1 * 異世界に飛ばされた後
物語序盤なのと、最近未掲載の話が増えてきて管理が出来なくなってきたので数話更新します。
こちらは幕構成にこだわらず書いているので一話更新の時もあれば数話更新の時もあると思います。
「「彼方からの使い」」
呆然とする私と、私を見てそう呟き驚愕の目をしている夫婦らしき、五十代と思われる男女。
「お、驚いた。本当にいるんだな」
「あんた、すぐ侯爵様に知らせないと!!」
あれ? なんだろう?
不法侵入もだけど、突然現れただろう私を見ても、そんなに驚いてない? なんて冷静になれたのは、二人がちょっと恐々しながらも笑顔で私の前にしゃがみこんでくれたから。
「大丈夫かい? 嬢ちゃん。まさか【彼方からの使い】がうちに現れるなんてびっくりしたな」
ん?
なんか、今重要な言葉が出て来たかも。
「……彼方からの、使い? え? なに? ここどこですか?」
「ああ、そうか【使い】は何にも知らないんだったな」
「まず、ちょっと落ちついて話そうか。あたしらより混乱してるだろうしね」
混乱、というよりは呆然としている私にお茶を出してくれたり、寛いで座るよう促してくれたり、警戒する私に対して自己紹介とかしてくれたのはもう半年前。
なつかしい。
私が転移したのは現在身元引き受け人になってくれているライアスとフィンという夫婦の家だった。二人には子供が二人いたがすでにそれぞれが独立して家を出ていた。のんびり夫婦で過ごす日々に現れた私。さぞ驚いたし不審者極まりない存在だろうと思ったら、驚いた部分にズレがあったわ。
「【彼方からの使い】はたまにいるんだよ」
はい?
たまに私みたいなのがいるの?
「別世界が存在して、そこから神が何らかの理由でこちらに呼ぶ人々のことだね。あんたもしかすると【勇者】とか他の【彼方からの使い】に何か関わりあるのかもしれないよ? 【使い】は特別な能力を持っているからこの世界に呼ばれるからあんたも特別なんだよ」
《異世界転移》というやつでした。
そういうジャンル詳しくないんですよ、どうすんのこれ? って思った。ゲームのRPGはやったことあるけど、ちょっと違うよね?
でも、この世界ではそれが常識なんだよね。そこからさらに話を聞いてると、数年に一人はこの世界に来てるみたい。しかも、『死の回避を許された魂の持ち主』が【彼方からの使い】っていうのに選ばれるとか。
ピンときた。
あの宅配の兄ちゃん? が言ってたやつよ。
―――死んでしまいます、こちらの理に沿って死んでしまうと別世界に転移できないんです。あなたが亡くなるはずのその時間、午後一時。いいですね、必ず家にいてください。そうすれば死ぬことはありません。必ず神があなたを導きます。―――
回避してるよ、当たり前でしょ。だって死ぬって言われたら気分いいわけないし、警戒心は半端なく増幅するわけだし。
つまり? 私は死を回避したことでこの世界につれてこられたと?
死んでないけど、家族も友達も何もかも、失ったわけで。
泣きました。
現実突きつけられて、それを実感するには十分な自分の知らない光景と状況しか目の前にはないってほんとうに納得した転移から三日目に。
丸二日間、泣いたかな。よく覚えてない。ただ、ライアスが言葉少なく、でも気配り上手で肌寒いと言わなくても毛布をかけてくれたり、フィンは優しい表情で私を見つめて隣で背中を擦ってくれた。
「あの、ありがとうございます」
まともに声が出たとき、二人が笑ってくれたのをみて、私も不安に押し潰されそうになりながらもちょっと笑えたのを今でも鮮明に思い出す。
それから数日後に領主なる方が来ました、ええ、この土地の所有者でこの国の侯爵様の一人。あの頃は爵位とかってピンとこなくて、なんとなく偉いんだなぁ、くらいに思ってたんだけど。
王家を除くと、公爵、そのつぎが侯爵。しかも公爵は二家しかないし、侯爵家だって七家しかないと言うんですよ、しかも領主様は侯爵家でも一番歴史が古い家、王家からお嫁さんをもらった時代もあるような凄い家だった!!
でもさ、これがさ。やけにフレンドリーな人で扱いに困る時がある人。【彼方からの使い】はその土地の偉い人が保護するか各国の中枢である王都に呼び寄せて保護するかが決まってるそうで、私のちょっと特殊な状態を知ってもここにいてくれるか? って言うくらい寛大な人なんだよね。豪気ともいうのかな?
「【スキル】と【称号】がなくても【彼方からの使い】にはかわりない、歓迎するよ私は」
って。
……。
………。
わかります?
私は、そういうの疎くて当初忘れてたけど、異世界から召喚? 転移? された人って小説とかだと『勇者』『聖女』とか……非常に神々しい称号持ってること多いんですよね?
ないんですよ!!
私なんにもないのよぉぉぉぉぉ!!
