23 * バミス法国へ!
本日、バミス法国での移動販売馬車による展示即売会の二日前。
枢機卿数人と事前に場所を確認していたグレイに転移で運んで貰い、私達は初めてバミスの地に降り立った。
降り立った、と言っても、私は安全最優先がいいと事前に伝えていたので四方は壁に覆われている。バミス法国の首都にある初代法王の名前が付けられたカッツェベンニューチ宮殿(言い難い!)の本殿、つまりは法王とか偉い人しかいない極めて厳重な警備の場所にいきなり転移で侵入してる。
これは異例らしい、だよね! そうだよね!! と、一応ツッコんでおいた。そこまでしなくても、とは言いかけたけど自分から安全第一を望んでイチャモンは付けられない。お口にチャック。
そして、アベルさん筆頭に枢機卿四人、転移に定評のある精鋭たち十人の計十四人で大陸の西端から東端までまずは来て頂き、今回の最も重要な移動販売馬車を転移してもらった。
はじめは私達人間、そのあと馬車が来たんだけど、目と心を奪われるステンドグラスが美しい壁面に四人で感動するまもなく、ズズン! と地響きのような音を立てて現れた移動販売馬車に感動を奪われ四人で苦笑することにもなった。
そして。
「こちらへどうぞ、法王がお待ちです」
枢機卿の一人が先頭を歩く後ろを私達は歩調を合わせて続く。
ついにこの時が来た。
リンファの時とは違う。
これは 《ハンドメイド・ジュリ》にとって大きな転機となる。初めて私が 《ハンドメイド・ジュリの商長》として公式に他国を訪問しているから。このことは各国が注目しているとマイケルに教えられた。この訪問と展示即売会が成功となれば間違いなく私を招くために公式に動く国が増えるだろうと、その覚悟をするようにと言われている。
(とっくに覚悟はできてたよ。店を立ち上げたときからね)
心のなかで自嘲気味に呟いておく。 《ハンドメイド・ジュリ》をやってなかったら今でも私はこういう世界とは無縁のまま生きていたはずだから。
ま、バミスの販売会は自分が言い出したことだし今後の事業展開としては避けては通れないことだったから自嘲気味のつぶやきでもそこに悲嘆などは一切ない。
自分で踏み出した一歩を景気良く飾るために 《ハンドメイド・ジュリ》の公的な服、つまり正装作りました!!
本来女性の正装はドレス。でも、ドレスはねぇ。
「無理無理無理無理、ギチギチのコルセットとかホント無理無理無理無理」
というキリアの訴えもあり考えるきっかけになったの。それで、頭を捻り、公的な場所に女性でもドレスアップせずに出られる服装というのを探してみた結果。
魔導師はドレスアップしないことが多いと発覚。豪華な刺繍で国や家柄、所属が分かる神官様が身につける法衣というものに似たロングスカートに見えるゆったりとした形の重厚な作りの物を着ているのよ。ドレスアップする理由としては尊き人の前でみすぼらしい格好をしてはならない、足や腕を無駄に晒さず品位を保つ、ということに貴族の『目立ちたい、自慢したい』がプラスされて女性はドレスになったらしい。
てことは? きっちりかっちりした、足や腕が見えない正装と言えるものを身につければ良いわけで? じゃあ、その辺詳しい人たちにアドバイスもらえばいいわけで?
