◇夏休みスペシャル◇ 夏の夜のくだらぬ話 第二夜
夏休みスペシャル第二夜。
グレイセルの語りです。
第一夜とは違いもしかすると本編にいつか関係するかも? なお話。しかしくだらぬ話としている時点で作者の中ではある意味完結しているネタでもあります。
どっちだよ? という疑問は飲み込んでお読みください。
ククマットには一体だけプチっとされないスライムがいる。
「なんだろうねぇ、こいつは」
フィンがそれに出会うたびに首を傾げる。ククマットに住む人たちはもれなく出会うと似たような考えを持って視線を向けたり、振り向いたりする。
「特殊個体、謎すぎるよね」
キリアがもう慣れた、という顔をして呟いた。
そう。
特殊個体。
この何の変哲もない、透明なスライムが特殊個体だと言うことが判明したのはジュリの所にプチっとされるために定期的に運ばれてくるスライムの中に紛れていた事で分かった。
本来、摂取すると固形化して死滅してしまうルックの樹液 (ハンドメイド・ジュリでは硬化剤として使用)以外のものならなんでも消化吸収してしまう史上最強の雑食と言われるスライム。ところがこのククマットを自由に転がっているスライムは、雑食ではなかった。
捕獲され、《ハンドメイド・ジュリ》に到着するまでスライムが消化吸収しないルックの樹液などを塗り固めた専用の箱の中で、この一体は与えられたものを何一つ取り込まず、故に縮んでしまっていた。それを不思議に思った、というより面白いと思ったジュリが手当たり次第に何なら取り込むかと与えてみたのだが、高級な肉も、新鮮な野菜、お菓子、木片や紙、石、油、金属、更には毒など本当に何も取り込まなかった。
「……なんだろう、この子はプチっとするのが忍びないわ」
それを慈悲というのかいささか疑問はあるが、ジュリはそう呟いていたのだが。
「「「は?」」」
ククマットの端、未開発の草むらに『バイバイ』と言いかけたジュリと共に私とフィンが同時に間抜けな声を出すことになった。
「……ええ……」
なんとも言えない脱力した声がジュリの口から漏れた。
草むらにポン、と置かれた途端。
ガサガサガサガサガサガサガサガサ!!
雑草を物凄い勢いで取り込み始めた。
そう。
雑草のみを消化吸収する、特殊個体だった。
今日もククマットは雑草一本ない美しい石畳。人々の歩みは整備が進むだけではない快適さがある。
「うおっ!」
びゅん!!っと足元を素早くかすめたそのスライムのせいで冒険者エンザが素っ頓狂な声を出す。
このいつもは人の歩と変わらぬ速度で転がっていたり跳ねていたりしているスライムが素早く動くのは新芽の雑草を見つけた時だ。
ククマットでは成長し邪魔になる背丈の雑草を刈ったり抜いたりする手間がない理由に、このスライムが生えたばかりの雑草を特に好むということもある。片っ端から取り入れるのだ。お陰でククマットで草取りをする領民の姿は滅多に見られなくなった。
「……地味に便利だよね」
「そうなんですよ、ここ最近玄関前の草取りしてませんよ私」
「あたしも。雑草しか食べないから、花壇の手入れが凄く楽になったのよね」
「分かる!! おかげで虫も付きにくくなったし」
従業員たちが口を揃えて特殊個体を褒めるようになった。いや、ククマットの住人のほとんどが。
毎日毎日、のんびり転がり、跳ね、そして時々ジッと動かずのこの個体は土や小石を引っ付け汚れる事も気にせず絶えず雑草を食む。
スライムは自分の体に付いたものも取り込むので表面が綺麗な場合が多いのだが、このスライムだけは雑草しか取り込まないため、常にゴミだらけだ。
なので。
「きったねぇなぁ」
時々誰かがそんなふうにぼやいてバケツで水をかけてやる、なんてことも起きる。水をかけられて果たして喜んでいるのか余計なお世話だと思っているかはわからないが、フルリ、と震えて反応する姿に何故か意思疎通出来ていると勘違いする者が出てきているのは面白い。
雑草のみを取り込む特殊個体。
不思議なことにこの個体から分裂したスライムは皆例外なく雑食で、《ハンドメイド・ジュリ》に持ち込まれプチっとされることになる。雑草のみを取り込むのは後にも先にもこの個体だけ。
そしてさらに驚愕の事実が発覚する。
ある夜、自警団の当直が酒場にいた私達のところに駆けてきたのだが、動揺して何を言っているのかわからず、とりあえずついてきてほしいということだけは理解できたので私とジュリ、そしてローツの三人でついて行った先にいたのがあのスライムだった。
真っ暗闇の中、相変わらず雑草を取り込んでいた。
『闇夜』と『新月』が、暗闇からヌッ……と姿を現して、触覚で地面で蠢くそのスライムを指し示す。この二体にとっても珍しい存在らしい。
……発光していた。
ゴミだらけの丸いその体は、不可思議な黄色に変色し発光していたのだ。
イエロースライムが、そこにいた。
捕獲はおろか目撃情報すら殆どなく、魔物の生態について研究している学者やあらゆる土地に出向いて魔物討伐をする経験豊かな冒険者でも一生に一度であえるかどうかと言われる存在。
突然変異でそうなったのか、雑草のみを数年取り込み続けた特殊個体だからか、理由は分からない。
しかし目の前のそれは確かに黄色でしかも発光していた。ジュリが興奮した様子で『こういう色を蛍光色っていうの!』と教えてくれたのだが。
ゴミだらけのそれを両手で抱えたジュリの顔は突如悲壮感でもって塗り固められた。
「……プチっと、いや、でも、ククマットの美化部長……でも、幻の、次いつ出会えるか……プチっとしたらククマット中からクレーム……」
葛藤していた。
ジュリの葛藤とは裏腹にその個体はプルンと震えて体を変形させると自らジュリの手から落ち、コロコロ転がり汚れながら新芽の雑草に向かうと覆いかぶさり取り込んでいた。
後にこのイエロースライムに変貌を遂げた特殊個体だが、寿命だったのかそれとも誰かの不注意か、ククマットの端の草むらで潰れて液状になり下の土や草もろとも固まっているのが発見される。
「ぎゃぁぁぁぁっ!! 美化部長ぉぉぉ!!」
ジュリが絶叫し、打ちひしがれ、絶望するのは、数年後の話である。
イエロースライムをハンドメイド素材に。
ジュリのささやかな夢が叶うのはまだまだ先のようである。
イエロースライムに関しては初期設定から『幻』扱いでした。なので登場させなくてもいっかぁ、とかなり投げやりに思っていたのですが、たまに書き殴って放置していたものを物色していたら出てきたのが今回のお話です。
色付きスライムでこいつだけ蛍光色だとか、ゴミだらけで汚いとか、ジュリが葛藤するとか。ボツにするのはもったいないと思いまして、夏休みスペシャルにしてみました。




