23 *【変革】? いいえ、その上だそうです
どどーんと演舞場の中央を陣取る移動販売馬車二台に沢山の人が集まる。
販売はするけれど夜に行われる催し、オークションのために用意された 《ハンドメイド・ジュリ》と 《レースのフィン》の一点物や大物、ククマットで買える透かし彫りの家具やノーマ・シリーズの大型ドールハウスでも職人さんたちが拘わり、拘り過ぎて一点しかないという珍しい品がずらりと並ぶコーナーも沢山の人が集まっている。
変わった所だと《ハンドメイド・ジュリ》の制服や警備を担当してくれる自警団が身につける腕章や帽子、スライム様を固めるに欠かせないガラスの型や押し花を作るために開発したブルさんの骨を練り込んで除湿効果と重石の役割を果たす白土と木材を組み合わせた専用板、ライアスが人の顔が工具に見えるという謎の恩恵を発揮して日々作り続け現在総数不明となった従業員たちの道具などを展示したコーナーもあり、結構そこも人が集まってて、今回招待された人たちが出品物以外にも興味があるのだと驚かされたりしている。
「あの人たちに緊張って言葉はないのかな?」
私の疑問にキリアは遠い目をした。
「ククマットのおばちゃん最強説、濃厚になってきたよね」
ははは、乾いた笑いしか出ないわ。
おばちゃんトリオを筆頭に、販売経験豊かな女性陣に移動販売馬車での対応を任せ、展示コーナーはグレイやローツさん、そして 《レースのフィン》と領民講座で働いてくれている元執事のエリオンさんと元侍女さんたちに補佐を任せているんだけどね。
移動販売馬車の面子……。いつもの底抜けに明るい遠慮が無い笑い声が聞こえる。並んで待つ人たちを相手にするナオとメルサが近所で井戸端会議するみたいに立場なんてお構いなしに喋ってる。何なのその緊張感皆無な雰囲気。と思ったらナオと目が合った。
(金持ちいっぱいいるねぇ!)
という意味だ、人差し指と親指で丸を作って私に笑顔と共に向けてきた。やめて、『それ何の合図?』って貴族や商人が見てるから!!
「最近……金持ち見分ける能力付いたからね」
「微妙、その能力」
「ジュリの恩恵?」
「んなバカな。おばちゃんたちの執念と本能で習得したものでしょ」
「アストハルア公爵様だけじゃなく、ツィーダム侯爵様を紹介した時もあの三人目が輝いてたからね。あれ、カモにする気満々だったよね?」
「キリア、カモと言っちゃダメ。というかあの人たち困らない時点でカモとは言えない」
「じゃあ金の生る木」
「もう少し何かに包んで欲しいわ」
キリアとこんな会話をするくらいには素晴らしい気質の持ち主ばかりを選出した私が悪いんだけど、たぶん今日のお客さんの大半は『《ハンドメイド・ジュリ》の店員はみんなこうなのかな』と勘違いしたような気がする。
変に静かよりは良いけど。
今回招待した人たちのお買い物が落ち着いたら実際に二台ともその場で馬に引かせて可動式であることを披露する。これは法王こと獣王様やアベルさんたちの強い希望だったのですんなり決まった。この馬車が実際に動かせることを見れた方が、運用・出店がイメージしやすくなるし、単純にパフォーマンスとしても面白くで盛り上がるだろうしね。
運用と出店。表現が二つあるのには訳がある。
バミス法国、アストハルア公爵家、そしてツィーダム侯爵家。これらに共通するのは馬車を製造・所有し移動販売馬車による販売方法の版権を購入したから。
一方クノーマス侯爵家、フォルテ子爵家、そしてエイジェリン様のご友人であるこの移動販売馬車の展開のきっかけとなったディアンド男爵家は馬車の製造・所有の契約は交わしたけれど版権は買っていない。
その理由は特別販売占有権に登録可能な『販売方法』という版権を実際に上手く利用するには手間とお金がかかるから。
普通、占有権に登録されている版権は三千リクルからものによっては一万リクルと条件によって段階的にその範囲内に定められているんだけど、販売方法含む一部の特殊な版権はその性質からさらに桁が増える。まあ、それらを生み出した人の権利を守る意味もあるので仕方ないんだろうけどね。
ちなみにクノーマス家が買わなかったのは単純な理由で 《ハンドメイド・ジュリ》がすぐ近くにあるし、私に依頼した方が楽だし早いから。いや、そもそも私クノーマス家の一員になったので馬車貸してと言われれば良いですよの一言で済む関係なので私もグレイも買わなくていいよと言ったのよね。
一方、高額なお金を支払って購入する利点ももちろんある。
版権は『販売方法』。つまり、移動販売馬車の運用に必要な知識や技術もまるごとついてくるわけで、この販売方法含む一部の版権はレシピだけでは伝わらないことを教えてもらう権利も含む。受講料込み、とでもいえばいいのかな? なのでバミス、アストハルア、そしてツィーダムでは開催の都度、タイミングや条件さえ合えばうちから会計士、販売員、作り手、といった人材を借りて補助してもらうことも可能、その後ノウハウを身に付け移動販売馬車の利用が適切であると占有権所有者の私が認めればうちの商品だけではなく他の物を売り出すことも可能なので販路の拡大や取り扱い商品の拡充が見込める土地なら長期的に見れば得ていて損はないというのが『販売方法』の版権。
フォルテ、ディアンドは年に一回か二回だけで、うちの商品以外を売ることを今は考えていないこと、版権が高いことを理由に版権を購入しなかったけど、それはそれで出品するものや定員、可動日数などの決定権が一切ない反面お金さえ出せばすべてこちらが準備から撤収までするので計画も準備も短時間で楽という利点がある。
土地に合わせて臨機応変に。
移動販売と一言で括ってはいるけど、それに拘り過ぎて身動き取れなくなるのはいただけない。
始まったばかりだしね!!
