22 * 祝福の時
「だからその剣誰かに預けてこい、いつの間にか戻ってる摩訶不思議なその剣怖すぎるから」
キレた私は悪くない。
「殺気立ってるからこれくらい必要だろう」
……殺気立ってるのか。
そうなのね。
ブーケトス待ちで殺気立ってるのね。
そんなところに出たくないです。はい。
とりあえず一番権力のある、地位の高いあの方。アストハルア公爵様にお願いして『女性だけ』参加許すよということを先に伝えてもらった。腕まくりしてた紳士が悄気げてた、あれ誰? 後で教えて。
扉が、開かれる。
今日だけは小脇に抱えられるのではなくお姫様抱っこです。
「「……慣れない」」
夫婦揃って真顔で言ってしまった。
わあっ!!っと祝福と歓声が耳に飛び込む。それに合わせて晴天の清々しい青空にも出迎えられた。
そして。
初夏よりも前、梅雨らしい梅雨のないこの気候によって育ち伸びる木々の若々しく瑞々しい緑。それを引き立てる、そして引き立てて貰える白い花々。
白と緑に囲まれたウエディング。
それが私の望んだ、グレイと二人計画してそしてそれを引き継いだローツさんやフィンたちによって滞ることなく準備された結婚式。
新興家クノーマス伯爵家の紋章に使われている水仙に似た形の花、ユーチャリス。こちらの世界では花びらの先端がほんの少し青みがかっていて、地球のものとは違うんだけど、自動翻訳でユーチャリスとなるので気にしない。そして白と言えば白バラ、カサブランカも外せなかったのでもちろん使っている。そしてこのククマットの周辺でよく見かけるクレマチス。神殿を飾ったのもこれらを主体とした白い花々。緑と白の花々を束ねブーケやリース、ガーラントにして白のリボンを結んだり絡めたりして椅子や壁を飾った。最初クレマチスはこの辺ではありきたりだからとフィンやキリアが難色をしめしたのよね。でもグレイが私が使いたいなら使えばいいって言ってくれて。そしていざ使ってみたら白で統一されているし何よりボリュームを出すのにもちょうど良く、フィンとキリアが競って試作のブーケとか作ってたらしい。
白と緑の爽やかな組み合わせが晴天の下でよく映える。うん、いい選択しました私!!
ブーケはフィン渾身のユーチャリスのラウンドブーケ。……これ、恩恵かなぁ? なんかすっごく綺麗なラウンドブーケなんだよね、形もさることながらそのバランスたるや。所々から見える葉っぱの絶妙な感じとか、どこから見ても必ずきれいに見えるとか。確かにかつて私はフラワーアレンジメントの教室に通ってたことがあるからその知識をフィンとキリアにルフィナとリンファの結婚式の準備ついでに教えた事があるんだけど。でも、それもたった数回しかも毎回数分。
……恩恵だわ、これ。うん、そういうことにする。
さて。
このとっても素敵なユーチャリスのラウンドブーケ。
今からトスします。
グレイが下ろしてくれて、姿勢を正した私に耳打ち。
「ちょっと、多いだろうあれは」
だよね!!
ざっと見て、いやごめん分かんない、何人いるんですか!!
「百八人だって」
なにそれ除夜の鐘的な。
怖い怖い、ルフィナのあのときの気持ちが分かってしまった。
結婚式ですよ、殺気立ってるのはおかしいですよ。
これはさっさと済ませる。
「怖い怖い、怖い怖い、もうなげるよ!」
『ブーケトスって追い詰められてするものなのか?』とハルトが首かしげてたけど、それは違うからね。
皆に背を向けると。
ゾワっ!
ひっ!
これ、殺気!!
そして隣、剣をぬくんじゃない!!
ええぃ、どうにでもなれ!!
……。
悲鳴に似た数多の声が、ピタリと消えた。え、なに?
「ええっと……なんで?」
リンファが顔を引きつらせている。
その隣目が点になってるのは。
セイレックさぁぁぁぁん!!
なんであんたの手にブーケが!!
