21 * 挑む者たち、その時。
感想、評価、誤字報告などいつもありがとうございます。
今回は複数人の語り。
文字数多いです。
……… ――― 最前線:マイケルの語り―――
数キロメートルに渡って吹き飛ばされ元の形が完全に失われた山が連なっていた筈のそこに現れた。
禍々しい黒い何か。
こんなにも離れているはずなのに、はっきりとその何かが膨れるようにして姿を現す。
「うっ……」
誰ともなしにうめき声を上げた。
どろり、ぼた。
そんな音がしそうな、粘着質で重たそうな赤黒い物が剥がれ落ち地面に落ちるその様に、自然と身震いが起きる。
剥がれ落ちたそれは山肌を同じ色に染め、発生時の爆発からかろうじて原型を留めていた周囲を覆い始めた。
「ちっ、まだ、【スキル】を受け付けねぇか」
ハルトが舌打ちしてそう吐き捨てる。
「ダメか」
「ああ……本当の姿を現さないとダメってことか。その面拝めってことかよ、ライブライトさんよ」
禍々しいそれが、空に向かって何か形になろうとしながら膨らんでいく。
「な、なに、あれ」
粗方強制的に避難誘導を終え戻ってきたケイティの声が震えていた。そして僕は反射的に振り向き彼女の肩を掴む。
「ケイティ、君は直様ここから離脱して。転移で出来るだけ遠くへ」
「えっ」
「セイレックも、ロディムも皆に伝えて!! 直ちに退避中の最後尾まで下がれと! そこで全力で防御結界を!! さっきの比じゃないのが来る!ありったけのポーションを飲んで魔力を全回復させて直ぐに退避と!」
ぞく。
体を一瞬で覆い、蝕むような得体の知れない何かを感じて、向き直る。
僕の視界が捉えたのは、あの不気味で禍々しいものではなく。
ハルト。
「あ、そういう、こと」
情けない程弱々しい声は少し裏返っていた。
ハルトの周りの空気が揺らぐ。その揺らぎはハルトの体が歪んで見えるほど強く。
ドン!!
そして次いで起こった現象にケイティを庇いその場に咄嗟に蹲り結界を張ることしか出来なかった。後ろにいたセイレック達は、目に見えない暴力的な何かを感じた瞬間には既にその圧倒的な力でその場から吹き飛ばされて。
グレイセルだった。
「お前なぁ……味方吹き飛ばしてどうすんの」
「好きでやったわけではない」
「【スキル】に魔力を全部注ぎ込め、無駄な放出させんな、勿体ねぇ」
「その方法を先に教えてほしかったと思うのは私の我儘か?」
「……ごめん」
ハルトのように、彼の周りが揺らぎ、その中に佇む姿は歪んで見える。
「え、うそでしょ。なんで、なんでグレイセルまで」
体を起こしたケイティは、目の前の現実にそう言葉を投げかけた。
ハルトが守護神であるライブライトに力を与えられたことによって、避けられなかった『神器』化。
人間の体で神の力を受け入れるには相当の負荷がかかるのだが、ハルトはライブライトに力を与えられた時点で至高神の力に耐えうる体に作り変えられた。その体こそ、『神器』という。それでもダイレクトにその力を受け入れられる量は微々たるもの。『神器』化はもって一時間、そしてその後最低一年はその力に耐えうる体に再生するまで『神器』になることは不可能だという。
ハルトしか出来ない、いや、許されていないはずの。
それなのに。
【滅の神:サフォーニ】
グレイセルに許したのか。
己の力を使うことを。
「グレイセルを『神器』にしてしまったのか」
揺らぐ空気は次第に色を帯び、青白い炎のようになっていく。
二つの空気のゆらぎがぶつかり合い、ズン、とぶつかり合う音を出す。
そして、その現実を受け入れた僕の目は、再びあの禍々しい膨れ上がる何かに自然と向いていた。
「そこまでしなければ、ならないのか」
『覇王』とは。
―――最前線後方:セイレックの語り―――
ありったけのポーションを配れるだけ配り、その場にいる全員が一気に飲み干す。
「ケイティ、あなたは転移でここを離脱してください」
「嫌よ」
「しかしマイケルが」
「見たいの、結末を」
それは、底しれぬ不安と恐怖を抱えながらもここにいる誰もが持つ願望だった。
できることならハルト様とグレイセルのすぐ側にいて、全てをこの目に焼き付けたいと今この瞬間でも望んでいる。
しかし。
「さあ、そろそろ、来るわよ!!」
ケイティが叫んだ。
「出し惜しみなしよ! 準備して!!」
数百メートル先にいる必死に逃げる人々を気にしながらも、ケイティは弓を構えた。
私達も制御など頭の中から捨て去り魔力を開放する。
