23 * その裏で
グレイがソファーにドカッと座ると前かがみになって頭を抱えた。
「あの二人の間に入りたくない……辛い」
ストーカーとしてレベルアップした旦那がへこたれている。貴重よ、これ。
【大変革】とか【神の声】とかその場を混乱させることが起きたけれど、パンダ耳野郎が興奮して耳を高速プルプルさせながら『【大変革】ってなんですか!!』と聞いて来るのはいいけど説明どころではないその混乱した場を収めてくださったのが獣王様。
「オークションがあるだろうが。お前が騒いでどうする。さっさと場を収めろ」
冷ややかに言葉を放ち、アベルさんの胸ぐら掴んだ直後アベルさんが吹っ飛んだ。私には見えなかったけど殴られたらしい。
【神の声】は私を中心にして宮殿内の沢山の人に届いていたらしく、獣王様も聞いていて、これは現場が混乱するだろうとアベルさんたちに指示を出そうと駆けつけたら一番興奮してたのがアベルさんやその場に一緒にいた枢機卿の人やお偉いさんという……。仕方ない気もする、【神の声】を聞くことは各神様の敬虔な信者である神官でも滅多に聞けるものではないって話だし。
アベルさんを皮切りに次々と獣王様に胸ぐら掴まれた直後吹っ飛んだ人たち。何が起きているのか理解が追いつかずあ然とする私の所にグレイやローツさんが駆けつけたら、バミス法国の偉い人たちが血まみれでそこら中に転がっているという光景に、グレイとローツさんは訳が分からずポカンとしたよ、うん。
「お前たちのような阿呆に使うポーションなどない。治癒魔法すらもったいない、自然に止まる」
そう獣王様が仰った手前、アベルさんたちは血まみれのまま行動するしかなく、両方の鼻穴に止血用の布を突っ込んだ、笑うなと言われたら辛い! という顔した人たちが獣王様に睨まれながらオークションに向けて準備をすることになった。そこからは恙無く進みました、はい。
そして軽い夕食を済ませた後、夕方から始まったオークションは結果から言えば大成功だった。
集まったお金はフォンロン国への支援金や孤児院等に寄付されることになっていて、言わば慈善事業と言ってもいい。出品された品の全てが既に獣王様が私財でもって支払ってくれているので私達に損はなく、慈善活動の一環として気前よく皆さんが競ってくれたおかげで想定以上のお金が集まったことはオークションを企画した獣王様はもちろん私達も大満足。
特に、ライアス考案のバッグフック。
凄かったのよ。
「何? オークション品の原価に上限を設けねぇのか」
オークションの話が本決まりになったと同時に獣王様がそう仰ったとアベルさんが教えてくれたその場でのあのライアスの反応に私の本能が反応。
こいつ、やらかす。
と。
で、やらかした。
侯爵様に手紙を届けたり、金細工職人のノルスさんのところに行ったり、マイケルとコソコソと話したり。何を作る気だと興味半分、不安半分を抱えてからしばらくして、ライアスがオークションに出品する品の受付最終日にねじ込んで来たもの。
バッグフックなんだけど、その素材がですね……。まず、本体となる要のフックとテーブルに接する土台となる円形の金属が、ミスリル。侯爵様にお願いしてお取り寄せしてもらい、金細工職人のノルスさんに加工をお願いしていた。そして本体の表面、テーブルの上で人目に付く最もデザイン性が要求されるそこは湖と山が美しい自然の風景なんだけど、沢山の天然石と魔石を削り出し嵌め込んで作られた。天然石、全部輝石だよ。普通はその石に見合った研磨が施され、宝飾品になる輝石を風景のためにそんなの無視でライアスが研磨して嵌め込んでた……。しかも、マイケルがその輝石の一つに『危険察知:中』なるとても珍しい魔法付与をしていて。
綺麗だけどさ。
非常に繊細で上品で、素敵だけどさ。
お前それ原価いくらだよ、という恐ろしい物が出来上がっていた。
獣王様は喜んで支払ってくれたけども。
で、その一点物。バッグフックは 《ハンドメイド・ジュリ》の新作であること、ミスリルという希少な金属の本体であること、普段は作品の制作をしないライアスのデザインであること、マイケルによる極めて安定的な、レアな魔法付与がされたことなどあらゆる事が重なったことでオークション前からちょっとした話題になっていた代物。
故に、十二万五千リクル (この時点で出品された中で最も高かった)から始まったオークションは僅か十数秒で百万増え、倍になり……気づけばバミス法国の大富豪と名高い貴族が四百万リクルで競り落としていた。
「マジかぁ」
裏にいた私達は語彙力を完全に失いそう呟くしかなかったわ。
ライアス、このこと知ったらどうなるんだろう?
