21 * いざ、フォンロン国へ
マイケルによって魔法付与された『黄昏』は更に変化した。
紫色が濃くなり、光にかざなくても時折透明になり七色の波紋のような光を放つ。
どんな宝石よりも心惹かれる不思議な艶めきがある。
神秘的な光沢の下清らかな水が溢れてきそうな瑞々しい潤いを思わせる透明感はずっと眺めていたいほど。
ガダガダガダガダ!!
……付与中の音、どうにもならなかった。
なんでかなぁ、私が加工するときに起こる『共鳴』の音はプロのバイオリニストが奏でるようなバイオリンの音色みたいで実は苦しみの中で私の癒やしでもあったのに。
マイケルのせい? 『黄昏』と相性悪かったのかな? とにかく、何回聞いてもきっと慣れない音だと確信がもてたわ。
そして雑音にしか聞こえない付与の音は、二十六回目でようやく終わりを告げた。
私がキリアの補助のおかげで加工した数は実はもっと多い。けれど、ハルトの【スキル:全解析】によるとマイケル全力の付与に絶対に耐えられること、目視では確認できない亀裂や欠けの原因となる脆弱な部分がないこと、この二つを満たしたものが二十六個のパーツだった。
ちなみに、付与するたびマイケルは一気にごっそり魔力を持っていかれるのを補うためにハルトから魔力を奪うというかなりチートな力で頑張ったんだけど、さすがのハルトも魔力を毎回そこそこ持っていかれることになって、これでは付与に時間がかかるだろうと思っていたらローツさんがどこからともなく大きな箱を持ってきてね。
「リンファから貰った」
魔力回復ポーション、しかも上級が隙間なく入っていて。流石リンファ、気が利く!!
「……あ、無理」
一口飲んだマイケルが泣きそうな顔をして。
「何の嫌がらせだよ?!」
ハルトが叫んだ。
私とキリアが羽交い締めで飲まされたポーションと同じく実に美味しくないポーションだった。
「味付け面倒だったからそのまま持ってきたと言っていた」
こっちのポーションは最初から考慮する気はなかったらしい。
何の罰ゲームかと思うほど辛そうにポーションを何度も一気飲みする二人だった。
そのおかげで揃った。
魔力回復:極大 六つ
物理耐性:極大 二つ
魔法耐性:極大 二つ
精神耐性:極大 二つ
身体再生:極大 二つ
一般的な最上クラスの『大』を遥かに上回る、『極大』が付与できた。
……極大ってなんだよ、そんなのあったのかよ、という言葉は口にしない。マイケルが満足そうだから。
更にはマイケルが魔力を無理矢理引き出されるのに抵抗する際、集中力が切れるほど『黄昏』が魔力を吸収したタイミングが何回かあったらしいんだけど、その集中力を切らした瞬間に魔法付与に狂いが生じて、一つに一種類の付与をするはずが一部変質し目的のものとは違うものが追加で付与されてしまったものもある。
魔力回復:特大
不運回避:大
魔力回復:特大
物理耐性:大
物理耐性:特大
運上昇:大
【スキル】耐性:特大
精神耐性:中
魔法耐性:中
マイケル本人が一番ビックリしてたのは『【スキル】耐性』。これ、付与しようと思ってもそう簡単には出来ないというものでマイケルすら成功率は十パーセント未満らしいんだけど、今回何故か気づいたら付いた!! というね。さすがは『黄昏』、意味不明。
「この『【スキル】耐性』の付与されたものでその効果が実証されている確かなもので現存するのは僅か数個、そしてネルビア首長国の国宝である王笏に嵌め込まれているブルードラゴンの魔石への付与が一番有名だけど、効果は大で付与も一つだけ」
あ、うん。
世の中に出せないヤツだ。
しかし、集中力が切れて狂って付与されたものがねぇ。世の中に出回ってない国宝クラスというね。
残り六個はグレイの希望も取り入れる形でマイケルが考えて付与してある。
呪い耐性:極大 二つ
察知強化:特大 二つ
魔力制御:特大 二つ
ハルトと確執があるフォンロンでのこと、何が起こるか、仕掛けられるかわからないから呪い対策すべき、主に危険を、そして環境変化を察知するための五感を高めるべき、膨大な魔力を消費するのと無理矢理回復させることで操作性が不安定になるのをなるべく抑え込むべき。それらを目的として付与された。
それより、極大、特大って……。
大一つでも超希少素材だと国宝になるというのに、その上の特大、更にはマイケルの知る限り現存するものが五つしかないという極大。付与したのが『黄昏』の鱗。
……。
………。
神具が出来なかったことを喜ぼう!!
