22 * 宴の後は
ジュリとグレイの結婚編はここまで。
お見送りは迎賓館の門で一人一人と挨拶を交わして行う。
ビンゴ大会の余韻を残した賑やさで、あちこちで談笑する明るい声が聞こえる。
「本日は本当にありがとうございました、忙しいのに無理をさせてしまったんではないですか?」
「いやいや、グレイセルの結婚式だよ? 体中骨折してても来るに決まってるよ」
「そんな奴に来てほしくないがな」
グレイの、王都の学園に通っていた頃からの数少ない貴重な友人だという穏健派の伯爵ジェット・ウォルバー氏は、快活に笑ってグレイの肩を豪快に叩いた。
「派閥が違うから諦めてたんだけどね。世の中何が起こるか分からないよ」
「そうだな」
「それにまさかスタンラビットのあの角に使い途が出来るとはねぇ。微々たるものとはいえ収入になったしなにより問い合わせが増えているんだ、今ではうちの領であの角を捨てるやつなんて一人もいなくなったよ」
そう。なかなか使い所がなく、擬似レジンに入れるとポップコーンのように爆散するという不和反応を起こすパステルカラーのザラメ糖みたいに砕ける魔物のスタンラビットの角。グレイにこれどう? と送ってきたのがこの人。
白土を使った額縁にまぶすとあら可愛い!! になるので監修商品の新作としてスタンラビットの角は今後需要が高まりそうなんだよね。『覇王』騒ぎでそういう話も滞っていたけど、最近は以前のように活発になってきたから私自身もこの伯爵とも長いお付き合いになりそう。
「捨てないで是非集めておいてくださいね」
「もちろんさ」
「ではこちらどうぞ」
「ありがとう、これが『引き出物』というものか。妻が中身が気になって仕方ないって先にいっちゃったよ、馬車の中で開けてそうだ」
今回、ガーデンパーティということでハルトがどうしてもやりたいと拘った『配るやつ』がちょっと都合が悪かった。
例え小さいものだとしても、固定の席があるわけではないので手元に置いておく、というのが出来ないんだよね。それで考えたのが引き出物。日本だとお菓子とカタログと小洒落た小物とかが立派な袋に入っていて披露宴の席に置かれて。それをこちらの世界にアレンジ。夫婦なら一つ、なんてことはせず全員もれなく引き出物を持って帰ってもらうことにしちゃったのよ。
勿論カタログギフトなんて便利なものはございません!! あれいいよね、好きなものを選べるというより、持って帰るのが楽、嵩張らない(笑)。二次会にそのまま行くときとかさ、地味に邪魔なのよ引き出物。『この辺コインロッカーないの?!』とイラッとしたことある人もいるんじゃなかろうか。
そこで私は考えた。
やっぱり嵩張らないのがよい。
あるじゃないてすか、良いものが。
銘々皿。
グレイが叙爵したときお祝いをくれた人たちへのお返しに配ったあれ。グレイの武器に出来るよねとなったあれですよ。
今回、ビンゴだけでなくこちらも大盤振る舞いをして、五枚セットでしかも色味の全て違う金属製にした。派手になりすぎないよう縁取りにクレマチスを彫って貰い、中央にユーチャリスを彫ってもらった。小物置きにするもよし、お菓子や角砂糖を乗せるもよし、好きに使って下さいと説明もちゃんと付けてある。
そしてもう一つ、香水瓶。
中身は入っていない瓶だけ。男性は透明からダークグレーにグラデーションのかかる四角くて細長いもので、女性は色は入っていないけどハートのような丸みのある形に模様が入っているものにしてある。
最近のククマット周辺のガラス製品の品質は飛躍的に向上して嗜好品向けの商品制作に着手。その手始めとでも言うべきかな? 今までよりも薄く、そして気泡がないガラス製品の宣伝としては有効的かと思い引き出物にしてみたのよ。
あとは侯爵家の料理人さんたちに頑張ってもらってナッツとドライフルーツたっぷり、絶妙なラム酒の香り漂うパウンドケーキも入っている。美味しいんだよぉ、今日終わって屋敷帰ったら絶対に一本食いします。
あ、これらを入れる袋も今回のために作ったからね! 雰囲気に合わせて真っ白に緑の草花が描かれているしっかりした紙製手提げ袋。
そして一人一人にお見送りしながらお礼言いながら手渡しして気づいた。
銘々皿と香水瓶とパウンドケーキが一本入ってると重い。私とグレイに後ろから渡してくれるシーラとスレインが大変そうだわ。シイちゃんはなんてことない顔してるけどね……。これ、地球にいた頃貰ってたら『なんでこの組み合わせにしたんだよ』と家で一人だったら言ってる。
……いっかぁ。富裕層の人たちは皆馬車で帰るし、他の殆どの人もククマット在住か乗り合い馬車が使える所から来てるし。我慢我慢、皆、重いかもしれないけど頑張って持って帰って!!
