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『ハンドメイド・ジュリ』は今日も大変賑やかです 〜元OLはものづくりで異世界を生き延びます!〜  作者: 斎藤 はるき


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23 * 一夜明けて

 ちょっと、皆さん。

 慣れすぎ。


「あの、ジュリ様、いつも、こうなのですか?」

 セティアさんがお世話になっていた修道院の院長が、とっても戸惑っている。


 今現在、朝七時。流石にまだ店前には誰も並んでいない。院長はこのあとトミレア地区の港から出る船で修道院に戻る。セティアさんとローツさんとしてはもっとゆっくりしてほしいと願ったけれどそこは立場上難しいのと、修道院で待っている皆にセティアさんの結婚式がどれほど素晴らしかったのかを伝えたい、お土産を楽しみにしているから渡したいという院長の気持ちに配慮して二人は無理には引き止めないことにしたらしい。そして

 昨日ロディムが買い取ったネイルアートの回数券の一万リクルについてはいざというときの修繕費や災害が起きたときのボランティア活動資金にするため蓄えておくんだそう。

「ああ、そういうことでしたらあと四万リクル差し上げます。是非お役立て下さい」

 と、ロディムが太っ腹なことを言い、シイちゃんが『かっこいい!』と目をキラキラさせたけど、院長がぶっ倒れそうになったのを見て父親のアストハルア公爵様が出せばいいというものではないと説教をしてたよ。

 そんなやり取りがあり、ローツさんから昨日のうちにお願いされたのが朝に院長を店に入れてやってくれないか、ということ。

「きっとご自身のお金でお土産を買われるんだと思います。修道院の院長ともなると、清貧であることを常に求められます。ロディム様のお金をお土産に使うなど考えないでしょう。そして皆のためご自身は『笑顔さえ見られれば』と仰る方です。きっと、大切に貯めてきたご自身のお金をお使いになるはずなんです」

「セティアからそう聞かされて……お土産は寄付金や支援金とは違うだろう? 誰かにどれだけ貰っても咎められることはない、だから、俺が全額出すから好きなだけ選んでもらえるよう早朝に店を開けてもらえないか?」

 勿論快諾ですよ、うちの重役ですからね、これくらいの融通は利かせるし何より結婚祝いの一部みたいなもんです。


 で。

 その話を聞き耳を立ててたのか、それとも地獄耳がいたのか。

【彼方からの使い】組みとそのパートナーを除いた人達がまた揃ってる。

 動きやすそうな夏らしい装いのお貴族様たちが。

 並んでる。

 店前に。

「いつもなんですよ、皆さんお行儀いいですよね、流石貴族ですよ」

 こんな光景見たことない院長は、ただただ顔を引きつらせている。というか今日くらい遠慮しろよと言いたい。言えないけども。


 ローツさんとセティアさんの希望を叶えるための早朝の開店なので勿論院長が一番。貴族の皆様を差し置いて一番なんて! と恐縮しまくりでなかなか入ろうとしなかった院長だけど、グレイに笑顔でヒョイっと軽くつまみ上げられるようにしてポイッと店に放り込まれてあ然としている所に笑顔のローツさんとセティアさんに選びましょうとすかさず声をかけられ強制的にお土産選びに突入したのには、申し訳無いけど笑ったわ。

「私もつまみ上げられ放り込まれても構わないぞ」

 ツィーダム侯爵夫人が冗談まじりで笑ってた。いや、そもそもあなた達は呼んでません、と言ってみたら笑い返された。全然帰る気がない。


 そして本来の目的のため、お店に入ったのはいいんだけどね。

「ローツさん」

「なんだ?」

「ローツさんはちょっと引っ込んでようか」

 ショックを受けて固まったわ。

 セティアさんにいいとこ見せたいからか、それとも純粋にご厚意というもなのか判断しかねるんだけどローツさんがテンション高めで次々オススメを院長に渡すのよ。『それ、微妙じゃね?』というものまで。

 そもそも修道院なので慎ましい生活をしているので派手なものや高価なものは好まれないし、避けるべき。

「ローツ様、流石にアクセサリーは……」

 セティアさんが苦笑だよ!!

