表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
『ハンドメイド・ジュリ』は今日も大変賑やかです 〜元OLはものづくりで異世界を生き延びます!〜  作者: 斎藤 はるき


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

282/640

21 * リンファ、近況報告する

ゴールデンウィーク連日更新スペシャル三日目。

新章最初はリンファさんに語って頂きます。

 

「ジュリがもう限界だ」


 グレイセルが手を震わせ、苦しげにそう言ったのは二日前。

 今は死んだように寝てしまい動かなくなった彼女を屋敷まで小脇に抱えて帰ってきてベッドに寝かせてスヤスヤと爆睡し続けるジュリの寝顔を見て穏やかな顔をしている。

 ……あの小脇に抱えるの、なんとかならないのかしらね? グレイセルもジュリも『これが一番安全で安定するから』とか言うけれど、ああいう時くらいお姫さま抱っこしなさい。


「まだ寝てるの」

「まだ寝てるな」

「疲労回復に最高のポーションがあるん―――」

「あ、それは遠慮する」

 最近私の作るポーション要らないって言われるのはなんでよ?

 まあ、それはいいわ。

「いよいよね、マイケルによる魔法付与」

「ああ。そこに不安はない、信じているからな」

 落ち着いたその表情に私もホッと胸を撫で下ろす。頼もしい限りだわ。

「あとはその日に向けてあなたとハルトが備えるだけね。私も行ければよかったんだけど、マイケルとケイティに止められちゃったし」

「リンファにまでフォンロンに入られるとフォンロン以外の国で何かあった場合の対処が遅れるからな。【彼方からの使い】というだけでなく、地位もあるリンファならある程度の無理も通しやすいというマイケルの判断だ。私もそれでいいと思っている、安心してフォンロンに向かえるよ」

「そう言ってくれるとありがたいわ、期待に添えるようこちらも万全の体制で挑みつつ陰ながらサポートするわね」

「ああ、頼む」


 気持ちよさそうに寝ているジュリの寝顔を眺め私も安堵しつつ、今日は確認したいことがあるから訪ねてきたの。


 『覇王』発生兆候が大陸全土に伝えられてから私は北方小国群にあるヒタンリ国に頻繁に入っている。

 あの国は上級、特級クラスのポーションに使われる素材の数種が一定範囲にある複数のダンジョンに発生する魔物から入手出来るの。地上で魔素の流れに左右されてランダムに発生するのではく、魔素の流れが安定したダンジョン内で常に発生するから非常に助かるのよ。まあ、そのダンジョンというのがどれも例外なく高難易度のダンジョンで素材を手に入れるのはとても危険が伴う命がけのことになってしまうのだけど。私は平気よ? だから最近の私は素材を集めてポーション作ったらまたダンジョンに行ってを繰り返している。一部鮮度が命の素材もあるのでまとめて集める事が出来ないためヒタンリ国には必然的に二〜三日おきに入ってるんだけど。


 そのヒタンリ国で思いもよらないことで驚かされたのよ。

「ねえ、グレイセル。ヒタンリ国の第六皇子の妃として迎えられることになったこの国出身のラステアっていう女性とジュリの間に何かあった?」

 え、なにその顔。

 名前を聞いた瞬間のグレイセルの顔。

 珍しい顔だわ。

 心底嫌そうな顔よ、この男でもこんな顔するのね、ちょっと面白いわ。

「あの女が、どうした」

『あの女』ねぇ。妃扱いする気がないところを見ると、話したら飛び跳ねて喜びそうね。


「紹介されたのよ、国王に。彼女、元高級娼婦なんですって? 国王は弟の妃になることを反対していて、私に紹介する気はなかったそうなの。で、昨日素材確保の為にヒタンリに行ってダンジョンに入らせてって国王に挨拶とお願いがてら会いに行ったその場にちょうどその弟皇子と一緒のところに居合わせて紹介されたんだけど国王があからさまに紹介したくなさそうな顔をして……。一応ね、私も簡単になら人の鑑定出来るからしてみたの。国王に変な影響を与えるような女だったら困るし私に敵意があるかどうかも確認したかったから。でもそんなことがどうでもよくなっちゃうことが発覚したわよ」

「なんだ?」

「彼女、ジュリの【神の守護:選択の自由】で制限を受けてたわよ」

「……は?」

「は? よね? だってグレイセルが【称号:調停者】を得て、それに関連する【スキル】で【神の守護】の発動兆候を事前に察知出来るようになったって聞いていたから私だってびっくりよ」

