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『ハンドメイド・ジュリ』は今日も大変賑やかです 〜元OLはものづくりで異世界を生き延びます!〜  作者: 斎藤 はるき


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22 * 説明と説得と見学を

 

 カイ君と共にマリ石鹸店を訪ねて、私がグレイと話したことを嘘偽りなく話した。皆がここの石鹸が買えなくなることで困惑していること、カイくんに経営者としての実積を積ませてククマットでの立場を確立させ、多方面にその影響力を伸ばしたいこと。

 ……いずれ領民講座と専門学校の経営者兼学長にしたいという話はしないでくれとグレイとローツさんから言われたわ。

「学校経営、学長なんて嫌だ! と言われる可能性があるからな。逃げられないように今のうちから外堀を埋める」

 と飄々とした顔で言い放ったのはグレイ。

「経営者として店を上手く回して資産を増やせば周りは『適任』と推してくれるだろ? 周囲から期待されるとそれに応えようとする男だからその辺を利用しようかと」

 とグレイの隣でいい笑顔でローツさん。一体二人はカイくんをどうやって説得したの? なんの疑問も持たずに笑顔で『今日はよろしくお願いします!』って朝挨拶されたのよ。

 ……ごめん、カイくん。頑張って二人に振り回されて。嘘はついてない、言わないだけ、うん、だから許してねー。

 と、心の中で謝る私の側で、困惑している御夫婦に声をかけたのはカイくん。


「僕、実家が物作りしてるんですよ。防具工房やってるんです。ものつくりって大変ですよね、見てるだけでも凄いなーって思うことが本当に多くて、それを毎日続けられること、心から尊敬してます。その誰からも尊敬される力、僕に貸してくれませんか? 工房を維持する大変さ、知ってます、だから無理に作れとか言いません、今まで通り良いもの作ってくれればそれでいいんです。僕がその良いものを作れる環境を守りますから、僕にあなた達の力を貸して下さい。僕にない力を得るために。グレイセル様とローツ様に呼んで貰えなかったら今でも家で何となく工房の手伝いするだけで、先のことなんて考えなかったはずです。でも今はこうして受け入れてくれたククマットの人たちのために出来ることをしたい、守れる人間になりたいと思って、先を見るようになりました。その守る人たちのなかに、お二人も入ってますよ。だから守らせて下さい。その代わり、ちょっと僕を別の形で助けてください。お互い助け合いましょう」

 このちょっと下手に出てるような、優しい柔らかな口調。そして表情には照れや不安が混じる、庇護欲を駆り立てるものが見え隠れしてるんだけど。

 ……彼を異性として意識していない女なら誰でも思うのは。

 こいつ、女だったらヤバい。って。

 ほら、ご夫婦が感極まった顔してカイくん見つめて。カイくんはニコニコニコ、邪気のなさそうな顔して。


 うん、この男はグレイとローツさんに振り回されてるのが丁度いい! 放置ダメだ、こいつ!











 決断は直ぐには出来ない、というのは当然なので、笑顔でゆっくり考えてみてと言うだけに留めておいた。

 でもせっかく来てくれたので工房を見ていきますか? というのにはカイくんと二人ですぐに飛び付いた。カイくんは実家の防具工房とは雰囲気の違う石鹸工房にこの話を持ち掛けられた時から興味があったようで、目を輝かせている。こんな風に興味を持つというのは大事なことだよね、良いことだ。

 マリ石鹸店の『マリ』はこのククマットが地区として開発されてまもなくこの店を開いたマリさんという女性の名前だとか。御夫婦の旦那さんであるトルマさんのご先祖様で当時まだ危険性を孕む薬草の扱いが確立されていない状況下でかなり几帳面に素材を管理していたお陰でマリさんの作る石鹸は泡立ちもいいし、見た目もいつも均一で当時から大変人気があったそう。ツオロの実とカパ草の取り扱いと分量が世の中に浸透していくなかでマリさんもそれを参考に独自の配合で何度も試作し人気で定番の石鹸を作り上げていったんだとか。その配合は現在もしっかり引き継がれているんだって。