「お前、なんでそんなに明後日の方向に投げれるんだよ」
ハルトの呆れた声。あ、私か。
一体どうやって投げたらそこに行くのか、微妙な空気にしないためにもブーケが来ないであろう私達の真横の少し離れた所にぽつんと並んで立っていたリンファとセイレックさんのところにブーケは飛んでいた。
シン、と静まり返ったその空気に耐えきれず冷や汗を吹き出しそうな様子のセイレックさんが満面の笑みで咄嗟に隣の人に『これどうぞ』と渡した。
その人、男。しかも、腕まくりしてブーケを取ろうと意気込んでた紳士。だからあなた誰ですか。
「皆様にブーケを用意出来ない代わりにささやかですが私とジュリから式にご出席の皆様とブーケトスにお集まりの皆様にプレゼントがございますのでどうぞお受け取り下さい」
ブーケを貰ってむせび泣く紳士からそっと目を逸したグレイが笑顔でそう言うと待ってましたと私の後ろからこの世界で一番最初に友達になってくれたスレインとシーラ、そしてグレイの妹シイちゃんが御揃いの白のシンプルなウエディングドレス風ワンピースを着て登場、手にはかごを持っている。
ブライズメイドのようなものを三人にお願いしたのよ。今回ですね、この配る場面をいくつか用意していて、そのたびに後ろに誰かにかごを持ってもらって付き添って貰うことにしたんだけど、それなら御揃いの服にして、花嫁と花婿のお手伝いしてくれる人って分かりやすくしちゃうのもありじゃないかと思ってね。
「お手伝いのお礼でグレイが金貨三枚出すって」
「「やる」」
白いドレスに抵抗あると言ってたシーラとスレイン。金貨三枚は三百リクル。即答で快諾だった。一方シイちゃんは。
「この、白のドレス、私が着てもいいんですか?!」
と、兄からデザインを見せられて物凄く喜んでたらしい。真っ白ってこっちでは儀式で着るけど結婚式ではあまり使われなくて珍しいからね。やっぱり若いなぁ、そういうところに敏感に反応してくれるのうれしいなぁとほんわかさせてもらいました。
襟元がスクエアカットの袖は半袖のパフスリーブ。胸下に切り替えがあるタイプでシフォン生地でふわふわしたイメージを大事にしてあるの。背中には長いリボンが揺れるようになっていて、そのリボンにはユーチャリスが刺繍されている。この刺繍に関しては私とグレイと御揃いになってるの、拘り。
可愛い女神様をイメージしたドレス、三人に似合っててよかった。特にシイちゃんね。ロディムに見せてあげたかったぁ。今回はご両親を招待しちゃって、ロディムは流石に呼べなくてね。ロディム呼んじゃうと他の家のご子息も……ってなっちゃうから。
「あの、これ着て後でロディム様に会ってきてもいいですか?!」
ってゴニョゴニョとグレイに聞いてたシイちゃんが可愛かった!!
「ああ、構わないが……あちらは既に学園に戻ってるだろう、それにそのドレスは式後に使い道があるからそう長くは貸し出せないぞ?」
「もちろん転移と走るを駆使して往復しますので一日で戻ってきますよ?」
やめよう、シイちゃんそれはやめようね。と、私とケイティとリンファとルフィナと他にも沢山の人が説得したよ……。
さて。
三人のお手伝いのおかげでスムーズに配れているもの。
それは。
バッグフック。
バッグを置く場所がない、そういうときにあると助かる私もかつて愛用していたもの。
安定性を考えて平たく丸い物が多かったと思う。厚みは様々だったけど、統一していたのはその平たく丸い側面や中からフックが出てきて、平たい丸い部分をテーブルにのせてフックを外側に向ければあら不思議、即席のフックが完成、のあれ。バッグや買い物袋を掛けることで平たく丸い本体がテーブルにその重さで密着、さらにそのせっする面には滑り止めとなる素材が使われているので少しぶつかったくらいでは落ちない優れもの。
少し前からデザインを進めていたもので、結婚式の日取りが決まり本格的に準備が進み始めたのと合わせてこのブーケトスに来てくれた人たちに渡すものの第一候補になっていた。ルフィナの時は直前で急遽組み込んだから手間暇かけたものが用意出来なくて、個人的にちょっと後悔してたのよ。
そして今回の結婚式、グレイが伯爵になったお祝いも兼ねている。大々的にそのお祝いをするわけではないんだけど、アピールするように侯爵様やアストハルア公爵様にも言われてて。
伯爵になったことをアピールすると、ついでに 《ハンドメイド・ジュリ》の新商品のお披露目するのにちょうどいいとなったわけ。
クノーマス伯爵の紋章に使われる花、ユーチャリスが彫られた金属の板に擬似レジンを流し込んだだけのシンプルな物。周囲には金属の枠をつけてそこに溝があってフックが隠れている仕組みになっているので必要なときにそのフックを簡単に出せるようになっている。
細かなフックと本体のつなぎ目などはライアスがいとも簡単に設計して完成させてくれたので早い段階で量産は可能だったけれどデザインで結構悩んでしまい大変だった。
今回は至ってシンプルにしたけれど、今後はガラスの細工物やオール金属の物もデザイン豊富に出していくつもり。
神殿での式の出席者は身近な人たちの一部と、貴族の位の高い順、そして取引のある人。
お貴族様にはバッグフックって不要なんじゃなかろうか? と却下することも頭を過ぎったんだけど、何故かこれにローツさんが食いついた。
「これ、ステッキを引っ掛けることも出来るから男も重宝するぞ」
と。
なるほど、そういえば貴族男性はご年配の方に限らずお洒落でステッキを持つ人も多くて使う機会はほぼないけれどグレイも持っている。テーブルの高さにもよるけれど、ステッキを引っ掛けられるはずだとローツさんはわざわざ自分の屋敷に取りに行って私の目の前で実践してたわ(笑)。
そして仰る通り! テーブルの高さによるけどいい具合に引っかかりまして!