そう、神具は流石にハルトもマズイと言ってたから、これは幸運なんです!! 神具って例外なく神々しい発光をするそうなので、そんなの身につけてたら奪おうとする人たちに狙われる案件。うん、できなかったのはいいこと。そういうことにする。
皆で暗黙の了解としてツッコミは一切しないことにした。
今回の付与、ハルトが拘ったのは魔力回復。グレイとハルトが使おうとしている【スキル】は大量の魔力を消費する。
その魔力を出来るだけ早く回復させるために。『覇王』相手に【スキル】を単に発動させるだけでは恐らく無理だろうという見立てで、根本的な能力の底上げを支える物と、その上がった能力に見合った魔力回復が必要とのこと。私の加工したものにはどうあがいても攻撃系は付与できない。それは『黄昏』も例外ではなかった。このことについては私が召喚されたときのセラスーン様の意志が影響しているらしく、変えようがないこと。だからこそハルトが【スキル】発動に必要な付与として魔力回復を多めにと指定して今に至る。
ただ、魔力関連のものを多めに作るつもりが『予定より少ない結果に……』と項垂れたマイケルがちょっと物悲しい雰囲気を醸し出していたけれど、マイケルでさえ思い通りに出来ない素材だったんだなぁと妙な感心をしてしまった。
でも、ね。
こうして見ると満足。
うん、いい仕事した。
じつは、後日譚としてのちに笑い話になるんだけど、完全なる状態のもので失敗したくないからと厳選されたパーツから弾かれたもので事前に試験的な付与を行ってみたら。
爆散しまして。
試験は屋外ですると聞いた時点で嫌な予感をしていたわけだけど、凄かった。
結界を張った中で付与するマイケルに付き合ったハルトとケイティ、そしてグレイがですね。
コントで表現するような、髪の毛チリチリ、煤だらけ、服ボロボロという何とも惨めな姿になりました。
外側で見ていた私とキリアとローツさんはしばし呆然としてしまった。
「……ポーション持ってくる」
ローツさんが我に返って走ってその場を後にして、残された私とキリアは爆笑しているハルトをみて『ああ、あれくらいは平気なんだ?』と、四人の丈夫さに呆れることになった。
たった一回の試験と、その後の本番の付与で全く失敗しなかったことを考えると、マイケル、あれ、わざと爆散させた気がしないわけでもない。
その理由は聞かないでおく。どうせ私にはできないことなので。
ヤナ様が告げた『覇王』発生までまもなく。
夜明け前。
各国がフォンロン国へ既に入国し、目的の場所へ集結している情報が昨日のうちに私達にも届いた。
志願兵を含めれば十万人以上がフォンロンの危機に身を投じる。
そしてこの男はその最前線へ。
「落ち着いてるわね」
私の言葉にグレイが振り向いた。
『黄昏』の鱗が嵌め込まれたブレスレットやネックレスを袋にしまい、黒一色の『戦闘服』と私が呼んでいる服を着て、そして腰にはクノーマス家の宝剣。
「今度は私の番かな」
「何がだ?」
「止めて、って言葉を飲み込んで我慢しなきゃね」
笑顔で言ったつもり。
グレイは凄く苦しそうに顔を歪めて、両手で私を引き寄せ抱きしめて。
「必ず帰って来る」
「知ってる。グレイなら大丈夫だもんね」
「ああ。ジュリが、命懸けで作ったんだ。必ず私を守ってくれる」
「そう、願ってる」
「必ず守ってくれる、だから、『覇王』を倒し、帰って来る」
「……うん」
体を離す。
額を寄せ合って、手を重ね指を絡め合う。
「ここで、待ってる。帰って来て、私の所に」
「ああ」
「……ご武運を」
額を離し、指を、手を、離す。
真っ直ぐ見つめ合い、グレイが頷いた。
グレイとマイケルは転移が出来るので今日の出立となったけれど、私とキリアがかつてないブラックな状況で作ったパーツを使ったアクセサリーと共にクノーマス領とククマット領から自警団とそれを補助する志願兵が各二十五名、合計五十名が既にフォンロン入りしている。
水面下でのフォンロンとの協議で両方の領からは合わせて二十名程度、名目上グレイの護衛とアクセサリーの配布のためにいくということになっていたけれど、『覇王』騒ぎがまたたく間に領内に伝わった直後、数百名が志願兵として名乗り出てきて。
不思議なものだと思った。
『出る必要はない』と言ったら、喜んでグレイのお供をさせてくださいと沢山の人が。
『危険だから来なくていい』と言ったら、承知の上だと意気込みを語る沢山の人が。
その中にはキリアの旦那、ロビンも含まれていた。
「そのためにあたしはジュリとパーツを作ったわけじゃない!!」
悲痛な叫びをぶつけられたロビンは戸惑いつつも笑って。
「行くよ、キリアが頑張ったんだ、僕だって頑張りたい、誰かの役に立ちたい」
って。
他にも志願した人たちの家族がうちの店でも働いていて、その人たちはキリアのように怒りや不安や悲しみをぶつけて喧嘩した人もいたらしい。
