21 * マイケルは独特
ジュリ復活!
私とキリアが起きるまで待つとマイケルが譲らなかったために『黄昏』への魔法付与はフォンロン国のヤナ様が鑑定して予告した『覇王』発生の四日前と期限が迫った今日になった。
丸二日死んだように眠った私とキリアはこれまでの疲労が残るものの体調が戻ったのでなんてことない顔をしてみんなの前に出たんだけどリンファがそんな私たちを羽交い締めにして『お肌の調子も整えるから』と、謎のポーションを口に突っ込んで来たわ。
「な、なにこれ、凄い味っ!」
「未知な味っ! うわ、口の中が変……」
「疲労回復と全身の肌の調子を整えるのに特化したポーションよ。急いで作ったから味に考慮する暇がなくて」
と、ニコニコしながら説明するリンファはキリアに
二本、効き目の弱い私には五本、強制的に飲ませてきた。確かに酷い状態だった肌も一気にツヤツヤに潤ったけども。体調良くなったけども。……ポーションって、羽交い締めにされ飲まされるものじゃない。
……美味しくなかった。実に、美味しくなかった。
忙しいと言ってたくせに妙にタイミング良く現れて飲ませ悶絶する私達を放置してものの数分で帰って行ったリンファに誰も何も言えないのが悲しい。
気を取り直し。
すべてのパーツが並ぶテーブル。美しい七色の光沢を放つ透明な薄紫色のドラゴン『黄昏』の鱗をこうして整然と並べるとなかなかに壮観だわ。
私の加工によって付与に邪魔な不活性魔素が抜けきったパーツは不思議なことに紫色が少し強まって、光にかざすと無色透明になるのは変わらないけれど放つ神秘的な七色の波紋が強まっていた。
この状態がいわば『空』と呼ばれる状態で、空になった素材というのは僅かに見栄えも変化するんだそう。この空になったものが魔法付与に最も適した状態で、いかに魔素が魔法付与に影響を与えるのかがよく分かる。
今回の加工は全てスクエアカットにせざるを得なかった。その理由は『共鳴』で私が集中力も体力も著しく削がれてしまったから。とにかくカットと研磨で魔素を放出させる、それを最優先した結果とも言える。
「うん、凄いね。……触っただけで、魔力が持っていかれそうだ」
そう言って、パーツを一つ手に乗せているのはマイケル。
ついに魔法付与する。
「これなら簡単に付与出来るよ、反発されることはないね。しかもこれだけの吸引力だから相当効果は高いのが望めるよ」
彼の一言にホッと胸を撫で下ろして、隣に立つキリアとハイタッチ。その姿を見てグレイが穏やかに微笑む。
心配かけたからね、こうして私が元気で嬉しそうにしているのをみて安心しているんだと思うわ。
「一つに、一種だけの付与でいいんだね?」
「ああ、これだけのパーツがある、極限まで効果を高めたいからさ」
ハルトがきっぱりと言い切ったのに対して、マイケルが少しだけ首をかしげて唸った。
「これだけ魔力を吸引しようとしてる素材だから……極限まで高めると、もしかすると目的と違うものが付いちゃうかもね。見極めが必要そうだね、僕を無視して魔力を吸収し始めたらそこまで流し込んだ効果が変質するかもしれない」
「「えっ?」」
グレイとハルトが同時に驚いて声を発して。反応を見るにそういう話、今まで聞いたことないのかな? ともかく私なんて全くの素人なので気になるんだけど、マイケル?
「素材に入れられる魔力に本来は上限がある。どんなに頑張っても腕のいい魔導師でも、例えば……リザードの牙には最大で中レベルまでしか入れられない。まぁ、素材は入れ物、器と思うといいよね」
そういえば前に魔法付与について初めて聞いたときそんな話をされた気がするわね。
「僕はちょっと違うんだけど、世間では魔力は常に流動している水とか砂とかに例えられてて、素材に見合った付与をしないと魔力が溢れて流れ出すとかその流れ出す力に耐えきれなくて壊れるとか表現して魔導師の教育をするくらいだから、全ての素材が魔力が込められる量は個々によって全て決まってるってことになるんだけど、ね」
ん?
