21 * この先に残るもの
ジュリ復活!!
文字多めです。
「おかえり」
「ただいま」
ククマットはお祭りさながらの賑わいを見せた。
ククマット領とクノーマス領から精鋭としてフォンロン国に入国した人たちは最前線に出たにも関わらず誰一人欠けることなく無事に帰還。
「それと、お疲れ様」
「ああ」
グレイたちが帰ってきたのは『覇王』討伐成功から六日後、少なくともグレイはすぐに転移で帰ってくるだろうと思っていた人たちは何かあったのだろうかと一抹の不安を抱えていたので、元気な姿を見せたときは歓声が上がったほど。その状況に一緒に帰ってきたルビンさんたち数人の自警団幹部がオロオロしていたのにはちょっと笑ってしまった。
それでもお祭り騒ぎのような雰囲気は、彼らの帰還後すぐに収まった。
ククマット領とクノーマス領からは死者は出なかったものの、少なからずの死者は多方面に出ていた。私の護衛として滞在していたバミス法国の大枢機卿アベルさんはグレイに会うやいなやものの数分会話しただけでそのまま帰国している。
バミス法国の代表として最前線に出ていた枢機卿の一人が亡くなったらしい。アベルさんだけじゃなく、今回協力してくれた人たちも今後のフォンロン国の動向を知るため、対応のために次々とククマットから人を引き上げさせている。
慌ただしさとお祝いムードがごちゃまぜのククマットは、領主の無事の帰還によってようやく平穏を取り戻そうとしていた。
屋敷に戻り二人きり。
話したいことが沢山ある。
聞きたいことが沢山ある。
それでも今は、それよりも。
両手で互いに互いの体をきつく抱きしめる。
一週間以上離れて過ごすのはこれが初めてだった。お互いそのことに気づいて、一緒にいることが当たり前過ぎて、ぬくもりがいつもあることになんの疑問も感じず過ごしていた事に驚き、そしてとても不安を抱えることになるのだと知った。
「無事で良かった」
「約束しただろう、帰ってくると」
「うん、信じてた」
頬や額を擦り寄せあって、体温と匂いを確かめて、ようやく肩の力が抜けた。
長い長い『覇王』との戦いが終わったのだと、グレイの鼓動を直に聞いたこの瞬間やっと信じることができた。
唇を重ねて、また抱き合って、互いに笑顔が溢れた。
本当に、良かった。
先に帰還したケイティから『その瞬間』に至るまでの話とその直後の話を含めてグレイが帰ってくるまで沢山聞かせて貰えた。そこにグレイが見聞きしたこと感じたことを補足するように教えてもらい私の率直な意見は『怖い』に尽きる。
『覇王』の誕生にはハルトが関係していることは何となく、漠然と感じていたけれど、それが本当にしかもハルトの感情に左右されての事だったと聞かされると引き金のあまりの緩さにゾッとする。人間一人の感情が、神様にそのまま伝わってそして返ってくる。この世界がいかに神様によって操られているのか嫌というほど思い知らされる。
【神の守護】。
私も持っている。
グレイがフォンロンに入国する前に今後調査してみるべきだと言ってきた事を思い出す。なんでこのタイミング? と疑問を持ったけれどこうして『覇王』討伐後に落ち着いて考えてみると確かに必要な事かもしれないと納得した。
ハルトがフォンロン国を見限ったのはルフィナの親族にまでその手が及んでしまったから。
ルフィナとハルトが養子に迎えようと検討していた女の子が亡くなったのがきっかけかもしれないと本人が語った話を聞かされて、二人、特にルフィナの悲しみと苦しみと憎しみがハルトを揺さぶったことは想像に難くない。
ルフィナの感情を受け止め、共に心を痛めて悲しみ、苦しみ、そして『憎む』。
憎しみがハルトからハルトを守護する【全の神】へ。
その憎しみが形となったのが『覇王』。
これがもし私なら?
グレイに直結するなら?
