21 * グレイセル、帰還前に《前》
今回はグレイセルの語り。
長くなったので今回は前、次回は後に分けました。
フォンロン国の首都は人で溢れ混沌としていた。
『覇王』のたった一度の攻撃は首都はもちろん北部にまで被害を出している。フォンロン全体を激しく揺らし、至るところ地形が変わり、亀裂に飲まれるように落ちた者、隆起し跳ね上げられた者も少なくないという。建物の大半が何らかの損傷をし、下敷きになり奪われた命も多いと報告が来ている。
あの不気味な黒い物体は首都のすぐ近くにも複数届いていた。数日で自然消滅するといわれているが、有害な魔素を撒き散らしており、近くにいた者たちで既に体調不良を訴える者も出てきた。その物体は高さ三メートルにもなる塊で、落ちた場所は円形に陥没し、その落下衝撃で命を落としたものが数百名に及んだと言う。それが数カ所、これだけでおそらくこの首都近辺だけで数千人は命を落としているだろう。
「皆無事で良かったよ」
私の声がけにルビンがわずかに頷いた。
「我々はグレイセル様の指示で早くに後方に退いていましたのでお陰様で誰一人欠けることなくククマットに帰れます」
「各国の被害は分かっているか? フォンロンのはいい、凡その被害を把握するだけでも数か月かかるだろう。最前線はどうなった? マイケルからは防御に長けている者は生き残れたと聞いているが」
「少なからずの死亡が確認されています。バールスレイドのセイレック様も部下を庇い腕と肋骨を骨折されたようですがあちらは最高クラスのポーションを豊富に携えておりましたので、既に全員回復されたようです」
「流石だな、バールスレイドは死者を出さなかったか」
「はい。防御に特化した魔導師中心で今回挑んだことが功を奏したようです。一方バミス法国も魔力の多い魔導師中心ではあったものの、最前線にいた精鋭隊だけで三名の死者を。後方予備軍に至っては半数が命を落としたと報告が。各国の詳細な被害は現在調査を命じていますのでしばらくお待ちを」
「分かった」
「それと」
ルビンが言い淀む。
「……ネルビア首長国のビルダ将軍が、意識不明の重体です」
自然と足が止まった。振り向きルビンの顔を見れば眉間に深くシワを刻み込んでいた。
「セイレックのところへ行ってくれるか? 上級ポーション……いや、特級があるならそれを貰って来てくれ、事情は後日私から話すと言えば大丈夫だ。将軍の回復を最優先にルビンは動いてくれ」
「!! 良いの、ですか?」
「ネルビアは敵国、剣を交えるか、不干渉、それがベイフェルア国だといいたいのだろう? 気にするな、この非常事態でそれを持ち出すバカはいないしジュリの作った物と一緒だ、互いに他国の為に危険を冒してここへ来た者として手を差し伸べることを躊躇う必要はないだろう。それに元々、互いに恨み辛みがあるわけでもなく、そこが戦場だとしても縁がある方だ。あの方に死なれては困るんだよ、ネルビアの名将が一人いなくなっただけで図に乗るバカがベイフェルアには多すぎる。手段は選ばん、なんとしても生かせ。それでもダメなら今回私達以外のことには関与しないと言っているマイケルを説得する。……頼んだぞ」
「御意」
先にフォンロン王宮に入っていたマイケルと再び合流する頃にはすでに日は落ち空一面闇と星が支配していた。
王城門で並んで歩き出して直ぐにマイケルは非常にわざとらしく『あーあ』と声を出す。
「何だ?」
「早く帰りたいなぁ、と」
「帰ればいいじゃないか。ケイティなんて今頃欠けた爪を整えて貰って新しいネイルアートを施してもらってるぞ」
そう、ケイティは私達の無事を確認するとさっさと帰ったらしい。『爪が欠けたって大騒ぎしてたぞ』とハルトが遠い目をしていた。
まあ、彼女のことだ。シイやロディムは父達への報告が優先でロクに話もできないだろうから、代わりにジュリに事の顛末を語ってくれたり手薄になっているククマットの心配をしてくれているはずだ。爪を磨いてもらいながら。
「僕がテルムス公国の代表の一人として入国してること忘れてない?」
「……ああ、そうだった。帰るわけにはいかないな」
「そういうこと」
私がルビンと話していた間にマイケルはざっと城内を見て回ったらしいが、城の外のように混沌としているらしい。
「ひどい有様だよ、もう見てらんないよ」
「混乱しているなら仕方ない……」
「ハルト暗殺未遂やそれに関連する全ての首謀者であるエイワース伯爵とミライド王弟殿下への罪状がどうのこうのと言い出して」
「誰が」
「そんなこと今言っても責められない人なんて一人しかいないよ」
「……国王陛下か」
「他にやることあるだろ!!ってレイジン殿下に怒鳴られてるところに遭遇しちゃってさぁ。宰相のスジャルと大臣たちが二人の一触即発の仲裁に入ろうとしたら王妃が出てきちゃって、二人が喧嘩するなら自分が責を負うから指揮を執るとか言い出して」
「なんでそうなる」
「いやもうホントに。責任感が強いのは長所だけど彼女には決定権や任命権とか、出産直後で公務を全て休んでるから一切の権限が許されていない。それなのに色々ありすぎて興奮しているのか口出ししてきて、挙げ句周りがそれに乗っかっちゃって」
「……だからなんでそうなる」
