クリスマス・スペシャル ◇ハルトは見た。異世界版クリスマス◇
クリスマス、ジュリが再現したら素敵になるでしょう。
しかしそれではつまらない。
という思いつきで書いていたものを加筆修正したので載せてみました。
※単話扱いになります。本編の流れと無関係で、しかもちょっと重要なところに割り込む形になっていますのでご注意ください。
「冬のこの季節、『クリスマス』の雰囲気がないのはちょっと寂しいよね」
「ああ、そうなんだよね。僕も妻のケイティとはそんな事を雪の季節になると話すようになって」
笑ってジュリが軽やかに、そして苦笑混じりでマイケルが肩を竦めた。
「そっか、マイケルはアメリカだもんね、日本なんかよりちゃんとしたのやってたよね」
「日本のはどういうものかわからないけど、そうだね、十一月から万全に準備したりして、一大イベントだったよ」
二人の話を聞いていて、首をかしげたのはグレイだ。
「『クリスマス』とは?」
当然なんだけどさ。
ここ異世界だから。
それでマイケルがかいつまんで話していく。マイケルの場合、キリストの話を交えて宗教的な部分を話したから単なるお祭りではなく神聖な祭事という認識をちゃんとしたようだ。うん、こういうちゃんと異世界のことが伝わるのも悪くない、って思ったな。この世界はさ? ちょっと文明が遅れてるし、偏った価値観も多いと思うから、異世界のいいとこを取り入れて一部の地域からでもそれが広まればいいと思うからな。
マイケルが久しぶりに友人の所でバカンスしている妻のケイティに会いに行くとジュリの店の工房を出たあとも、クリスマスの話で俺とジュリが盛り上がって、それを興味深い顔して聞いていたグレイが、問いかけてきた。
「……ジュリとハルトがいた国とマイケルがいた国の『クリスマス』は少し違うような?」
首をかしげたのは当然だな。
だって俺とジュリ場合、ほぼ『イブと当日だけ』がメインになってる日本人の大半が楽しむクリスマスの話をしてたからな。
そもそも日本じゃキリスト教信者は少ないし、なんでもイベントにして楽しんで物を売る魂胆が全面に出ている経済の活性化の意味合いがやたら強い。楽しければそれでいいじゃないか、って最終的にはそんな言葉で皆で笑って誤魔化して、背景にある宗教や歴史を取って付けたような日本のクリスマスと、マイケル自身がキリスト教でその口から語られるしっかりと教育されたクリスマスの知識とでは、グレイが首を傾げるのは当たり前。
だからここで、俺とジュリとで、『マイケルが話した方が正しい知識』と話を切り上げればよかった。
いやぁ、俺もね、結構地球のことに飢えてたわけよ。しかも、話してたらケーキとかチキンが食いたくなっちゃって。
「日本のも悪くないよなぁ、ケーキとチキンとか軒並み価格高めになるけど、俺デパートとかスーパーのクリスマスのカタログ見るの好きだった」
「わかる!! 私はクリスマスツリーのオーナメント何時間でもながめてられたからね! 」
そして、その会話にグレイが参加してきた。
「チキンとケーキ?」
「クリスマスの夜に家族とか仲間で集まってパーティーするんだよ、堅苦しいものじゃなくてさ、クリスマスの定番メニュー食べながら楽しむ感じ?」
「そうそう、女同士だとプレゼント配ったりしますね。あとうちはクリスマスツリーが大きかったから飾り付け結構拘りあって、金と銀のオーナメントで統一してました」
「うちは姉貴の趣味で赤のオーナメントだった」
「木に飾り付けをするのか」
「てっぺんにはメインで星とかも飾りますよ、日本だとほぼ作り物のもみの木ッぽいものに飾るんですけど、マイケルなら本物のもみの木用意して飾ったと思います。日本だとイベントとして楽しむ要素がとても強いものだったので、食べたり飲んだり、皆で集まってとりあえず楽しむ、そしてクリスマスの雰囲気をより強めるのにツリーやリース、イルミネーションとか色々ハデにする傾向がありました」
そんな話で盛り上がりその日は終わったわけ。
そしたら、翌日。俺のところに侯爵家が使いを寄越した。
「クリスマスパーティーについて詳しくお伺いしたいのですが」
って。
あれ? 侯爵家がクリスマスやろうとしてる?
うん、あの家なら興味持ったらやるだろうな。と、ちょっとワクワクしながら説明してやって。ちなみにジュリの所にも使いが行ったらしい。本気だな? これは。ちょっと期待しよう、うまいケーキとチキンとか酒とか。二週間後に侯爵家で家族とそこで働く奴らとやるから俺とジュリにもぜひ来てくれ、と誘われた。
ちなみに、マイケルを誘ったら
「なんだか嫌な予感がするから遠慮するよ」
って断った。
……マイケルの勘は凄いんだよね、当たる確率が高いっていうか。
え、ヤバイ感じ?