最後の一組。
リンファと、セイレックさんだった。
「おめでとう」
「ありがとう」
「感慨深いわね」
「そう?」
「幸せになれると思ってなかったから」
「私が?」
「私よ。それなのに私が先に結婚して、こうしてあなたを祝ってるの。不思議よね」
「そうかも」
「……これから、大変よ。きっとね、思った通りにいかないことが沢山出てくるはず。でも、それは仕方ないことだし、それで失敗しても後悔する必要なんてないからね。元々私達はこの世界にとって異物だもの、大変なのは当たり前のことだから、失敗してもいいのよ。そのかわり前も言ったけど、その失敗をどうしても振り切れなくて辛いときは教えて。ジュリのためなら私が出来ることはなんでもしてあげる。それがあなたへの結婚祝い」
「あははっ、流石リンファ!」
「そうでしょう?」
二人で面白可笑しく声大きく笑った。
「ありがと。伯爵夫人なんて、柄じゃないなぁ出来るかなぁって不安だった。でもリンファにそう言ってもらえて、楽になれたかも」
どちらともなく、手を突き出して互いの体を引き寄せて抱き合った。
「幸せになろうね」
「ええ、お互いに幸せになるわよ」
「来てくれてありがとう」
「どういたしまして。改めて……ジュリ、結婚おめでとう」
噛みしめるように互いに言葉を掛け合った私達を、ケイティが優しい目で見つめてくれていた。
同じ世界から来た友の祝福。
心に染みる。
アストハルア公爵ご夫妻を筆頭に主だった貴族の方々はこのあとクノーマス侯爵家に滞在し、おもてなしを受けることになっている。
私達の住む屋敷にもお客様を招くべきかと悩んだけれど、それだと誰を招くかで揉めるだろうから呼ばなくていいと侯爵様とツィーダム侯爵様が言ってくれて。中立派二大巨頭が言うので有り難く従った。
気づけば既に夜。
早朝から支度に追われ今の今まで慌ただしく動いていたから、ドレスを脱いで楽な服装になってソファーに体を投げ出せば自然と大きな安堵の息が漏れた。それはグレイも同じで私の隣で珍しくソファーの背もたれに体を預けて天を仰ぐように仰け反って大きく息を吐いていた。
珍しいグレイのそんな姿につい笑ってしまった。
「お疲れ様。今日は随分気を張ってたわよね?」
「まあな。穏健派の招待はもちろん、領民も同じ招待客として迎えたわけだし、そもそもガーデンパーティ自体が初の試みだったわけだ。流石の私もトラブルだけは起こるなよと何度となく心で祈っていたよ」
「あー、たしかに。今回は際どい決断だったからね批判覚悟な部分はあったから」
私達のプランは協力的な家だったとしても穏健派がどう反応するか未知数だった。中立派の中にだって未だ私の店を批判する人がいるから本当に賭けに近かった。
それを最小限に抑えるために穏健派についてはアストハルア公爵様とお家事情や交友関係に精通しているナグレイズ子爵家のご隠居に相談したし、中立派もクノーマス侯爵家とツィーダム侯爵家がここなら大丈夫という家、先日の『覇王』のことでお世話になった方々しか呼んでいない。
そしてグレイの叙爵式が呆気なく疑問の残る形で終わってしまってそれを補う意味もあった今回の結婚式は本当は従業員やククマットの人たちと穏健派よりも、派閥の同じ中立派の人たちを招待すべきかと悩んだんだけど、アストハルア公爵様、ツィーダム侯爵様、そしてクノーマス侯爵様の三人が元々選定をしてくれていたローツさんの作った招待客リストに殆ど変更を加える事なく了承してくれて。
意外な反応に私もグレイも首を傾げることになった。
「君たちしか、できないことだ」
ツィーダム侯爵様に言われた事に、納得した。
「我々貴族では壊せない不要な慣例や暗黙の了解を君たちなら壊せる。伯爵だけではない、派閥の違う友人や貴族ではない友人を差別しなくてはならない苦悩を抱えている者は少なくないからな。そして、それを言葉にして訴えることも、訴える場所も、現状ほとんどない。だが、ジュリ。君なら可能だろう、これが異世界の常識だった、ルールだったと紹介することを許されているんだから。そしてそれを我々が『そうなのか』と言える機会が出来るだけできっかけが出来上がる。『試してみようか』と」
そうか、そんなふうに考える人がいるのかと目から鱗で。
しかも、知らないだけで、見えないだけで期待してくれている人たちが結構いるんだと教えられたことで、踏み切れた。
そしてね。
「好きにしたらいいよ」
決して私達の結婚式のプロデュースという重圧から開放されたわけではない! と後から言い訳がましく言ってきやがった、とグレイが青筋立てたくらいに侯爵様が非常に軽いノリでそう言ってくれて。
