21* マイケル、直前の状況を語る
マイケルさんの語りです。
この緊迫した状況で緊張感の欠片もないハルトとグレイセル。見ているとこちらも気が緩む。
「……この状況であくびはどうかと思うわよ」
妻が冷めた目で僕を見た。仕方ないじゃないか、緊張するタイミングがないんだから。
ハルトとグレイセル。
二人は冷静で落ち着いていて場違いなほどリラックスしている。
ハルトの【スキル】が全て跳ね返される。
でもその理由にハルトは見当が付いているみたいだ。
そしてそれについてグレイセルは敢えて問わないでいるらしい。
そんな二人だから僕が今更慌ててももう出来ることなんてないんだから、放って置く。
『覇王』発生時にあらゆる防御結界をなるべく維持するという役目を果たすだけだ。
なので僕が気になっているのは装飾品として 《ハンドメイド・ジュリ》から提供された付与品の注目度だ。
ハルト、グレイセルの物を除いてジュリが加工した『黄昏』の鱗の装飾品を持っているのは僕たちごく一部。非常に小さなパーツながらどれも大の効果が付与できたので身を護るものとしてとても心強く僕たちの気持ちを落ち着かせてくれている。
そもそも、数が用意出来ない物だ。ハルトとグレイセルの魔力消費制限なしで使うことになる【スキル】に耐えうる付与品とは別物だけど、僕が魔法付与するにもごっそり魔力を持っていかれてしまって、リンファにもお忍びで来てもらい手伝ってもらったくらいだ。ジュリでなければ魔素を放射させられず、僕やリンファでなければ思うような魔法付与が出来ない素材。むしろあの二人の分以外用意してくれたジュリと、その補佐をずっとしてくれていたキリアには感謝してもしきれない。それくらい、希少価値のある装飾品を、世の中に公開することは不可能だ。
その代わり、注目を浴びているのがこの事態に集結してくれた名だたる冒険者や各国の騎士、魔導師たちに配られているフォンロン王家の目録にちゃんと記載された効果が少しだけ強めの付与品だ。『物理耐性:小』や『体力回復:小』などが付与されている。
物理の方は擬似レジンに螺鈿もどきのラメを入れ、体力回復の方は擬似レジンにリザードの鱗とさらに砕いて粉末にして入れたものだ。
これ、ジュリの店で買って、後から魔法付与した場合金額は一個千リクルは下らない値が付くはず。それが最前線に立つぼくらの後ろで補佐してくれる人たちに配られた。
ジュリとキリアは頭がおかしくなったか? って感じになりながら極限の状態で作ってくれたんだ。彼女たちの為にフォンロンに行けないかわりに、役に立ちたいとククマットの皆が総出でスライム捕獲や螺鈿もどきの洗浄と剥離、リザードの鱗の洗浄を手伝った。加工は二人がしないと付与の効果が薄れてしまうから直接手伝えたことはこれくらいだったけど、他にも沢山の人が、お店に来てくれるお客さんをがっかりさせないようにと格安パーツや小物だけになるけど作り続けて研修棟での販売だけは継続していたし、その人たちのために働く女性を支えようと子供を皆で面倒見たり、炊き出ししたり。細やかな気遣いと思いやりがその品質と数を支えてくれた。
皆の思いが詰まった、そんなペンダントトップ。最前線に立つみんなが、少しでもそれを感じ取ってくれたらと僕は密かに願っていたりする。
ちなみにこの最前線組に配られた約三百個とは別の、その側近や補佐役たちに配られた千二百個の付与品。後に『ジュリアクセ』と呼ばれるジュリが手掛けたアクセサリーパーツの一部として戦いに身を置く人々は当然、コレクター垂涎の品として殺生強奪事件まで引き起こしていくことになる。僕には関係ないことだけどね。
「マイケル様」
その声に振り向くと、バールスレイドの魔導魔導院最高位のセイレックが、数十人の同僚や部下を引き連れてやって来ていた。
「セイレック! 待ってたよ!!」
駆け寄って手を差し出すと彼は笑顔で同じように手を差し出してくれて、僕らは硬い握手を交わす。
「遅くなり申し訳ありません、ここまでの転移は初めてのことでさすがにリンファの負担になり座標が少し狂い離れたところに降りまして」
「ああ、そうか、リンファが君たちを?」
「ええ、少しでも体力を温存しなさいと全員をまとめて転移させました」
「……この人数を? 凄いことやるね、相変わらず。今頃ぶっ倒れてるだろう」
「ええ、最後の念話が『もう無理、あとはよろしく』でプツリ、と途絶えました」
ああ、失神したね。その会話に、セイレックの後ろに控える魔導師達も乾いた笑いだ。
「ところで」
「うん?」
「無償提供された付与品なのですが」
セイレックが声を抑えた。
「何やら、一部で不穏な動きがあります、把握されていますか?」
