23 * ジュリと獣王様
なし崩しというか滅茶苦茶というか。
跪くとハルトがここに飛んできて法王をぶん殴るっていうから握手で挨拶になっちゃった。グレイとローツさんももちろん、キリアも『殴られたくない』の一点張りの法王に負けてまさかの握手、に必死に笑顔で私に続いて握手してたよ……。
後でハルトとはちょっと話し合いが必要だ、うん。
おまけになんだろうか、アストハルア公爵とツィーダム侯爵のこの険悪な感じ。間に挟まれて緩衝材にされたグレイがいい笑顔ですねぇ。『誰か何とかしてくれ』って訴えてます、でも無理、ちょっと落ち着くまで頑張ってください。
というか、お互い神経質そうな顔してて、そして実際に神経質なところあるから同族嫌悪? 来週にはアストハルア公爵領、その三日後にはツィーダム侯爵領で移動販売馬車の試験運用するから頼むから終わるまでは派手な喧嘩などは控えてもらいたい。
馬車を転移で持ち込んだ場所迄は私が法王こと獣王様と並んでその後ろをグレイとアベルさんそして公爵様とツィーダム侯爵様が、そしてキリアとローツさん、さらに後ろを他の人たちが連なって進む。
「そなたは堂々としておるな、公爵から聞いた通り会話に苦労せずに済む」
にこやかにおおらかに言われたけど、それ普通は訴えられる案件なんだけどね。でも公爵様からの情報で私はいつも通りでいいことは分かっていた。どうやら不必要に壁を作られるのを嫌う人らしくて、女性でもしっかり受け答えできる人を好むんだって。キリアもはっきりした性格だし、グレイとローツさんもこういうことには慣れてる人たちなので 《ハンドメイド・ジュリ》のバミスでの出だしは概ね成功、なのかな。想像とは違った展開だったからちょっと自信ないけども。
それにしても。
シェパードかな? 立派な耳だ、ピンと立った大きめの耳はツヤツヤの黒で、尻尾のなんと立派なことか……ちょっとナデナデしたい。いや、これは流石にダメだわ、うん。獣王様の耳と尻尾は流石に……後で確認だけ、そう確認だけしてみよう。
「ダメだからな」
後ろから笑顔でグレイに諭された。ごめん。
私たちが転移してきた場所は非常に美しい、それこそ万華鏡を覗いているような、花火を見上げているようなそんなステンドグラスが天井にある室内演舞場。円形の舞台を囲うように擂り鉢状に席があるところ。厳かささえあるそんな演舞場の中でも、うちの移動販売馬車は迫力あるわぁ。
普通の馬車より遥かに大きいのは当然。だって中で人が立って移動できる高さと広さがあって、物を陳列することも出来る。しかも今回、明日の本番を前にした事前見学といってもその雰囲気を味わって貰えるように作品も少し持ち込んだ。正装してるから動きにくいけど、獣王様の相手は公爵様やグレイたちに任せて私とキリアは手分けし手早く作品を並べていく。
「初めて馬車を見る人たちの反応よかったわね」
キリアが思いだし笑いをしながらそう声をかけてきて、私もつい笑ってしまった。いやね、ホントに反応良かったのよ。
「「「「「……家だ」」」」」
って皆で声揃えて呟いたから (笑)。まあ、家だけどね、確かに。それを目指して作った馬車だし。
「これだけ大きな馬車は珍しいからね。しかも外観は可愛らしい家、驚かない方が珍しいでしょ」
そんな話をしていたら外から歓声が。グレイとローツさんはもう一台の屋台式移動販売馬車を公開してる。あれはあれで外観はこっちに似てるけど、中はおばちゃんトリオやウェラの要望を取り入れてラブリーな感じになっちゃってて、側面を開けて屋根にして、さらに台をせり出して、細かなパーツがメインで入った仕切り付きの箱を並べていけばあっという間に他にはないカラフルでキラキラした非常に明るく可愛らしい対面式の移動販売馬車になる。こっちは商品の陳列もとても楽なので先に見てもらえてよかった。
そしてキリアと二人、顔をひょっこり出してそれを眺めてから馬車に戻る。
「……正装したあの二人が移動販売専用のエプロンしてあの中にいると違和感半端ないわ、やっぱりおばちゃんトリオも今日連れてくれば良かった……いくらグレイがカッコよくてもあれは引く」