獣王様から今回の販売会に招待されたのは貴族、商家の他になんと公募によって王都に住む一般人が一割ほどいると聞かされて。身元のしっかりした、収入の安定している貴族や商家の紹介があった人から選んだだけなのでかなり数は少ない、と笑っていたけれどそれでも凄いと思った。
こういう王家の催事に一般人が参加するなんてベイフェルアではあり得ない。
しかも、来た順番に並んで販売馬車に入っていくし、大物レースや特大ハーバリウムなど普段は店頭に出ていない物を並べて展示しているコーナーも身分関係なく並んで説明を聞いている。
ホント、凄い。
これがバミス法国。
一般人が隣に立ってる人が貴族だと気づいて慌てて頭を下げる光景も見られるけれど、それだけ。その場を離れたりすることもなくそのまま談笑に発展するし、真剣に議論に発展する人たちもいる。
「なんか、見慣れない」
キリアが小声で困惑混じりで呟いた。
「ベイフェルアじゃありえないよね」
「これかな」
「何が?」
「私が目指してるもの」
私の一言に、キリアはそのまま黙った。
ベイフェルアでは貴族の店に一般人が入ることがほぼない。入ることすら拒否される店が圧倒的に多い。
そもそも、『貴族の店』というのがバミスには存在しないそうで、それに近い店は嗜好品店や高級品店などと呼ばれているらしい。もちろん一部の店では一見さんお断りや身分で制限しているところはあるけれど、それは本当に高級で希少な宝石や金属、ポーション、素材などを扱う厳重な管理が求められる所ばかりで警備の関係上致し方ないという理由から。
貴族や商人に比べて少ない一般人が、貴族や商人に囲まれていても顔を俯かせることもなく同じ場所で同じものを見て買い物を楽しむ光景。
この世界に来て初めて見た。
「キリア、やっぱりあれの交渉してみようか」
「……本気?」
「うん、バミスなら出来る。バミスから、始められるよ」
グレイとローツさんに『あの事交渉してくる』と声を掛けると驚いた顔をして、そして私とキリアに付いて来たそうな顔をしていた。でもさすがにグレイとローツさんまで離れる訳にはいかないからと分かっていたのか言葉にはしなかった。
「いやぁ、大盛況ですね!!」
パンダ耳を高速でピクピクさせるアベルさんに話があると声をかければ、枢機卿二人、側近さん数人さんを同席させてくれるならすぐ側に王族の方々のための休憩室があるのでそこでどうですか? と問われたので、こちらはどこでもいいので従うことにして付いていくと興奮した様子でアベルさんたちが移動販売馬車の初運用と展示会について饒舌に語ってくれた。
「え?」
美味しいお茶で一息ついてから、本題に入るとアベルさんたちがちょっと不思議そうな顔をしてじっと見つめてくる。
「ええっと、ジュリさん、もう一度……」
「馴染みのない言葉だよね、『契約社員』って。そもそもそれも適切ではないと思うけど、私が説明しやすいからちょっと聞いてくれる?」
グレイとローツさん、そしてキリアたち幹部にバミスに来る前に話していたこと。
「バミスのハーフの人たちを、雇いたいの。でも転移にかかる費用から考えるとその人たちを従業員として雇うことは人件費が跳ね上がることは必須。しかも超長距離移動の時だけだから可動日数だって年に多くても数十日だと思う。だから現実的ではないのよ、ハーフの人たちをうちの従業員として雇うのは。だから、その度にバミスでアベルさんを通して都合のいい人を雇うのもいいんだけど……特定の人を長期で雇えたら無駄がないんだよね、信頼もおけるし。それで考えたんだけど、うちとバミスの両方に所属する、そういう契約をする人ってどうかな」
アベルさんたち全員がぽかんとしてしまった、大丈夫かな?
