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『ハンドメイド・ジュリ』は今日も大変賑やかです 〜元OLはものづくりで異世界を生き延びます!〜  作者: 斎藤 はるき


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22 * もちろん侯爵家御用達もあるよ

 さて、新装開店したマリ石鹸店が順調な滑り出しでホッと一息したのも束の間。


「ど、どうしたらいいと思う?」

 挙動不審に(ども)りながら泣きそうな顔してそう言ったのはトルマさん。

 特注が入ったらしい。

 アストハルア公爵から。

 ったく、あの人はもうぅぅぅ! 新装開店から一週間だよ!! ちょっと気を遣おうか! と言いたい。


 ということで本当に言う。

「作り手が二人だけ? ならば増やせばよいではないか?」

 言うと思った。

 実はこの世界ってツオロの実を使う場合の石鹸作りは材料がほぼ二種類で済むこともあり簡単だと思ってる人がとても多いのよ。

 でも実際に見るとそうではない。事の発端となったカパ草は勿論、ツオロの実だって保存は皮に傷を付けずに気温の変化の少ない地下の室に置かないと変色と劣化を起こすし、カパ草の成分は固さを均一にするためにお湯の温度と時間に注意して濃度を一定に抽出しなきゃならないのでその感覚をおぼえるためにそれなりの経験が必要。実と抽出液を混ぜる時も手早く滑らかに均一になるように混ぜないとムラが出てそこが劣化するし、使い心地を追及しているから固まるまで二週間かかる。

 材料の少なさからは想像できない手間と時間がかかるものだから、素人が直ぐに出来る訳がない。まして専門店としてやっているから作る量はとても多く、ちょっとやってみようなんて気持ちで手が出せる仕事ではない。

 これはキリアが実証済み。簡単に見えたツオロの実を大きなスプーンで掻き出す作業にもコツが必要で、皮と実の間にある薄皮が削れないようにしなくてはならない。これが結構力加減が難しいらしい。優しくして気にし過ぎると実が残るし、強すぎると薄皮を削ってしまって石鹸の見た目と使い心地に影響を与える。丁寧にやれば今度は時間経過と共に変色が始まってしまう。その変色速度はバナナよりも速いから素早く変色しないうちに必要な量を用意しなきゃいけない。


 大変なんだよ、手作業以外に方法がないものって。


「当面二人で作りながら、作り手を徐々に増やす計画だそうです。だから公爵様の特注はちょっと無理ですよ」

「特注を承ると店にもあったのに?」

「量と内容と期間がダメなんですよ!!」

 二千個、市松模様の四マスではなく九マスのもの、来月頭まで。

 通常商品だって大幅に増えたのにそんなの出来るか!!

「マリ石鹸店の特注は、あくまで特別なプレゼントになるものとして一つ一つ丁寧に作るのを前提にしてるんですよ、結婚祝いや誕生日祝い、そういう特別を大切にするための特注です。特別な品を量産させるためじゃないんですよ。それに、そういうものを作る所から仕事を奪うなんて私もトルマさんも考えてませんから」

「そうか……それは申し訳ないことをしてしまったな」

「わかって下さればそれでいいんです」

「君の店では作らないのか」

「作りませんよ!!」


 しかし、なぜそんなに必要なのよ?

 そもそも、石鹸店が公爵領にもあるんだからそこに作らせればいいのよ。だってマリ石鹸店の今回出した石鹸は全部特別販売占有権に登録していないから。自由に作ってもらって、もっと沢山の人に綺麗な石鹸が届けばいいとトルマさんが登録をしなかったから。登録をするなら私にその権利があるとまで言われてしまってね。そんなこと全然考えてなかったからトルマさんの気持ちを優先したの。

 まあ、渦巻きはレイス君のフィルムと長い麺棒綿棒がないと均一な棒状に巻けないし、市松模様も接着させるときに使うクリーム状の石鹸の固さや量で接着具合や見た目がだいぶ変わるから真似してすぐ他も販売とはならないだろうけど。


「外交カードとして使わせて貰おうかと考えていた」

「そういう重たい理由に巻き込まないであげて下さいよ」

「バミスに行くだろう? あそこでは石鹸に拘る者が恐ろしく多いので喜ばれるし話題になる」

「え? そうなんですか?」

「獣人が自分の毛並みを非常に気にするのを知っているか?」

「ああ、耳や尻尾の専用のブラシがありますもんね? その程度なら私も知ってます」

「そう、髪の毛はボサボサでも尻尾の手入れは一日に十回するという者も少なくない。当然、体を清潔に保つ石鹸への拘りも並々ならぬものがある」

「なるほど? そこに見た目の綺麗な、しかも使い心地と品質の評判がいい石鹸があると。だからお忍びで並んで買ったんですか? 試しに使って見るために」

「あれは単に妻に頼まれた買い物だ」

 公爵様にお使いさせる公爵夫人……つわもの。

「それで、妻が実際に使ってみて驚いていた。今使っている物と遜色ない使い心地だと。ククマットでは皆がこれと同じ品質の石鹸を当たり前のように使っているのかと驚かされたのだ」

