◇夏休みスペシャル◇ 夏の夜のくだらぬ話 第三夜
くだらぬ話最終話。
本日もグレイセルに語って頂きます。
ジュリがスン、とした顔をしている。
無。
喜怒哀楽のはっきりしている妻には珍しいその顔に、つい『フッ』と息が漏れる。
「笑うんじゃねぇわ」
喋るとガラが悪い。
昨年、失敗というか、迷走というか、とにかく成功とは言い難い結果になった『肝試し』。
ククマットの中央市場は夜にも関わらず賑わっている。
不気味な格好をした老若男女に、魔物を模した被り物を被った者、動物の耳や尻尾に似せた帽子や服を身に着けた者。ジャックオーランタンがそこかしこに置かれ、人々は互いの仮装を褒めたり笑ったり。
ハロウィーンである (笑)。
肝試しではない。
昨年、目的やその効果を正しく理解した者が少なすぎて、肝試しがハロウィーンの劣化版 (のちにジュリがそう言い出した)になったのだが、今年もそれである。
「今年は肝試しやらないって言ったよね?」
「言ってたな」
「じゃあなんでこんなことになったわけ?」
「ハロウィーンに向けて衣装を作っている者たちが事前に被らないように確認する場が欲しいという要望が上がっていたらしい。それを市場組合が去年肝試しという似た行事をしていたな、と思い出して計画したから」
「肝試しじゃないじゃん」
「そうだな」
睨まれた。
仕方なかった、としか言えない。
組合が私の所に要望書を持ってきた時点で既にやることが確定している雰囲気だった。
これはジュリがイベント好きという普段の言動が災いとなった。
『イベント好きのジュリならやると言う。ジュリがそういえばグレイセル様が反対するわけがない』
と。
肝試しは夏に怖いものを見て夏を感じるもの、という非常に大雑把で曖昧な認識が定着した結果、『ハロウィーンで衣装が被らないようにするための事前お披露目会』という新しい要素が加わってしまった。そのための日時や場所も要望書にしっかりと書き込まれていて、拒否されることはないと信じて疑わない組合の和気藹々とした雰囲気に、私は判を捺すしかなかった。
そして聞こえてきた悲鳴。
「ん?!」
「ああ、あれは……肝試しをしているんだろう」
「えっ?!」
「簡単な迷路を作り、所々脅かす人や物を配置して、小さなランタンだけを持ってゴールを目指すものを組合が作ったそうだ」
「なんでそれを早く言わないの!!」
突然元気になった妻は駆け出した。
「ちょっと行ってくる! グレイは来ないで! 一人で恐怖を味わってくるから!!」
……。
大丈夫だろうか?
一抹の不安。
ワクワクしながら入り口で小さなランタンを受け取り、『行ってくる!!』と後ろに並んでいた若者たちに告げ、その若者たちから『いってらっしゃ~い!』と見送られた直後。
「だから違うって!!」
ジュリの叫び声。
「なんだよ! 何が違うんだよ?!」
「違うんだよローツさん!! ペットの『新月』はもう見慣れてて暗闇から出てきても怖いんじゃなくびっくりするだけ!」
「びっくりでもいいじゃないか、皆楽しんでるぞ?」
「楽しいの解釈違いっ……怖くなきゃ、肝試しじゃないから……」
「我儘だなぁ。あ、でもこの先は怖いはずだぞ?」
「……因みに何が出てくるか聞いておくわ」
「聞いたら意味ないだろうが?」
そのやり取りのあと、ジュリは進んだらしい。
そして。
「ローツさん! これは違うだろおぉぉぉぉ!!」
恐怖とは全く違う叫び、再び。
「進んだら、落とし穴に落ちた……。あれ、普通に危ないよ、禁止だよ。隠れて脅かそうとしている人が、早く脅かしたいのか隠れてるところから何度もチラ見してきて、バレバレで……。そしてかわいいジャックオーランタンとかパステルカラーの物で華やかにするのやめて、ホントにやめて……」
出口から重い足取りで出てきたジュリは、ボソボソと消えそうな声で呟いてから、またスンとした顔になりその後屋敷に戻るまで無言だった。
「……肝試しじゃない!」
その日の寝言がそれだった。
本編には影響していませんが、昨年の夏休みスペシャルに繋がっているお話でした。
このあとは予告通り作者のお休みとさせて頂きます。
再開は8月30日の10時、通常通り本編更新となります。




