21 * リンファ、魔法付与する
リンファさんの語りです。
「さて、と」
私は腕まくりをして、腰に手をあてがう。
王宮でも立ち入りが非常に難しい、厳重な管理がされているとある一室。
今、ここには私を含めて七人。バールスレイドの魔導師の最高峰の一人であり、セイレックがその地位に就くまで長らく魔導院を守って来た一人である初老の男マーベル、皇帝陛下の右腕である宰相のツェリフ、そして皇帝陛下の『剣と盾』と称される騎士ナビルとエレシュ。そしてセイレックと、皇帝陛下。
今回の私が行うことについては皇帝陛下の許可を得て『口外禁止』の誓約書を用意して五人にサインさせている。
なぜなら。
私は魔法付与が出来ないことになっているから。
このことは礼皇という地位に就く代わりに私が得た権利の一つ。これ以上私が保有する能力が知られるのは後に争いの原因になりかねないという懸念からハルトの助言で『魔法付与出来ることを決して公にしない』ということになっている。
なので、その事を知らなかったエレシュとナビルは『あなた様の底が知れない』ってすっごく引いた顔してたわ。失礼な。
「魔法付与なんて久しぶりで、緊張するわ」
出来ないことになっているのを理由に実際私は魔法付与をこの数年一度もしていないの。付与ってマイケルは簡単にするけれどとても神経を使うのよ、魔力を操作するためにも魔力を持っていかれるんだから。たった一つの軽微な付与でも一回数百リクルかかるのは至極当たり前のことなのよ。
グレイセルに託されたジュリが作ったパーツたち。
見た目の綺麗さを楽しみながら追求して作られた魔物素材のみの、混じり気なしのパーツ。
どう考えても、ロクなことにならない気がするのよねぇ。
「自分が【彼方からの使い】ってこと忘れないでねぇ? ハルトとマイケルが物凄く期待してるあたり嫌な予感しかしないから」
って、ケイティに言われたの。
同感だわ。
「早速やってみるか?」
皇帝陛下はとても真剣な顔をしてるわ。
『覇王』の討伐計画にバールスレイドも人を出すけれど、ここは北限の国、議会では出兵には限度があるし、なにより一体どれだけ脅威となるのか全く予想がつかないという不安要素しかない事態だからなるべく少なく、というのが皇帝陛下と議会の考え。
でも、だからといって役職ばかり立派な人間や可もなく不可もなくの能力の人間を送り込んでもね。そんな危ないところにそんなの行かせたら真っ先に死ぬじゃないと言ってやった。
もちろん、私のコレクション(ポーション)を色々と前に並べてやったら黙ってくれたわよ。
セイレックも同じ気持ちだった。
彼は自ら志願してフォンロンに行く決意を早々にしていた。
無駄に人を失うくらいならば自分が赴き、この目で見たことを皇帝陛下に全てお伝えしたいと。
その意志を決して曲げようとしなかったセイレックの言葉は、他の魔導院や騎士団の人々の心も動かした。
それで決まったの、セイレックを責任者に据えてバールスレイド皇国の精鋭たちを送り出すと。少数精鋭でもって今回のことに向き合う。
少数精鋭とは国の守りの要を担う人材。それを大陸を揺るがす存在の討伐に出さなくてはならない。
下手をすれば防衛の根幹を崩しかねない。
皇帝陛下は少数精鋭に選ばれた者たちの命が今回のことで失われることを危惧している。
だから。
生存率を上げ、精神安定剤ともなる、魔法付与されたアクセサリーや武具は一つでも多い方がいい。
そして私も陛下と同じ気持ちだわ。
願わくば死者を出したくない。
たとえ死と隣り合わせの使命を負っているとしても。
「はい。ただ最初の数個は期待しないでくださいね。数年ぶりです、駄目にする覚悟で魔力の流し込みの調整からしなくてはなりませんから。しかも、マイケルが言うにはジュリが手掛けた物は魔力が想像以上に流し込めるらしいんです」
「なんと」
「物によっては、もっと厄介らしいんですけどね」
「厄介、とな?」
「ええ、なのでまずは、小さいもので流し込みに操作をあまり必要としない付与から試します」
皇帝陛下は『厄介』という言葉に顔を曇らせた。
厄介よ、本当に。
「流し込んだ瞬間、魔力勝手に持ってくヤツもあるからね? そしてそれに気を取られてると勝手に破裂したりするから」
ってマイケルが笑ってたんだけど。
……破裂よ?
バカじゃないの?!
