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『ハンドメイド・ジュリ』は今日も大変賑やかです 〜元OLはものづくりで異世界を生き延びます!〜  作者: 斎藤 はるき


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21 * ロディム、和やかな一時に。

ロディムくんに語って頂きます。

 



「ハルト、そろそろ」

「ん? ああ、そうだな」

 二人は懐から袋を取り出す。

 紐を解いて中を取り出した。

 キラリと太陽の光を浴びて輝いたのは、『黄昏』の鱗だった。


 ざわめきが広がる。

 好奇心が生むものではなく、それは明らかに恐怖から生まれている。


 ジュリさんが手掛けたドラゴン『黄昏』の鱗。加工すら拒むと言われる強烈で膨大な不活性魔素を持つため、その加工にはその魔素に匹敵する魔力を持つ者でなければならないと言われていた。一方で相性も重要とされ、魔力を持っていても加工出来ない者もいれば、逆に触れただけでヒビを入れてしまう者もいる。つまり、非常に扱いが難しい。だからどんなに熟練の魔物素材の加工職人でもそういった理由があって扱えないレアで強力な素材というものが必ず一人一つはあるとされていて、素材加工の職人は店の看板に扱えない素材を書き込んでおくのが常識だ。


 ところが。

 その常識を覆す人間が現れた。

 ジュリさんだ。


「ハルト、気を付けろ」

「ん? ああ、そうだな。普段魔力を意識して抑え込むなんてしねぇからすぐ忘れるな」

「仕方ないな、今回限りだ。()()()()()を身につけることが、度々あってはたまらない」

「ははは! 確かにな」


 魔力を持たない。

 全くないのだ。

 なのに。

『黄昏』はまるで弱い魔物素材のように、加工が誰でも出来てしまう安価でありふれている素材のように、ジュリさんは簡単に加工が出来てしまう。

 そして、なにより。

『共鳴』する。

 少しでも加工をしたらその後は触れるだけでも不活性魔素を引き出してしまう『共鳴』という現象を起こす。それは、魔力の全くないジュリさんにとっては過酷、生命すら脅かす。

 吐き気、頭痛そして目眩と呼吸困難。触っている間、絶え間なく押し寄せる不活性魔素により、それらの症状を引き起こし、時間の経過と共に悪化する。

 加工が終わるまでの約二週間。ジュリさんは食事が取れたのは夜だけだと聞いている。水分もまともに取れなかったらしい。『魔素酔い』が悪化した状態が続き、嘔吐を繰り返したせいだ。唯一、一日一本飲みきれるかどうかの、バールスレイド礼皇リンファ様が作ったポーションのみがジュリさんの生命線だったと聞いたとき、如何にジュリさんが極限の状態で加工していたのかを思い知らされた。


「にしても……ヤバイなこれ。マイケルの魔法付与怖すぎ。ジュリの加工したものとホントにヤバいくらい相性いいんだな」

「笑っていたからな。あの笑顔の時点で曰く付きの代物になっていたことは予想していた」

「曰く付きどころじゃねぇよ、なんだよこれ、勝手に魔力引き上げられて、抑え込むのに苦労するって。こんなん普通の魔導師が着けたら秒で失神するぞ? てか、魔力の暴走起こして死ぬって」

「我々が着けると分かっていたから遠慮しなかっただろうし、なにより……無茶苦茶なことをしてもお前と私なら大丈夫だと根拠のない安心と確信を持って作った気がする。そもそも付与ランクが極大、特大自体初めて身に着けるのになんの説明もなかっただろう。どの程度我々が説明無しで使いこなせるか実験体にしている気がする」

「だよな、俺もそう思う。なんか腹立つ」


 酷いときは、立ち上がれず人に支えられて工房を出入りしている日もあったらしい。

 何度も吐き、体重は一気に落ちたと。元々余計な肉の付いていた人ではない。そのやつれた姿に、伯爵は何度も苦しげに顔を歪めていたと聞いている。

 立ち入りを厳しく制限され実際にその状況を見た者は少なかった。それでも出入りする人々の表情の険しさからジュリさんが命の危険に晒され続けた事は出入りを許されなかった私でも知れた。


 それだけ、人を拒む素材から不活性魔素を引き出したのだ。

 その加工された『黄昏』は、余計な物を抜き取られた、限りなく硬質な、限りなく容量の拡大した器となった。


 魔法付与を請け負った【魔導師】マイケルさんは、その鱗を見て底が見えないと言ったそうだ。

 限界がわからない、器。

 どれ程のものになるのか。

 魔力を流し込もうとしたその時、むりやり引きずり出すように魔力を『黄昏』は吸収を始めたそうだ。意識を保つのがやっとなほど、全てを飲み込むように魔力を無理やり吸収し始めた。魔法付与が終わった瞬間、ハルトさんから無理矢理魔力を貰わなければならない程。


