23* グレイセル、ご満悦。
おまたせ致しました新章開始です。
グレイセルに語って頂きます。
文字数若干多めです。
ククマット領の、 《ハンドメイド・ジュリ》から離れた区画にある物作りの工房が密集しているその中に埋もれるように宝飾店がある。工房が併設されているので作ったものをそのまま売り出せること、そして一般向けの物も作り出していることから金属系の宝飾店としては比較的手が出しやすい価格になっており、冒険者や金に余裕があるものが利用する店だが、《ハンドメイド・ジュリ》や市場の露店で売られている物と比べると数倍、物によっては桁が違うものばかりだ。人で賑わうような店ではなく静かで外の喧騒や雨の音がなければ少し寂しさを感じることもあるだろう。
「お待ちしておりました。グレイセル様、ローツ様」
開店直後ということもあり静かだ。私とローツはその店の扉を開け、中に入りその静けさを確認すると直ぐに店主であり工房主でもあるショーンという初老の男が出迎えてくれた。
「約束より少し早く来てしまったが、大丈夫かな?」
「既にご用意しておりましたから早朝でも構わないくらいでしたよ」
ショーンはにこやかにそう答え、私達を店舗にある席ではなく、奥に続く工房に繋がる通路へ手を向け進むよう促してくる。私達はそれに抗うことも疑うこともなく指し示されたままに足を進める。工房は今日は休みのようだ、誰も居らず、明かりも最低限でぼんやりとした光がランプ一つから放たれるだけだ。そこを通り抜け、扉が迫るとショーンはその扉を開ける。
手入れの行き届いた庭。先日ここに通されてから気に入って、晴れたらここがいいと話していた。そこには職人や従業員たちが休憩したり語らったりするために用意されたという大きな木製のテーブルと椅子がある。雨よけの屋根があり、今日のように天気が良い日は日よけとして活躍するその下のテーブルと椅子に私達は迷うことなく進み腰掛けた。
テーブルには箱。
私達が座るとすかさずショーンは自分が座る席近くに置いていたテーブルの上の黒い布を広げる。
「ジュリ君からようやくこれならと許可を貰えた職人渾身の作品です」
そして箱の蓋を開け、ショーンは一つ一つ、ゆっくりと丁重にそれらを布に並べていく。
「ダサい」
私がジュリと恋人となってすぐの頃、突然脈絡もなく私に向かって彼女がそう放った時はあまりにもショックで硬直した。
「あ?! グレイじゃないです、違います、誤解しないで下さいね?!」
必死に弁解されたものの私に向かって素で、無意識に放った言葉なので明らかに私に関することで間違いないその意味を彼女が説明してくれた。
「こういうアクセサリーって、宝飾店に勧められるままに買うんですよね?」
「そうだな、基本的に流行りや格式に合ったものをいくつか持ってきてその中から選ぶ事が多い、時には選ぶのが面倒でまとめて買ったりもする」
「なんで貴族の男性のアクセサリーってこんなにゴテゴテしてるんだろうと思ったら店が利益出すために色々盛ってるものを持ってきてるからなんでしょうね」
「まあ、互いに地位だの知名度だのと気にするからな、そこは仕方ない」
「仕方ないで済まされないダサさ」
「……」
「グレイのことじゃないですよ」
いや、だからそもそも私がダサいと思われている物を身に着けている時点で私はダサいということになるだろうと返すと。
「グレイの努力は感じますよ、なるべくシンプルな物を選んでますよね? だからグレイがダサいのではなく、売る側がダサいんですよ」
というやり取りをした事がある。
今となっては懐かしい。
誕生日プレゼントとして彼女がデザインしたブレスレットを作った工房は宝石も扱える店で、キリアデザインの宝飾品は看板商品となり今では領外にもその噂が広まって人が訪れる人気店になっている。
ここは宝石や魔石は扱わず、金属のみ扱う宝飾店だ。
ジュリはそこに目を付けた。
「話はついてるから、はい、二人でここの経営者になってね」
