22 * 合間に紹介
ちょっと前から出ていたあの人誰?の正体分かります。
お楽しみの前に、グレイが物凄く不満げな顔をした。
「どしたの」
「……あれを紹介してしまいたいと思ってな」
「あれ?」
「そう」
ちょっと疲れたので二人でベンチに座り、冷たいハーブティーを口にしながら一息付いている間その不満げな顔になったので問いかけ、その視線を追ってみると。
あれ?
あの人。
ブーケトスで男性はご遠慮下さいで意気消沈して、明後日な方向に飛んでしまったブーケをセイレックさんから貰ってむせび泣いてた正体不明の人。
そういえば、今更だけどあの人のことを誰も紹介してくれないんだよね。私も目まぐるしく人を紹介されて挨拶していたから聞く暇がなかったから忘れていたけど、他にも『この人、誰?』って顔をする人が多かったのよ。ちょっと余裕があったときにマイケルやケイティに聞いたけど知らないっていうし、じゃあククマットの人ならと思ってキリアやシーラたちに聞いても知らないと。で、後で確認してみようと思ったらグレイがこの顔。
「誰、あの人」
「叔父上だ」
……。
「えっ」
私の中でグレイの叔父上と聞くと真っ先に思いつくのがシルフィ様のお兄さん。でもさっきその人とは挨拶した。
つまり。
「侯爵様の弟!!」
そう。
私の中でとても謎多き人物認定している人。
一度も会ったことのない、侯爵様の弟。
存在感が実に薄い方。
何故なら、侯爵様の弟なる方は面白いもの珍しいものがあると聞くと何処へだろうと行く人で基本クノーマス領にいない。ベイフェルア国有数の大きな客船を数隻所有、独自の漁業組合を纏めている人物、と聞いているけど。
いや、いないから肩書だけだぞと冷めた顔でかつて説明されたときは困ったわ。トミレア地区にある輸入品全般のお店の経営は娘さんが引き継いでいて、何度か既に会ったことがあるしうちの店の上客でもある非常に素敵なお嬢さんだから父親はさぞかし素敵な方だろうと思ったのにグレイの冷めた説明。ちなみにシルフィ様とルリアナ様にもどんな方かと質問したときに『あー……』のあと濁されその会話をなかったことにされた過去が蘇る。
「六年ぶりに見たよ。じっとしていられない質でな、しかも好奇心に忠実で大陸中の珍しいものを仕入れるという仕事を部下から奪って自ら飛び回る。そのせいで妻に愛想を尽かされ離婚した」
「うわぁ……」
「しかも、祖父母が『あれは病気』と言うほどに一箇所に落ち着いていられないらしく、学生のころも三年間同じところに通うのが苦痛だと度々休学して旅にでていたから卒業に八年かかったような人だ」
「おぉ……」
「その頃には祖父母はもちろん父上もクノーマス家の次男として扱うことは諦めたそうだ。以降年に数日拠点に帰ってきたら奇跡といわれる存在になった。なので叔父上の顔を知ってる人は少ない、社交界なんて一度も出た事がないんだぞ?誰一人気づかなくても不思議ではない」
「へぇ……」
「今回どうやってここに呼べたと思う? 父上が『来なかったら地の果てまで追いかけてでも殺す』と言って脅したからだ」
「その呼び方おかしい」
「そうでもしないと来ない。シイなんて今回で何回目かな、会うのは」
近くにいて話題を振られた妹のシイちゃんは曖昧な笑みを浮かべた。
「生まれたときと……お母様のお話では六歳の時に一度だけなのでこれで三回目ですね」
「一回目を会ったことに入れていいのか疑問だわ」
「しかもややこしい人でな」
「どういうややこしいなのよ」
「ほら、娘がいるだろう? 私より年上の。まだ独身なんだがその娘がなかなか結婚しないことだけは気がかりらしくて。父上に近況報告の手紙を定期的に送ってくるようにさせているんだがその内容が九割娘の結婚を心配する内容らしい。それなら帰ってきて見合いを整えてやるなり大陸を飛び回っているんだから男を見繕ってくるなりすればいいのにと返信すると、そんなことをして嫌われたくないとグダグタ言い訳をする分厚い手紙が返ってくるらしい」
「え、面倒くさい」
あ、それでブーケトスか!!