「かくいう私もお義父さんの石鹸が目当てでトミレアから買いに来てたんですよ」

「あ、そうなの?!」

 奥さんのホリーさんは準備をしながら笑顔でそう言った。

「私が客で当時まだこの人店番もやってた時で、仏頂面なのがなんともこの店の雰囲気に合わなくて見るたびに笑っちゃって」

「余計なこというんじゃねえよ」

 トルマさんがそれこそ仏頂面だったので私とカイくんが笑ってしまったけど、そんなトルマさんが手にしているものに気づいてその手元につい勢いよく顔を近づけた。

「気になるか?」

「これが例の薬草?」

「そうだ」

 ぶっちゃけ、ただの草。強いて言えば。これだけだと危険性があるなんてちっとも分からない。

「明るいところで保管がダメなんだよ」

「日に当てちゃダメなんだ?」

「いや、明るいだけでダメなんだよ。昼間、室内で太陽に当たってなくてもダメでな。こうして出して一時間もすると黄色い斑点が出始める。そいつが毒素で触れると痒くなって、なかなか治まらないんだ。肌の弱いヤツなんてただれるからな。それに効く塗り薬が特に無くて、ポーションか治癒魔法で治すか自然に治るのを待つしかない。間違って口にでも入ってみろ、数日間物なんて口に入れられない」

 それはまた厄介な、とつい呟いてしまったわ。

 ホリーさんが教えてくれたんだけど、ごく稀に症状が悪化して皮膚が壊死してしまう人もいるそうで、だから販売に制限がかけられているんだって。自生しているときは別にその毒素は持っていなくて、薬草として乾燥させた後に起こる変化だから、外で触れても特に問題ないんだとか。ただ、枯れた物は要注意で触れないようにと。見た目に分かりやすい変化があるのでその被害はとても少ないらしいけど、それでも毎年数人はクノーマス領内でも山に入ったときに触れてしまって凄まじい痒さに悩まされる事例はあるとのこと。

「それでも毒素が出てる時間は長くなくてな、二日もすれば無害化する」

「じゃあその後に使えばって思うのは私だけ?」

「ジュリの世界にはないものなんだろ? そう思っても仕方ないさ。無害化したものだと、固まらないし腐敗防止にならないんだよ」

 なるほど。それはそれで厄介だよね。無害化と同時に黄色い斑点も消えるそうで、つまり見た目は真っ暗な所で保管したものと変わらない見た目に戻る。安全だけど、全く役に立たないものに変化してしまう。この薬草の劣化といってもいいのかもね。不手際でそれが混じってたら、いつまでも石鹸固まらないし、挙げ句腐るってことでしょ? そりゃ、管理にちゃんとした知識が必要だし許可があった方がいいわ。

「石鹸の原料になる泡立ちがいいものや汚れ落ちが良いのは他にもあるが、石鹸としてバランスの良さが飛び抜けていいのがツオロの実で、この薬草、カパ草だけで固まって保存出来るようになる。他の素材だと複数配合しないといけないし、作り方もそれぞれ違う。だからどうしてもツオロの実とカパ草がずっと使われてるんだ」

 なるほどねぇ、勉強になりました。


 一通り作り方を教えてもらい、そして実際その作業を見る。

 ツオロの実はオレンジ位の大きさ。見た目はちょっと毒々しい紫色の丸い実。皮は固く、専用のナイフが突き出たような台があるので下板の窪みに実を置いてナイフの突き出ている上板を降ろして突き刺して割るような感じ。中身は石鹸の色とは違い、ほぼ真っ白。

「触ってみるか?」

 差し出されたそれを触ってびっくり。

「こんなに柔らかいんですか!!」

 カイくんも初めて生を触ったとかで、その柔らかさに驚く。

 何て言うのかな、えーとね、室温にもどして柔らかくしたバター。そんな感じ。

「これだけ柔らかいなら確かに生で石鹸として使う人がいるの分かりますね、直ぐ水に馴染みますよね?」

 カイくんの質問に、秤で計ったカパ草を沸騰させたお湯に放り込んでかき混ぜるホリーさんが頷いて返す。

「生は本当に使い心地いいんですよ。でも割ると半日で変色して茶色になっちゃうし、独特の匂いも出てきて。栽培している農家やこうして石鹸作ってる商店の人間じゃなきゃ使えないんですよ、腐りやすいし」

 そしていくつか皮を破いたツオロは手早く大きなスプーンのような道具でクリームのような身の部分が掻き出されて秤の上に乗った大きな大きな金属のボールに落とされる。中にはビー玉位の黒い種が入っているのでそれは別にゴミ箱に捨てられていく。