きっと私の【選択の自由】はハルトのような国一つを脅かす力はない。それでも、もし。
グレイが誰かのせいで傷ついたり、苦しんだら。
私の感情はどう変化して、【選択の自由】にどう影響するんだろう。
今までは私への危害や妨害が発動のトリガーだと思っていた。それを防げば【選択の自由】は発動しないのだと。そしてグレイが与えられた【スキル】と【称号】は私の発動してほしくないという気持ちを考慮された部分が大きい。
でも、あくまでそれは『私』という対象で考えた場合であって、グレイだった場合は含まれていない。
ハルトがルフィナを想って何かを見限る、見捨てる、そして負の感情を募らせたことが『覇王』を誕生させるギリギリを何とか踏みとどまっていた神様の慈悲を無下にする切っ掛けになったなら。
私でも起こりうる。
ハルトは今回『覇王』の誕生と、直後の攻撃を止められなかった。
それは神様が、【全の神】が、止めなかったから。
必要な裁きだと判断したから。
もしも私がグレイを傷つける、苦しめる何かに気付いたら、知ったら。
その感情は決して綺麗なものじゃない。
トリガーとなる感情だと確信が持てた。
「何を考えているかわからないが」
「ん?」
「ジュリが悩む必要はない」
「何を考えてるか分からないとか言う割にはやけに限定的な言葉よね?」
「凡その見当はついているからな」
「それは分からないとは言わないでしょ」
「分からないだろう、細かな思考など」
「分かったら怖いわよ、普通」
「だからわからない。凡そとしか言えない」
「……この不毛なやり取り、久し振りだよね」
「そうだな、一か月以上はそれどころではなかったからな」
「……うん、とりあえず」
「ん?」
「やめとく、悩むのは」
「そうしてくれ」
グレイの胸に頬を寄せ目を閉じる。グレイの腕が体を包み込んでくれるために私の背中と腰に添えられた。
今日一日くらいは、こうしていてもいいよね。
今悩んでも仕方ない。
とにかく無事に帰ってきた事を、喜ぼう。
フォンロン国の被害の全容が分かるまで数ヶ月、というのがグレイの見立てだった。
「ハルトが確認しただけでも国土の四分の一が何らかの被害を受けた」
「え、ちょっと待って、フォンロン国ってバールスレイド皇国、バミス法国の次に国土広いよね? なのに一回の攻撃で?」
「……ああ。ただ、な。そもそも、あれは攻撃だったのか疑わしい」
「は?」
「咆哮と羽ばたきだぞ? それを攻撃と言うべきかどうか私としては迷っている所だ。威嚇で咆哮する魔物や動物がいるだろう、それはあくまで威嚇で攻撃ではないし、あの羽ばたきと思っているものだって鳥類が羽根を整える時にする動作と同じだったかもしれない」
「いや、それ、攻撃じゃなかったとして、本当に攻撃されてたら四分の一どころじゃなかったんじゃ……」
「これは私の一個人の意見だぞ? そういう前提ありきで言わせてもらうが、もしあの『覇王』が攻撃をしていたなら、王宮のある首都まで軽く届いて首都は壊滅、更にその先北部まで甚大な被害を出していたと思っている。かつて誕生してしまった『覇王』は一日で国を滅ぼしたと言われているが……あくまで伝承に過ぎず事実に基づいた詳細は残っていないから果たして参考にしていいかどうか迷う所だが、あえて比較してみると、当時誕生した『覇王』と今回の『覇王』では力も能力も格段の差があったのではと思っている」
「その理由というか、根拠って?」
「誕生させる最たる要因の【彼方からの使い】を守護する神の序列や力に大きく影響しているはずだ。【至高神:全の神ライブライト】様が守護の対象とした人間は存在しなかった。かつての『覇王』は最も強くても最高位である四大神のサフォーニ様やセラスーン様たちによるものだったとすると、さらに上の、唯一無二の至高神であるライブライト様なら如何様にも操れた……つまり、弱体化含めて『覇王』そのものを小さくしたり、能力を変化させることが可能ではないかと思っている。そして今回はライブライト様による『覇王』、誰にも操れなかったのは必然だ」
グレイさんや、淡々と言ってるけども。
それ、非常に怖いですよ。
「だからハルトが【スキル:時間停止】に拘ったのだと思っている。ハルトなら今私が言ったことは初期の段階で想定していたはずだ。想定したがそれを解決する手段がどうしても見つからなかった。そして恐らく攻撃も防御もあまり効果がないだろう、と。だから『覇王』の動きを止めるしかなかった。ただ止めるのではなく、『覇王』そのものの時間を奪い完全に無防備にするために」
「と、なると。やっぱりグレイたちが行って正解だったんだ?」
「そういうことだ。ハルトは複数の【スキル】を同時に使用可能だが、魔力の消費量と速度が尋常ではない【時間停止】は同時使用が不可能なものの一つらしい。そしてマイケルによる世界最高峰の多重結界、ケイティによる攻撃を相殺するための一撃、二人がいてくれたことによってかろうじて結界が残った。大量の魔法付与品が配られていたことを含めて、それらがなければ全滅していた可能性がある。つまり、色々な条件と状況が重なって、『覇王』の討伐が成功、最前線とは思えぬ多くの生存者を出したと思う」
……。
………。
…………。
つまり、その状況でなければ、グレイも生き残れなかった?!
