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『ハンドメイド・ジュリ』は今日も大変賑やかです 〜元OLはものづくりで異世界を生き延びます!〜  作者: 斎藤 はるき


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21 * ロディム、知る。

続けてロディム君語ります。

 その瞬間は突然訪れた。


『覇王』誕生の兆候である不気味な黒い靄が立ち込める山の中腹、広大な一帯が突然吹き飛んだ。


 伝承では地震や地鳴り、魔素の乱れもあったとされているのに。


 数キロ先のその爆発によって吹き飛ばされたあらゆる物が私たちの所まで瞬く間に到達した。

 けれど、それよりも驚くことが起こった。

「わお」

「凄いな」

 触れるもの全てを破壊し尽くさんばかりの岩石は、二人の目の前で全てが粉砕し、粉塵を巻き上げる。

「俺の『神器』と変わらねぇじゃん、なにこれ怖い」

 ハルトさんが苦笑してそんなことを言ったらしいが暴風と轟音に阻まれ私達には聞こえなかった。

 ただその光景が理解出来ず私が呆然としている隣でマイケルさんは冷静にその光景を観察している。

「『覇王』直接の攻撃は受けてみないと分からないけど、この程度なら余裕で防げるか」

「……ジュリさんの加工した『黄昏』の付与の効果ですか?」

「そうだね」

 マイケルさんはひどく感心した様子で二人の背を見つめる。

「僕が付与した影響もあるけど、ジュリの【技術と知識】と、セラスーンの加護がね。ここまで【スキル】や【称号】以外の部分、個の性質が物に影響したことは今までなかっただろうし、これからもないかもしれない」

 成程と納得した。確かにジュリさんの能力は私達がよく知る力とは違うものだ、あんな人はそう簡単に現れることはないだろう。

 そして不意にマイケルさんの顔から穏やかさがスッと引いた。

「……マズイな」

「え?」

「これは、『覇王』の気配? ……怒り、憎しみ? 自我のない、破壊を目的とする『覇王』からどうしてこんなに強い感情が」

「ねぇ、マイケル」

 周辺を警戒して巡っていたケイティさんが駆け寄ってきた。

「【スキル】使っていい?」

「えっ?」

「変なのよ、突然。皆急に怖くなったって意気消沈したんだけど逃げ出すかと思えばそうでもないの、ただおろおろするだけで落ち着かないままその場に留まってるわ、変よ」

「まさか」

 マイケルさんは吹き飛んで元の形を失ったずっと向こうを睨んだ。


「『覇王』は、精神攻撃をしているのか」


 恐怖を感じて戦意が喪失しているにもかかわらず逃げ出さないとはどう考えても異常だ。一般の兵士や冒険者はかなり後方で支援を請け負っている者ばかり、そんな彼らがまとめておかしな挙動になり始めた、と。彼らは目や鼻、股間から水分を垂らしながら必死に逃げる姿も見られるがそれは極少数ともケイティさんが教えてくれた。

 そして最前線、私たちがいる周辺でも異変は起きる。

「くうっ……」

 何人かが頭痛や吐き気を訴える。狼狽えたり恐怖に怯えたり逃げ出す者はいないが、明らかな異変にマイケルさんが叫ぶ。

「精神攻撃耐性の弱い者は全員下がれ! 『覇王』だ! なるべく遠くへ! このままここにいたら耐性のないものは餌食になるだけだ!! ケイティ、【スキル】を試してくれるかい?」

「オッケー。やってみるわ」


 彼女は私たちに背を向け、大勢の兵士と冒険者をその目に捉えられるだけ捉えるように目をこらし何度か周囲を隈なく見渡す。直後魔力がブワリと吹き荒れた。【スキル】の発動だ。

「いますぐ撤退!」

 ケイティさんが叫んだその瞬間。

「う? うあぁぁあ?! 体が勝手に!!」

 皆一斉に振り向き全速力で一定方向に走り出した。

 な、なんだ、これは?!