ある日突然、ジュリにこの店に連れて来られた私とローツはニコニコする彼女とその隣で同じくニコニコするショーンからこの店の権利売買に関する書類と筆を差し出され、『ああ、我々に笑顔で契約書を差し出される者の気持ちが分かった』と、ローツと同じことを考えていたことが後から発覚している。
ショーンは結婚して妻がいるが、子供には恵まれず後継者がいない。職人たちに引き継がせるにもその権利を巡り争いになるのではと悩んでいた。
「ライアスから聞いてたんだよね、いい仕事をする仲間がまだ先の後継者問題に頭を悩ませてるって」
だからこの店を我々に買えというジュリの思い切りの良さを褒めていいのかどうか悩んだが、そこには彼女の思惑があった。
「ここをグレイとローツさんが経営するなら、私がデザイン提供してもいいよ、要はアクセサリー版監修商品を出す店にしないか? ってこと」
と。
「グレイの誕生日プレゼントのブレスレットをお願いした店はキリアが監修することになったんだけど」
「その話は聞いていない」
「さっき決めてきた、商長の権限で」
「……」
「でね、あっちもシンプルなものは作れるんだけど、宝石と魔石ありきのデザインなわけよ。でも私としては以前からグレイには金属だけのシンプルだけど小洒落た物をもっと身につけて欲しいなぁと思って、でも私が表立って宝飾品の監修しちゃうと侯爵家直営の工房からその手の話をされたとき断った過去があるから揉めるでしょ」
「その話も聞いていない」
「うん、面倒臭くて話してなかった。結婚前の話よ、ずっと前」
「……」
「だったらククマットにある工房で跡継ぎ問題で悩んでるところをグレイとローツさんが買っちゃって、後継者は二人が認めた人しかなれないようにすれば絶対に揉めないし、伯爵領内の工房なら奥さんの私が監修するのって問題ないでしょ。と言うことでサインして。はい、書類いっぱいあるからチャッチャとね」
「色々と聞いていないことがある事は」
「ああ、そこはほら、私商長だから損が出なければ好きにさせてもらうって事と、時効ってことで。説教は一切受付けない」
それで問題はないのだが、何となく納得いかない私の隣で嬉しそうにローツがサインをしていた。ジュリデザインのアクセサリーが欲しいと思っていたローツには工房の経営権は安いものだ、なんてものではなく待ってました! といった所だろう。軽々しくサインをするだけの資産を持っていることは知っているが、若干置いてけぼりを食らったような私の気持ちを察して欲しかったのは、内緒だ。
あれからしばらくこの店は大変だった。
監修はする、だが自力で今後はデザイン出来るようになってもらわなければならないとジュリの渡したデザインはたった十五。あえて制限し、そこから想像力を働かせるためだという。
「こういうことはね、粗食で鍛えるに限る」
小出しにすることを粗食と例えるあたりがジュリらしい。
「模様を入れれば良いってわけじゃないよ、もっと削って。こっちはそれを意識してるのはいいけどバランス悪い。ペンダントトップの大きさに対してチェーンの太さが合ってないね、もっと考えなきゃ」
と、ジュリから渡されたデザインを元に工房の職人たちが知恵や知識を絞り出し完成させたデザインは凡そ百。それを淡々と全てやり直しにしたジュリに、職人たちがあんぐり口を開け固まっていた。
ショーンはじめ全員がブラック気味になりつつデザインに没頭したときは流石にローツと共に強引に休ませるほどだったが、その意欲が功を奏し、先日ようやくジュリから全てのデザインが合格を貰えた。
「それぞれ金鍍金と銀鍍金でこれらは見本です、グレイセル様とローツ様の物は純金等の金属を使って作らせていただきますが、店で販売するものはこちらが基になります。ジュリ君からの助言で、まずはグレイセル様とローツ様が身につけ、その後数ヶ月後に売り出すようにしていこうと思っています」