で、採用となった。
そんなローツさんおすすめのバッグフックが配り終わり、後ろからスッとスレインがブーケを差し出してきた。
「はいこれ」
「ん、ありがとー」
トスで無くなったので私が持つブーケはもう一つちゃんと用意してあったよ。バッグフック貰って和気藹々となっていた空気が一変、視線が私に集中する。
投げないよ、これは私の。
さあ、これから披露宴ですよ。
「このあと皆に移動してもらわないとね」
「ああ、そうだな。私達が先にいかないと皆移動出来ない、行こうか」
「うん」
差し出されたグレイの腕に手を添えて、側に控えてくれているスレインたちに移動することを伝えると正面に馬車が用意されている真っ直ぐな神殿の道を開けてくれるようにローツさんやカイ君たちが皆に声をかけてくれる。
「おめでとう!」
歩き出すと同時に明るく大きなそんな祝福が私達を包む。笑顔でそれに答えながら、歩いて道中程、神殿のベルがなって。
「え?」
目の前を一輪のユーチャリスが掠める。視線を、顔をあげた。
空から白い花が爽やかな風に乗り降ってくる。
どよめき混じりの歓声が起きる。
晴天に散りばめられた白い花々。花びらを散らしながら私達を、神殿を包む。
「セラスーン様?」
「サフォーニ様?」
私とグレイが同時に呟いて、互いの顔を見た。
―――祝福を―――
私達にだけ聞こえる声だった。
―――おめでとう―――
『ありがとうございます』と、互いに心の中で感謝を述べる。
「粋なことするじゃん」
ハルトが気づいて陽気に笑った。
「きれ~い!」
ケイティが子供みたいにはしゃいでいた。
「ふん、神にしては気が利くことするわね」
リンファは少しだけ苦笑交じりでそんなことを呟いた。
本当に、綺麗。
祝福された結婚。
その幸運をグレイと二人、噛み締めた。
……。
……あの。
……セラスーン様、サフォーニ様。
まだ終わりませんかね?
「ちょっと、待って?」
「これは流石に」
若干心配になってきた。
気前良すぎませんか?
ありがたいんてすが、これはさすがに。
「積もってきたよ」
マイケルがのほほんと言い放った。
このあと数分花が降り続け、神殿とその周辺は積雪ならぬ積花二十センチという観測記録を出す。
神殿の人だけでは足りず、近所から急遽かき集めた箒で正装した貴族含めて男たちが総出で花をかき集めるという前代未聞の事態は神殿の神官が日々綴る日記は勿論、クノーマス家や他貴族の歴史書にも書き込まれる珍事? 神事? として語り継がれてしまうことになる。
ちなみにこんなイレギュラーがあったために、披露宴は一時間遅れで開始となった。
「やりすぎですよセラスーン様ァァァ!!」
―――神界にて―――
「……ちょっと楽しくなってきたわね」
「セラスーン、どれくらい降らせれば二人が止めてくるか試してみましょうか」
「それいいわね、ついでにボリュームある白い花をいれちゃいましょ」
「可愛らしい花も加えましょう」
「雪みたいで素敵じゃない? サフォーニ」
「ええ、とても良いですね、これは」
神様の祝福は少々遊び心が優先されたようです。
バッグフック、作者は大変お気に入りがあったのですがそれが数年酷使したことである時壊れ、同じ物を探したのですが見つからず結局他のを購入したのですがなんと数回使ったら破損し、再び別のものを買ったらそれは紛失。なんだか一個目以外は縁がないようで以降買わなくなってしまったものです。
何となく縁がないものってありませんか? 作者だけですかね?
そして次回披露宴。
その時ドレスも分かります。