「アベルさん、例えばなんだけど」
「は、はい」
「転移に定評のある、数人をこちらが事前に指定した日時、数週間から数か月前に 《ハンドメイド・ジュリ》で優先的に動いてもらうという契約を特定の人と結ぶのは可能? 今回の転移に関わった人たちの肩書きを見ると皆結構国でも良い役職に就いてたり枢機卿会の人だったりするから専属契約できる人たちじゃないことは分かる。だから公募とか推薦でいいし身分や立場は問わない、転移に自信がある、仕事を掛け持ちしても問題ないという人たちで試験的でも良いから共同でやってみない? バミスとうちの二重で働くことになるでしょ、それがたとえ一人あたり数日間だとしてもバミスでは国として能力の高い人が他国の事業に優先的に関わることを認めてくれるのかどうか、法的に問題ないのかそれを知りたいし、出来れば新規事業として成立するかどうか一緒に試したい。給金の面でもうちでは出せる限界があるからそういう点も話し合いたい」
副業感覚でやってくれてもいいんだけど、超長距離移動と大切な商品の移動と何よりその費用が高額なのでしっかりとした契約を結ぶ方がトラブル防止になる。なにより超長距離転移をする人たちはその能力の高さから高待遇の仕事をしている場合が多いそう。一度トラブルになればアベルさんたちを巻き込んだ大事になりかねない。だから本人とうちとバミスの三者契約でもって働く、という言葉がしっくりきたの。
そしてもう一点。
「ねえアベルさん、ククマットの人たちなら……ハーフだから、獣人だから、それを理由に差別する人はいないよ。ククマットをよく知るアベルさんならもう知ってるよね? 限られた土地だけどククマットの人たちと獣人で一緒に新しいことしてみない?」
アベルさんだけじゃなく。
その場にいたバミス法国の人たち全員の驚きが私とキリアに伝わってきた。
【変革】を開始します。
保留中だった『移動販売馬車による新たな販売方法』は『契約社員』を吸収し新たな働き方の指針となることが確定しました。なお、このように複数の【変革】の要素を持つものが一つになる場合を【統合】と言います。
「は? あ? ……ああ、はい?」
来た。
突然のことに曖昧に間抜けな声で返事をしてしまった。『移動販売馬車』、保留中だったのか。なるほど、ネイリストの育成の時にあとから派生する形で生まれた領民講座の時は【変革のたまご】だったけど、こっちは違うのか。そして『契約社員』はやっぱりしっくりこないと認識されたっぽい。吸収だって。
……意味不明だぁ、【変革】。
個人が能力を活かすため雇用主同士および個人の合意と契約によって複数の職業で自由に収入を得られる『合意職務者』が輩出可能になりました。こちらは【彼方からの使い:ジュリ】が提案した超長距離転移に特化した契約を含め、バミス法国から多様な職業に適応させることを推奨します。経験に基づいた、そして個人の意思を尊重する法整備をしてください。
「あ、はい」
今回の【変革】は二つの要素の【統合】が行われたため【大変革】となります。
【大変革】は神々から恩恵が贈られます。
そうなんですね?! ラッキー!!
キリアの『審美眼』力が上昇します。
ライアスの『精密作業』力が上昇します。
フィンの『デザイン発想』力が上昇します。
おおっ。
おばちゃんトリオの『なんとかなる』力が上昇します。
ウェラの『白土限定負けず嫌い』力が上昇します。
ん?
ローツ・フォルテの『鬼畜の右腕』力が上昇します。
カイ・セームの『狂犬』力が上昇します。
えー……。
他、恩恵持ちのそれぞれの特化・強化部分が最大十五パーセント増加します。個人差はご了承下さい。
なお、本人の兼ねてからの希望もありましたのでグレイセル・クノーマスの【スキル:自由人の捕獲】が【スキル:自由人の捕獲*改良版】に格上げとなります。地球のGPS機能を参考にジュリが万が一迷子・行方不明になってもその位置情報を正確に得られる能力が追加されます。
あー。
うーん。
うん、【変革】は一生理解できない気がしてきたわ。
そしてGPS搭載仕様になった。旦那のストーカー気質がレベルアップした。ククマットから滅多に出ない私にそれ、いらなくね?
『契約社員』というものを何とか組み込めないかなぁ、と以前から考えていたのですが、なかなかしっくりくる場面が訪れず、そして微妙に扱い難いことに悩まされ、気づけば吸収されて消えてしまうという切なさ。
いやあ、職業は持ち込めても働き方はそう簡単に持ち込めない、流石は異世界。




