22 * 結婚したからって特に日常は変わらない
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結婚して一週間。
「おおっ」
ついつい声が弾んだのはようやく完成した結婚指輪。『覇王』騒ぎ直前にデザインの修正を入れたいと馴染みの工房に相談してしまい、そこからずっと進んでいなかったのよ。騒ぎが終息してようやくデザインの修正を入れたはいいけれど使う輝石のサイズも変わってしまったため、完成が式の後の今に。まあ、この世界には結婚指輪という概念がなかったので特に焦ってもいなかったし遅れたからと言って誰かに馬鹿にされることもなかったので問題ない。
常日頃から指にあっても邪魔じゃない、飽きないデザインとなると割と限られるんだけど、それでもそれなりに拘った。グレイと私でデザインは全く一緒になっていて、プリンセスカットと呼ばれる真上から見ると正方形の輪郭となるカットが施された小さなダイヤモンドが中央にあって、そのダイヤモンドを囲うように金で縁取り、リング本体はヒヒイロカネという金属にしてある。
……ヒヒイロカネ。自動翻訳機能さん、凄いのに変換したね、なんてツッコミを入れてはならない。
ハルトに確認したところ『ヒヒイロカネで間違いないと思う。つーか地球で実物見たことねえから自動翻訳信じるしかねぇだろ』だそうで。そんなのが普通に存在する世界、ファンタジー……。
普通に、と言ってもとっても希少な金属で、私とグレイの指輪合わせた数十グラムで豪邸が建つ。銅とも違う艶やかな赤みの、オレンジ色に近い独特の色が光の加減で濃淡が変わる不思議な金属。
これをグレイが指輪に使おうと言ってきた時、その名称と金額を聞かされて私は黙って箱の蓋を閉じた。
「……これ、指輪にする人いるの?」
「極稀にいる」
「それ、普段使いじゃないよね?」
「そうだな」
『そうだな』って、サラッと言ったグレイに呆れつつ、本人が全く引く気が無かったので私が折れて今に至る。
そんな指輪をお揃いで嵌めればようやく夫婦になったという実感も湧いてきて、意味もなく二人でニコニコしてしまったりする。
なんて新婚ホヤホヤな雰囲気をぶち壊してくれるのが、愛すべきおばちゃんたち。
直近の大市でやるくじ引きの賞品を全て入れ替えるか現状維持するか、それとも半々にするかでおばちゃんトリオが揉めに揉めていた。
白土部門長のウェラがまたも作りすぎて置き場所がなくなりフィンに怒られそれに言い返し揉めていた。
「活気に満ち溢れてますね」
これを活気というのか怪しいけれど、アベルさんが『平和だぁ』って顔をして言ってるのでそういうことにしておく。
「正式な法王の印璽が捺されたものです、どうぞお納めください」
堅苦しい挨拶でバミス法国の大枢機卿から恭しく差し出されたそれを私もちゃんと頭を下げ両手で受け取る。
「たしかに受け取りました」
それは、バミス法国で行う『移動販売馬車による展示即売会』の正式な許可証と法王のお膝元、というか住まう宮殿敷地内の一部をその展示即売会で使っていいよー、という証明書。
日時と場所がようやく決定して本格的にこれからその準備に入ることになった。
バミスにコネクションをもつアストハルア公爵様仲介のもと、大枢機卿のアベルさんにも展示即売会に向けてその地位を活かしたロビー活動をしてもらっていたのでそのお礼としてささやかながら先日の引き出物を渡した。
【彼方からの使い】以外は国外の要人は呼べなかったからね、それこそ一人呼んじゃうとどこまで呼べばいいのか分からなくなって大変なことになってたはずなので。
あ。パンダ耳が高速振動している。アベルさんは嬉しいと残像が見えるくらい耳を動かすらしいことが最近判明している。
「それで転移のメンバーは決まった?」
「ええ、大量の荷箱と馬車二台を東端から西端まで転移させるという事にかなり多くの魔導師が興味を持ってくれたんですよ。人が集まらない場合は枢機卿会で受け持つつもりだったんですが大掛かりな転移というのは事例も少なく出来る人が現在リンファ様くらいですからね、学者の魔導師をはじめとした者たちがデータ集めにもなるからと定評のある自分の弟子や軍部からも推薦してくれたので全く問題ありません、身元も保証出来る者ばかりですよ。何回でも出来ますよ」
「超長距離の転移が出来る人間を多数集められるという時点で驚きだがな」
グレイは苦笑して肩を竦める。私は麻痺してると言ってもいい。何故なら周囲に超長距離の転移が出来る奴らがいる。そして近距離なら出来るという人もそこそこいる。これ、普通じゃ考えられないことらしいからね。グレイの反応こそ普通なの。
「そこは獣人の誇るところですから」