「不安なんだろうね。国王の意見がコロコロ変わって浮ついてて、頼りの綱だったはずのミライド王弟はハルト排斥に動いた首謀者として今は地下牢に、レイジン王弟は今更デキる男と分かったところで『【彼方からの使い】の国有化』発言で議会を引っ掻き回した前科があるから信用しきれず頼るわけにもいかず。王妃に縋りたい気持ちが分からなくもないけど、彼女は今まで大きな事業や緊急事態で指揮を執ることはもちろん関わってこなかったからね、今回の指揮なんて無理だよ、半日持たないさ」
そしてたどり着いた広間。
一体、どういう状況だろうか。
玉座に国王がいない。
隣にある王妃の席も不在で。
この広間の中で一番高いところだけ、ポッカリと空いている。
スジャル・イチトア殿と十数人の大臣たちが会話をしては大声で指示を出してそれに従う部下や王宮勤めの者たちが速やかに動く。あちこちから大きな声や時には怒号が飛び交う中、ようやく見つけた。
国王とレイジン殿下と、王妃殿下。三人は深刻な顔をして何やら話し込んでいる。そのそばには険しい顔をしたヤナ殿が控え、さらに護衛と思われる数名が囲うようにいた。
私とマイケルの気配を察したのかヤナ殿がこちらを見た。そしてそっとその輪を抜けると真っ直ぐこちらに向かってきた。
「何かあった?」
マイケルの問に、彼女は、何故か泣きそうな顔をして。
「……持ってたの」
「え?」
「あのバカッ、スジャルの親友が持つはずだった魔法付与されたペンダント持ってたのっ」
「え、っと? どういうことだい?」
「あなた達と最前線に出てたこの国の騎士団総長がクノーマス伯爵から直接貰ったはずのっ、ペンダントを、国王が持ってたっ……」
私とマイケルは顔を見合わせた。マイケルは、口元を手で覆う。
「今、どんな思いで、スジャルがあそこで国王の代わりに……死体も残らなかったって聞いたのがついさっきよ、それでも、あそこで必死に国のために、親友の死を嘆くことすら許されないでっ! どんな思いで……」
マイケルが咄嗟に、彼女を抱き寄せた。
「ヤナ」
「伯爵が、せっかく最前線の人たちが一人でも多く、生き残れるようにって、くれたのにっ! なんで、それをあいつはっ……玉座に座ってるだけのくせにっ、付与されたものなんて本当は必要ないくせにっ、人から奪って、守られてここにいるだけなのにっ、何のための魔法付与よ!!」
「ヤナ、今は喋らないで。ここを出よう」
震えている。それは悲しみか、怒りか。
そのどちらもか。
マイケルが彼女を抱えるように広間を足早に出て数歩。堰を切ったように彼女が泣き出した。
大声で、叫ぶように。
マイケルに頭を抱えられてその声はくぐもっていたけれど、明らかに悲痛な叫びだった。
友の死の知らせに、スジャル・イチトア殿は数分、ただ体を震わせ、沈黙していたという。
深呼吸をして、一言『行ってくる』と告げ、あの広間に向かったと。
この国の騎士団のトップである総長には私から直接五つ渡していた。この国の今後の治安と統制に騎士団は必ず必要だ、そして人を動かすことに才を発揮する人だった。復興に必ず必要とされる存在だった。生き残って貰わなくてはならない人だった。
「……総長は現場にずっといたわけではなかったのか?」
「少なくとも三回、僕の把握しているだけで何度か魔導師の転移であの場を離れていたね。おそらく定期的に直接国王に現場の状況を報告していたんじゃないかな」
「では、その報告時に私が渡した付与品のことも話したということか」
「ええ」
ひとしきり泣いて、少し落ち着いたのかマイケルの胸に埋めていた顔をあげた彼女は『ありがとう、落ち着いたわ』と小さくマイケルに呟いてそっと離れる。
「おかしいと思ったの。伯爵からの国王本人への献上品とは違う付与品だったから。それをどこで手に入れたのか聞いたら一瞬目が泳いでね。私には嘘は通用しないから……。『素晴らしい良いものを貰ったな』と言ったらくれたんだって」
軽蔑の眼差しだった。
ここにはいない人物を思い浮かべたその眼差しには、憎しみすら滲んている。
「国王がそういえば誰だって差し出すわよ、それを一度の遠慮も見せず受け取ったそうよ、今から死ぬかも知れないって人間から純粋な好意と疑わず受け取ったのよっ」
そして、ヤナ殿は私に手を突き出して来た。
「返すわ」
「!!」
私とマイケルは驚愕する。
ヤナ殿が手を開いたそこには、ジュリとキリアが丹精込めて、寝る間も惜しんで作ったパーツが、国境を越えて付与に協力してくれた魔導師たちの想いが込められたパーツが三つあった。
「嘘だろ、三つも?!」
マイケルの声が、震えていた。
「信じられないでしょう? 副総長が教えてくれたわ、伯爵から貰ってすぐ、自分ともうひとりの副総長に一つずつくれたって。三人で、生き延びて笑おうって言ってくれたって」
「ちょっと、待ちなよ、え? グレイセルは総長に五つ渡したんだよね?!」
「ああ、確かに、渡した……つまり、騎士団総長は、付与品を一つも身に着けていなかった……?」
「ええ」
ヤナ殿は、広間の扉を睨んだ。
すっかり赤くなった、涙が再び溢れ出したその目で。
「あいつはね、差し出された付与品をなんの躊躇いもなく三つ全部そのままその場で自分の首にかけたそうよ。満足そうに笑ったらしいわ、『そなたの忠誠心に感謝する』って言いながらね。それを見ていた騎士が教えてくれたの。不敬罪で自分が処刑されてでもあの時止めていれば良かったって。……滑稽よ、伯爵から献上された付与品のブレスレットやネックレスを今も複数ぶら下げてるの、あいつだけよ、そんなことしてるの」
ヤナ殿の握り拳が、震えていた。
涙も拭かず、彼女は扉を睨む。
私達が『覇王』と対峙するその裏で。
この国の中枢では綻びが出来ていた。