私が『黄昏』の鱗と格闘している間に、周囲ではここならではの騒ぎが起きていた。
それを黙らせ、落ち着かせたのは侯爵様だった。
「少数精鋭でグレイセルの補佐をさせる。他は足手まといとなる、グレイセルが君たちを守ることに気を取られることはあってはならない。はっきり言おう、邪魔なだけだ」
冷たく、突き放すような言い方をしたとシルフィ様が教えてくれた。
でも、そこで優しい言葉を掛けないあたりが侯爵様だなって気がする。そうすることで彼らが罪悪感を感じず引き下がれるよね。現にロビンが、そうだった。グレイもそのことには口出ししないどころか意見すら言わず侯爵様に任せた感じで同じことを言う用意はあったのかもしれない。
伯爵として、領主として、厳しい言葉を領民に向ける覚悟があった気がしている。
「落ち着いていますね」
私がグレイに掛けた言葉を言ったのはバミス法国大枢機卿のアベルさん。
ちなみにバミス法国からも凡そ六千の戦闘員と志願兵が枢機卿数名の傘下としてフォンロンに既に到着、『覇王』の発生予定地周辺に陣取り調査などを進めつつ人々の避難に尽力している。
アベルさんは立場上その場所に行くことは許されなかったようで待機組の一人として残ることになった。騒ぎの直後アベルさんが待機組にすぐに決まったことはグレイやハルトにとっては好都合だったようで。
「それなら俺たちがフォンロン入る時から戻るまでジュリの護衛してろよ」
「お任せあれ!! これを機に間者全員屠りましょうか!!」
「いや、それ、率先してやらなくていいし」
「ええ? じゃあ、捕まえて尋問とか」
「何もしてこねぇ間者捕まえて尋問したら訴えられて国際問題だろ」
「……そこはうまく処理しますけど」
「なんでそっちの方向に? お前結構ヤバいよな?」
「これくらいじゃないと大枢機卿なんてなれませんよぉ」
というハルトとの会話によってアベルさんはしばし私の護衛として滞在することになったんだよね。……大枢機卿が、護衛。いいのか? いいのか。いいことにしておく。
「まあ、やれることはやったからね、これ以上あたふたする要素が見当たらないのよ」
「確かにそうですね。結局、提供するアクセサリーは総数いくつになったんですか?」
「それがねぇ」
曖昧な笑いしかおこらない。
だってね、手当たり次第に作ったのはワタシとキリアだけじゃなく。
従業員たちがテンションマックスな状態で作り続けたんだよ、バミス、バールスレイド、テルムス、ヒタンリの四国から提供された魔法付与された魔物の糸を使ったブレスレットや指輪がね、私の恩恵で早編み可能な人たち、副業や内職をしてくれている人たちによって量産されたのよ。しかもね、つい数日前に知ったのは白土の扱いに恩恵のあるウェラとローツさんがですね、やらかしていたことも知りまして。
「ジュリとキリアの加工したものでも形の悪さや欠けのせいで訳ありか廃棄予定だったものを保管している倉庫を漁ったらリザードの鱗や中途半端にカットしたままの擬似レジンが出てきたんだ。それを俺とウェラがカットや研磨をし直して魔法付与出来たら儲け物だと思って」
「で、実際に一部が魔法付与出来た、と」
「全部軽微レベルだぞ?」
「その前にさ、魔法付与してくれた魔導師さんたちはそんな時間なかったんじゃ?」
「ネルビア首長国のスパイに手伝えることはありますか? って声を掛けられたから魔法付与できる人いないか聞いたら二人ほど貸してくれてな」
「……それ、後から献上しなきゃいけない案件じゃん」
「そうなると思って俺とウェラで食べたくなるシリーズの小物入れ、豪華お誕生日三段ケーキを二セット渡したら嬉々として持って帰ってたな。それがきっかけでウェラは家に招いて飯を食わせてたぞ。おれも情報交換させてもらってる、もちろん都度白土部門渾身の作品を渡してるよ、心配ない」
ローツさん、ウェラ。ネルビア首長国のスパイと仲良くなってまして。
「……」
ほら、アベルさんがスンとした顔をしちゃったじゃん。
とにかく、二人のやらかしもあって、最早途中から何が何個作られたのかを全員が数えることを止め。
「予定の倍、送り出したのもそのせいなんだよね。……フォンロン王宮にグレイが目録をもって入城するまでに集計させるためなのよ。だから今日グレイが持っていった目録はね、数が書き込まれてなくて、その場で統括長を任命されて先に向かった自警団のルビンさんに確認してから書くことになってんのよ」
「……そういうことが起こるのはここだけです」
「私もそう思う……」
アベルさんと二人で、遠い目をしておいた。
「無事に、帰って来なさいよ」
屋敷に戻り、窓を開け放つ。
ポツリ、私は南に向かって、フォンロンに向かって、呟いた。
次話よりしばらくジュリの出番がありません。ご了承ください。