マイケルの視線が私とキリアに向けられる。
「例外がある。ジュリとキリア。キリアの場合だと、素材の魔力量の許容最低でも一割程度、相性のいいものだと五割は大きくしてるよ。不活性魔素を放出させるだけでなく、その空間を広げられてるんだよね」
「えっ?! そうなの?!」
キリアの声がひっくり返る。
「うん、してるよ。ジュリの恩恵がしっかり見えない部分でも出てるよね。不活性魔素を放出させられるだけじゃなく許容量を大きく出来るんだから、当然込められる魔力は増える、つまり、魔力の操作が多少下手な魔導師がやって想定より多く流し込んでも受け止められる確率が上がるわけ」
「あ、だから私の手掛けたものって、ジュリには及ばずとも付与の成功率も高いんだ」
「そう」
「ひえー、知らなかった。そんなこと出来るものなんだ」
「出来ないよ」
「ん?」
キリアが首をかしげてマイケルが笑う。するとさっきから私はこの話あんまり出番ないわね、と新しいネイルアートのデザインを見ていたケイティが急に笑いだした。
「さっき言ったでしょぉ? マイケルが。素材に込められる魔力量が全て個々に決まってるって。私が知るかぎり許容量を増やして魔法付与できた素材とか武具って聞いたことないし、存在しないわよ。キリアがしてることは前例がないわけ。この国どころか大陸でも。あったとしてもおそらく国が機密扱いで厳重に保管して秘密裏に研究されるくらいには貴重なものをあなたは作ってるからね」
「……ええ」
キリアが面倒くさそうな、嫌そうな声をだしたわね。わかる。明らかに面倒だよ、他の人にバレたら。
「でも安心していいよ、許容量を大きくしてるって気づけるのは多分僕くらいじゃないかな?【彼方からの使い】の特殊能力だと思うよ。現に今の段階でその事で大騒ぎどころか噂もされてないんだから」
「だとすると、世間ではどういう見方を?」
グレイの疑問は私も過った。
「恐らく……相性がいい、としか説明が出来てないんじゃないかな? 実際僕の魔法付与はジュリとキリアの手掛けたものがいいのが付与出来るだろう? 他の魔導師がやると通常のものが付くことがほとんどだし、魔法付与できる魔導師も多いわけじゃないから、付与率が上がっているようにしか見えていないだろうね。許容範囲が広がっていることを確認できるのは今のところ僕だけだろうし」
なるほどね。だからレフォアさんとかも『相性がいいんでしょう』って言うのか。つまり、ちゃんと魔物素材と魔力について、可視化出来ているのがマイケルくらいってことなのね。
「ちょっと話がそれたね」
マイケルは面白そうに笑って、加工された鱗をテーブルに置く。
「キリアで、前例のない状態を起こしてるだろう? その大元のジュリならどうなるか、想像できるかな?」
皆の視線が、おかしい。
こいつのは間違いなくとんでもないことになる
って視線が言ってるからね!!
「僕の見立てだと、スライムの擬似レジンだけで許容量は三倍、そこにかじり貝の螺鈿擬きが加わるとさらに三倍、てところかな」
「だから、いい付与がつくのか」
グレイがしみじみと納得してる。
うん、私も納得。
今まで見向きもされなかった素材が魔法付与出来るとわかって随分世間では試されてるみたいだけど、レフォアさんの情報ではその成果は芳しくないみたいだし。本来スライム様がもつ許容が十だとすると、わたしは三十にしていて、かじり貝様も単純に十にしてみると、世の中的には十と十で二十なのに。
んーと?
わたしだと、単純に足すんじゃないから、三十に、三をかけるの?
……ああ。
そりゃ、他の人が作ったものに同じ付与なんて出来ないよ。
うん、なんかごめん。
「今後も他の扱える素材が増えていけばその素材たちも例外なく同じ現象を起こすね」
あ、断言された。
いいけど。
「で、このドラゴン『黄昏』なんだけど」
うん、そうそう、そこね。
「底が見えないよ?」
はい?
「許容量の測定がねぇ、さっきから見てはいるけど全く出来ないんだよ。なのに、さわっただけで、僕の魔力を勝手に吸引しようとする素材だろう? それってさ?」
あ、なんか嫌な予感。
「僕の想像を越える許容量に広がっちゃってるのかも。これ、僕の魔力全部持っていってもまだ入るかも? そして吸収しようとするくらいだから僕の制御が効かなくなる可能性が高いよ、そうなるとさっきも言ったけど変質して目的のものとは違うのが付与されるかもしれない」
「怖いわー、あんたホントに。なんてものつくってんのよ?」
「いやね私を止めなかったキリアにも責任があると思うから」
「一緒にしないでよ、あたしは単にあんたの意思を尊重しただけだからね」
不毛な私たちのやり取りに、グレイが笑顔向けてきた。ちょっと、その悟りを開いたみたいな顔やめて。
「困ったなぁ、そうなると、やっぱり流し込むしかないのかな? いつものじゃちょっとわかりにくい、かなぁ。限界がわからないもんなぁ」
マイケルの『困ったなぁ』に全員で首を傾げた。奥さんのケイティまでも。
なぜ。
「僕、別に流し込むって感じでやってる訳じゃないんだよ」
ニコニコと笑ってマイケルが説明をしてくれた。
マイケルには魔力というものが『糸』に見えるんだそう。
……ほう、糸ですか。皆でそんなこと口から出そうな顔したわよ。
で、彼の場合それを器である魔法付与する物に入れる場合は
「ええっと、何て言えばいいかな? 丸めてポンって感じで」
……はい?