アベルさんも鼻高々といった感じ。因みにアベルさんもチラッと名前を出したけどリンファは転移の精度はハルト以上だそうで、彼女は数十人纏めて遠方へ誤差数メートルで転移させることが可能なんだとか。
「あのう、その時に出品する物でちょっと確認したいものがあるんですよぅ」
「確認?」
なんだろう。
「先日、ジュリさんと伯爵の結婚式で配られたという鞄をいつでも掛けられるという品、あれも出しますか?」
「ああ、バッグフックね。出すよ、新商品だもん」
「実は、アストハルア公爵夫人が『面白い物を貰った』と見せてくださったんですよ。全く触らせてもらえませんでしたけどね、私がイライラしていくのを非常に楽しまれてましたけどね……」
……何をやっているのか公爵夫人。結婚式で初めて会ったけどとても上品な雰囲気を垂れ流す、そんなことをする方に見えなかったけども。
「あれ、きっと売れますよ」
お? アベルさんがちょっと熱くなり始めたわ。
「バミスで?」
「はい。ご存知かと思いますが我が国は獣人が人口の殆どを占めています、そしてそのうち7割が有毛種と呼ばれ耳や尻尾に毛がある種なんですよ。なので嗜みとして性別はもちろん年齢も関係なく毛を整えるためのブラシや艶出しを小さな袋やバッグに入れて持ち歩く習慣があるんです、というか嗜みです」
そういえば聞いたことあるかも。
「硬貨袋とかハンカチとは別の袋で?」
「人によりますよ、女性だと小さな袋に入れてからそれを鞄に入れる人が多いです。しかし男だと硬貨はポケットに入れてしまえばいいでしょう? そうするとちょっと出かけるときに持つものはその嗜み袋だけという人も多いんです。なので……あれ、バミスの男にとてもウケると思いまして」
なんと。この世界だとバッグフックは本来の使い途とはちょっと違う形で重宝することが判明。ローツさんが手に持つ男性の嗜み品である杖を引っ掛けるのに便利だと言ってたし。
「……男性ウケしそうな色味とか柄を増やすのもいいかもね」
頭の中でいろんな色と柄を想像しながらぼそっと呟けばアベルさんが大喜び。耳の高速振動再び。
「是非是非落ち着いた色味、黒とか青とか、柄は『刺し子』というものがありますよね! あれ素敵ですよっ、でも私は花柄でも良いと思いますよ夫婦で共有して使うのもありかと思いますし複数所有してその日の気分で選ぶのも良いっふごぉっ!!」
グレイがアベルさんの顔面を鷲掴みにした。ミシミシ音がする。
「どうしてそう興奮するんだ」
「すみませ……。落ち着きました、痛いです。離して……」
ポーション持ってこようか?
「そろそろ移動販売馬車の展示販売会で並べるのも作り始めないとね」
「そうだな、そのためにも素材の仕入れも調整が必要だな」
「うん、そのへんの手配よろしく。 あー、それと《レースのフィン》から出すのはフィンと相談だね、一点物とかのオークションもしてほしいっていう獣王様からの要望もあるから次のシーズンに向けて用意するついでに高額レースは多めに用意してもらわないと」
「献上品はどうする? 螺鈿もどき細工メインで大丈夫だとは思うがジュリが入れたいものがあればそれも入れるといいかもしれない」
「そこねぇ、迷ってる。展示即売会でうちの店の商品をかなりの種類持ち込むわけでしょ? 果たして献上品にまでうちの商品を入れてインパクトを与えられるかというとそうでもない気がする。どうせなら印象に残したいんだよね、そうすると無理に入れなくてもいいかなと。螺鈿もどき細工だけで一部屋コーディネート出来ちゃうくらい用意したらサプライズとして成功するかな、なんて思ってたりするわけよ」
「なるほど……螺鈿もどき細工の新作は何かあったな? 他にも作れそうな物があれば入れたいな」
「うん、そこは侯爵様交えて早めに話し合いだね。螺鈿もどき細工の分は侯爵様が支払うって言ってくれてるし、どんなものがいいか相談出来るし」
あ、そうそう。
クノーマス家の人々のことですが。
好きな呼び方で呼んでくれていいというお言葉に甘えて今まで通りにさせてもらうことにした。侯爵様、シルフィ様、エイジェリン様、とルリアナ様のまま。
「大きな式典や夜会、晩餐会などでは敬称付けや爵位で呼ぶのが礼儀でしょう? 普段から爵位のまま呼ぶ事を推奨する人もいるくらいよ。私もお義父様お義母様と呼ぶようになったのはお二人が隠居なさってからだもの、無理しなくていいわ」
社交界初心者の私のミスを限りなく減らすためにもそれが良いだろうということになりました。正直助かります、はい。
ここまでグレイと話して、私は一瞬固まる。
「……ローツさんとセティアさんの結婚式の準備も平行して進めないとね!」
というか、バミス法国での移動販売馬車のことよりも先にそっちだよぉぉぉっ!!