「ローツ、裏に置いている高額商品を持ってくるな。貰っても困るだろう」

 グレイも苦笑だよ!!

 どうした、普段のセンスの良さは何処に置いてきた?! な状態のローツさんでは役に立ちません。

 ここは商長の腕の見せどころでしょう。


 最近ライアスが改良したクラフトパンチ。模様が細かくなり、種類も増えたお陰でレターセットとメッセージカードも新しいデザインが増えているので、それを全種類。連絡手段であるレターセットは慈善事業で伺う時にいつも欠かさず持っていくくらい人気だからね。クラフトパンチの模様は新規でうさぎ、クマ、猫など動物模様とレースリボン模様、花模様がいくつか追加され、若年層の貴族のお嬢様達にも大人気。

 スイーツデコの、通称食べたくなるシリーズのキーホルダーの新デザインに最近行き詰まっていた白土部門長のウェラが、ライアスのクラフトパンチからヒントを得て作り出したのが『眠りアニマル』シリーズ。猫が体を丸めて寝ているのから始まり次々と色んな動物の寝ている姿を丸っこく可愛くした小さな置物を量産しまして。その置物の下に小さな座布団付きで売り出したら何だかいい感じに売れている。ちなみにこれをコレクションしているのが外で談笑している一人、アストハルア公爵夫人。公爵様が試しに一つ、とある日買って帰ったら『新作出たら手紙下さい、妻が気に入りましたので買いに行きます』と手紙を書かされ、クノーマス侯爵家経由で私のもとに届いた経緯がある。お陰でウェラは。

「公爵夫人がコレクションをし始めた?! よし、売るよ!!」

 と、勢いに乗り、動物図鑑とにらめっこするという貴重な姿が見られるようになった。


「まあ、これが栞なの!」

「素敵ですよね」

 セティアさんイチオシが金属の透かし模様のブックマーカー、要するに栞。こちらはリンファの結婚式に配られたブックマーカーのデザインを考えているときから売り出すことはほぼ決定していたものなのですでに種類は十以上。修道院には規模に関わらず神学の本、哲学書といったものが揃えられていて修道院で神に仕える人たちというのは案外外界よりも本に触れる機会が多いそう。小難しい本を少しでも楽しく読めたら、という思いがセティアさんにはあるみたい。

 ブックマーカーはもう一つ、リンファの結婚式に配られたのと同じ型である緩やかに曲線を描く平たい棒状の、先端にチャームが付いたものも売り出していて、そのフォルムとシンプルさからグレイが愛用している。チャームの数だけ種類豊富に売り出せることから、ネイリスト育成専門学校と領民講座がある区画の雑貨屋にも委託販売をお願いしている。


「これは……皆がとても喜びます」

 院長が噛みしめるよう呟き、そして両手で大切そうに持ったもの。

 珠が大きく、十桁しかない、色合いの淡い、学習用算盤。

 これは既にクノーマス領とククマット領では全学校はもちろん孤児院が併設されている神殿、修道院、そしてうちで経営している託児所、ネイリスト育成専門学校と領民講座に随時必要数が届けられている。最近ではククマットの中央市場と専門学校と講座が入っている建物の二箇所に、珠一つが大人の握り拳大もある大きな算盤が通行人なら誰でも気軽に触れるようオブジェとして設置されている。枠と珠は石から削りだして、金属パイプに通してあり、安全に扱えるようテーブル上で普段使うのと同じように置いてあるようなオブジェ。

「これオブジェじゃねぇだろ」

 なんてハルトは苦笑してたけど、見世物にしてるんだからオブジェだよと主張しておいた。

 厳しい現実として、識字率はそれなりに高い一方で算術に関しては非常に遅れている。

 その問題で特に損をしているのが子供たち。学校があるのにまともな算術を教える所がとても少ないうえに、孤児院などになると決して裕福な生活とはいえない金額で子供たちを守り育てなければならないため、高額な算盤はもちろん簡単な足し算引き算を教える本すら買えない場合も多い。