 いたる所悲鳴が上がる。体が勝手に動いているらしい。

「い、今のは?!」

 バールスレイドの重鎮であるセイレック殿は呆気に取られた顔をしてケイティさんに問いかける。

「ん? 【スキル:行動操作*ケイティのオリジナル】。一度に大勢に簡単な命令を下して操作するものなのよ、集団や団体行動をする人たちによく効くっていう謎の【スキル】。使い所がイマイチなくて詳細を確かめられてなかったのよ。ふーん、なるほど、かなりの範囲に効くのね」

 使った本人もよく分からないという【スキル】など私たちはもっと理解出来ないわけで、一瞬微妙な空気が流れ、その場は全員が一様に誤魔化し笑い、顔が引きつっていた。


 ケイティさんはどれくらいの効果があるのか確認も含め、転移で移動を繰り返し【スキル】によってどんどん人を撤退させるためその場をすぐさま離れる。そして最前線に残ったのは百人にも満たない人数だった。

 『覇王』による精神攻撃に耐え、ケイティさんの【スキル】にも耐えられた人間だけが残ったのだろう。この顔ぶれなら国を落とせるだろうと思える傑物たちだけだ。


 そして、状況が目まぐるしく変化をするため、私はそれを何とか理解しようと必死に目で追い混乱して出そうになる情けない声を飲み込むので精いっぱい。何も出来ず、立ち尽くす。


 ビリビリと皮膚に刺さるような、体感したことのない刺激につい両手で顔を拭うと、マイケルさんが心配そうな顔をして私の顔を覗き込む。

「大丈夫かな?」

「はい、すみません」

「強すぎる精神攻撃は物理的にも感じるから辛くなったらすぐ下がって。混乱や不安を煽るものだ、一度強く影響を受けたら危険だから。判断を見誤らないようにね、シャーメインといつでも離脱出来るように」

「大丈夫です」

 私の後ろにいるシャーメイン嬢の手を握りそう答えると、彼女は無言ながらも頷いて私のように大丈夫だと意思表示をした。そんな私達にマイケルさんは穏やかに微笑んだ。


「どっちだ?」

 そして突然始まった会話。私達の視線は二人に自然と向けられた。

「何が?」

「……【意思の同調】と【運命の干渉】」

「なんで急に?」

「これはお前が本気で怒った時に放つ怒気に似ている。気になっていた、ずっと。なぜフォンロンなのか、何故今なのか、何故覇王が誕生したのか。()()()【神の守護】ではないか?」

「察しがいいって時には迷惑」

 ハルトさんが、笑った。

 伯爵が、少し苛立った様子でハルトさんに向き直る。

「フォンロンが、お前に何をした?!」


 え?


「……ルフィナの叔父家族が拉致されてさ、女の子が死んだ。たぶん、あれがきっかけ」

 落ち着いたハルトさんの声が放つ言葉に息を呑んだ。

「!!」

「殺すつもりはなかったらしい。けど、五歳だぜ? 縛られて口塞がれたらパニックにもなるだろ、それで暴れてうるさいからって殴ったって。打ちどころ悪くて死んじゃったって言い訳された」

「聞いてないぞ、そんな」

「ルフィナのことを王宮で預かってもらった矢先のことだ。ルフィナを狙ってることは知ってたんだよ、勿論送り込まれた奴らはみーんな片付けたけど。俺の弱点のルフィナがダメならルフィナの弱点をって考えたらしい」

「ハルト」

「ルフィナの家族のことも王家に密かに守って貰ってたんだけど……俺も甘かった、離れて暮らすルフィナの叔父家族まで巻き込むなんて思ってなかった。ホントに、甘かったよ、他にも俺の不在を狙って色々してきて。で、俺が我慢の限界に達して、それでライブライトが動いた。グレイ正解。これ【神の守護】」

「ハルトッ」

「ロビエラム王宮に刺客を送り込んで来ててさ、俺の名前に傷を付けるために王女や王子まで誘拐や暗殺しようとして……はははっ、殺すつもりがなかったって言ったやつ、俺の顔見て怯えて命乞いしてきたんだぜ? 散々人を殺して来たくせに命を奪われる覚悟なし。そんな奴ら死んで当然だろ」