その時。僅かに後方、二つの膨大な魔力を感じ振り向いた。その場に居合わせた数多の視線がその魔力の発生源に注がれた。
公爵令息ロディムと侯爵令嬢シャーメイン。
驚いた。
並ぶ二人の目は、ここにいる誰よりも強く、揺るぎない。
立ち向かうことに躊躇いがないのは若さゆえかそれともハルト様とグレイセルを信じているからか。
「流石です、ロディム様」
「シャーメイン嬢も。防御結界の経験は?」
「数回、エッジ兄様に教わっただけです」
「それなら私の防御結界を内側から押すように展開してくれるか、そうすることで私の防御結界に食い込みムラを埋めてくれる」
「分かりました、やってみます」
「難しくはないから、押し付ける事に集中して。出来るはずだ」
「はい」
防御結界を多重に重ねがけする方法は世に広く知られている。だが、結界を結界で内側から押すなんて方法は私すら知らない事だ。ケイティもその事実に目を見開く。
「あなた、その技術って、公爵家の機密じゃないの?」
「え? そんなことはありません、機密や秘術の類いは厳重に管理されて私はまだその扱いを許されていませんし。これは魔力が多く操作性に長けており防御結界の展開経験があれば出来ます。ムラのある結界を何枚も作るより強度が上がるので……」
そこまで話してロディムは不敵に笑みをこぼした。
「父が喜びそうです、魔法技術はアストハルア公爵家が未だ最先端なのだと」
「流石ですね、公爵家」
隣で無垢な笑みを溢したシャーメイン。
やれやれ、我がバールスレイド魔導院の重鎮達のプライドに見事な傷を付けてくれたものだ。
「あはははは! 頼もしいわねロディム!」
ケイティがそれはそれは愉快そうに笑い再び弓を構え直し前を、『覇王』を視界に収める。
「セイレック、今の聞いたでしょ? 最善を尽くしてくれるわよね?」
「ええ、もちろん。ですが結界についてはリンファ仕込みなのでムラなどありませんけれど。しかし、ここでそんなことで争っても無意味。試してみる価値があるものを避けるなんてことはしませんよ」
「期待してるわ。私の矢でどれくらい攻撃を跳ね返せるかわからない、後ろの人々がどれだけ生き残れるか、あなた達魔導師の結界次第よ……えっわ?! な、なに!!」
「きゃあ?!」
「なんだ?!」
ケイティ、公爵令息、そして侯爵令嬢が同時に叫ぶように困惑した声をあげた。
ビイィィィィ!!!!
三人からけたたましく甲高い耳障りな音が大音量で発せられ、その場の全員が否応なしに目を奪われる。
赤く、点滅する光。
三人が身につける、ジュリの加工した『黄昏』の鱗が本来の色を無視して放つ異常な色。
どう見ても、警告だった。
極限まで高められていたはずの警戒心や恐怖、あらゆる感情がまだ高まるのかと嫌というほど思い知らされる音と点滅。
「ああっ、もう、性能が良すぎるのも問題ね!! 心臓に悪い!」
愚痴を吐き捨てながらケイティが笑った。
「でもこれで、まだ残ってた甘い考えが捨てれたわ。『黄昏』、頼むわよ、ハルトやグレイセルみたいにはなれないけど……私の今の限界を突破してみせなさい」
ブワリと魔力が膨れ上がり、彼女の手元に集まる。
「ケイティ! やめろ!! それでは腕が吹き飛ぶ!!」
私が慌てて止めようと駆け寄るも、彼女は余裕そうに不敵に笑った。
「見て」
「え?」
「後先考えず魔力を放ったら『黄昏』が静かになって安定したわよ。これ、こうやって使うのよ、多分」
「それ、は」
そんなことがあるだろうか。
不気味な点滅と大音量の音がケイティの魔力の解放と反比例して収まってゆく。
人の限界を無視した、命に関わる危険な開放を試みることで安定するなんて。
「ほら、ボケッとしてないで」
「え、あ?」
「頼んだわよ、ここで食い止められるものはなんとかするから。私が取りこぼしたものはよろしくね」
彼女の言葉とほぼ同時。
一体その力はどこから来るのだろう。
「落ち着いて、そう、ゆっくりと」
「はい」
「流石だ、そのまま魔力を流しながら今度は厚みを出すように」
「はい」
若い二人が織りなす結界は、私が張ろうと思っていた結界よりも遥かに分厚く、高密度。
そして二人の『黄昏』も点滅がみるみる収まり、音が小さくなっていく。
「数分、耐えられればいい。伯爵が仰っていた、チャンスは一度と。だから出し惜しみは無しでいこう」
「はい」
優しさの滲む声で語りかける公爵令息と、従順に疑いも不安も感じさせない真っ直ぐな返事を返す侯爵令嬢。
「この二人がホントに結婚するの? 怖すぎ!!」
こんな時に私もケイティのその言葉に素直に同意した。