 何度かその作業を繰り返した後、大きな専用スプーンでボールの中に入れた実を少しだけ取り出して決まった重さになったのか、その特大ボールをどっしりとした造りの台に移動する。すると直ぐ様、ホリーさんは薬草を入れた熱いお湯を大きなお玉ですくい、ボールに投入する。薬草は熱湯に入れたせいか黄土色に変色しているけれど、お湯は薄いピンクに染まっている。そしてトルマさんは大きなヘラでかき混ぜていく。水分が加わりかき混ぜていることでさらに柔らかくなったツオロの実の部分。そして多分そのお玉も決まった量が計れるようになっているのか、四回入れた所でホリーさんがお玉を鍋に入れ手から離した。

「この後型に流すんですか?」

 カイくんがそう質問するとトルマさんが頷いた。

「ああ、後は固まるまで二週間待てば石鹸になる」

「二週間。結構かかるんですね」

「うちのはな。もっとカパ草を煮出して濃い状態のを入れれば成分の飛びも早いし固まるまでも早い。だがカパ草を入れすぎると泡立ちが悪くなるし、固すぎてなかなか溶けないものになるんだよ。その代わりさらに劣化しなくなるから冒険者の携帯品の石鹸のほとんどはカパ草が意図的に多く入っているな」

 へぇー、そうなんだぁ。そういえばギルドの売店で売ってる石鹸って携帯用って書いてあった。携帯用に作られてるんだね。


 で、さらに見せて貰ったのは、型に流し込んだ後固まるのを待つ石鹸たちの型が天板に乗せられ何層にも収納できる背の高い棚がずらりと並ぶ保管庫。ほとんど毎日作るから固まっていく過程も見れるというので見せて貰う。

 そしてこれこそが私の目的。カイくんも私が何を知りたいのか事前に説明してあるのでここにいれて貰った途端、顔からちょっとだけいつもの柔和さが引っ込んだ。

「ちなみになんだけど、この半分固まった所に、後から上に流し込んだりすると固さとか品質に差は出たり?」

「後から?……いや、特に変化はしないな」

 トルマさんとホリーさんが少しだけ考えるような素振りをする。多分、そんなことしたとこないんだと思う。だって石鹸作るのにわざわざそんな工程必要ないんだから。おそらく知識として、後から加えても大丈夫ってことを知ってるけどその必要がないから私の質問の意図が分からないんだろう。

「じゃあ、着色は?」

「うーん、出来なくはないんだが、石鹸に使える着色料の値段が高いのとこの辺りでは手に入りにくいから常時使うとなると仕入れ先を探す所から始まる」

「なるほど。もうひとつ最後に。……石鹸で試したいことがあるんだけど、その実験に付き合ってくれる?」


 二人は不思議そうにしながらも快諾してくれた。












 二つほど試したいことがあるんだよね。

 それが成功すれば、面白いものになると思うのよ。


「手ごたえはあったか?」

「うん、あの様子だとカイくんが経営者になると思うわよ。ていうかね、カイくんの手綱はグレイとローツさんが握ってるの正解だと思う」

 私のその感想に、肩を震わせてグレイが笑い出す。

「そうだろう? 私たちに振り回されてるくらいが丁度いいんだ」

「なにあの甘えん坊と爽やか青年と誠実な若者をごちゃ混ぜにしたみたいな感じ。あれ、計算じゃないの?」

「あれが素だ」

「……ホンッと怖い、ヤバいからあれは」

「だから王都にいたころ甚大な被害を出したんだ。あれだから甘く見られてな、先輩面したがる騎士によく絡まれて。で、差別的なことを言われたり年功序列ということで理不尽な扱いをされた途端」

「プッツンするんだ、怖……。狂犬って呼ばれる人がプッツンて、ロクなことにならないじゃない」

「そうだな、あれでよく死人が出なかったと思う」

 グレイとローツさんに気に入られてるくらいだから普通の人なわけがないと遠い目をしてしまったわ。


 カイくんの手綱はくれぐれも離さないでねとお願いし、ついでになってしまったけれどグレイには石鹸に使える着色料を入手してもらうお願いも忘れない。

 雇用についてはどうなるか分からないけれどカイくんのあのちょっとヤバイ人心掌握能力なら苦労せず集められる気がするしどうしても集まらないならばその時は 《ハンドメイド・ジュリ》の傘下に入ってもらい、うちの従業員から一時的に人を出してもいいしね。


 まずはトルマさんとホリーさんの決断を待つ。いい返事を貰えると信じて、進めよう。


ここまで読んで頂きありがとうございます。

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― 新着の感想 ―
[一言] ≫中にはビー玉位の黒い種が入っているので これ何かに使えたりしませんかね?
[一言] 変わり種石けんがラインナップされるのかな
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