「グレイ、お前も気を付けろよ? さっきからバチバチうるせぇ。本番前に『黄昏』が木っ端微塵とか、ジュリが知ったらキレるって」

「だが……これが限界だ、これ以上抑え込むのは無理だ」

「マジか。外しとけ、ぎりぎりまで」

「外せないな」

「は?」

「試してみろ、自分で。外そうとすると魔力が乱れる。暴走しかねない程に溢れてる魔力だぞ? それが乱れるんだ。外したらロクなことにならないのは目に見えている」

「……えぇぇー、なんだよそれー」

「さっさと魔力も体力も使いきれということだ。もしくは、『黄昏』が木っ端微塵になるだけ限界を突破して『覇王』にぶつけるしかない」

「……『覇王』!! さっさと出てこいー!! 前倒しで出てきやがれ!! このアホみたいな魔力抑え込むの大変なんだぞ!!」


 緊張感の微塵もない会話。

 大陸を恐怖と混乱に貶める存在の発生を前に、場違いな会話をするこの二人の体には、『黄昏』が嵌め込まれた装身具がいくつか着けられている。

 一つの『黄昏』に、一つの魔法付与もしくはそれに準ずるレベルの複合付与。

 普通の人間では耐えられない、体や心が破壊されかねない異常なほど高められた効果が付与された『黄昏』を複数身に纏ってこの余裕。もはや恐ろしい。

【スキル】と【称号】を持つだけでは説明の付かない強靭な肉体と精神。


 まさに、神に愛されし二人だ。


「ひぃっ」

「うわっ?!」

 限界を超えて引き出された溢れる魔力に気圧されて名の知れた冒険者やこの日の為に集まった力ある魔導師や剣士、様々な『力を持つ者たち』は離れた場所にいるにも関わらずさらに後退する。自然と二人の周りは数十メートルにわたって人がいなくなった。

 特に伯爵はマントを羽織り、フードを目深に被ったその下に道化の顔を模した仮面を付けている。その異様な風貌も相まって周囲を萎縮させていた。

 伯爵の変装についてはごく一部の者たちにしか知らされていない。

 隠していても身長や体格、何よりその歩く姿勢や雰囲気でもって伯爵だと気づいている人もいるようだ。

 けれど、それをあえて口にはしない。

 そのことに触れた瞬間、ハルトさんが殺気をだだ漏れにして威嚇するから。

 その様子から察して一様に口を噤むその光景もかなり異様で、緊迫した雰囲気を一層強めている。


 そんなことを考えながらも意識はやはり二人の様子に奪われる。

 それぞれが引き出された力に違いがあるせいかそれとも個の性質の違いか私にはわからないけれど【英雄剣士】からはキン、カキン、と金属がぶつかるような音がし、【調停者】からはバチ、バチンと、何かが甲高い音で弾けるような音がする。

 二人が一瞬でも気を抜くとその音は音量を上げ、耳障りなほどうるさく鳴り、側にいられない。私もつい耳を塞いでしまった。

 側にいるシャーメイン嬢は桁外れな魔力を垂れ流しにし表現し難い肌を指すような強い威圧感に言葉を掛けられずにただただ不安げにその背を見つめている。


 ここにいる者たちの殆どは訳もわからず経験したことのない、見たことのないその現象を発する二人に畏怖の念を抱き始めていた。かくいう私もだ。

 シャーメイン嬢を止めようとして、彼女の転移でここに来てしまった時は混乱したが、今となっては良かったと思っている。


 この目で、事の成り行きを見れる。


 それは好奇心なのか、責任感なのか、今のこの高揚した心では判断がつかないけれど。


国宝を凌駕する物。

 それを身につけこの地上に立つ者が、二人も。

 そして、それをこの世に誕生させたのが。


【彼方からの使い】。

【称号】【スキル】を持たず、魔力もなく。

 しかし。

【変革】する力をもつ。神に愛され【神の守護】を持つ者。


【技術と知識】であらゆるものを生み出す。


 自身ではなく、周囲の人間に多大な影響を与える一人の女。


 見ようと決めた。

 この目で。

 結末を。












「ロディム」

「はい」

「まもなく『覇王』が発現する、危険だと判断したら速やかにシイを連れて離脱してくれ」

「はい、お任せください」

 伯爵が、私の顔をみて、なぜか苦笑する。

「……あの、なにか?」

「落ち着いているな、と思って。熟練の魔導師達でさえ、青ざめ言葉少ないのに」

「……それは、これのお陰です」

 私は、シャーメイン嬢がくれたネックレスを握り、そして、その握る手の手首にあるブレスレットをもう一方の手で指し示す。

「そして、ジュリさんがこれをくれましたからね」

 私の腕にあるブレスレットにも『黄昏』が使われている。二人が身に付けている物ほどではなくとも、『国宝』クラスのそれはジュリさんがくれたもので、それが今ネックレスと共に私を冷静にさせてくれる。

「シャーメイン嬢を止めようとした瞬間『これ付けてて生きて帰って来なかったら殺す』と言われながら渡されましたからジュリさんに。行っちゃ駄目と言わないあたりも凄いと思いましたが」