ということで出来たのが今私とキリアが着ているもの。
「その正装、かっこいいですよねぇ」
「うるさい!!」
「えっ?!」
「緊張してるのに話しかけるな!! 覚えた礼儀作法忘れるじゃない!!」
「あ、はい、すみません」
キリアがアベルさんを一刀両断した。キリア、今さらだけどキレた相手は法王の次に偉い人だからね……。
「これ、男でもちょっと変えれば着れそうだよな。 《ハンドメイド・ジュリ》の正装なら俺も欲しい」
ローツさんが私の正装を見ながら感心した声で誉めてくれた。
「そうそう、グレイとローツさんのも作る予定。先にライアスの男性用は仕立てて貰うつもり、ライアスとフィンも私達と同じで正装なんて持ってないからこれを機にあの二人も身分の高い人たちの知り合いが増えたから持ってて損はないと思って」
「おおっ、後でライアスに見せてもらおう」
私が取り入れたかったのは、リクルートスーツのかっちり感。ジャケットって、ウエストや腕に合わせて採寸したものってすっきりしてていいよね。スカートは流石にリクルートスーツのはこちらでは不作法になるので足首まで隠れるロングスカートにしたけども。
ジャケットは少し丈の短いものでボタンは二つ。ポケットは無し。袖と襟に銀糸で豪華に花や鳥を細かく刺繍してもらっている。スカートはジャケットに合わせて至ってシンプルな作りで裾に向かって広がっているフレアスカートだけどあまりヒラヒラしないようになっていて、裾にもジャケットと同じ刺繍をしてもらっている。ちなみにジャケットの下、インナーは正装と同じ生地でデコルテを見せるシンプルな襟元にしてネックレスが映えるようにしてある。そして裏地を柔らかくて薄いものにしたのと半袖になっているから動きにくいなどの不便はなし。
で、これを作ると決めたとき困ったのが色。
こういうドレス以外の正装の場合、特に国王との謁見や国の冠婚葬祭となると殆どが白かそれに準ずる色。光沢あるベージュやライトグレーとか白に近い色ね。
白……。この歳になるとウェディングドレスでもないのに上下白ってなんか抵抗が……。そしてここでもキリアが。
「無理無理無理無理」
と。でもグレイや侯爵家からは誠意を示す色でもあるからと言われるし。ということで、キリアの。
「ならばシルバー!」
という案と貴族様の助言を合わせまして。光沢あるライトグレーの本体はもちろん襟、袖、裾に施された刺繍も銀糸。ジャケットの正面と袖の飾りボタンは螺鈿もどきを使っている。これを初めて見たときのキリアが顔をひきつらせてたけど。ちなみに男性用はジャケットでも裾が長め、フロックコートのような作りになった。
「これを着る機会がないことを祈る」
デザインを見せたとき、ライアスが遠い目をして呟いてフィンは顔が強張っていた。
「このようにシンプルな作りでも正装に仕立てることは可能なんですね、感服いたしました」
枢機卿の一人、ケミックさんが優しい笑顔で誉めてくれたけど私は肩を竦める。
「夜会やお茶会でもないのにドレスを着るのがなんとも抵抗がある、その感情優先ですからね? 作った動機が不純過ぎて誉められると着心地悪くなりますよ」
「ははは、ジュリ様がもの作りでそのような感情を持つとは新発見ですな」
そんな会話で場が和んでいるなか、キリアだけはピリピリしてて前を歩くアベルさんがちょっと可哀想だった。
通された法王の間。
重厚な濃い紺色の絨毯張りで、対照的に真っ白の壁と金色でもアンティークな色合いの窓枠が非常にいいメリハリを持たせている。かなり広い大広間で、本殿にある玉座の間よりもかなり狭く格式は低いと言われたけれど『どこが?!』といった感じ。家具や柱は濃い茶色で統一されてるけれど、さりげなく金箔が施されたり細やかな彫刻がされていたりと広間の調和に一役買っている。
そして室内に感動する時間も直ぐに終わる。
「それではこのままお待ち下さい」
アベルさんの一言で私たちは頷いて打ち合わせ通りに動く。私とグレイが並んだ後ろ、キリアとローツさんが並び、私達から少し距離を取った所に枢機卿と他バミスの大臣や偉い人たちが並んで。そして見計らったように待機していたほかの枢機卿達もやって来てそれぞれが位置について膝を付き、頭を垂れてその時を待つ。
カチャリ。
頭を垂れたその先にある一段落高くなっていて法王が座るに相応しい立派な椅子があるところの真横、私たちが通ってきた廊下側にあった扉が開いた。
「ぬわぁ?!!」
……ん?
今の声、誰?
アベルさん、ではない。
「だ、誰がこんなことをさせた?!」
あれ?
なんか様子が変?
「誰が頭を下げろと言った! 頭を上げよ! 誰だやらせたのは! 減給するぞ!!」
……えぇぇぇ?
おっかなびっくり、頭を上げる。視線をアベルさんに向けると彼もかなり動揺してるし、彼の側近さんらしき人たちも困惑気味。
そりゃあ、不遜な態度で怒られるなら分かるけど、なんで礼儀正しくて怒られるのか意味が分からない。
「ハルトにバレたら殴られるのは私だぞ!!」
……。
………。
…………。
お前か、ハルト。
そして叫んでたのは法王その人、とは。
流石のキリアもストーンと緊張が抜けたらしく呆気に取られた顔して法王を見てるからね。グレイとローツさんなんて手で額を抑えて『あいつはなにをしてるんだ』って顔しちゃったよ。
「獣王とて【英雄剣士】が怖いのだよ」
「……え? えっ! 公爵様?!」
緊張が解けて最早シラケた雰囲気を壊したのが私たちが入ってきた扉を側近に開けてもらい入ってきたアストハルア公爵様。
「予定は全て把握していた、獣王から直接第三者の意見が欲しいと相談されていたのでね。こうして馳せ参じた次第だ」
「び、びっくりしました。色々と」
余裕の笑みで公爵様は私たちに歩み寄って。
「ハルトに『対等だからな、少しでもそれを崩してみろ、全力でぶん殴る』と言われているそうだ。私の言動がハルトの琴線に触れないようなので獣王はその助言を求めているというのも大きい」
「……やけに親しい感じ?」
「ああ、獣王は留学時代の学友という話はしただろう? 以来立場を越えて親しくしているつもりだ」
出た、公爵様の超大物発言。そういう情報先にくださいよ!! なんなのこの人、ベイフェルア王家の血筋だし、大国の王とオトモダチだし。怖いわ。
「お前はハルトに殴られたことはないのか?」
「無いです、私は殴られるようなヘマはしません」
「むっ、まるで私がヘマをしたかのような言い方だな?」
「実際ハルトの機嫌を損ねて殴られた事があるでしょう」
ハルト! 法王殴ってた!!