「ああ、我々が広告塔になるという話だな」
「はい、その間に一定量を用意していこうかと」
ジュリの計画はまず私達のものを先行して作らせるというものだ。我々が高価な金属で作られたものを身につけ人々の反応を見て一般販売するものの数を決めようという。職人の数も限られているため、最低数以上は私とローツやジュリが周囲の反応を見てどれくらい追加で作らせるか都度決めていく。少し面倒にも思うことだが、シンプルで、宝石を使わない物がどれだけ富裕層に受け入れられるか分からないというジュリの意見を尊重した。こういう事をマメにこなすなら私への報告も面倒なはずがないと思うのだが。
「それとこれとは別」
きっぱりと胸を張って言われた。
「これ、雪の結晶ですよね」
ローツが眺めるのは、長方形の板に雪の結晶が刻まれたペンダントトップだ。
「うちの店では女性のアクセサリーに使われていて人気なのに、不思議ですよ、これだと確かに俺達も身につけられます」
「ああ、そうだな。結晶以外の模様や色が入っていないからだろう」
「それだけではないんですよ」
ショーンはにこやかに別のペンダントトップがついたネックレスを出してきた。
「同じデザインなんですが、こちらはジュリ君にダメ出しされた方です。鎖の太さが違うのと、雪の結晶がこちらは繊細なんですね、『これだと中途半端』と言われたのに納得出来なかった若い職人が作ったんです。それで、ローツ様が手にしている私がデザイン修正したものとこちらを並べてどちらのデザインか知らない妻の弟や市場の知り合いに見せて、どっちが好みか聞いたんですよ。すると見事にローツ様が手にしている、ジュリ君の助言を取り入れた方でした。ジュリ君のは僅かに長方形が縦長なのがわかりますか?」
「ああ、ほんの少しだが、確かに長い」
ローツは二つを並べる。
「バランスが凄くいいよと、褒められました。ジュリ君は同じ長方形、ポイントが一つの類似したものでも数ミリ単位で拘り変更するんです。最初はそれにかなり戸惑いましたが、慣れると分かります。その数ミリで印象が随分かわるのだと」
次々並べられていくアクセサリー。ネックレスだけで二十四、ブレスレットが八、指輪が十三、イヤーカフは六。それぞれが金色、銀色とあるので数としては倍、計百二のアクセサリーが並ぶ光景は壮観だ。
同じに見えて、確かに違う物がいくつかある。数ミリ単位で拘ることで、模様に合った大きさ厚みがあるのだと改めて思い知らされた。普段からジュリの作るものはよく観察しているつもりたが、それでもまだ私がこうして感心し喜びを得られる機会が度々訪れるのだから、ジュリの拘りには感服する。
私とローツは互いにネックレスを三種、ブレスレットと指輪は二種、イヤーカフは一種ずつ選びそれを作らせることにした。本当は全て作らせたい所だが工房への負担を考え我慢だ、そしてショーンは我々が選んだ物を早速明日から生産開始すると意気込みを見せてくれた。
頼もしい工房主がいる工房の経営者として私とローツはこの先ここからどれだけの流行を生み出せるのかと、期待が膨らんだ一時となった。
「決めて来たの?」
「ああ、どれを選んだかは出来上がりを楽しみにしていてくれ」
「そうする。グレイはあれくらいシンプルなのが好きでしょ? 模様や形、大きさ厚み、鎖の長さや太さも細かく決めたから貧相さはないと思うんだけど、でももう少し派手にする?」
「……」
「なに?」
「いや……そうだな、と今更理解した」
「何を」
「シンプルは貧相とは違うな、と。私は今まで世に出回っていた物はあまり好きではない。それでも侯爵家の一人としてそれ相応の物を身につける事を余儀なくされてきたし、伯爵としてもそれは変わらない、だからシンプルなものを好んでも、心の何処かで『貧相に見られるのは良くない』と、結局妥協して、体裁を気にして、少しでも飾りがあるものを選ぶよう心がけていた気がする」