なんで勝手に魔力吸いとるくせに自滅するのよ?! ってツッコミ入れたわよパーツに。
「これから、試します」
私が選んだのは、リザードの鱗を削り綺麗に円形にしたあと擬似レジンでコーティングして螺鈿もどきのラメをほんの少し纏わせた薄水色でとてもキラキラしたパーツ。
小さいから大丈夫だと思ったのよ。
『黄昏』じゃあるまいし、魔力をごっそり勝手に持っていってマイケルがぶっ倒れるようなパーツなんてそう簡単にないでしょって。
ドッカーン!!!!
えー。
嘘でしょー。
大惨事だわぁ。
「どわぁぁぁ!!」
「うげっ!!」
って、騎士二人が爆風に驚いて大声上げたし、二人に守られるように後ろにいた皇帝陛下はあんぐり口を開けてるし。
宰相と重鎮とセイレックは咄嗟に魔法で結界を張って直接被害を受けなかったけど、その影響が出たの。結界で防いだ爆風が、行き場所を失って天井に一気に集まって。
天井なくなったわ。
わぁ、珍しくいい天気。
上に部屋がなくて良かった。
「ちょ、っとリンファ?! 今、なにしたんですか?!」
セイレックが狼狽えてるわ。
「何って、魔法付与しようとしたのよ」
「ええっ!」
「リンファよ」
皇帝陛下、顔がひきつってますよ。
「厄介とは、それか?」
「ええ、物によって、魔力を流し込んだとたんに勝手に魔力を魔導師から引き出して奪うらしいです、そして操作に気を取られているうちに勝手に魔力過多になって爆発する、と」
マーベルとツェリフが固まってしまったわ。
ねえマイケル。
これ、破裂じゃないわよ。
爆発よ、大爆発。
気を取り直し場所を変えまして。
あ、天井がふき飛んだことで大騒ぎの王宮だけど、『私とマーベルが頭がおかしいと思われるような魔法実験をしているということにして』と広めて貰ったわ。マーベルは『何故、私が……』ってうちひしがれてたけど、こんなことするの実際に私とあなたしかいないでしょと黙らせた。
「……ふぅぅ」
ポタリ、汗が滴り落ちた。
「大丈夫ですか?」
セイレックはひどく心配げに眉毛を下げて、私の額や首筋を流れる汗を拭き取ってくれた。
「ありがとう。大丈夫よ」
想像以上に魔力が持っていかれる。
これは酷い、と心のなかで失笑したわ。
こんなの普通の魔導師がやったら恐らく失神では済まない。魔力が一瞬で枯渇することは、精神と肉体にも影響を与える。良くて数日ベッドから出られないか、下手をすれば……。
「ジュリの作ったものに、興味本意で魔法付与しないよう、付与を得意とするものに伝えておくべきかと」
「何故だ」
険しい顔をした皇帝に、私はあえて笑顔で答えた。
「魔力が少ない魔導師なら、死にます」
「なっ、なんだと?」
「まあ、そのような魔導師は、魔法付与自体慣れていないので、そうそう危険は犯さないでしょうが……マーベルの魔力と比べて、それより半分以下の者なら無理ですね。魔力を全部一瞬で持っていかれて魔法付与どころではないでしょう。操作が乱れて魔力を持っていかれただけの物はさっきのように破裂するだけ無駄だし命の危険が必ず伴う行為に。うちの魔導師ならば、確実に、正確に、安全に付与させたければ私以外ならセイレックとマーベル、そしてあとはせいぜい片手ほど」
「なんてことだ」
「紙一重ですよ。ジュリの作るものは。人の命を守る物になるのかどうか、それは私たち次第ということですからね」
そう。
こうなると、万能とは言い難い。
今後、彼女の作るものに魔法付与をしようとして失われる命はある。確実に。
すでに一部ではジュリの作るものは魔法付与が良いものが付きやすいと知られ始めている。
加速度的に、知られていく。
そして、この危険な事実が知られる前に命を落とす者は後を断たないはず。
それもまた、恩恵なのかもと思う。
悪用するためにジュリの作るものへ魔法付与をする者は、恐らくその危険に耐えうる魔導師ではない。魔導師としての誇りを抱いている人間は大抵どこか真っ当な所に所属しているのだから。
そして、知れ渡る。
【彼方からの使い】の恩恵は、やはり神の力なのだ。
と。
それでいいのよ。この世界は。
未発達なこの世界には、圧倒的抑止力が必要で、それが神の存在。
その代理でもある力が、無用な、無益な争い事を抑えることもある。
【彼方からの使い】も人それぞれ。
この世界に必要とされているから召喚された。
嬉しくないけど、一生許せないけど、それでいい。