「あなたは一度興味を持つと納得するまで調べないと気が済まないですからね、しかも人の領域にズカズカと入り込もうとするでしょう。ハルトがそういうのを嫌うのは目に見えてわかることでしょうに。頭と胴体が離れなかったことを幸運に思うべきですよ」
「回復まで二ヶ月を要した事が幸運なの、か? 違うと思うが」
それ、殴ったんじゃないよね。ほら、グレイとローツさんが両手で顔を覆っちゃった。『あのバカめ!』と、青筋が立ってるのも見える。
「とにかく、気を楽にしてくれ。ハルトがここに乱入したら私では止められないから」
公爵様だけはいい笑顔。
普通、謁見ってもっと緊張感あるものじゃないの?
ふと、法王と目が合った。
「「……あはははは!!」」
お互い考えてることは一緒だった。
笑って誤魔化す!! と。
「ついでになってしまって申しわけないのだが」
「え?」
「獣王から許可を得ていたので、この場で改めて顔合わせしておきたい人物を呼んでいるのだが同席させてもいいかな?」
「え、はい、私は構いませんが」
私のちょっとよく分かっていない反応を見つつも公爵様は側近の人に一声かけると、直ぐ様その人は広間を出ていった。
「誰ですか?」
「君もよく知る人物だ」
「……お店のお客様ってことですか? 公爵様の紹介となると、貴族」
「ああ、派閥が違うし私は社交界で挨拶をする程度だったからこの話を通すのに一苦労した。クノーマス侯爵に相談して顔繋ぎをしてもらいようやくと言ったところだ」
「もしかして」
グレイが誰なのか分かったらしい。私、全くわかりませんけど?
「息子とシャーメイン嬢の婚約の準備をしっかりと進めていることで信用を得たらしい。重い腰を上げてくれたのだ」
そんな会話をしていたら、側近さんが戻ってきて、その後ろ一人の男性が続いて広間に姿を現した。
「ツィーダム侯爵様!!」
移動販売馬車の試験運用の最初の三ヶ所、ここバミス法国、アストハルア公爵領ともう一ヶ所。
クノーマス侯爵様が選んだ試験運用先。それがツィーダム侯爵領。
「まさか、ここで会うとは思いませんでした」
「私もだ。ただ移動販売馬車の件でクノーマス侯爵に相談はしていた」
「何をですか?」
「今回はクノーマス領内では行わないだろう? そうなると何を確認するにも必ず先に行うバミス法国とアストハルア公爵家が関わってしまう。派閥が無視できない私としては、国内での接触は限りなく控えたいのが本心だったからな」
「だから秘密裏に会えないかと打診をしていたつもりでしたが?」
あれ、公爵様が絡んできた。
「先にも申し上げた、私はあくまでも中立派の立場を崩したくない。それがたとえジュリを介しているとしても。それはすでにご理解頂いている筈だが」
「しかし私が提案したことは頭ごなしに突っぱねておいて、クノーマス侯爵が同じ事を提案したら『考慮する』というのはいささか大人げないと思いませんか?」
「全くもって思いませんな。穏健派などと言いながら内実過激なことを為さるあなたを信用できませんから。ご子息とシャーメイン嬢に感謝なさるといいでしょう、あの二人を見る限り、あなたが良き父親として対応していることだけは証明してくれています。その点以外は今でも中立派として物申したいことは数多ありますよアストハルア公よ」
……わぉ。バチバチだ。
「んー、とにかく!」
ぱん! と手を打ちならし、私はこの空気をぶっ飛ばしておく。
「アストハルア家とツィーダム家は国内で接触は難しいのでバミスならどうかって侯爵様が仰ったんですかね? で、先行で稼働する移動販売馬車を見に来たついでに挨拶やら打ち合わせをしておこう、と」
「「そういうことだ」」
声揃ったよ。案外仲良くなれるんじゃない? いや、お互いそれが嫌だったの? ニコッと微笑んだけど目が笑ってないね。
うん、だめかも。