「……ああ、もちろん。気づいた?」
「ええ、ここに来るまで少し周囲を見て回りましたが明らかに討伐への参加が目的ではない者と思わしき動きをするのがかなり後方ですが複数いますね」
「そっか、それ、任せてもいいかな? 何人か人を借りれるとありがたいよ。ちょっと邪魔だよね」
僕のお願いに少し思案した後、セイレックが振り向く。
「キース、アイリーン、ララ! 来てくれ!!」
彼の呼び掛けにスッと前に出てきた三人が僕に一礼してきた。
「諜報に長けている三人です、もちろん戦闘にも。それともう一人くらいは出しましょうか」
「ならば私が手伝おう」
そう言ってセイレックのそばにいた初老の男が僕に一礼する。バールスレイドの重鎮、マーベルという人物だ。
「久しぶり、マーベル」
「お久しぶりですな、マイケル殿」
「なんだかバールスレイドの重鎮を動かすのは申し訳ないよ」
肩を竦めて見せると、マーベルは真剣な面持ちで、僕を真っ直ぐ見つめる。
「そうも言っていられませんからな……この討伐に関係のない人間が殊の外多いようです。ああいった輩は現場を乱す恐れがあります」
「ありがたい。では、僕がお願いしたいことはすでに分かってるかな?」
「《ハンドメイド・ジュリ》から提供された品の横流し、売買、そして、これが問題ですな……窃盗です」
セイレックが非常に不愉快そうな顔をし、こんな時になぜそんな事をと呟いたけれど、僕はついそれに対して笑ってしまった。
「こんな時、だからだよ。……入手したくても、ジュリが直接手掛けたという確信が持てる作品ってそう簡単に手に入らない。高値で取引されるそれらをタダで手に入れられるチャンスだ。……放っておこうかとも思ったけどね。窃盗か。まさか『覇王』の事態収束後まで引きずったりしないよね」
「あり得ますな」
「では、おまかせしても?」
「喜んで。では早速」
その重鎮は、若い三人を連れてその場を直様離れた。
「まだ『覇王』の誕生までには時間があるようだけど、少し緊張感が高まってきたかな」
「……マイケル様」
「うん?」
「先程の話ですが。……配布されたペンダントトップの魔法付与は、均一ですか? リンファが気にしていました、ジュリの加工で極稀に出来てしまう効果の高い付与が可能なものがありますよね。その性能の違いに気づく者も出てくるのではと」
「ああ、それは心配しなくて大丈夫。付与したとき魔力を調整してある、均一になってるよ、素材の価値に対して効果が高いのが一部ついたけれどそれは既にククマットにいるときに選別して抜いてある。それにバミス法国の付与に定評のある魔導師にも協力してもらっているから後方で配られた量産品は基準を超えたものは混じってないよ」
「そうですか」
ホッとした彼に、一つ釘を刺しておこう。
「ここ最前線に来てくれたバールスレイドのメンバーは、当然ジュリの作ったものだね?」
「ええ、グレイセルから直接リンファが貰ったもので初期の不純物なしと聞いています。それが何か?」
「ジュリとリンファが親しくしていることを知っているベイフェルアの人間は少なくないよ。……魔法付与したのがリンファではないか? と勘ぐる者もいるだろうね。【彼方からの使い】が作ったものへの【彼方からの使い】が魔法付与したもの、その作用の大きさをフォンロンの王宮とギルドは既に知っている。間違いなくその情報は広範囲に流出しているはず。……《ハンドメイド・ジュリ》の作品と分かる物を外側に身に付けている部下には、目立たないよう内側に入れるよう言ってあげるといい。トラブル回避のためにね」
「わかりました」
セイレックは直ぐ様そのことを伝えるために連れてきた魔導師たちを一ヶ所に集めて説明を始めた。
全く。
懲りずによくやるものだ。
手に入らないと思うとなお欲しくなる、ということかな。なんて愚かなんだろう。
緊張感が高まる中、状況確認などをする僕とセイレックの元にマーベルが戻ってきた。
「少しよろしいですかな?」
「どうだった?」
「窃盗については粗方捕縛出来ました。フォンロン王家にでも送り付けましょう、こちらで処理する暇などありませんし……そして、やたらと商人の姿が目立ちます」
それを聞いたセイレックは顔をしかめた。
「……なぜ?」
「セイレック様」
そして間を置かずさらに一人が戻ってきて。
「キース、どうした」
「最前線に影響を与えない後方ではありますが、揉め事が。商人と冒険者です」
まったくもう、滅茶苦茶だ。
各国から『覇王』の騒ぎに便乗して商人が押し寄せていた。テルムス公国の知っている商家の家紋まで見つけてしまった。
武器や防具はもちろん携帯食や水、生活用品などなど集結した冒険者や高みの見物を決め込んだ愚かな人々相手に露店を開いている。