カレンダーの前に立つ。そしてこの先の予定を確認する。
カレンダーにイベントびっしり。
そして私も伯爵夫人となったのでどうしても外せないお茶会や夜会がある。グレイが叙爵して間もないので最低限のお付き合いはしておかないといけないの。そんな予定も余白にちょこっと書き足され、ついでにどんなイベントよりも主張激しく書き込まれているリンファとのお泊り会やキリア、スレイン、シーラと朝まで飲み会の予定もある。
体力勝負だ、これ。
ブラックとかの前に、体力の問題よ。
「結婚したから遠慮はしない」
と、今まで以上に性生活を充実させようとする旦那もいる。今まで遠慮していたのか、あれで。
「こうなるとキリア並の恩恵持ちが欲しい」
「それは私達ではどうすることも出来ないがな」
本当に不思議なもので、『特化型』は順調に増えているにも関わらずオールマイティーになんでもこなせる人物というのは現在キリアのみ。
フィンがキリアに近い恩恵を授かってはいるけれど、でも彼女の場合やっぱり編み物と裁縫で本領発揮する。キリアは全てにおいて『特化型』に準ずる正確さと速さとアイデアを生み出す才能があるうえに、私のやりたいことを瞬時に理解してそして動ける。彼女に限りつきっきりで説明したり指導する必要が一切ないので常に自分の手足のように彼女に作業してもらいながら私は別のことを進めるということが可能。
こういう人、あと一人ほしいなぁ……。そしたらこのカレンダー見ても乾いた笑いを浮かべる必要もない。
「何か削れる予定あるかなぁ」
「それなら朝まで飲み会の一択ではないか?」
削らないよ?! それは絶対に削らない!! 勝手にそれをカレンダーから消したらグレイでも許さん!!
「……そういえば、聞いた?」
「何を?」
「ほら、『覇王』騒ぎが収まったあとみんなで予定を変更出来る所があれば変更しようって話し合ったって」
「ああ、『覇王』のことで滞ったことが多いからな。今まさに変更出来そうなものがあればすべきだ、ローツたちも交えて明日にでも話し合うつもりだが?」
「その話し合いで、『社員旅行』だけは出しちゃダメだよ」
「何故」
「あのね、フィンとライアスが教えてくれたんだけど、社員旅行を中止または延期なんて話しが出たら力尽くで阻止するって皆が言ってるらしい」
「皆とはどこまでだ?」
「皆は皆だよ、社員旅行に連れて行く予定の従業員全員」
「……そもそも力尽くとは?」
「彼女たちの力尽くは多分厄介」
「『組合』を結成しそう、とか?」
「そう、その話はしたことないんだけど彼女たちなら自力でそこにたどり着く気がしてならないわけよ」
「ああ、何となくそのジュリの不安は理解できる。しかし今の規模で『組合』はな……少々リスクが高すぎる。いずれは似たような内部組織も必要だとジュリの話を聞かされて思ったがそれは確実に今ではないな、もう少し事業展開し人が増え安定期に入ってからようやく検討、というのが望ましいところだ」
「でしょ? だからね」
「社員旅行は変更なし、だな」
「そういうこと」
「……確認だが、社員旅行のために『ストライキ』をするものなのか?」
「私のいた世界で社員旅行のことでストライキが起きたという話は聞いたことないからね」
しかし、結婚して何が変わるんだろうと思った時期もあったけれど。
なんにも変わってない(笑)。
商長と副商長が夫婦になっただけだ。
やることが日々増えてカレンダーが埋め尽くされていく。色々調整に苦慮する。おばちゃんたちの暴走のコントロールに体力削られる。
そして。
「商長、大変です」
「なにキリア。キリアの商長呼びは大概面倒事だよね?」
「……スライムがまた飼育箱から溢れてて」
「またテーブルと椅子の足でも食べた?」
「壁とドア食べてた。あと床もちょこっと」
「修繕費結構掛るやつだね!!」
これも変わらない。
ケイティとジュリの雑談。
「スライムが溢れてる話を時々聞くけどちゃんと調整していないの?」
「分裂する瞬間を見るのが楽しいって人が意外と多くて、大きく育てるためにみんなコソコソ餌を与えてるんだよね」
「大丈夫なのぉ? そのうち床に穴が空いたり商品まで被害に合うんじゃないの?」
「あ、それは大丈夫。増えても増えた分だけプチっとして擬似レジンにしちゃうから余らない。プチっとするのも楽しいって皆言ってるし」
「この店に限りスライムが可哀想に思うわ」
「え、なんで?」