世の中にはいるのだ。
知らないだけで、見つけていないだけで。
自分の地位や力にいつ何時でも自惚れてはならないと戒めを教えてくれる存在がいる。
「は、はははっ」
自然と笑い声が自分の口から漏れた。
リンファ、土産話が沢山できましたよ。
きっとあなたの喜びそうな、面白がって首を突っ込みたくなるようなとても興味をそそる話が。
そんなことを考えていた。
目が、合った気がした。
『覇王』と。
おぞましい色をした、生理的に決して受け入れることが出来ない不愉快な魔素を撒き散らすソレは、ついに姿を現した。
みるみるうちにドラゴンへと形が近づいてゆく。
その頭はハルト様とグレイセルを先頭に、その後方に展開する我々に向けられていた。
こちらを見ていた。
立ち向かおうとする者たちが集うこちらを見て、嗤ったように見えたのは私の錯覚だろうか。
―――ネルビア首長国ビルダ将軍の語り―――
理解が追いつかない。魔力の異常な膨れを感じる度に暴走されてはたまらないと思うのだが、そのたびに瞬時にその魔力が安定するところに何度も遭遇しては一体何がそうさせているのかと思考を巡らせるだけで精一杯だ。
わけも分からずハルト様のその変化と伯爵の魔力に吹き飛ばされ、その後はマイケル様とケイティ様の魔力に驚かされ。
挙げ句あの若い二人。
聞けば公爵令息と、伯爵の妹である侯爵令嬢だという。
なぜああも容易くあの暴力的な魔力を制御できるのか。あんな開放をしたら普通は暴走し自滅する。
「……『黄昏』を、授かったのか」
ジュリ様。
あの『黄昏』の加工に成功したという。
やはりあの御方は。
正真正銘【技術と知識】を得ている。
我が国の文献にあるのだ。
『黄昏』の加工には【技術と知識】があるか、その恩恵を直に受けているかが条件らしい、と。
そのことを重く受け止めレッツィ様の命令でククマットにいる間者には伯爵やマイケル様達が不在になると同時にジュリ様の警護に当たらせることになった。
その過程でバミス法国の大枢機卿が自らあの方の警護に付いたことにも驚かされたがそれよりも我々を驚愕させたのは。
エルフ。
「何もしなければこちらも何もしませんよ」
私の右腕とも呼べる最も信頼している間者はエルフからそう告げられたという。
態々姿を現して。
「ただし」
余裕の笑みを、絶対美の容姿を持つその者が笑みを浮かべたそうだ。
「ジュリさんが加工しているものに興味を持ち手に入れようとする者がいたなら教えて下さい、始末しますので。ネルビアも国交の問題があるから表立って動けないでしょう? ジュリさんを守ることは出来ても始末まではそう簡単にはいかないでしょうからね。してしまったら後にそのことを持ち出してきて外交の札に使われる可能性もあるでしょうし。その点我々はそういう柵がありませんので。あ、そうそう、エルフが何人かククマットに入っていますがこのことをあなたの国で把握するのは大首長と側近に留めるように。広めたらあなたの祖国は潰します」
エルフの言葉を青ざめながら報告してきた間者に同情してしまった。
何故なら話しかけてきたのがエルフたちの頂点、長だった上にその長と名乗った男? の手には生首が二つ、無造作に髪を掴まれた状態だったらしい。
「これ、土産にどうです? テルムス公国の間者らしいですよ、大公お抱えの間者ではないようですが 《ハンドメイド・ジュリ》に侵入して加工が済んだ『黄昏』を盗もうとしてた事を吐いてくれました、大首長に持っていったら【彼方からの使い】を害そうとした者を始末したと喜びませんかね?」
生首二つを現実離れした魅惑的な誰もが心を奪われそうな美しい顔で満面の笑みを浮かべほしいかと問われた間者は『エルフ、やばいです……関わりたくないです』とだけ、報告後に呟いていた。
ジュリ様はエルフとの交流があるらしい。
恐ろしい方だ。
どの国を後援とするよりも強烈、凶悪な後援と防衛手段を手にしたのだ。
たがそれでいい。
久しく誕生していなかったのだから。
『黄昏』を加工出来る者が。
ハルト様がかつて討伐した『黄昏』。
現時点で公になっているのは。
―――素材として解体された部位全て、誰も加工出来ていない……―――
所有者全員が、素材そのまま手元に置いているだけに留まっている。
かくいう我らの主レッツィ大首長も。
加工出来た者は巨万の富を得るだろう。
想像を、絶するほどの。
しかし。
今現在それが可能なジュリ様が望むわけもなく。そしてなにより、命を削る危険がある。それを、許さぬ者が如何に多いか。