「ああ、それについては……」
なに? 急にグレイが微妙な顔して目をそらしたわ。
「まあ、あとから聞かされたことだから結果論としか言いようがなく、私としてもどう受け止めるべきか未だに悩んでいるのだが」
なんだろう、その嫌な言い回し。
「サフォーニ様に、体や魂を再生してもらった話をケイティからされているか?」
「あ!!」
そうだ!!
この男、なんだかとんでもない事になったらしくて!!
「いや、先に言うが『神器』にはなっていない」
「……ん?」
「ただ、な」
「え、なに」
「……中間になったと」
「なにが」
「人間と『神器』の中間」
「中間」
「一時的にサフォーニ様が想定以上の魔力の増加と暴走を制御するため私の体に干渉したことで『神器』になりかけたらしいのだが、死にかけて体だけでなく魂の損傷までしたために中途半端な状態で『神器』化が止まったらしい。その状態で私の再生をしてくださったのだが」
「のだが」
「……ゆえに中間になったと」
「その、ゆえに中間が分からない」
「私もわからない」
スンとした顔になってしまった。
「中間というのは、前例がないそうだ」
出た! 『なんかよくわからないけど規格外なグレイセル・クノーマス』的なヤツ!!
「ハルトと違い『神器』化するには脆弱で不安定、という話だ。なので例えばサフォーニ様が私の体を使って力を使うにしてもその時間や能力が著しく制限され低下する、らしい。ただ、ざっと確認しただけだがハルトのように余程のことでは死なない体にはなったようだと。故に『中間』と言われた」
そもそもの話、『神器』が何なのかよくわからない私に理解できるはずがない。
婚約者、恐るべし。
だんだん規格外では済まない感じになってきてる。
でも。
「……まあ、グレイだからね」
「ちょっとまて、なんだそれは」
「ほら、グレイってハルトとかマイケルとそんなに変わらないでしょ、ちょっとおかしい所とか」
「待て待て、おかしいとはどういうことだ?」
「あ、大丈夫、そこを含めて愛してるからね」
「おかしいことを前提にされているのが気に入らない」
「おかしいでしょうが、色々」
「色々?!」
「だーかーらー、色々おかしくてもグレイのことは愛してるから」
ああ。
この不毛な、やりとり。
うーん、しみじみと思う。
幸せだぁ。
「ジュリ! その色々とはなんだ!!」
うるさいわね。
「ほらほら、一ヶ月以上イチャイチャ出来なかったかんだからそんな細かいこと気にしてたら時間の無駄じゃない? 今は無事に帰ってきたこと、一段落ついたこと、またこうしてひっついていられること、喜ばなきゃ」
数日後、その後の対応に追われる中で忙しい合間をぬってハルトがちょっとだけ顔を見せに来た。
ルフィナは落ち着きを取り戻してハルトが帰ってからは保護してもらっていたロビエラム国の王宮を出て二人の家に戻り、既に自身のお店である服屋を再開しているらしい。『私よりも辛い思いをしている人がいる』と気丈に振る舞って笑ってはいるけれど、不安定になり夜泣くこともあるみたい。私達の前にゆっくりのんびり顔を出すのはもう少し先になるとだけ告げて帰っていった。
無理はしてほしくないから、それでいいと思うよとだけ伝えた。心の傷を癒やすのはゆっくりでいいからね。
そして、情報を集め整理して、分かったこと。
想像を絶する被害。
調査が始まったばかりなのに、フォンロン国の国民だけで凡そ十万に届く死者が。これからもっと増えるだろうと。
志願兵を含めた各国の支援でフォンロン国に入国した人たちも、最前線、後方支援合わせて三千名の死亡が確認された。
情報の錯綜から避難が遅れた人たちはもちろん、避難先となった街も数か所跡形もなく消し飛び、想定よりも遥かに『覇王』の攻撃が届いた範囲が広かった。
発生地である中央部と北部にまたがるゴアヤムのダンジョンがある山々は吹き飛び、その周辺五キロは深さ数メートルから数十メートルの亀裂が無数に形成され、たとえ有害な魔素が消えても人が住めるようななだらかな土地はほぼ皆無という。
そしてその吹き飛んだ山々の後方、南部に向かって出来たのは巨大な渓谷。グレイの【スキル:一刀両断*グレイセルのオリジナル】は『覇王』を文字通り真っ二つにしただけでなく大地を引き裂くことになった。