「それ言わないであげて。グレイセル様もローツ様も可愛いものにすっかり慣れてるからフリルのエプロンなんて平気になっちゃってるんだよ、麻痺してるのよ。そこは口に出しちゃいけないわよ」
キリアに諭された。
体格の良い男二人が、フリルとリボンで盛られたピンクのエプロンしてなんであんなに平気な顔をしていられるのか意味不明……。
そして。
「このまま入って良いか?」
「はい、お一人でしたらマントもそのままで大丈夫ですよ。あ、明後日の販売会当日はあまり華美な服装を避けていただけるようお声掛けしていただけると助かります、女性は特に、シンプルな訪問着が良いですね。細かい物が多いので引っ掛かっても困るでしょうから。今からでは遅いですかね?」
「そのくらいは大丈夫だ、そのように取り計らおう」
獣王様は馬車の踏み台に足をかけた。キシッと木のしなる微かな音と共にマントの擦れる音が届く。私は馬車の中に後退し、一番奥まで進んだ。
そして。
「おお……これが、移動販売馬車」
「はい。内装はお店に限りなく近くなるよう、壁や備品はなるべく同じものを使っています」
「そなたの店は、 《ハンドメイド・ジュリ》は、このような雰囲気なのか?」
「はい。少し暗いと思われますが、それもまたランプの良さや小さくてキラキラとしているものの良さが際立ちますので」
「……これが、そなたが言っていたという『誰でも買い物を楽しむ権利はある』ということか」
「え?」
「その権利は、売る側の努力があってこそ。この努力が、ここにある。そして、大陸の端と端を繋ぐ、架け橋となり……この目でそなたの努力しかと見届けた。感謝する。私は、法王としてこの移動販売馬車をこのバミスに取り入れることが叶う王として、心から敬意を表する」
噛み締めるような言葉に、込み上げるものがあった。
広域に、遠くの人に。
それを叶えるために始めた。
物を作る先にあるもの。
バミスの、魔力豊富なハーフならば、作品はもちろん馬車も好きな場所に移動できる。移動した先で、大市や祭事で賑やかな期間、ゆっくり移動しながら場所を変えつつ販売する。行商とは違う、馬車を店に見立てた販売形態。この人たちならば発展させることは可能なはず。ここまで来るのに色々と考えさせられることはあったけれど、結果としては良かった。バミス法国との繋がりは、確かに新しい事業展開を進めさせる決心を固めさせてくれた。
「選んで、見ますか?」
「ん?」
「選んで、ラッピングして、お店を出る経験をしてみませんか? そのようなことあまり経験がないでしょうから」
「……そうだな、そうしよう」
「作品は少ないですが王女、御嬢様たちにいかがですか?」
にっこり微笑めば、それに応えるように目を細めて優しげに微笑んでくれた。
「そうだな、そうさせてもらおう」
あ、耳が、フサフサの尻尾が……。
「ジュリ、グレイセル様に言いつけるよ」
キリアに怪しい手つきを見られてた。
室内なので馬車が傾くとか雨の心配などは必要ないけれど、それでも屋外で使うことを前提としているので車輪止めや踏み台の設置、扉の鍵の使い方に店内の棚の取り外し方等を枢機卿や魔法省の人たちにキリアと共に実演しながら細かに説明していく。
本番はうちの最強の布陣 (主におばちゃんトリオ)が補助について販売会に挑むけれど、私たちはあくまで裏方。しっかりと使い方を理解して使いこなせるようになってもらわないといけないからね。
「任せてください! 私は大丈夫ですよ!!」
アベルさん、あんたはちょっと黙ってて。
「販売会にくるお客さんは皆貴族や王宮務めの人たちなんですか?」
「いえ、一般公募での来場が一割程度あります。ただ宮内でしますからね、防犯のこともありますので初めてのことですしそれくらいが限界でした。そして反枢機卿勢力の貴族ももちろん入っていますよ、そちらがむしろメインと言えます。差別しない、それが大前提にありますから」
女枢機卿のラッカさんは穏やかな微笑みを称えて二台の移動販売馬車に群がる人たちを眺める。