ちなみに作ったその本人は、一つ完成させたら満足してしまったらしくて以降作る気配がなくなってしまった。それはそれで方々から次の超高級バッグフック作らないの? という催促が来そうでちょっと怖い。
他にも 《レースのフィン》主力メンバーの品で糸に魔法付与されたものやキリアと私の若干悪ふざけが入ったオルゴール付きのランプシェードでリザード様の良い鱗を使用し細工に拘りすぎて移動させるのが大変なものになってしまったもの、職人さん渾身の螺鈿もどき細工のテーブルと椅子四脚セットにノーマ・シリーズ『姫様のティータイム』なるそのネーミング誰が考えた? の凄まじく豪華でラブリーなドールハウスと家具や食器フルセットは高額商品として出品されるたび熱気が会場を包んだ。
高額商品だけではなく、出品価格が五十リクルからという比較的誰でも買いやすいものも多く出された。
例えば、ポーション専用ウエストポーチはルリアナ様の実家ハシェッド領で染め付けされた新色の革で作られたものは主にバミスで活動をする冒険者さんや騎士さんが競り落としたし、本体は勿論オブジェクトと呼ばれる中身に拘った万華鏡はご家族のためや恋人にと競り落としていた。女性に圧倒的に人気があったのは開店準備が進む、オーナーがシルフィ様の嗜み品専門店 《タファン》の商品であるジュエリーボックスや裁縫箱。絵付や細工がこのオークション限定の物をわざわざシルフィ様が用意してくださったので、『限定』に弱い女性たちが競り落としてた。
変わったところだと、つけ襟と小さなレースやリボンレース。これはね、日々試作する中で主力たちが『なんか違う』『気に入らない』と製品化に至らなかった、そのまま倉庫に山となり眠っていた物をセットにしたもの。 良い出来なんだけどねぇ、拘りが強いフィンとおばちゃんトリオに任せるとこれがボツにされるのか、と驚くしかないものが山積みになるんだよ。なのでそれを数点まとめて最低価格で出したら大変好評、今回のオークションには極わずかしか出さなかったのでもっと用意すればよかったとちょっと後悔したわ。
そんなこんなでバッグフック一つで庶民の家が何軒建つんだよ、という驚きと歓声に包まれたオークションは、熱気と興奮が最後まで衰えることはなく、本当に大成功を収める事になった。
じゃあなぜ、グレイがぐったりしているかというと。
オークション直前に旦那はどうすることも出来ない二人に強制的に間に入らされた。
それはアストハルア公爵様とツィーダム侯爵様。
私たち女性陣がオークション会場の裏で初めて見るオークションにキャッキャしていたのに対し、アストハルア公爵様とツィーダム侯爵はバチバチだったらしい。
「あなたは遠慮ということを身に着けたらと思いますね」
「何のことでしょう?」
「伯爵をくだらぬ理由で困らせないで頂きたい。何のためのオークションか、あなたが一番知っているのでは? それなのに自分も参加させろとは。バミス法国のための展示即売会とオークションです、我々ベイフェルアの人間が必要以上に関わるのはどうかと思いますが」
「法王は私の友人ですから、彼からは交渉する許可を得ています。あなたから指図されることではありませんよツィーダム侯」
「許可を得たから交渉? 見るからに忙しい伯爵を捕まえて、ですか。配慮がなさすぎる、そしてこんな時にあなたの地位をチラつかせるのはやめて頂きたい」
「心外なことを仰る。息子とシャーメイン嬢の婚約は確定、いずれは親戚になりますし少なくとも私は伯爵を前に己の地位をチラつかせ困らせる気などありませんし遠慮なく何でも言って頂いて問題ない関係になれると思っています」
「まだ両家が婚約に合意しただけでしょう。正式に婚約したわけでもなければ、親戚になったわけでもない。何よりあなたは穏健派筆頭で公爵です。しかもバミスでのことはあなたが仲介なさったりと立場的に圧倒的に優位だ、伯爵がキッパリ断れる訳がない。それを分かっているからあなたはジュリのいないところで伯爵に」
「憶測で語るのはやめて下さい、純粋にオークションに参加したかっただけですよ。私の地位があれば伯爵をどうにか出来るなんて微塵も思っていません」
「あなたがそうでも伯爵は違うでしょう。爵位とは貴族にとって覆せない無視できないもの、叙爵したばかりの伯爵がそれがわからない、気にしない男だと? ご自身の価値観や思いで行動するのは止めるべきです」
「それこそ貴方の勝手な解釈でしょう。現に断られましたが私が伯爵に圧力をかけるような言動はありましたか? ないでしょう? あなたのその気遣いこそ伯爵には少々余計なお世話だと私は思います。同じ中立派でジュリの後ろ盾としてあなたは確かに私より近い存在でしょうが、干渉し過ぎは頂けないのでは?」
……グレイを挟んでこんなやり取りがあったそうで。