だいたい、よくあるステータス画面とかも出てこないし、レベルもないし、極めつけは【魔力無し】なんですよ。
この世界では皆持ってるそうです、当然召喚された異世界人も。
そういうのはここに来る前に神様が与えるとか、私たちがいた世界では決して覚醒しない潜在能力が変質して発現するとか、色々言われてるらしいのに、私、ないですけど?
あの宅配の兄ちゃん? ちょっと来い。どうなってんの?
説明しろ。
そんなわけで、【彼方からの使い】の知らせを聞いてわざわざやって来たこの国に二家しかない公爵家の一つのとある公爵が、そういった力を鑑定できる神官つれてきたけど、
「えっと……何かしらの【技術と知識】はお持ちのようですが、【スキル】【称号】は持っていないようです」
って神官が言ったら、あからさまにガッカリ。しかもそれを後ろで聞いていた侯爵様に笑って丸投げしてたわ、ああ、懐かしい。
なんかごめん。って思わず呟いちゃったよ、私なんにもしてないけど。
でも、ある意味それは幸運だった。
興味を失った公爵様に変わって、侯爵様が言ったのよ。
「【技術と知識】を持っているんだね?……はっきりしていない、ということは、君自身はあまりそういう自覚がないことなのかもしれない。どうだろう、この侯爵領に腰を落ち着けてみないか? 君の【技術と知識】というものに興味がある」
さすがにあまりにも期待された目をされて、私も躊躇った。けど、【技術と知識】ってそもそも異世界だから本当に些細なことがこの世界では驚くことだったりするかもしれないって言われて納得したのよ。
それでどうせ行く当てもないし、途方にくれるよりはと思って。
それからは至れり尽くせりで、本当に何か恩返しが出来る【技術と知識】があればって思うようになって。
住むところはフィンたちの家にしてもらった。
居心地いいし、親身になってくれた一番初めの人たちで、行くところがなければずっといていいよって言ってくれて。
侯爵様も、それがいいって。
「本来、【彼方からの使い】は王宮や神殿といった場所に現れることがほとんどだ。しかし君は違う。私の領地の、一般家庭の家に現れた。もしかしたらそれに何か意味があるかもしれないし、このふたりといることが君自身の助けになるのかもしれない。無意味なことなど一つもないと思うんだよ【彼方からの使い】が現れたということは」
と。
凄いよね、侯爵様。
イケおじでねぇ、好みの雰囲気。そんな人があっさりそんなこと言って笑顔で。
惚れそうでしたよ。
私の周りにはいなかった完璧なイケおじ!!
それはさておき。
とにかく、ライアスとフィンや侯爵様のお陰で私は異世界で生きてみることになったわけです。
てゆーか。
出てこい宅配の兄ちゃん? よ。
お前に聞きたいことが山ほどある。
あと、まず、言いたいことがある。
「お前の登場の仕方といい、話といい信じるヤツなんて絶対いないからな!! あとあの時の面!! 警察に即通報しなかったことありがたく思え!! 警察きてたらお前絶対威嚇発砲されてるから! なんでかわかる?! 顔ないとか、マジックの黒の塗りつぶしの記憶とか、あれ化け物! 人類の敵認定確定!! 来るならもっと勉強してから来い馬鹿ヤローーー!!」
「ですって、反論ある?」
【その方】は冷ややかな流し目で、少し離れた所に正座する【神の使い】に問いかけた。
【神の使い】は冷や汗ダラダラ。
「ホントにね。失敗していたら彼女は元の世界で死んでいたかもしれないわよ。彼女を連れてこれなかったかもしれないわねぇ」
「…………申し訳ございません」
「【スキル】なし、【称号】なし、でも【人を幸福にする技術と知識】を持っている。そんな彼女をもし失っていたら、あなたどうするつもりだったの」
「あの、その、そうならないように最善を尽くしていたかと」
「……あのあと、彼女を家に留まらせる為に時を司る神、死を司る神、そして【私】であの世界へ一時的に干渉しなくてはならなかったのよ。それがどれだけ正常な宇宙の理に負荷をかけるリスクがあったのか、あなたは理解しているのかしら。……ちなみに、なんで顔を隠したの」
「私の顔は非常に美しいので惚れられては困りますからね!!」
急に笑顔で自慢げに言った【神の使い】に、【その方】は手にしていた杖をおもいっきりぶん投げた。
「ほげぁ!!」
「黙れ、ナルシスト」
「も……申し訳、ございません」
「罰を言い渡します。お前はこの先いずれ然るべき時に樹里の元へ下り、まず彼女に徹底的にシメられなさい」
「えっ!!」
「なおかつ、樹里が天寿を全うするまでお前は樹里の下僕です」
「ええええ!!」
「顔は、そのままでいいでしょう」
「あ、助かります」
「残念な男としてモテないという付加価値も付けてやるけど」
「い、いやだぁぁぁぁ!!」
「うるさい、その時が来るまで宮で謹慎していなさい」
なんか、ちょっと怖い【その人】は、やっぱり、【神の使い】を冷ややかな目で見るのだった。
【その方】は、数多いる中のとある【神の使い】のナルシストっぷりと馬鹿さ加減に、次に【神の使い】を迎える時にはもっと精査しよう、面倒くさがらずに面接するのもいいかもしれない、と本気で思った。