「そうですね、ククマットで売られている石鹸はマリ石鹸店のものがほとんどなので。侯爵家でも普段は皆さん同じの使っているそうです。お客様を招いた時だけ、別の所から取り寄せしている高級なものを出すそうですよ。見た目とか香りとか違いますからね」

 いつもはあまり表情を変えない公爵様が珍しく眉間にシワをほんの少し寄せた。

 この世界だって『良いものは良い』という理屈抜きで皆に愛されるものが沢山ある。

 でもね、それを使わない。

 階級とか、身分とか、人を決まった物差しで測ることが重要視されているから。『作ったのが職人じゃないから』『無名の工房だから』という言葉で、使った人の殆どが良いものだと高評価を貰う物が埋もれる。埋もれて見えなくなるから、作り方やコツよりも素材の価値に重きが置かれる。だから見映えが派手になり、少しでも人とは違う物を求めて調和や美麗から離れた、価格が突出した物が出回りそれが流行となってしまっている。またそれが買える人と買えない人で格差が生まれて美しさよりも素材の希少性や価格に重きをおいた価値観の固定化に拍車をかける。


 この世界で悪循環を生み出しているのは。


 残念ながら富裕層。


「公爵様、一度ご自分の領地で昔から地元民に愛されるお店の石鹸を買ってみたらどうでしょう? もし、そこで買ったものが良い意味で公爵夫人を驚かせたなら、そこに作らせればいいんですよ。マリ石鹸店の技術が必要ならばトルマさんは惜しみ無く教えてくれますよ。そして、良いものを作っているなら、トルマさんの作るものと同じものを作れる技術があるはずです。マリ石鹸店とは違って大々的に改装を知らせたり経営者が代わるから挨拶したりするわけじゃないから特注として受けられる猶予があるんじゃないですか?」

 じっと私を見つめていた公爵様は一度目を伏せると再びまっすぐ私を見つめる。

「マリ石鹸店へは無理を言って申し訳なかったと伝えてくれるか。依頼は取り下げる。その代わり数日中に石鹸作りを伝授してほしいので人をやるので指導してもらえるとありがたい、と。もちろんその指導料は存分に支払わせて貰うこともわすれず伝えてくれ」

「分かりました。伝えておきます」

 閉店後だったのでお店の裏口から出た公爵様。転移してもハルトやグレイが反応しないククマット市場外側まで歩いて行くのはいつものこと。歩き出すとどこからともなくスッと側近が一人、また一人と増えて、振り向くことなく進む。

 けれど今日は振り向いた。


「ジュリ」

「はい?」

「以前も少しだけこんな話を君にしたと思うが……。いずれ私の息子をここ、ククマットで勉強させたいと思っている。今日のような話をしてやってくれ。君から見た些細なことでいい、それを何度でも、何度でも、聞かせてやってくれ。君が思うこの国の、世界の憂いを。次期公爵に、新しい世界を見せてやってくれ」

「ロディムを……次期公爵に、ですか。それは構いませんが、本人が望んだら、ということで」

「なぜだ?」

「望んで来るなら覚えは速い、でもそうでなければ覚えは遅く、もしかすると話を聞くのも苦痛かもしれません。それでは教える私も苦痛ですしお互い時間の無駄です。その場合ロディムはもっと違った場所に行かせるべきだと思うので」

「……覚えておこう」

「はい、お願いします」













 その晩、侯爵家を訪ねることに。今日公爵様と話したことを伝えればすでに把握していたらしいけれど、私に今の段階で直接話したことに驚いてた。

 ロディムがどう反応するかわからないけれど、私さえ良ければ受け入れていいだろうと侯爵様も言ってくれたので一安心。


「石鹸持ってきたんですよ。話のついでになっちゃいましたけど、一番の目的です、この前私がマリ石鹸店で作ったもので試作のつもりがけっこう良い出来だったので」

 ずっと隣に置いていて忘れてた。そう言って袋に手をかけると、私と侯爵様の会話を黙って聞いていたシルフィ様が侯爵様の隣からスッと立ち上がり、そのまま私とこれまたずっと黙ってたグレイの間にムギュー! と無理矢理座って。

「見せて?」

 あ、はい。

 そしてグレイの嫌そうな顔 (笑)!!