「ハルト!!」

 笑いながら語るハルトさんを止めるための、そんな叫びだった。

「どうして一言っ、相談してくれなかった」

「言ったところで、何も変わらないから」

「それでも、言ってくれっ」

「グレイ、お前ならそう言うと思ってたよ。俺のために、俺の代わりに怒って動いてくれるんだろうなあって。だからこそ言えなかった」

「どうして!!」

「巻き込みたくなかった。お前も、ジュリも、誰も。フォンロンなんて滅茶苦茶になればいいだろ、俺の日常を滅茶苦茶にしようとしたんだから。……ライブライトの加護を持つ、役割を担う俺を殺そうとしたんだぞ? 神への裏切りだ。冒涜だ。……ライブライトが怒ってる。俺よりも、誰よりも」

 淡々と語られる内容に理解が追いつかない。

「止められなかったんだ、こうなるまで、ライブライトが俺との意思疎通を拒否して、サフォーニやセラスーンにも動いて貰ってもダメでさ。俺なりに足掻いてみた結果がこれ。相談出来るようなことじゃなかった」

「ハルト、それでも、一言……言ってほしかった」


 何の、話を……。


 待って、くれ。


 ハルトさんを、フォンロンが殺そうとしていた。

 あれは、最近のフォンロンの情報の錯綜が原因で出回っていた数多の噂話やデマの一つじゃなかったのか?


「国王と個人的に親しいハルトを邪魔に思っていたフォンロンの有力者は多い」

 淡々とした口調のマイケルさんが説明してくれる。

「ハルトの影響力はね、ロビエラムやテルムスだと好意的に受け入れられる。それは今までのハルトの行動が影響していて。……面白くないんだよ、【彼方からの使い】ヤナがフォンロンに所属し、宰相と結婚し、子供まで生んだのに、いつまでたっても自分達と距離を置き決して馴れ合いをしないことも、ジュリと個人的な取引や交流は全て禁止、フォンロンギルドと国王の許可なくクノーマス家への交渉すら許されないことも。そして僕やケイティへの接触も必ずテルム大公の許可がなければならないことも。……全部、ハルトがそう仕向けたからね」

「!!」

「面白くないんだよ。……何もかも。損得だけでハルトのことを疎ましく思っていた心が、いつの間にか憎悪を孕むようになって、気づけばそんなバカが増えすぎていた」

「な、なん、でそんなことに?!」

「ハルトはね、強すぎる」

「え?」

「大陸総ての軍力をかき集めて、ようやくこの世界の人々に勝ち目があるかどうか……それくらいの力を持っている。怖いだろうね、そんな男が笑って国王にさも世間話でもするように国政に口出ししたら。そのせいで、その瞬間に職を、命を失う人もいるだろうから。……邪魔でしかたないんだよ、きっと」


【彼方からの使い】を殺そうとした。

【英雄剣士】を。

 この魔物蔓延る世界で誰よりも必要な、誰よりも尊いハルトさんを。


「『覇王』の、誕生、は……」

「フォンロンの自業自得、かな」

 冷たい、マイケルさんの声。

「アレに自我はない。でも感じるこの怒りや憎しみは、ハルトと、そして彼に【称号】を授けた神のものなんだろうね」


 そんな、バカな。


 混乱と緊張が入り交じる。


 誕生は、必然だった?


【彼方からの使い】がいるから守られるもの、発展するものがある。いなければ今ある文明が存在しなかった、私たちの人としての生き方を助けるためだけでは、ない?


【彼方からの使い】には他にも役割が?


「覚えておくといい」

 ギクリとした。

「ロディム、僕らってね、『秤の上の重り』なんだよ。僕らが組み込まれ、発展して成り立つ世界。それを取り除くと、どうなるんだろうね? ……人間が無理に排除しようとしたら、何が起こるかな。今目の前で起ころうとしてることが答えだよ。僕らを無理に排除すると秤は傾く。バランスを崩す。神はその均衡を保つために、何をすると思う?」

「え? ……それ、は。秤を、元に戻すために別の重りを乗せて」


「それは間違ってる」


 明確な否定だった。


「何故わざわざ新しく乗せてあげなきゃいけないんだろう? 神が乗せたものを邪魔だと排除した人間のために、神がまた乗せてくれる? 人間のためにそこまでしてやる理由は? 神の慈悲、それを棄てる人間が新しい別の慈悲を貰えるとなぜ思えるんだろう。……秤を均衡に。傾いたなら、もう片方も棄てる。軽くすればいい。そのほうが楽だよ」