それぞれにあった、抑止力がある。
私にも。
「さあ、好きなだけ魔力を持って行きなさい」
ジュリは、殺生で物事を解決することを忌避する。
その事が影響しているのかもしれないとマイケルは言っていた。
「攻撃魔法は付与出来ないよ、一切。彼女の作るものは素材本来がもつ相性を無視して、回復魔法や防御魔法といったものしか付与出来ないんだ」
と。
今なら分かる。
人を幸福にしたいという思い。
彼女の作るものはその思いが必ず目一杯降り注いで完成に至る。
優しい感情だけが、降り注いだ作品たち。
「大切な者をどうか守りますように」
一つ一つ、誰かの幸せに繋がるようにと祈られながら作られた作品たち。
「力なき者が傷つきませんように」
ジュリの、物を作り出す人としてのプライドを注ぎ込まれた作品たち。
「……ジュリの信念を、守れますように」
彼女のように、私も祈る。
どうか幸せに繋がるように、と。
大切な人たちが幸せでありますようにと。
「リンファ?!」
「大丈夫よ、制限を解除しただけ」
「えっ?」
「下がっていて、魔力風が吹き荒れるわよ」
「!!」
直ぐ様セイレックたちは私から距離を取る。二人の騎士は再び身構え緊張した面持ちで皇帝陛下の前に立つ。
「私の手はもう汚れているけれど、ジュリはね、綺麗なまま。その手から生まれたあなたたちに、この魔力は相応しくないのかもしれない。でも、受け取りなさい。ジュリのために、数多の命を救うために。命を尊ぶ彼女のために……持っていきなさい、この魔力」
魔力が体から抜けていく。
一気に、加速度的に、際限なく。
体を襲う暴力的な虚無感。
こんなことは初めてで、一瞬意識が飛びそうになったわ。
精神が壊れるのではないかと不安になる。私を人として構築し、維持するに必要な魔力までも引き出される。慌てて側に置いておいた魔力回復ポーションを一気に飲み干す。それでも足りない。もう一本、空になった瓶を床に投げ捨て直様手に取り飲み干した。
「リンファ!!」
止められるだろうからと思って、説明も面倒で、まとめて何でもいいから魔法付与されちゃえばいいと思って試しにやってみたけど。
うーん。
これ、私じゃなかったら、レベルの高い魔導師十人いても全員即死レベルの危険なことだった……。
よく私生きてるわね。
「リンファ!!」
「意識がないな?!」
「呼吸は?!」
「呼吸や脈は大丈夫なのですが、意識がありませんっ」
あ、魔力の枯渇で強制的に休眠状態に入っちゃった。これね、生命維持に必要な魔力まで使い切らないように勝手に体が休眠状態に入るのよ、魔力が多い人にしかない防御機能よ!! 凄いでしょ。
「リンファ、リンファ!」
「回復魔法を!」
『回復魔法きかないわよぉ』
……あら?
どうしたの?
皆固まって。
「……リンファ?」
『なに?』
「え? どういう状況ですか?」
『肉体から精神を分離させてるの』
「……は?」
『だってそのままだと体は回復するまで休眠しちゃって会話も出来ないし』
「あの、リンファ?」
『なぁに?』
「物凄く……あり得ないことを今、言った気がするんですが?」
『ああ、精神と肉体の分離って、普通はできないものね?』
「えっと? ……その話ぶりからすると、リンファは」
『出来るわよ? 元から。魔力操作を研究しているうちに使いこなせるようになったのよね。最初の頃はタイミング良く分離出来なくて、大変だったのよぉ』
「それ……初代【勇者】と初代【聖女】のみの、特別な【スキル】ということは、知ってますか?」
『知らないわ、そうなの? でも出来るわよ? 大げさねぇ、初代のみとか。やればできるわよ』
「いや、あの」
『ちょっと、私の体をベッドに運ぶのはセイレックだけだからね? 他の男が触ったら、目覚めたら即殺すから!』
「リンファ、ちょっと、あの」
『あ、それとまとめて魔法付与しておいたわよ』
「っ?! 纏めて?!」
『確認してね? 大丈夫なはずだけど』
「リンファ!」
『なあに?』
「纏めて魔法付与が出来るのは【称号:賢者】だけのはずですが?! しかもせいぜい数個のはずです!」
『知らないわよそんなの。出来るものは出来るんだから』
セイレックが頭を抱えてるけど、私変なこと言ったかしら? そして他の人たちはどうしたの? やけに怯えた顔してるわね?
まあいいわ。
これで守れる。
私の大切なものを。
大活躍、リンファ。