 直ぐ様立ったよ、そして離れたよ。生んでくれた母親にそんな態度はいけまけん。

「トルマさんとも話はついているんですが、香料や着色料にたよらない高級路線の石鹸として侯爵家御用達にどうですか?」

 固まる迄の二週間のうち、最初の五日間毎日泡立て器で一定時間撹拌してみたのよ。初日は時間経過と共に気泡が表面に浮いて来てたけど二日目にはそれもなくなって、5日間続けたら最初の体積の凡そ七倍に。空気を含ませてふんわりさせることで滑らかなにならないかな? と柔らかさを求めての試作で、まさかのこの空気をたっぷり含んだ軽い石鹸が出来た。見た目は固形物なんだけど、指でも簡単にクシュッ! っと独特の触感で潰れるのよ。

「小さくカットしてあるので泡立てネットを使うと直ぐに水に溶けて物凄く泡立ちが速くて、泡のキメも凄く細かくていいですよ」

「んまぁ!」

「ついでにホイップに近かったので固まる前に絞り袋で絞ったのもあります。ケーキの上に乗ってるクリームみたいな見た目の石鹸です。これのどちらかをガラスの器にいくつか入れて、入浴一回ごとに使いきりの石鹸ですってお客様のお部屋に置いたら驚かれるかな、と」

「んふ、んふふふふっ、ふふふ」

 サイコロ状と、絞ったクリーム状の石鹸は見た目はもちろん持ったときの軽さも驚かれるはず。香料や着色料を入れてもいいけど、ここはあえて品質の良さを活かし、使い心地を追求したそのままを楽しめるものとしてね。

「ガラスの器と泡立てネットは侯爵家で用意してもらって、その都度必要な時期に合わせて固まる時間プラス普段の予定の調整含めて一ヶ月貰えれば作れますって言ってました。勿論、量産には向きませんので作れる数には限りがあるのでその辺は御配慮いただければ」

 あ、シルフィ様が話を聞いてない。早く使いたーいって顔してる。侯爵様、後でちゃんと説明よろしくお願いします。


 こうして老舗の保護、石鹸のお勉強、新作発表と、中々に濃い充実した日々だったわ。


 ちなみに。

『クノーマス侯爵家のフワフワソープ』と呼ばれる、私たちは『ホイップソープ』と呼ぶそれは特別販売占有権に登録しなかった。

「侯爵家御用達だから登録しなくても」

 と、みんなの意見が一致してね。

 秘匿するほどのこともしてないし、まあ、侯爵家のお客さんやお土産にもらった人たちの口コミで広まって真似し出す人が出てきても侯爵家相手に元祖名乗ったり占有権に登録するバカはいないということでそのへん緩く対応することになった。


 ただ、あのフワフワの軽い質感を出すのは『添加物』が必要だと思う人があまりにも多すぎて、だぁれも真似する人が出てこず、まさかこの先十年もトルマさんが『奇跡のフワフワ職人』という非常に微妙な呼び名で呼ばれることになるとはそのとき誰も予想なんてしなかったからね。


「視察で工房にでっかいホイッパーがある時点で気づくと思うんだけどね?」

「ジュリ、まさか石鹸を作る場所にホイッパーがあるなんて誰も予想なんてしないし、食べ物を作るもので石鹸を作るとも思わない」

「じゃあ、そのホイッパー見て皆はどう思ってるの?」

「……『洗い物かな?』か、『武器かな?』」

「後者はグレイだけね!」











 ―――後日―――

「僕この後講義三つ入ってるんですけど!」

「優秀な騎士だった自慢の腕力を自分の店で使わずどこで使うのよ。はい、空気を入れるように丁寧にホイップホイップゥ! 先生が講義に遅れる訳にいかないよ!」

「鬼畜の奥さんは鬼畜だった!」

「ホリーさーん、カイくんがまだまだ余裕だってー。侯爵家が最初希望してた数作れるよ!」

「え、本当ですか! 助かりますカイ先生!」

「ぎゃぁぁぁっジュリさんごめんなさい!」

「あとボール二つ追加お願いしますね!」

「ホントに遅れる!」

「ダッシュだ、ダッシュ、それでなんとかなるよ間に合うよ、あと四日同じ作業をやるんだよ! よろしく!」

「うおぉぉぉぉぉっ!」


◆お知らせ◆

先日予告しました通り、このあと変則予定となります。


16〜18日:三夜連続更新*22時〜

       ◇夏休みスペシャル◇

夏の夜のくだらぬ話

       本編に影響与えません、短く緩く読

めるお話。

となりますのでご注意ください。

第一夜ジュリ、第二・第三夜グレイセルが語ります。作者の深く考えず気の向くままに書いたものなので緩いです、そのへんご理解頂きお読み下さい。


その後のお休みと更新予定は18日の後書きに記載しますのでそちらでご確認下さい。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 以前、わたあめ機からミキサー作れるんじゃないかと感想を書いた者です。自動泡立て器もできないかな、とこの話を読み返して思いました。そしたら、ふわふわソープ増産できそう、と。料理しないジュリさ…
[一言] 足こぎとかで動かせるホイッパー作らないと……
[良い点] どこの世界も奥さんは強いw アストハルア公爵がんばって~ [気になる点] 常連化している某パンダ耳さんがいつこのせっけんに気付くか見ものです。 [一言] こっちでは普通にある「透明石鹸」が…
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