」

 妃殿下が溢れるような笑顔と共に弾んだ明るい声を発して箱を覗き込む。

「フルーツの輪切りを模した石鹸です」

「手にしても?」

「もちろんです。是非」


 製作もさることながらデザインや販売方法も意欲的に学んで活かそうとするトルマさんがスイカを食べて閃いたとお店にやってきて、デザインが上手く描けないと相談してきた。凄い! と直ぐに協力を申し出てから、作り方などを模索して現在ほぼ完成間近、今回はその中でも出来が良かった物を持ってきた。

 ちなみにトルマさん曰く、私とキリアが、一番始めに試作し、特大の渦巻きになって銀杏切りにせざるを得なかった失敗作のおかげかも、とも言っていた。失敗談から生まれた良い例ともいえる。

 今回は一番始めに思いついた銀杏切りスイカ、オレンジ、レモン、そしてキウイの輪切り。他はまだ色合いのバランスがうまく行かず今回のお礼の品から除外。いずれはりんごや青りんごを縦にカットした柄やこちらの世界の果物で綺麗な色合いのものもあるのでその柄をとトルマさんも張り切っているのでそう遠くない日に発売されるかもね。


 ただ、何せ固まるまで二週間かかる石鹸。そして輪切りしたときの柄を出すためにアイスボックスクッキー風石鹸のようにパーツを完成させてそれを接着し、円柱になるよう柔らかな状態のもので外側を覆ってから形成し仕上げるなど、手間がすごい。脆くてカットが難しいとか絞り出して固めるのでどうしても場所を取るとかのホイップソープとは違う手間が掛かるので同じ着色料を使っているアイスボックスクッキー風の約二倍の定価になってしまった。

 それでもお土産として、ちょっとしたプレゼントとして買える範囲内かな、にはなったので今後も模索していくのがいいよね。


「それはいずれは販売になります、いつかは未定ですが」

 そこまで言って割り込んで来たのが引っ叩かれ吹っ飛んだ人。頬を真っ赤に腫らして明らかに痛そうだけどそんなのお構いなしの高速耳プルプル。もうこの人はこれが常なる事と諦めた。

「いつです?! あのアイスボックスクッキー風なる石鹸はアストハルア公爵から頂いて以降ククマットに行くたびに買ってるんですよ! 妻もですが母も子供みたいにあの見た目に目を輝かせて喜んでくれるし!! 今度はフルーツですか、ああっこれも可愛らしっどふぁ!!」

 今度はお腹を蹴られたのかな? くの字になって吹っ飛んだ。こんな暴力を見ても動じなくなったのはこの世界に来て見慣れてしまったせいか、それともアベルさんだとこういうものだと納得してしまっているからか不明だけども。

「失礼した、あれで数分は気絶してるだろう」

「静かで良いですわね」

 獣王様がケロッとした顔で、妃殿下はニコニコで。

 これはこの国でも常なることなのかもしれない。

 そういうことにしておこう……。


 フルーツ模様の石鹸はククマットに戻ればもう少し在庫があるのでそれも戻り次第こちらに届くよう手配するといえば獣王様がアベルさんを含めた枢機卿や側近の方々に平等に配る宣言をして皆を喜ばせていた。

 やっぱり、毛並みに気を遣う国民が多いゆえに石鹸に拘りがあるというアストハルア公爵様から得ていた情報は正しかったね。最後の最後まで喜ばせられたら今後にもつながるだろうという思惑もあったりしたのですこぶる良い結果になったわ。














「さて、帰りますか」

 グレイ、ローツさん、キリアは笑顔で頷く。


 濃密な三日間だった!


「あー!!」

ククマットに戻り、ようやく安堵の息を吐いた瞬間叫んでしまった。(むせ)そう。

「どうした?!」

「オバちゃんトリオ率いる従業員、回収し忘れた」

「「「あ」」」


 グレイが慌てて転移でバミスに向かい、アベルさんの屋敷に行ったら。

「そのうち思い出してくれればいいと思って!」

「アベルさんの家に泊めてもらえばいいですしね」

「グレイセル様、見てくださいこの布バミスの古典柄だそうですよ」

「こっちは糸なんですがわざと斑に染めてるんですって」

「この干し柿美味しかったのでお店の皆のお土産に大量に仕入れておきました!」 

「試食した干し肉も良かったんですけどねぇ、少ししかないって言われて諦めましたよ」

 誰一人、不安がることもなくバミス法国の市場を歩き回って買い食いして買い物して充実した時間を過ごしていたのと、アベルさん家に泊まればいいとかなり勝手なことを言っていたそうで、グレイはその場で乾いた笑いが起こったそうな。


 楽しんだならいいや、良かったね。


 そしてまたしても私は観光一つせず帰ってきていた。

 私に他所の国を観光する日は来るんだろうか?




フルーツの輪切りの石鹸は昔知人から貰ったものをヒントにしました。昨今の石鹸はキャンドル同様その見た目の美しさや可愛らしさが常に進化していて、ネット検索するたびに欲しくなるものの一つです。

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― 新着の感想 ―
「オバタリアン」という懐かしい言葉を思い出しました
[良い点]  某番組で石鹸にカービングしているのを見たばかりのタイミングの良さ(笑)  アベルさんの頑丈さ、お湯を掛けるとパンダになる人思い出します(笑)
[良い点]  おばちゃんは強い。幼子も強いが、自立したおばちゃんは世界で一番強い。今回のアダムの行動を見ていて感じたお国柄、お土産で入手した物に人脈が含まれていたりするかもしれないと思うと、それを捌い…
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