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『ハンドメイド・ジュリ』は今日も大変賑やかです 〜元OLはものづくりで異世界を生き延びます!〜  作者: 斎藤 はるき


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22 * その日に向けて

誤字脱字報告、評価、感想などなど、いつもありがとうございます。

 お店を再開させて数日。

 私とグレイはフィンから二人揃って夕飯を食べに来ないかと誘われた。

 いつもそんなかしこまったことをしないのに。図々しく私は前触れもなく行くし、グレイもそれに付いてくるし。何か相談事かなぁなんて思ったり。


 断る理由なんてこれっぽっちもないので久し振りにフィンとライアスと私達の四人でゆっくり食事をした。

『覇王』の事があって全然ゆっくり出来なかった、というよりも気持ちに余裕がなくてこうしてゆったりと会話を楽しみながら食事をすることを忘れていたから物凄く心地よい。


「完成したから、見せたかったんだよ」


 食後案内されたのは増築した家のまだまだ新築特有のよい香りが残る部屋。

 そこには、ウエディングドレスがあった。


 純白の、この世にたった一着の、私のウエディングドレス。

 一度は諦めたウエディングドレス。


「ああ、とても、綺麗だ」

 私の隣、グレイが優しい声で呟いた。

「これを着て私の隣に立つんだな」

 肩を抱かれた。

「待ち遠しいな」

 喜びに満ちたグレイの声。


 ガツン! と得体の知れない強い感情が心にぶち当たる。


 途端に目頭が熱くなる。

 鼻がツンとして、唇が震える。


 あれ、なんで。

 私泣いてるんだろう。

 ポロポロ涙が零れる。


「なに泣いてるの、ちょっと早いよ」

 フィンが笑って私の頭を撫でた。

「『覇王』の件で色んなことが滞ったね、でもね、ククマットの皆で決めてたんだよ。ジュリとグレイセル様の結婚式だけは、絶対に延期したりしないって。ククマットの一番いい季節に、皆で祝おうって。だからあたしも頑張ったよ、ここは笑ってありがとうが欲しい所だね」

「ありがとう!」

 両手を伸ばしたら、フィンも両手を広げて。迷わず私は飛び込んで抱きついた。

「ありがとうっ!」

「うんうん、頑張ったかいがあったね。……ジュリの望んだ、花嫁衣装になってるかい?」


 私はただ必死に何度も頷いた。言葉が見つからなくて、声が出なくて、フィンにしがみついて頷いた。


 そして不意に思い出す。


 両親を。

 兄を。

 祖父母を。

 友を。

 沢山の出会ってきた人たちを。


 もう、二度と会えない人たちを。


 私が存在しない、忘れられた世界の人たちを。


 鮮明に思い出した。


 このタイミングで、思い出した。


 いつかこの人たちに祝って貰うのだと当たり前に思って過ごしていた過去が消えた、失われた世界の人たちの顔が思考を埋め尽くす。未だ鮮明に思い出せる、『未練』の礎となる人たち。