「いや、だからね? 糸をクルクルッと巻いて、ほどけないようにしてからポンって投げ込む」
……いや、よくわからないけど? というか魔力って流し込むんじゃないの?
「うん、だから僕は違うんだ。糸だからまとめたり、時には束ねて結んでみたりして、器に入れる感じなんだよ、あくまでもイメージだけどね」
つまり。
この人は魔力を流し込んでない。
まとめて固めてポイッと入れてる。
……なんか、それ、すごくない?
「おい、それってさぁ」
ハルトの顔が面白い。『俺驚いてます』って顔してる。スッゴい希有な顔。
「溢れないじゃん」
え?
「そうだろ? 付与は普通魔力を流し込む。水に例えられる流動的な存在だ。けど、マイケルの言ってるのだと、うまく束ねて纏めれば器からはみ出しててもいいんだよ、水じゃねえから上から溢れて流れ出ないし、器の中にきっちり収まるように纏まってる部分があれば、上に乗っかってても余程重くなきゃ器も壊れねえだろ。むしろうまく横にはみ出させてれば反則並みに盛れるじゃん。水みたいなものとして付与するとさ、漏れ出した分は勿論無駄になるし、そもそもその漏れた部分も含めての付与だからちょっとでも器から漏れたら失敗になる。けど……糸でまとめて乗せるなら、失敗する確率は低いよな。ああ、そっか。だからマイケルって付与の成功率がほぼ百パーセントなのか」
……マジですか。
なんですか、それは。
「あ、その他に器に巻き付ける方法もあるよ。器が固ければそれでもいける」
いやいや、それ、笑ってサラッということじやないよ?
「でも僕はそうやってきたからなぁ、凄いとかいわれてもピンと来ないよ」
あ、そうですか。
ミラクルマイケル。
で。
「ちょ、ちょっと!」
「怖い怖い怖い!!」
私とキリアは抱き合いながら絶叫。グレイとハルトとケイティは達観した顔でそれを見ている。
ガタガタガタガタ!!
ガガ、ガン!ガッガッガダガダ!
あのですね、マイケルが魔法付与始めた途端、小さくカットされた鱗がマイケルの手の平の上で震えながらそんな音を立ててるんです。
いや、それ、手の平の上で出る音じゃないよね? この音は家具を動かす時や立て付けの悪い扉開ける時の音だよね?
「あー、面白いねこれ」
え、そこ笑うところ? マイケルの笑いのツボがよくわからない!
そして。
「あ、マズい」
え?
「マイケル!」
ケイティが咄嗟に両手を突き出した。その腕の中にマイケルがぐらりと体を傾けて倒れ込んだのでその場が騒然となった。
「おいおい、魔力切れかよ」
「……ごめん、油断した。魔力引き出されてる感覚はあったけど……引き出す力が強すぎて、止めるの遅れた」
みるみる顔色が悪くなっていくマイケルをケイティが抱えこみ、心配そうに顔を覗き込んだけれど、次の瞬間、マイケルの手がニュッとハルトに向かってそのまま腕を掴んで。
「ぎょわっ!!!」
ハルトが素っ頓狂な声を出したのでマイケルを除いた全員がビクッと体を強ばらせる。
「バカヤロー!! やるなら言ってからやれ!」
「あははは」
ん? あれ? マイケルが復活してる。
「魔力を、奪えるのか?」
グレイの問いに、マイケルにっこり笑ったわ。
「そうそう、人の魔力吸収出来るんだよね。でも調整難しくて、これをされて平気な顔して耐えられる人がハルトとリンファくらいかな? あとは、魔力が多いで有名な人なら失神で済むって感じで」
「いや俺も平気じゃねえからな、魔力抜かれるのって物凄い気持ちわりぃんだよ!!」
「あ、リンファもそれ言ってたなぁ。次勝手にやったら殺すって言われてるから相当気持ち悪いんだね」
マイケル、独特。
いや、マイケル。
怖い。
マイケルは不思議ちゃんかもしれません(笑)