その中で起きたトラブル。
マクラメ編みこと、ククマット編みのブレスレットがきっかけだったらしい。
そもそもの話、《レースのフィン》で編み物をまかされている人たちが手抜きをするわけがない。手抜きをしないから、もちろんデザインや色に拘る。拘っても機械並みに速い編みが出来る恩恵持ちばかりだからそれが当たり前の事になっていて、僕達も少々感覚が麻痺してしまっていた。
女性冒険者が配布されたククマット編みのブレスレットは、鮮やかなピンクとオレンジと白の糸を組み合わせたこの場に似つかわしくない色合いで、商人の目に留まった。ここで魔法付与されたものが配られていることは知っていたものの、まさか付与が難しい『糸素材』のものまで無料で冒険者や志願兵たちに配られているとは知らなかったのだろう。その商人は冒険者だと偽ってククマット編みのブレスレットを入手しようとしたが、志願兵はもちろん冒険者や各国から派遣された者たちはクノーマス家を筆頭とした共同支援体制を組んだ有志による付与品の配布場所で身元確認でギルドカードや所属先の証明書を確認されるため直ぐに商人とバレて逃げ出したという。
高く売れるだろうね、《レースのフィン》の作り手によって作られた色の綺麗な、魔法付与されたククマット編みのブレスレットは。
転売したら、相当な儲けを出すね。
それを知った商人たちが、冒険者相手に交渉を持ちかけるようになった。
それで現場がざわつきついに冒険者たちが商人に対してこの場から出て行けと騒ぎ始めて。
命賭けで来ている彼らにしてみれば、ここに商人がいること自体が理解出来ないし不愉快だったのだろう。そこに自分の生存率を上げるものを売ってくれと媚びへつらってくるんだから、そりゃあ、怒りがね。
「わざわざ死にに来るなんて物好きだねぇ」
「なにを呑気なことを。この場を鎮めませんとこういったことは動揺にも繋がり混乱します」
セイレックがお小言を言うように僕を諌めてくる。
「放っておきなよ、どうせもう逃げても間に合わないんだから」
僕の少し大きな声が届いた人たちの視線が集まる。
「あれ、知ってるはずだけどなぁ。 『覇王』発生予定地から半径五キロ、立ち入りには個人の判断に委ねられるってずっと前からフォンロンが言ってたけど。僕らは討伐のためにいるわけだからね、誰かを守ったり逃したりするためになんて動かないよ。避難誘導は既に昨日で終了している、それでも逃げないのは自己責任、そう周知されてるんだから今ここにいるってことは死ぬためにいるってこと。ここはその5キロより更に1キロ後方だけど、冒険者や傭兵とか戦いなれた人たちなら生き延びれるギリギリかな、って境界線なだけで命の保証は全くないよ。そもそも、一般人は半径十キロが最低避難区域に随分前に指定されて最低でもそこまで被害は出るって話、昨日までにはこの近辺で避難誘導してた人たちから聞いてるはずだけど。それでもいるってことは、死ぬってこと。死ぬかも、じゃないよ、死ぬね。……さて、セイレック、最前線に戻ろう」
「……いいのですか」
商人やその商隊の一部が血相を変えて荷物をまとめ始めた。それを見て、何事かと話を聞く商人たちからたちまち広がる僕の話と恐怖。
早く逃げるべきなのに荷物を纏めて持ち帰ろうとしているよ。呆れるね。
もう、そこまで迫っているのに。
『覇王』の目覚めが。
転移はもちろん、身体強化で走って逃げることも出来ない人々ばかりだ。商長の止める声も聞かずに走り出す使用人や売り子たちが正解だ。
できるだけ遠くへ、一メートルでも遠くへ。
彼らがすべきことはそれたけだ。
生き残るために出来る最後のあがき。
「マ、マイケル様とお見受けいたします!金なら、金ならいくらでもお支払いします、だから!!」
すがる男は、見たことない。知らない男だ。
「悪いね、僕はもう、最前線に戻るし、何より魔力を、無駄にするわけにいかない。ここに君がいるのは自己責任、僕に助けを求める事自体が間違っている」
今更ここで青ざめながら荷物を纏めて逃げようとしている人たちに、生き残れる人は残念ながらいない。
くだらない欲が命取りになった。
「マイケル様、行きましょう」
「ああ、そうだね」
混沌とした場所に成り果てたそこを、僕は離れた。
ブクマや誤字報告などなどありがとうございます。
このお話入れるかどうか迷ったんですよね。
でも、どんなに危険な場所でも人が集まれば集まる分だけそこで儲けられると思う逞しい人っているだろうな、と。そして世の中そんなに甘くないよ、と。
そしてジュリが作るもの、齎すものは決して良いことばかり引き起こすわけじやないという部分が垣間見れたと思って頂けると嬉しいです。