……いや、ここは何事も経験ということで。
よし、楽しみだ。
そして、マイケル。
正解。
「違う、これ、なんか違う!!!」
ジュリが侯爵家の広大な庭に立つクリスマスツリーらしきものを見た瞬間、しばらく硬直して、そして急に地面に膝から崩れて、前屈みになって、地面をダンダン握りこぶしで叩いて叫んだ。
「うん、これ、俺も違うと思う」
俺は、とりあえず乾いた笑いで済ませておいた。
まず、木だ。この世界のもみの木だな、立派な五メーターはゆうに超える街角の電灯式でも使えそうなまさにクリスマスツリー。これがさ、ドン、と植えてある。前はなかったのに急に生えてる。
「山から抜いて担いで来ただけだ」
グレイが当然だって顔したけど、この辺はこんな立派な木がある山なんてねえよ? どっから持ってきた? そして担いで来たのか、さすが騎士……いや、それで片付けていいのかわからないけどな。
そして、ジュリが絶望? したのはその装飾だな。
俺のこれをみた第一印象は、『ああ、該当するものがなくて取り敢えず何とかしたんだな』だ。オーナメントのことでジュリが金と銀、そしてオレが赤と言ったことをそのまま再現したかったんだろ、金と銀と赤の三色だ。うん、色に問題はない。
物に問題がある。
「これ、本物の金と銀だよな?」
「そうだな。侯爵家の宝物庫を父と兄がひっくり返す勢いで出したものだ、随分昔の骨董品もある、こんなのあったんだなぁと話が盛り上がったな」
「へえ……宝物庫、からねぇ。それ俺らのいた世界なら重要文化財に指定されるようなやつな。物によっては国宝」
「そうなのか? まあどうでもいい。それより赤には困った。だからジュリが作るものからヒントを得てルリアナがリボンにしたらどうかというので布で作ったものだ」
「うんいいと思う。けど、めっちゃいい布じゃね?」
「ああ、母がドレス用に用意してたものだ。金糸の刺繍がされていたから飾りと相性がいいだろうと言ってこちらに回して寄越した」
「あー、そうなんだ? ……それで、この光は」
「『イルミネーション』に近いものが良くわからなくてな。これならいくらでも用意出来るからと代用してみたんだ」
「……うん、代用。……そうなのか?」
この世界でクリスマスツリーを再現するとおかしなことになる。
オーナメントは宝飾品に紐を結び飾りつけられる。すごいな、ネックレスとかブレスレットとか、この家にはいったいどれだけ眠っていた宝飾品があったんだ。
リボンは艶々キラキラものすごい高級品で作られる。あのリボン一個で日本だと家庭用のツリーが買えると思う。デカいし。
そしてイルミネーションは、小さなランタンが代役務めたのはいいけど、このランタンも安いものじゃない細工のされた侯爵家のオリジナルだ。こんなに予備があったのか。
これらが、もみの木にぶら下がってる。大量に。
なんだこれ。
そして、俺は、一回上を見てそこにあるものが信じられないから視線を向けないでいるんだけどさ。
「ちなみに、グレイ」
「なんだ?」
「一番上、あれ、星じゃないよな?」
「ああ、お前たちのいう『星型』なるものはこの世界ではないだろう? 作るにも時間がかかるからと兄がこれを代用しようと言って。色は金だし、この木の一番上に飾っても見劣しないからまあいいかな、と」
「……あ、そう」
間違いなければ、俺にはあれはドラゴンに見えた。金で出来たドラゴンのオブジェだ。確認……はしたくない。やめておく。
ジュリが項垂れていた頭を上げ、クリスマスツリー? を再び見上げた。
「やっぱり違うと思う!!!」
また、地面を握りこぶしで叩いてた。
屋敷では、クリスマスパーティーの用意がされていた。今日ばかりは執事も侍女も、使用人たちも皆がはじめてのクリスマスパーティーに侯爵から招待を受けていて、料理やケーキの準備が終わり大広間に集まって賑やかだ。
料理やケーキは満足だ。むしろ豪華ですごいことになってた。そして侯爵夫人から皆に日ごろの感謝だと 《ハンドメイド・ジュリ》で購入した、男ならカフスボタン、女ならブローチがそれぞれに配られクリスマスっぽく盛り上がった。
「ちがう、あれは違う」
ブツブツ言ってるジュリも料理は遠慮など見せず食らいついてるけど、顔がな。目が泣きそう。悔しそう。
「来年は私が指導する、アドバイスなんて生易しいものじゃない。……あれは、指導の域だわ、そう、指導。オーナメントもイルミネーションもなんとかする……星、絶対星。あんなの乗せさせない、やったら侯爵家全員、ビンタの刑でいい、そう、制裁。神様が許してくれる」
って、ちょっと病んでる。
そして。
侯爵夫人が意気揚々と、
「どう? 良くできてるでしょう?」
って持ってきたものをジュリの手に乗せた。
おそらくリースだろう。
何か植物の蔓をうまく円形に纏めたそれは確かにリースだ。
ただし。
金と銀のネックレスと指輪が巻き付けられくくられ、あの高級品のリボンがついていた。
「だから違うから!!!」
侯爵夫人にタメ口で叫ぶジュリの哀れな姿に、俺以外は皆、不思議そうにしていた。
ジュリの精神消耗の激しいクリスマスになった。
教訓。
金持ちに口頭で気軽に異世界の物を教えてはならない。斜めな方向に再現してくる。
文化の違い、認識が甘かった。
変なものが出来上がる。
ジュリの精神が病む。
俺の笑いもカラカラに乾く。
異世界でのはじめてのクリスマス。
忘れられない思いでの一つになったな。
ジュリ、来年はリベンジだな。金は侯爵家が出す、資金は気にするな。だから頼む。
俺も手伝うからマトモなクリスマスツリーとリース作って!!!
一応アドバイスをした立場になるジュリにとって侯爵家の初クリスマスは、黒歴史として刻まれることになりました。
「最初から私がやると宣言するべきだった!!」