「フォンロン国が混乱しているだろ、トミレアも少なからずまだそれに引っ張られていて従姉妹は忙しいから今回結婚式に呼べなかった。その代わりにというか、普通に父の弟として出席すべき人物なんだが、その出席理由が兄の脅迫と娘のためにブーケが欲しい!! だからな。用が済んだからさっさとここを出たいんだろう、あの落ち着きのなさは」
……濃い人だわ。
言われて見れば確かに侯爵様に似てるし、侯爵様似のエイジェリン様とも似てる。グレイはシルフィ様の要素が強めなので多分並んだだけじゃわからなかったわ、うん。
「披露宴が終わるまで帰るなよとお父様とお祖父様に脅されてましたよ」
苦笑交じりでシイちゃんが告げればグレイはそうだろうなと頷いて。
「はじめましてだねジュリ、そしてブーケありがとう!」
ブーケのお礼は私じゃなくセイレックさんにね。とはツッコミ入れたりしない。
「あ、今日一緒に来ていたのは元妻だよ、これでもおれは元妻一筋でね、血筋かなぁ、浮気とか出来ないんだよ」
聞いてないこと喋る人 (笑)。
「叔父様、お久しぶりです」
「やぁシャーメイン、綺麗になったね! シルフィ義姉さんに似て美人になった!! 随分大人びてるなぁまだ十三歳じゃなかったかな?」
「十八です」
「え、そんなになった?! おれの知らない間に?! いやぁ参っちゃうなあ時の流れの速さには」
「……ところで叔父上、今回はどれくらいこちらに?」
グレイの圧を感じたのか、一瞬叔父上の顔が引きつったわよ。
「夕方の船で北上したくて……式が終わったらいこうかなぁ、なんて、ね」
「父上とお祖父様からは懇意にされている商家や貴族の方も今回招待しているので今晩は本家にお泊りになりあちらで夜会に出席するよう言われてませんか?」
「あー、あー、うーん、なんとかするよ」
「どういう意味でのなんとかするよですか? 出席してあげてくださいね」
「えー、そうだなぁ、グレイセルに言われるとなぁ」
「両足折って連れてくぞクソ叔父上」
「あはははっ! 久しぶりにグレイセルのそれ聞いた!!」
「今回は本気です。前回兄上に半殺しにされたのお忘れですか?」
「あれは痛かったよ、エイジェリン強くてさぁ」
「先に申し上げますと、私も兄上も当時より強くなりましたので逃しませんよ、絶対に。それなりの覚悟をよろしくお願いします」
「え……逃げ足に自信のあるおれに言うってことは。……あ、そうなの?……えー、そうなんだ……」
……なんだこの会話。
叔父と甥がする会話だろうか。
ちょっと話について行けないわ、と現実逃避していたら。
「娘から聞いてるよ、面白い素材を常に求めてるって」
グレイの殺気から逃げる口実なのか私に突然話題を振ってきた叔父様。
「面白い、というより綺麗だな、可愛いなと思えるものですかね。そして扱いやすくて低価格なものです」
「ははぁ、なるほど。それでかじり貝の内側の膜か。確かに安価で安定的に入手出来るし、あの光沢は綺麗だからね。……そのうちおれが持ち込む素材もみてくれるかな?」
「え?」
「まあ、これから探すことになるけど、面白いじゃないか廃棄されてきたものがお金に変わるって。お金に変わるだけじゃない、それだけゴミが減るしそれを処理する手間も減る。既存のものを可愛くしてもね、そんなの世の中にいつでも出せるしすぐに最新の物に埋もれちゃうし。案外ジュリのやっていることって次世代に必要な考え方なのかもしれないなぁ。着目点を変えるって出来るようで出来ない、それはジュリならではの才能といってもいい。そのことを含めてものを売ったりしないの? そういう価値観も一緒に売ったら廃棄物への注目度も格安品への富裕層の忌避感も変わりそうだよね。あ、もしかしてもう意識してやってたりする?」
驚いた。
この人。
考え方が私や私に感化されているグレイやローツさんにとても近い。
私のやっていることを本当に知らないのか、意図して知らないふりをしているのか、正直分からない。でも。
『次世代に必要な考え方』。これについて話すのはいつもグレイとハルトたち【彼方からの使い】のごく限られた人だけ。
これを意識しないとこの世界はいつまで経っても自力で発展できない、そんなことをハルトが言ったのがきっかけ。
それから度々話している。私のやっていることからどうやって『次世代に必要な考え方』を一緒に伝えられるか、と。
大陸を飛び回っているだけのことはある。
とても視野が広いのよ、この人は。何が必要なのか、何が求められるのか、そんな言葉の前に必ず『この先』が付いている状態で考える人なのよ。
グレイも驚いたのか、目を見開いた。
「さあ、どうでしょう。私としてはそのつもりですがあまり拘りすぎて行き詰まるのも得策とは思えませんので、グレイや侯爵様のお力を借りてのんびり気負わずやっているつもりです、その流れでなにか見つけられたら儲けもの、という感じでしょうか」
「そっか、そっか。兄さんもグレイセルもジュリの力になってるんだね、それは良かった。そんな状況なら必要ないかもしれないけどおれで良ければいつでも力になるし相談にも乗るよ」
「ありがとうございます」
面白い人と知り合えたな、と得した気分。
いや、でもね。
「ということで、挨拶も済んだし」
「披露宴が終わる前に一歩でも迎賓館から出たら足切断、そして今晩本家に泊まらずトミレアに直行するなら腕を切断」
グレイが極めて物騒な事を笑顔で言い放った。
「これ以上言い訳して逃げようとしたら本家の地下牢にベッドを整えますね」
シイちゃんまで笑顔で恐いこと言ったよ。
その対象者といえば。
「えー……」
目をそらしただけだった。ここまで来てもなお、逃げ出す方法を模索しているあたりが色々と破綻している家の男だな、と納得。
余談。叔父様の娘はアラサーで商を父に代わってバリバリ運営中。そんな娘の結婚をなぜそんなにも切実に願うのかというと。
「だってさぁ! 結婚なんて面倒だし、彼氏五人いて私生活充実してるっていうし、挙げ句何て言ったと思う?! どうせ結婚するなら高齢の金持ちの後添いになって早めに未亡人になって商いに精を出しながら恋人とその後の人生を謳歌したほうが自由でいいって言うんだよぉぉぉ」
グレイの叔父様、侯爵様の弟、名はソルディアス・クノーマス。
濃いな、うん。
面倒な?人の紹介が終わり、脅しが効いて本家に行くよと言質を取って満足したのはグレイ。
「この前に終わらせておきたかったんだよ」
「あ、なるほど。盛り上がってる間に逃走されても困るしね」
ようやくお楽しみの時間ですよーーー!!