 こんな時に、こんな時だから、どっちか分からないけど思い出してしまった。


 嬉しいのか、悲しいのか、わからない。なんでこんなに涙が溢れるんだろう。


「幸せになれるよ」


 フィンの優しい声。


「こんなに頑張ってるんだ、あんたは幸せになるよ」


 望んだ理想のドレスが目の前にある喜びと、その喜びを分かち合うグレイがいる幸福。


 それらを伝えたい人たちが、もういない絶望。


 そんな酷く矛盾した心を持つ私にフィンがくれた言葉が染みる。


 先日、侯爵様に頭をポンポンされたときも思った。


 この世界で異質な存在の私を受け入れてくれる人がいるんだなって。


 愛とか恋とは違う形をした想いで受け入れてくれる人たち。


 私はこの先変わらないこの幸せ掴み続けられるかな。














「どうした? 眠れないのか?」

「うん、なんだろうね、ドレスを見て昂ぶってるのかな……」

「そうは見えないな」

「え」

「少し、泣きそうな顔をしている」

「そう?」

「泣きたいなら泣いていい」

「うん」

「それで気が晴れるなら、泣いてしまえ」

「……最近」

「うん」

「ずっと、漠然と、この先どうなるんだろうって不安だった」

「うん」

「グレイが帰って来なかったら、私はどうなるんだろうって、ずっと、考えてた。考えて、怖くなって、考えるの止めようと思うのに止められなくて」

「うん」

「こうして帰ってきて、安心したはずなのに、不意に怖さがぶり返して、不安になることがあって」

「うん」

「……着れるよね、ちゃんと。グレイの隣で、私ウエディングドレス着て立てるよね」

「大丈夫だ。必ず隣にいる」

「幸せに、なれるよね?」

「なる。幸せにしてみせる。一緒に、幸せになる」

「うん、ありがとう……」


 自分が思った以上に私は身も心も疲弊していて、情緒不安定で。

 ドレスを見て、喜んで、過去を思い出して、絶望して、その感情をまとめて処理したつもりになって、でもまた終わった事に囚われていて別の不安が襲ってくる。


 そして。


 翌朝、お店に向かう直前で私はこの世界に来て初めて高熱を出して倒れた。













 病気の時は落ち込みやすくて何でも悪い方に考えるって本当だなぁ、なんてことは思わない。

 何故ならグレイが非常に甲斐甲斐しい。

 いい奥さんなれちゃうよってくらいに。こっちがこそばゆくてキュンとするくらいに。しかしね。

「……いや、仕事行けよ」

 高熱で朦朧とする私だけど冷静にそう吐き捨てるくらいにはグレイがベッドサイドで私の世話をしてる。本当に仕事行け、事務仕事が溜まる。キュンとする気持ちが半減するから。

「大丈夫だ、会計士たちを総動員するようにローツに連絡したから」

 わー、ごめーん、会計さんたち! 主にキリアの旦那のロビン、会計部門長。後で美味しいお酒差し入れるからね!!


 そして。

「私言ったわよね? あなたはポーションが効きにくいんだから体調管理は徹底しろって」

 なんでリンファに連絡しちゃうのグレイ!!

「疲れが溜まるの当たり前でしょ! 二ヶ月近くも全力疾走したのよ、なのに何ですぐに現場復帰なんかしてるわけ? グレイセル、あなたのせいでもあるわよ、ジュリの好きにさせるのは勝手だけど、体調を崩すまで仕事をさせるなら話は別でしょう」

「すまない、完全に私の落ち度だ」

「ええそうよ、この役立たず」

 うわ、リンファ。グレイが固まっちゃったよ。

「最近は色んなことがありすぎてあまり意識していなかったかもしれないけれどジュリとあなたは結婚式を控えているのよ。結婚式前ってね、理由もなく不安になったりするし、悩んだりもするの、準備に追われて思うようにいかなくてイライラしたりするから余計に。さらにジュリは少し前まで身を削るような想いで物作りをしてたわ。見かけ以上にジュリは食べるから皆勘違いしているけれど、食べたからって疲労は消えてくれないのよ。人一倍の疲労を抱えたジュリがそう簡単に回復しているわけないでしょう。浮かれすぎだわ、グレイセル」

 え?

 いま、なんと?

 グレイが浮かれてる?

 その疑問を解消しようと視線を向ければ。

 えっ?

 グレイが赤面してる!!

 そしてリンファは非常に冷めた目でグレイを見てる。

 何この状況。


「う……その、仕方ないだろう」

「仕方ない? 喧嘩売ってるのグレイセル。あなたがちゃんとコントロールしないとジュリは自由過ぎて暴走することはとっくに知ってるでしょう、それを分かってて結婚するあなたの責任よ、ジュリはぶっ倒れるまで体調不良に気づかない鈍感体質なんだからちゃんとあなたが管理して。なんのためにジュリのストーカー夫になるのよ、こういう時にそのストーカー力を発揮しないでいつ使うつもり?」

「いや、あの」

「あなたが結婚式を指折り数えてソワソワしてる姿なんて可愛くもなんともないわよ、ただただ鬱陶しいからね。浮かれてジュリの不調に気づかないとかあり得ない、ジュリがいないと死んじゃうくせに何なのよその体たらくは。ジュリはジュリであなたにとことん甘いからこのあとあなたのこと慰めるのが目に見えるわ、そして『まあこんな事もあるよね!』で済ませるのよ、おおらかを通り越してもはや投げやり。そのあと二人で笑ってる姿が見えるわ」