 ゾクリとした。

 その考えに至れなかった自分の浅慮に、無知に、そして何より、このままでは取り残されていくのでは、『秤』の軽くする方に自分が含まれるのではと、恐怖した。


 マイケルさんが、微笑んだ。微笑んだ視線は、ハルトさんと伯爵の背中に向けられていた。


「グレイ、終わらせればいいんだよ」

「分かっている。だが、あんまりだ」

「いいんだよ俺は。気にすんな」

「酷なことを。気にするななんて二度と言うな。お前に何かあれば、どれだけの人間が泣くと。……軽々しく、言うな」

「そうかな? お前がそう言うならそうなんだろうな、分かった、もう、言わない」


 二人の男のやり取りを静かに見つめるマイケルさんの瞳はとても優しくて、彼の今語ってくれたことを忘れそうな程で、私は一瞬、ほんの一瞬気が緩んだ。


「【全の神】は、秤を勝手に動かそうとする人間を棄てようとしている。でもそれを止めるのがハルトだ。その事を、フォンロンはどう受け止めるんだろうね」

 その呟きにどう答えたらいいのか分からず言葉を発することができない。それは、手を繋ぐシャーメイン嬢も同じで互いにきつく握りしめたことで理解できた。


「マイケル」

 ハルトさんが振り向いた。

「来るぞ、そろそろだ」

 場違いな、ハルトさんのいつもの呑気な態度。

「ロディム、怪我はするなよ? アストハルア家を敵にはしたくない」

 伯爵もうっすらと笑みを湛え余裕があった。

 そして。

 二人が私たちに背を向け前を見据えるその後ろ姿を見つめると。

「ロディム、君も結界を」

「あ、はい!」

「僕はこの精神攻撃を何とかしてみるよ、少し下がってセイレックたちと合流してくれるかな」

「わかりました、微力ながらお手伝い致します」

「わ、私もがんばります」

 言葉少なに不安な顔をしていたシャーメイン嬢がスッと私の隣に並んでくれた。

 マイケルさんがまた優しく微笑んだ。


「君たちのような若者がいるなら、ベイフェルアもまだまだ大丈夫かな? 今考えることじゃないか、とりあえずは、皆で生き残ろう」


 私はその笑顔に力強く頷いた。












 口には出さないが不安と恐怖で何度も傾いだ心を再び立て直し『覇王』を見据えた。


「……え、なに……」

 か細い声でシャーメイン嬢が握り合う手とは別の手で私の袖をキュッと握る感覚があった。

 私は声にならない声が出るのを咄嗟に飲み込んだ。


 砂煙が落ち着き空気の流れが穏やかさを取り戻すそのずっと向こうにはっきりと見えたのは。


「お出ましだ」


 冷めた伯爵の声に心臓が跳ねそうだった。


「なんとまぁ、如何にも『悪』の象徴って感じ」


 ハルトさんも感情のこもらない平坦な声色だった。


 あれが、『覇王』?














 吹き飛んで元の形を失った山があったそこから得体の知れぬ何かが、ボコ、ボコ、とどす黒く所々に不気味な赤い筋のようなものが走る不定形なソレ、が膨れていく。これだけ離れているのに、一秒一秒時を刻むごとに目に見えて膨れていくのが分かる。


 あれが厄災のドラゴン?


 どこにもその要素はなかった。


 生理的に拒絶する不気味な蠢きと色のそれはそう思った私の考えを一瞬で吹き飛ばした。


 蠢くその物体から突然突出、けれど直ぐに飲み込まれ見えなくなったもの。


 ドラゴン種に見受けられる前足の形をしていた。


 紛れもなくソレは、『覇王』という名を冠した厄災のドラゴンだった。







この頃ジュリは。


「ねえ」

「うん?」

「もの凄い食べっぷりだけど、あんたの胃ってどうなってんの?」

「鋼鉄で出来ているか宇宙に繋がってる」

「冗談に聞こえないから恐いわ」

「キリアも食べる?」

「いらん、あんたと一緒になって食べたら確実に太るよ」


『黄昏』加工期間食べられなかった反動で周囲がドン引きする勢いで食べ物を消化中。

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[一言] グレイが戻ってきたときにジュリさんがプクプクに太ってたら……
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