「楽しく過ごせた方が皆幸せだ」
笑ってくれたんだよね。
それが最後の後押しだった。
終わってみれば結果オーライの大成功かな。
職人さんやうちの従業員たち相手に貴族の人たちが気さくに声を掛けて商品の説明を聞いたりしていたし、領民講座の講師たちも専門的な会話が出来る人に巡り合って話し込んでいた。ネイリスト専門学校の講師二人なんて、ケイティと一緒にご婦人たちに囲まれて憧れの眼差しを向けられつつ談笑していた。
人選が良かった事が大前提としてあるけれど、それでも差別なく、分け隔てなく不特定多数がいろんな会話で盛り上がったり、ビンゴ大会で一緒に一喜一憂したり、私も一緒にその雰囲気を存分に体感して楽しめた。
「ジュリが今までやってきたことの結果が今日出ていたのではないか?」
「なにが?」
「誰にでも安くて可愛いくてキレイなものをと言い続けてきたじゃないか。今日参列してくれた人たちは立場を超えて、それを認めてくれた人たちだ。『誰にでも』を、受け入れ、一緒に考えてくれた人たちだし、これからも考えてくれる人たちだと思う。……集まってきたじゃないか、味方が、同じ価値観の人たちが」
「そうだね、うん、ほんとに、そうだね」
「これからもそんな人たちを増やしていけたらいいな。そうすれば、もっと豊かに、もっと楽しくなりそうだ」
「うん、そうだね。これからも頑張らないとね」
「だからといってキリアと二人自主ブラックは禁止だぞ」
「はいはい」
「軽いな、その点は信用していないからな私は」
二人でだらしなくソファーに寄りかかり、笑った。
このあとほぼ飲み物しか口にできなかった日中の鬱憤を晴らすようにご飯とデザートを好きなだけ食べあさり、しばらく会話をしたものの、疲労により眠気のピークに達していた私たちはソファーに並んで座ってお酒を飲んで、そしてそのままソファーで寝てしまい、目覚めたら朝というロマンチックから程遠い新婚初夜を終えていた。
「……初夜でドキドキするような関係でもないから別に構わないんだけど、誰かに話したらキレられる光景しか浮かばない」
「話さなければいいだけだ」
「それ正解」
ソファーで寝たせいで体が変に痛かったりするけど、これは私達らしさ、ということで良しとする。
「今日明日は休みにしたけど予定は何も立ててなかったよね、どうする?」
「そうだな、本家に顔を出すか? 母主催の茶会があるはずだ、昨日あまり話せなかった人と話せるぞ」
「あ、それならついでにフルオーダーの権利もぎ取った人たちにオーダーの相談いつにするか聞けそうかな? 大まかな時期でもいいのよ、工房に事前に伝えておければそれに合わせて職人さんたちも予定が組みやすいだろうし」
「それくらいなら大丈夫だろう。それと昨日披露宴に出られなかった本家の使用人たちへも早めに引き出物を渡したいしな」
「そうだね直接手渡ししたい! それと自警団にもね。警備のために一人も招待出来なかったし。ルビンさんたちにも直接引き出物渡したいし差し入れもしよっか」
「そうだな、本部に行けばルビンがいるから非番の幹部の分はルビンに預けよう」
「パウンドケーキは人数分用意出来てるはずだから迎賓館に取りにいけばいいんだけど……お酒も付けちゃう? なんか昨日思ったよりお酒減らなかったって話だったよね?」
「ああ、ビンゴ大会が盛り上がり過ぎて飲む暇がなかったらしい。各詰め所に数本ずつ置いてくるか。それでも余るなら私達が飲めばいいしマイケルとケイティの家に持っていってもいいしな」
「ちょっとまってグレイ」
「どうした?」
「今日明日って、ゆっくりするための休みだよね? 既に全然ゆっくりじゃない気配しかしないけどどういうことだろう」
「……私達だからな」
「その言葉に説得力を感じるわ」
新婚早々、二人で諦めの境地に達した。
浮かれてはしゃいでいられるほど若くないので仕方ないとも言う。
これが私達。
改めて。
ジュリ・クノーマスになりました!!
旦那はちょっと頭おかしい? という言動が見られるけれどハイスペックなグレイです!!
「おかしくはない」
おかしいよ、普通と思わないように。あなたが普通なら世の中聖人だらけだよ。
「……」
とにかく、結婚して人妻になりました。はははっ!
話が逸れまくり話数が増えたのはご愛嬌ということでお許しくださいませ。
ジュリとグレイセルの結婚式、ここまでです。
こうなるとこの後は新婚編となるのでしょうが、普通に、今まで通り、ものつくりとか経営とかなんか怪しい動きとか、色々わちゃわちゃ、そんな話が続きます。若干ブラック気味の主人公の話ですから仕方ないのです(笑)。