そして。
「やれやれ」
「将軍、どうされました」
「んん? この歳になって悩みが増えると胃が痛くなると思ってな」
謎多き【技術と知識】を持つのは二人。
困ったことにそれを調べたくとも仲が良いのだ、ジュリ様とリンファ様が。
もし、無理に暴こうとすれば間違いなく関わった者がリンファ様の手によって消される。
この世界の発展に必要な【彼方からの使い】。
しかし、その謎の多くは未だ解明されていない。
彼らの力を巡り争う権力が常に存在するせいで。
我々は単に与えられるだけの立場でありながら奪おうとするとは神への冒涜になると何故皆直ぐに忘れるのか。
「忘れるんじゃないよ、欲が深くて理性が直ぐに捨てられるだけさ」
大首長の言葉にストンとその疑問が落ちたのは最近のこと。
人間の欲深さが招いていることなのだ、と。
だからフォンロン国は。
「皮肉なものだな。ハルト様を排除しようとして、国そのものが失われる危機を迎えたのだから。代償としてハルト様に救われ、見捨てられ、助けを乞うにももうそれは許されず。……この国の復興は想像を遥かに超える時間を必要とするだろうな」
「なぜ、ですか?」
部下の問に、肩を竦めてみせた。
「……何故ハルト様がこちら側に陣を取ったと思う?」
「それは、このずっと先にフォンロンの首都があり、そちらを最優先で守るために」
「違うだろうな」
「え?」
「単に、『覇王』が向いているのがこっちだからだ」
「え?……ひっ!!」
ドロリとこぼれ落ちる気味の悪い塊から姿を現した。
その頭はこちらを向いていた。
はっきりと、真っ直ぐ。
「理由は、それだけだ。お前の考えは半分は間違っていない。首都があるからそれを背にしたが、だがハルト様は考えておらんよ、首都を守るなんて。単にあの方は、『覇王』と正面からやり合うためにこちらを背にした。それだけのこと。覇王が首都を狙うのは当然、何故なら、分かるだろう?」
神に愛されし者たちを国有化するという言葉を、国王が真っ向から否定もせず、放置したのだから。
そんなことを悠長に語る余裕は一瞬で奪われた。
そう、奪われた。
棘々しい戦慄を誘うどす黒く所々に不気味な赤褐色の血管ようなものが浮き彫りになった、歪で禍々しいドラゴンは、翼を広げた。
「結界を魔力最大で保て!! あれだけでさっきよりもはるかに―――」
私の声が途切れた。
『覇王』は口を裂けんばかりに開き、その口からあのドロリとしたものを滴らせた。
その光景があまりにも気持ち悪く、恐怖を掻き立てた。
笑ったように見えた。
『さあ、いくぞ、受けてみろ』
そう、言っているように見えた。
―――とある部下の語り―――
それは、『覇王』の咆哮か羽ばたきか、それとも両方か、誰にもわからなかった。
薄い紙を破るように何重にも張られた防御結界がまたたく間に粉々に砕かれ消滅。
たった一度の『覇王』の動作で、かろうじて残った結界の破れた隙間をすり抜けたどす黒く赤黒い筋が走る物体が辺り一帯に穴を開け、炎を立ち上らせ。
無抵抗のまま、なすすべもなく、人が一瞬で死んだ。
逃げ遅れた者たち、欲を出して居残った者たち、必死に逃げ続けていた者たち。
容赦なく、無慈悲に、けれど平等に。
遺体は誰と判別することは不可能だった。
真っ黒く変色し、ボロボロと崩れていくから。
地面に横たわったまま目に映るそんな光景を呆然と眺めた。
もう、おしまいだ。
何もかも。
ここから生き延びることは不可能だ。
そんな絶望に囚われてどれくらいその場に倒れていただろうか。
「……う、あ、うぁぁあっ」
「おお、良かった、生きていたか」
「なんで、そんなっ」
「お前、運が強いんだろうな」
「ビルダ将軍!!!」
生温い何かが自分の体を濡らしている事に気づいて、徐ろに体を動かした。動いたという感動に心を震わせるよりも先に自分の体に流れていたものが赤い液体だと気づいて一瞬で体が強張った。
自分のものではない。体を起こしてドサッという音が聞こえて。
振り向いたそこに将軍がいた。
両足が無かった。
左腕が無かった。
胴体が、おかしな向きにネジ曲がっていた。
「お前は若いからな。生きなきゃ、な」
そう笑って咳き込んで大量の血を吐いた。
抱きかかえ混乱し泣き叫ぶしか出来なかった。
だから。
気づかなかった。
『覇王』の攻撃があのたった一回だったことに。
『覇王編』もうひと踏ん張り。
ハンドメイドから遠ざかっていますが、もう少しお付き合い下さいませ。