その渓谷に崩れ落ちた『覇王』。すでに本体は跡形もなく消え去ったにも関わらず強烈な有害魔素を撒き散らす渓谷となり、大気に漂う魔素は黒く視界を遮り渓谷の全容を知ることを不可能にしている。
南部と中央に広大にまたがるその黒い大地は今後数十年、生命を拒む死の土地と成り果てた。
そして。
その広大な死の土地は、後にフォンロン国を分断することになる。
中央と北部はフォンロン国として残るけれど、南部は隣接する南方小国群帯に属する複数の国によって併合又は新しい自治区へとさらに細分化され、『フォンロン国南部』は消え去る。
その理由として。
王家の継承権を巡り『覇王』討伐から一年を待たずフォンロン国は荒れる。
現王の退位を望む声が高まり、レイジン王弟殿下を国王にという声が比例して聞かれるようになり、ある時国王がまだ未成年の王太子への譲位宣言をしてしまう。それによって復興に着手したばかりの国内は王太子派と王弟派に国が二分する事態を招き復興の遅れを引き起こす。それは各国の持続的な支援にも影響を及ぼし、南部の多くの人々は王位を巡る争いを嫌い、独自の行政立ち上げに着手、国の分断の流れを加速させる。
一方、中央から北部はフォンロン国は残るものの、凡そ二十年後に現王家は長い歴史から名を消すことになる。
王家に代わりその代表となるのがイチトア家で、【彼方からの使い】ヤナ様と宰相スジャル・イチトアの長男が初代『フォンロン国首長』として国を牽引する。
誤解のないように先に言うと、イチトア家は王家を裏切るでもなく、見限るでもなく、分断され国力が著しく低下し、復興という枷を背負った王家を最後まで支える。
ではなぜ、フォンロン王家は滅んだのか。
「当時の国王ではあれだけの被害を出した国を導くことは不可能だった。国王は己の弱さを認め、レイジン王弟殿下を暫定王として据え、王太子を王弟殿下やイチトア殿に任せ教育しなくてはならなかった。だが、王としてのプライドか、それとも他の何か理由があったのか私にはわからないが……それを拒んだ事で再び内政が荒れる切っ掛けを作ってしまった。復興も思うように進まぬ中でその騒ぎ、国民が王家に不満を募らせるのは当然だ。南部が独自の道を進み復興を進める側で、中央は王権を巡る争いを優先した。だから起きたんだ、度重なる暴動が。そしてそれを鎮圧、統制したのが王家ではなくイチトア家。国王一家が我が身可愛さに逃げ隠れたのに対し、血で血を洗う衝突を余儀なくされながら民衆の憎しみや怒りが入り混じる不満を受け止め続けた。そのせいでイチトア家も少なくない犠牲を出したが決してその責任を民衆はもちろん王家にすら負わせなかった。その強さと正面から受け止めようとする誠実さとでもいうのかな……人々が熱狂し歓迎したのは、何となく私は分かる気がする。あれを無視することは不可能だ、だから王家は自らその歴史を終わらせる必要があった。もし、無理にでも王政にしがみついていたら誰一人生き残れなかったはずだ、それだけフォンロンの人々は『覇王』に囚われその責を問う先を求めていた。個では償えない重すぎる責……それを負うは国、つまり王家以外にはありえなかった」
のちにグレイがそう語る。
『覇王』。
あらゆるものを奪い壊すことを、私達はこれから数十年に渡って身を持って知り、受け止め、そして正しく記憶を残す『業』を負ったのだと思い知らされていく。
こうして、長かった戦いが幕を閉じた。
戦いは終わったけれど、禍根や後悔、苦悩などあらゆる感情をひきずったままに。
これにて覇王編ようやく終わりです!!
長かった、本当に長かったです。
まさかここまでになるとは思いもよらず。
色んな人登場させすぎました、が。ここまでくると反省はしておりません、満足してます(笑)。
今後も覇王編について触れることは度々出てくるかなぁと漠然と思っています、次話も殆どがそれらについて関連していますし。でもハンドメイドするお話ですからね、ジュリが主人公ですからね、すぐそっち方向に戻りますのでご安心ください。
次話から、新章開始です。
あ、途中でちょっとお休みしたりスペシャル挟むかもしれません。あくまで予定です。
その時はお知らせいたします。