「……なんだ、その矛盾の塊な暴言は」

「お前の婚約者の言うことだからな? 大概は無茶苦茶だぞ。あいつなら相手が死んでても本当にあの世まで追いかけて『殺す』って言いに行きそう」

 伯爵がため息を吐き出すとハルトさんがバカにした笑顔で肩を叩く。

「ジュリはそう言ったとしても私を連れていって私にやらせそうだが? 『あいつ殺っちゃって!!』と笑っている顔が浮かぶ」

「……お前、何気に酷いこと言ってる自覚ある?」

「ある。そして本人がそれを面白がって奇っ怪な笑い声で肯定する。その自信がある」

「お前は酷い、そしてジュリも酷い。お前ら似てるよ、成るべくして成ったバカップル」


 なんと和気藹々とした空気か。

 場違いというより、ここだけ別の空間で世界から隔離されているような、そんな印象を受けてしまう。

「お二人を見ていると、この大陸が決して滅びないと自信が持てますね。なんだか恐れていることが馬鹿らしく思えてきます」

 すると、お二人は笑って。

「まあ、その期待に応えられるよう全力で尽くすのみだ」

「そうそう、気負ってもなんも良いことねえしな。やれることをやるだけだ」

 ああ、本当に、この大陸は大丈夫だ。

「ところで」

「はい?」

 伯爵が酷く深刻な顔をした。

 これは、なにか窮めて危険な状況に陥る可能性を示唆しているのだろうか?

「『覇王』は通常の魔物と成り立ちが違うことは知っているんだが、素材は手に入るだろうか?」


 ……。


「ジュリにお土産として持って帰りたいんだが。数百年ぶりのことだ、是非とも欲しい。素材としてはもちろん、あわよくば肉も可食であることを願う」

 そんなに、深刻な顔をしていうことですか?

「多分ムリだな、それ」

 え、ハルトさんもなぜそれに真面目に答える?

「素材が残ったって文献、どこにも存在しねえのは知ってるだろ? あれ、ほうっておくと勝手に自爆して自然消滅するくらいだから素材取れても時間の経過で同じように消滅するだけなんじゃねえか? そのあと残るとしたら有害魔素を含んだ土とか石とかの気がする。解析してみないことにはこればっかりは何とも。ただ、存在自体が厄災の象徴だからなぁ、人間の役に立つものが残るとは思えない」

「そうか……それは残念だ。『覇王』の肉……一生に一度しか手に入らない幻の肉ならば欲しかった」

「お前、【スキル:肉の選定】だけずば抜けて成長したもんな。俺の選定力に並んじゃってるし」

「いいぞ、あれは。実家で好きなところを持って帰っていいと言われたときに良い部位を即座に見分けられる」

「なんでそういうとこが妙に庶民的なんだよ。金持ってるんだから好きなだけ買いやがれ」

「それとこれとは別ではないか? 実家だとトミレアから直送の魚も同時に手に入るから楽なんだよ」

「あ、それいいかも。ロビエラムは海ねえからさぁ、俺が直接出向いて買うなり狩るなりしねえとならんわけ。あれがちょっと面倒くさい」

「ああ、そうだったな。干物でよければまた届けさせるが?」

「うん、あれは助かる。定期的に欲しい」

「ではこれからはそうしよう。ところで今年はトミレアの海岸沿いは大白ウニが大繁殖しているらしいぞ」

「マジで?!」

「まだまだそれが続きそうでな、値崩れして大変だと漁師が嘆いている。大量購入してやってくれ」

「買う買う! ウニのクリームパスタ、超食いたくなって来た……」


 極めて緊張感のない、食材の話をまさかこのあと十分も聞かされることになるとは思わなかった。


 私の隣で目をパチパチさせて。

「え、それ今真剣に話すことですか? 違うと思いますが?」

 我に返ったシャーメイン嬢は、兄とその友人の非常識な会話に流石に理解が追いつかず顔を引きつらせていた。


『覇王』の放つ黒い靄のような不快な魔素が一段と濃くなりそれを浴びせられるなかで過ごす嘘のような穏やかな一時。






『覇王』出てくるまでもう少しお待ち下さい(汗)。

色んな人の心情とか、現場の状況とか、これでもかなり削ったのです。

そして作者的に閑話のようなこのお話を気に入っているというのもありまして外せませんでした。


ハンドメイドが遠い。

ジュリが充電中?


がんばります!!


そしてここまで読んで頂きありがとうございます。続きが気になる、好みのジャンルだと思って頂けましたら感想、イイネ、とそして☆をポチッとしてくださると嬉しいです!



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― 新着の感想 ―
[一言] 肉の選定で可食部を発見する可能性も微レ存
[良い点]  エンタメとしてなら、リズムの緩急を作るため削る方がいいんだと思います。私に限って言えば、書きたくて書いてる人と読みたくて読んでいる人がマッチしているのでこれでいいです。二次創作読む時一番…
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