「ジュリさん、ありがとう」

 セティアさんのとても嬉しそうな一言。

 ローツさんから好きなもの何でも買ってあげると言われて、一番最初に欲しいと言ったのがこの学習用算盤だったらしい。アクセサリーとか家具とか、そういうのを期待していたローツさんとしては肩透かしをくらったらしいけど (笑)。

 クノーマス領とククマット領は算盤を習うのは当たり前になりつつあるけれど、一歩外に出れば状況は激変する。あのアストハルア公爵領ですら、ようやく普及のための体制が整いつつあるという現状。昔からあるのにねぇ、高級品故に誰も普及に努めるなんてことはしてこなかったんだよ。

 うち関連の会計士なんて全員ハルトとグレイのスパルタで通常サイズの算盤を使いこなしてるわよ、何なら大会でも開催して出場させたら上位独占しちゃうくらいにプロだから。

 まあ、正直そこまでは期待していない。算盤が扱えてそれを分け隔てなく誰にでも教えてくれるという人が少ないので余所はゆっくり浸透してそして扱う人が少しずつ増えてくれればと思う。

 ちょうどお店に検品待ちの学習用算盤が届いていたのでそれを十本箱に入れたら院長がびっくりしてた。


 あとは、やっぱり万華鏡かな。

 これは開発当初からローツさんがセティアさんに自分の分をプレゼントしちゃうくらいに画期的な物だったらしいので、一番格安のものだけど、修道院にいる大人含めた全員分プラス予備数本を用意した。


 ちなみに、万華鏡はカンバセーションアイテムとして現在社交界で人気を博しているらしい。

 螺鈿もどき細工の献上の際、侯爵様が王宮で宣伝兼ねてその場に参列した貴族の人たちに配った物が度々話題となっている。

 その理由としては、中身であるキラキラとしたオブジェクトは全て同じ素材で多少の色味の違いがある程度だけど、筒の外側、つまり外装が実は五種類存在するから。

 これについては私は全く意図せず単に『選ぶの面倒だなぁ、全部採用でいいや』という非常に個人的な感情で決めちゃったという……あまり声を大にしては言い難い話があるんだけども、さらには『選ばせたら時間がかかる』と侯爵様が面倒を回避するためにその場で流れ作業で尋常ではない速さで配りまくったという事も重なり。

 それで何が起きたかと言うと後日誰がどの柄を持っているのか、自分は誰とお揃いなのかと気になる人が出てきたらしく。社交場で何となく会話が続かない時に『そういえば、自分はあの柄なんだけど……』と、会話のきっかけに使われ始めたんだって。

 なんだか予期せぬ形で世の中に受け入れられている万華鏡は、これからもっと積極的に広めたいね。













 このお土産の量は一般人じゃないなぁ、という量になってしまったので、責任をもって届けるとローツさんとセティアさんが急遽修道院まで一緒にいくことに。

 なんとなく別れを惜しんでいる様子のセティアさんにローツさんが気を利かせた感じ。

 嬉しそうなセティアさん、それに笑顔を見せるローツさん。

 ……砂糖吐くよ、大量に (笑)。


「次からはセティアさんが伺いますけど、私も付いていく時があると思いますのでこれからもよろしくお願いします」

「はい、お待ちしております」

 院長と私は固い握手を交わし、また会う約束をして会話しながら皆笑顔で、じゃあお気を付けてと店の外にお見送りしようと扉を開けた。

 開けて、閉めた。

 あれ、なんか。

 見間違い?

 そぉーっと、再び、オープン。


 見間違いじゃなかった!!

 なんだこれ!!


 店前にテーブルと椅子。そこに優雅に座ってお茶してる人たちがいる。

 ちょっとまて、このテーブルと椅子、そしてお茶やお菓子はどこから出てきた?