「一般含めて、反勢力に受け入れられるには時間がかかりそうですか?」
「反枢機卿勢力しだい、と言っておきましょう。彼らは我々のすることには必ず反対すると言っても過言ではありません。ですが彼らの反する意思は悪事から生まれるものではありません、ジュリ様のこの移動販売という形態を理解すれば必ず一般に普及させる力となってくれるはずです。……政に心血注ぐ我々よりも、反発しながらも国境を越えて商売をする者たちこそ、経済を支え、国を繁栄させていることは私達も理解しています。彼らもまたバミス法国の礎ですから」
「そうですね、どちらが悪いわけではないですよ。折り合いとか譲歩とか、政治の世界は簡単にできませんよね。でも腹の探りあいをして、水面下での交渉をして、駆け引き繰り返して多少の不平不満が残りつつそれでもなんとか合意に漕ぎ着けるならそれでいいんじゃないでしょうか?」
「……ジュリ様は」
「はい?」
「政治をそのように見ておられるのですね」
「うーん、見ているというのとはちょっと違いますね。『そういうもの』じゃないですか? というか、そういうものじゃなきゃ世の中回らないですよ、なんでもかんでも白黒はっきりさせられる訳じゃないし、むしろそういうことの方が圧倒的に多いと思いますよ」
ラッカさんは困ったようなそんな顔をした。
「なんですか?」
「世の中、ジュリ様のような考えを持つ者が増えたならどれだけ平和になるでしょうと、思います」
「あははは! それは無理ですね、人の数だけ思想や信念がありますから。それに……」
「衰退、しますね」
「ええ、私みたいな人ばかりになったら、衰退するだけです。政治家は、互いにいがみ合って牽制しあって、自分たちが正しいと主張出来る人じゃないとダメですよ。だから、ラッカさんたちも大変でしょうが頑張って落としどころを見つけて下さい」
基本、私は自分が興味あるもの以外に熱量を向けることが出来ないので自分でも冷めてるなぁ、と思う時がある。バミスで移動販売が出来ることを望んでいるけどだからといって政治に興味はなくて、たとえ出来なくても『なんで?!』と騒ぎ立てて首を突っ込むことはしない。面倒だし。無責任と言われても仕方ない。
そもそも私は、政治家じゃないから。
その辺はプロに任せるしかないし、それでいいわけ。だいたい、すでにこうして他所の国を訪問してる時点でヤバいところに足を突っ込んで抜けなくなってる気がするからね。抜けなくても動かせる程度にはしておかないと。
「ジュリ、 《レースのフィン》で店頭に立っている元執事、エリオンと言ったか?」
「ああ、はい、エリオンさんですが、なんですか?」
「移動販売馬車の稼働初日だけでいいので彼を貸してもらうことは可能か?」
「領民講座の予定が重なっていなければグレイに転移で往復してもらえば大丈夫だと思いますけど、何でですか?」
「こうして見ると、品物を買う楽しみもだが、馬車や 《ハンドメイド・ジュリ》についての質問もかなり多そうだ。そうなると販売どころではなくなり販売員では対応がしきれなくなりそうでな。今回私は懇意にしている商家もそれなりに声を掛けて呼んでいる、その対応はなるべく私もするつもりだが、一人 《ハンドメイド・ジュリ》に精通し、貴族や商人の相手に慣れている者がいると何かと捗ると思ってな」
「ああ、そういうことですか、分かりました、調整します。ツィーダム領では三日間ですが一日でいいんですか?」
「私のところの執事や直下の商家で客相手を得意とするものがいるのでな、初日にエリオンの動きをしっかり把握させ二日目三日目は頑張ってもらう、いい勉強になるだろう」
「おお、なるほど」
ツィーダム侯爵様とそんな話をしていたら。
「それはいい案だ、先に公爵領にエリオンを派遣してくれるかな?」
ヌッと割って入ってきたアストハルア公爵様。
……いやいやいやいや、またバチバチしてる!!
笑顔がどっちも怖い!!
仲良くしろ! お互いいい大人だろうが!!
これはこれで政治的な摩擦……。グレイ、ちょっと来て。緩衝材。