「ご出席の皆様、ご歓談中ではございますが、これから新郎新婦から皆様への日頃の感謝を込めまして余興をご用意致しました」
司会者さんの言葉に私達の所へ視線が集まる。これには侯爵様たちも驚いている。
職人さんにお願いして作って貰っていた物がローツさんとエリオンさんによって運ばれ、シイちゃん、スレイン、シーラが必要なものを一人一人に配ってくれる。
「グレイ&ジュリのビンゴで大盤振る舞い大会開催致しまーす!」
私の宣言に反応は真っ二つに分かれた。
【彼方からの使い】組とこれがどういうものか知っているキリアやフィンなどククマットの人たちは『おおっ!!』。貴族の人たちと知らない人たちは『ん?』。
当然のことです。
この世界、ビンゴありませんから。
用意してしまいましたよ、ええ、やりたかったんです。食べて飲んで挨拶と歓談だけ? そんなのつまらないじゃないですか。景品が笑いを狙ったもの? 大盤振る舞いでそんなことするわけないじゃないですか。ガチですよ、私とグレイが考えると景品はガチなものになるんですよ。
貰った景品巡って駆け引き上等、国際問題上等、私達の披露宴が終わったら他所で存分に争って頂いて結構です。
木材を小さな球体にして磨き上げたそれに数字が書き込まれ、それを入れて回す本体は硬い針金で球体になっていて中でカラカラと音を立てて跳ねて転がる玉が見えるようになっている。
配られたビンゴカードもちゃんと製本工房にお願して作ってもらった、数字が折って立てられる仕様。
「なにこれすっごい面白そう」
めちゃくちゃ興味津々で食いついた叔父様に若干引きつつ、何をするものなのか聞かれたので説明すると。
「……言い値で買おう」
真顔で迫られた。売りません、ごめんなさい。
これはね、うちのお店の大市企画の定番になったくじ引きの派生品とも言える。
グレイに『社交場で楽しめるような形になったら面白いな』と言われた事があって、その時にビンゴのことを話したの。数字がランダムに書かれた紙を用意する手間がこの印刷技術の未熟な世界では大変だろうけど、お金にゆとりのある人たちが集まる社交場でカード等のテーブルゲームのような頭脳を使わずともギャンブル要素のあるものとして使えるんじゃないかって。
ギャンブルを推奨するわけじゃないよ、ただね、男性はもちろん女性のそういう社交場はそれなりに存在して、そういうところに出入りできるのはそのテーブルゲームのルールやマナーを知ってる人だけに限られてしまう。そうなるとテーブルゲームが苦手な人が行ける社交場は招待ありきのお茶会や舞踏会、狩猟会等に限られてくる。交友関係の広さが後の地盤硬めや出世に直結する富裕層にとってそういう社交場にしか行けないっていうのは致命的らしい。
ビンゴは難しい知識は一切必要ナシ、必要なのは出てくる玉に書かれた数字と貰ったカードに並ぶ数字に左右される運のみ。入門編として、そしてどこでも気軽に楽しめる。
聞いたグレイの目が輝いた。
使い途がある、と。
そして開発されたビンゴセット。
満を持する形で私達の結婚式で登場ですよ。
披露宴の話が逸れてしまいました、申し訳ございません。
この叔父様。出すタイミングが全くなく。兄レクシアントと共に早期に出来上がっていたキャラにも関わらずその設定ゆえに『あれ、いつ出せるんだ?』と作者を悩ませる人物の一人でした。
次いつ出てくるだろう、シャーメインの結婚式?
「あ、結構です」
と言われそうですが。
とにかく出しておきたかったキャラなので二人の結婚式にて登場頂いた次第です。