ローツさん曰く、グレイがいたからあの程度で済んだと。というか、あの二人はグレイを挟まないともっと酷くそこら中に被害を齎すと。
もっと酷くて周囲に被害だしちゃうってどんなのよ、怖すぎる。
しかも、ツィーダム侯爵様がグレイを『グレイセル』と不意に名前を呼んだ瞬間があって、そこからさらに気温が急降下しちゃったと。
ツィーダム侯爵様は近頃グレイのことをプライベートで名前呼びするようになったのよ。さらにはエイジェリン様のことも名前呼びしていたりするので、それだけ現在の中立派筆頭二家は近しい間柄になったといえる。移動販売馬車をきっかけにクノーマス侯爵家とツィーダム侯爵家はつかず離れずの距離を改めて協力体制を見直し始めている証拠。
まあ、アストハルア公爵様にとってはそれが面白くなかったらしい。グレイが呼び捨てさせてる人は少ないし、それだけツィーダム侯爵様と親しくしているってことがわかるもん。派閥が一緒というのは大きな強みだよね、家ごと懇意にしても、公の場でそういうところを見せても内部で反発してくる勢力でもなければ批判を受けることは絶対にないし。協力体制を敷いても問題ないし、根回しとかもほぼいらない。アストハルア公爵様としてはもっとこちらよりになりたいのは言動からわかるけど、こちらとしてもそれは受け入れる体制は出来ているけど簡単にはいかないのがシイちゃんとロディムの婚約がまだ済んでいないことからもわかる。穏健派内の反発を抑え込む、消すのに時間が掛かっていると侯爵様も言ってたし。
というか、そういう事情があるのは理解してるけど、ツィーダム侯爵様はわざと名前で呼んだんじゃなかろうかと思ってる。アストハルア公爵様もわざとバミスに来てからグレイに交渉したんじゃなかろうかと思ってる。……色々あるねぇ、貴族って。
「……あの二人が揃うたびに私の胃が弱る……」
グレイは伯爵、貴族という立場から見ると絶対的に下。新興家ですからね、新参者ですからね、私達。こういう公的な場だとゼッタイ、そう、絶対グレイはあの二人に逆らえないというか、下っ端です。地位という面だけで見るとこの人クノーマス家でもヒエラルキー低いんだよ、能力の面だと大陸のトップクラスなのに (笑)。私? 私は伯爵夫人である前に、【彼方からの使い】なので。
「君はそのままでいい。必要以上に畏まられると悪寒が走るから」
とお二人からも言われたし。……私ってどう見られてるんだか気になるよ、その言い方。
とにかく、大成功の裏にそんなことがあって珍しく弱っているグレイ。
ご苦労様でした。
キリアやおばちゃんたち従業員は宮殿には泊まらずアベルさんの屋敷にお世話になっている。ここに泊まるのはグレイと私とローツさんのみ。これは立場上どうしてもそうせざるを得ないから。貴族と庶民に同じ格式の部屋を用意するのがマナー違反だから。グレイもローツさんもそんなの気にしないけど、バミス法国にも体裁というものがあるし無理を通したら反枢機卿勢力やその他反政権組織などに批判のネタとして大げさに取り沙汰されることも考えられるしそういう面倒を避けるためにも必要な措置だったと言える。
どこに行っても貴族とか王族が絡む話は面倒くさいわぁ。
まあ、アベルさんちにお泊りするメンバーは気が楽だと喜んでたし、アベルさんも皆を招待出来るからと耳を高速プルプルさせて喜びを抑えきれずにいたから良かったわ。
「あのお二方が同じ屋根の下にいると思うと……胃が、痛む」
無駄がなく洗練されたものだけがバランスよく配置された広い部屋は私の好みに合わせてくれたらしい配慮が感じられる実に素敵で上品で満足なんだけど、旦那がそれを台無しにするほど暗い。同じ屋根って言うけど、広いからね、気にするほどじゃないわよ。
「明日には帰るんだから気にしない気にしない!!」
「……数日後にはアストハルア公爵領とツィーダム侯爵領でも移動販売馬車の展示即売会があるんだが」
「あー、どうせ別々なんだから大丈夫じゃない?」
「……互いに、冷やかしに現れそうな気がする、そういうことを平気でする。実害がなければ何でも許されると思っているし実際に許される人たちだ。だから現れる」
「何気に酷いこと言ってる」
グレイがちょっと病んでる感じになっちゃったけど、とりあえず移動販売馬車の展示即売会もオークションも大成功。途中【大変革】なんて騒ぎもありつつそれでも大きなトラブルもなく終えたことは良かったわ。
ライアスが本気出すとエグい物を作る、というネタのためにバミス法国でオークションをしようと思いついた経緯があります。
多分一個目の輝石を削るまでは緊張していたと思うんですよね、でも作業始めたら開き直るというか、気分乗っちゃうというか、一気に仕上げまでしちゃうんだろうなと。そしてジュリも言っていますが一個完成させたら満足してしまいもう作らない、そういう人です。