「それは仕方ないわね、実際問題侯爵家の息子が貧相な姿で出歩く訳にはいかないから。そして、お金があっても妥協せざるを得ない旦那のために頑張った妻を褒めてほしい!!」
「ああ、褒めるさ、さすがジュリだ。私は素晴らしい妻を持って誇らしい」
「そうでしょうとも、もっと褒めなさい」
ふざけるジュリの頭をこちらもちょっとふざけて撫でれば面白そうに笑いご満悦だ。
「あ、今のうちに言っておくけど、経営者になったのをいい事にあの工房と店を『男性小物専門店』にするのは許さないからね」
あれから数日、不意に何かを思い出したようにジュリが私とローツに向かって言ってきた事に、固まってしまった。
「計画してたでしょ」
「「……」」
「ダメだから。せっかくいい職人が揃ってるのに余計なことを持ち込んでコンセプトが変わっちゃったら意味ないから。宝石や魔石を使わないシンプルだけど細部まで手の込んだ、デザインに拘ったアクセサリー専門店として確立させないと」
「「何故」」
「理由は簡単、もしもあそこに他のものを持ち込んだらそのための職人を増やさなきゃ。でもあそこはアクセサリーを専門とした工房で、職人を増やすだけじゃ済まないの。改築も設備も何もかも新しく入ってくるものと上手く馴染むように一から十まで変えなきゃいけないし、販売のノウハウはもちろん扱う素材も馬鹿みたいに増えるでしょ、そうなったらアクセサリーなんて作ってられないわよ。それに人を増やせば良いって問題でもないからね、ショーンさんはあの店を宝飾店として後継者に引き継ぎたいんだから、それを理解していない人が入ってきたらどうするの。こっちの都合もそれなりに押し付けての買収だったんだよ、そのへん気を遣ってやってね」
「「……」」
「わかったかい? 副商長、統括長」
「「経営権は我々が」」
「ハモってるね。経営権を盾にするならこっちは二度とデザインしないって事で。ショーンさんに『デザインしてもらえないんですか?!』って詰め寄られても私は知らん」
いつも思う。
ジュリのこの『男性小物専門店』を決して出店しようとしない頑なさは一体何故なのか。
「面倒くさいもん」
は?
「世の女性たちから『男性小物なんて作らなくていい!』ってクレーム対応が、面倒くさい」
まさかの理由。
「それに多分、時々だからいいのであって、男性小物を店の作品たちのように毎日デザインしたり、試作したりできるかと問われると、無理」
無理。
「多分ちょいちょい飽きて途中で投げ出す。キリアにものすっっっごい怒られるパターン」
飽きて途中で投げ出す。
「時々、ちょっと気分が乗ったとき、グレイに似合いそうなデザイン浮かんだとき、それくらいが調子いいんだよね。気合が腹六分がベスト」
腹八分にも満たないのか。
「そういうことで、アクセサリーを除いて男性小物が店を出せる位種類が自然と増えるまでは許可しませーん」
「「それは何時」」
「分かったら誰も苦労しなくない? そして今日はハモるね」
「……まあ、いいか」
内心、こちらの計画が完全に読まれていたことがショックでありながら仕方ないという諦めもありつつ。
後日。
届いたアクセサリーを身につければジュリが笑った。
「イケメンは何を身に着けても似合う! 小洒落た物なら尚更似合う! 旦那サイコー!!」
と、満足げに。
元は私のため。
それがいい。
男性小物専門店はまだまだ先の話になりそうだが。
悪くない。
こちらのお話、グレイセルがシンプルな物を好むという設定から生まれた話です。
詳細は控えますが、今回は2018年イギリス生まれのブランドをイメージしながら執筆しました。
シンプルかつ華奢過ぎず、チェーンの種類が豊富なブランドでジュリがグレイセルに着けさせたいのはこんな感じかな? と。
他にも素敵なデザインのアクセサリーブランドがいくつもあるのでつい検索しまくってあっという間に時間が過ぎます。そのうちまたイメージに合うブランドとか物があればアクセサリーネタとして登場させるかもしれません。