「お待たせ致しましたぁ、こちら新茶です」

 呑気な笑顔でトレーに茶器を乗せてやってくるのは。

 斜めお向かいのお茶屋の若旦那。

「若旦那ァァァァ!! 誰の許可取って茶の提供してやがる!!」

「ひいっ?! ジュリ、ご、ごめん!! だってこの方々が一日の売上分の支払いしてくれるっていうからさぁっ!」

「禁止、こういうことは禁止!!!」


 このあと強制的に撤去、爵位なんて知ったことかと開き直り我儘気ままな大人たちを放置するとろくなことにならないという教訓を得て、院長とローツさんとセティアさんを送り出した。

 締まりのないお見送りになった。













 我儘放題な貴族たちもお目当ての物を購入すれば満足して店をあとにしてくれた。

 入れ替わるように今日のシフトの面々が『おはよー』『おはようございます』と挨拶と共に一人また一人と出勤してくる。

「はぁぁぁ、これでローツさんの結婚式は一通り済んだって感じだね!」

 背伸びしながら言ったらグレイが珍しく分かりやすく脱力した。

「どしたの」

「ローツの結婚式が無事済んで、本当に良かったよ。これでもローツのことはずっと気にかけていたつもりだ」

 そうだよねぇ。

 この人は騎士団を退団したローツさんを自分の所に来ないかと誘ってそして実際に手元に引き込んだ。ローツさんの能力や人柄を高く評価するだけでなく、絶大な信頼を寄せている。グレイにとってローツさんに充実した日々を送らせてやることが自分の責任だと領主になる前から思ってたし、そうなるように動いていた。


 そんなローツさんの結婚。

 案外誰よりもグレイが無事に済んだことを喜んでいるのかもしれない。


 そしてローツさんのご家族、フォルテ家の人たちが改めて私達に挨拶に来た。

 ローツさんとセティアさんを快く迎え入れてくれたククマットの人たちに、そしてずっと信頼し一緒にいてくれる私達に心から感謝すると。

 そんなつもりで二人を応援してきた訳でもないし、ククマットは住人が増えるのはいつでも歓迎だからと言えばそれは違うと返された。

「何もかも失いかけて自暴自棄になりかけたローツを救い出してくれたグレイセル様、新しいことへの挑戦、そして発見をさせてくれるジュリさん、お二人がいなかったら……ローツは、セティアさんのことも諦めてきっと一人孤独に彷徨っていたに違いありません」

 ローツさんのお兄さんが少し泣きそうな顔をしてそんなことを言った。


 きっと私やグレイにはわからない、見えない所で苦悩を抱えてギクシャクしていたこともあったのかな。

 それがこうしてククマットで生活するようになって、一緒に働くようになって、何かが、劇的に良い方向に変化していたのかも。

 その変化が家族間の関係もいい具合に改善してくれたのかもしれない。


 もし、本当にそうなら。


 少しくらい私の存在が役に立ったのかな。


 そうだとしたら、嬉しいよね。


 ローツさん、セティアさん。


 結婚、おめでと。


 これからもよろしくね!!


 時々ブラックな感じになるけどそれは大目に見てちょうだい、イチャイチャの時間を削るようなことには決してならないからさ!!


「なんと言っても副商長がイチャイチャの時間を削るという考えがない人なのでね」

「何か言ったか?」

「別に」







改良や追加になった作品たちについて一気に紹介しました。


カンバセーションとは会話のことですが、ファッション業界や美術界でカンバセーションピースという表現をすることがあるようです。今回カンバセーションアイテムとしたのは、一般的ではないものの一部のインテリア雑貨のサイトなどでピースではなくアイテムとしていることと、こちらの物語にはアイテムが合うのかな、と思ったため、作中ではカンバセーションアイテムとさせて頂きました。


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― 新着の感想 ―
[一言] セティアさんも恩恵を受けてハイパー従業員になるのかな( ˘ω˘ )
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