 ……グレイが喋らせてもらえない。そして私達めっちゃディスられてる。

 リンファ、恐い……。


 がっつり説教をしたあとリンファはよく効くからと解熱ポーション (スポーツドリンク風:美味)を数本置いて帰って行った。

 これでもかとディスられたグレイはリンファの気配がしなくなった途端顔を両手で覆い天を仰いだ。

「………強い」

 あ、うん、リンファを最もよく表現している一言だね。

 それにしてもね。

 あれですよ、気になるのは。

「浮かれてるんだ?」

「ん?!」

「楽しみ?」

 熱で思考が鈍っているけれど今考えることは目の前の男のことだけでいい。

「……待ち望んでいたから、楽しみに決まっている」

 珍しく照れ隠しなのか顔を手で拭う仕草をする。

「楽しみだね」

 私がそういえば落ち着きのなかったその手が止まり、ゆっくりと私に向かってきた。頬を撫で、頭を撫で、そして額に乗せられた。

「そうだな。ゆっくり休んでくれ、結婚式のためにも」

「うん、そうする。グレイは大丈夫?」

「『中間』になったからな、全くもって健康体だ」

 少し冷たく感じるグレイの手が心地よくて私は目を閉じる。

「その『中間』って、もう少し表現どうにかならないのかな?」

「サフォーニ様も『中間』と仰るからそれが一番いいんじゃないか?」

「うーん、………そう?」

「……寝ていいんだぞ?」

「うん、少し、寝ようかな」

 眠気か熱のせいか、朦朧とする意識。

 だんだんと意識が遠のいて。

 グレイの手が額から離れた。その代わり冷たいタオルが載せられて。

「寒くないか?」

「ん、大丈夫……」

 意識が落ちる時、グレイの指が頬を撫でていたような気がした。














 結局一日で熱は下がったけれど大事を取ってもう一日休ませてもらったら体が軽くてびっくり。

 気づかないだけで私は相当疲れていたらしい。

 フィンやキリアから『立ち仕事はあと数日ダメ!』と言われ、朝礼と昨日製作を担当した人たちの完成品のチェックと今日の製作内容の確認をしたあとは久し振りにグレイの事務のお手伝い。

 お手伝いも何も基本私の知識を基にしてうちの店は経営しているので、グレイとローツさんだけじゃなくロビンたち会計士さんたちからも質問攻めにあう。

 ……事務のお手伝いってうちの場合、納品書を日付順に並べたりファイリングしたり、単調で簡単なことばかりなんだけどなぁ。

 なんで雇用契約書の束を手に更新時期の近づいた人達の給金見直しとその計算をしながらグレイとは結婚式の事で打ち合わせし、ローツさんとは乗り合い馬車の一部コースで利用客が増えたので本数を増やすかどうかを話し合い、ロビンたち会計士さんとは書類をただ束ねるのではなく保存に便利なファイルを今度開発するからその大きさや厚みについて希望を聞いたりほかにも便利な文房具があるから開発するんだけどどういうものなのか気になるらしくてその説明させられたり開発優先順位を決めたり。


 これ、普通にものつくりしてるほうがいいんじゃなかろうか?

 おかしい、楽をするために今日はお手伝いのはずなのに。


「なんでそんなに忙しくしてるのよ」

「それは私が聞きたい」

 キリアに失笑された。


 でも心も体も調子がいい。

 なので

 問題なし。

「気をつけなさいよ!! 次倒れたらあんたグレイセル様に監禁されると思うから仕事にならない!!」

 キリアが恐いこと言うんですけど。と思ってグレイの方を見たらすっごい笑顔でした。あ、マジで監禁コース? 体調管理、大事ですね。簡単に問題なしとか言ってはダメみたいです。


 最近のちょっと情緒不安定な私は不安に恐怖にとストレスの原因になる感情だらけだった。


 でもほんの少しの休息で安定したと思う。


 やっぱり休むって大事よね。


 休んで元気になったから。


 さあ、やりますよ!!


「元気になったなら今晩」

「しないよ」

 ちょっとは気遣え婚約者。

「ちょっとくらいは」

「そう言ってちょっとで終わった事がない」


 凹んでないで仕事しなさい。









ジュリの息抜き(?)回でした。

監禁されないためにも体調管理しっかりしてもらいたいです。


そしてここまで読んで頂きありがとうございます。

続きが気になる、好みのジャンルだと思って頂けましたら、感想、イイネ、とそして☆をポチッとしてくださると嬉しいです!

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― 新着の感想 ―
[良い点]  リンファが強いのは勿論、ジュリやグレイの心身についてよく分かっている感じなのは流石名医!って思います。
[一言] 無理したらナイナイされちゃう( ˘ω˘ )
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