 これまた珍しい顔だわ。目を見開いて真顔って、ちょっと笑えるわね。

「ジュリからもあなたからもそんな話をされていなかったから本当にびっくりしたわよ、二度見したわ」

「そんな、ばかな、全くそんな気配はなかった……いや、待てよ? あのときか?」

 なにか、あったようね。


「つい数日前だ。覇王騒ぎで各国がククマットに送り込んでいた間者を戻している中で、お前たちそれでも玄人か? と呆れるほど目立つ間者がいてな」

「目立つ間者なんて間者じゃないでしょ」

「それが、ヒタンリ国の第六皇子の間者、つまり『子飼』だった」

「えっ?」

「本当に突然だ、『私達は怪しいです』と言っているような気配をさせて、あっさりうちの自警団の新人に拘束された」

「それ、『子飼』じゃないでしょ」

「『子飼』なんだよ。マイケルが鑑定したんだが自分の鑑定が信じられなくて三回も鑑定し直していた。しかも、拘束後の尋問であっさり目的を吐いた」

「はあ?!」

「その内容が、『ジュリ・シマダの弱みを見つけてこい』という命令をされていたそうだ。……第六皇子からではなく、あの女からの命令だそうだ」


 なるほど。


 つまり。


 あのラステアという人は、一線を超えちゃったのね。


 ジュリを守護する【知の神:セラスーン】を怒らせた。ジュリのなるべく発動してほしくないという優しい心を無視させるくらい、セラスーンを怒らせたのよ。


「……ジュリの弱みを握って来いなんて、あなたの存在を知っていて言えるってある意味凄いわ」

「あまりにも腹立たしいから拘束した三人を切り刻んで闇夜の餌にしたよ。今頃帰ってこなくてイライラしているだろうな」

 あ、こっちも容赦なし。


「母の友人という立場を利用して度々ジュリに手紙を送って来てはいた。だが、父も兄も更にはアストハルア公爵もあの女はジュリを自分の足場堅めにしか利用しないだろうと話していてな、ジュリもそのあたりには敏感だ、輿入れの祝品を贈った以降は一切のやり取りをしていないし今後も滅多なことでは個人的なやり取りはしないと決めていた。それでジュリの弱みを握り強引に自分側に引き込もうとしたのではないかな」

「そういうこと、納得。ジュリを引き込むですって? 万死に値するわ」

 そうだろう、とこれみよがしにグレイセルが頷く。

「あの女は自分の情報網やそれらの伝、顔の広さが自慢らしい。そこになかなかジュリのことを引き込めない事が気に入らなかったんだろう。……となると、あの子飼いが役に立たなかったもの頷ける。それがもし【選択の自由】によるものだとしたら、あの女にとって不都合な制限を受けたんだろう。周りに多大な迷惑と被害まで出してしまうことも含みそうだな」


 そう聞くと、彼女を鑑定して見えた内容に納得ね。












―――【神の守護:選択の自由】発動中。

 自身の欲する情報を得ることが不可能となりました。今後得られる情報はすべて他人が齎す一方的なもののみとなります―――


 そう、出たのよ。

 ハルトやヤナならもっと詳しく見ることが出来るでしょうね。

 それでも、ジュリの【選択の自由】の効果というのが今回少しわかった気がするの。

 以前ベイフェルア王家の【隠密】レイビスに対して発動した際、彼女はその【称号】や付随する【スキル】や補正を王家のために動いている時しか使えなくなったと聞いている。


【選択の自由】は対個人の力。


 長所や能力を著しく制限されるか失う。


 これは地味に見えて、かなりの脅威よ。


 権力が強ければ強いほど、地位が高ければ高いほど、影響は計り知れないわね。

 たとえば国王に発動するとする。【スキル】と【称号】がない場合、ラステアのように情報を得ることが出来なくなるというのもかなりキツイけど、言葉そのまま、自由を奪われたら?

 国王にそもそも『自由』なんて殆どないわ。僅かばかりのささやかな自由を奪われたとしたら。


「恐いわね、気の緩みを許されない一生を強制されるってことだもの。そんなの、人が耐えられるのかしら」

「無理だろうな。一瞬すら自由のない人生なんて想像もつかないが、間違いなく常人ならそう時間をかけずに心を病む」

「まあ、私たちには関係ない話よね」

「そうだな、セラスーン様に守護されるジュリに手を出すのが悪い。自業自得だろう」

 二人でそんな結論に至ったわ。













「……ふが!!」

 び、びっくりした。

 ジュリが全然可愛くない寝息を!!

 グレイセルは顔を覗き込んで、おしまい。

 慣れてるの? 慣れてほしくないわよそれは。

「面白いだろ?」

 そういうことでもないわよ。

 そして話を最初に戻さないと。

「ああ、そうそう、早めに伝えておくわ。私は今回出られないけれど、その代わりセイレックたち魔導院の高位魔導師を中心に送り込むつもりだから、あなたとハルトに預けるわ」

 グレイセルが少しだけ驚いた顔をする。

「今調整中なのよ、皇帝陛下としては未知数の脅威に対して魔導院から人を出すことには賛成しているんだけど、被害もどれほどになるのか誰も予測が出来ないせいで魔導院トップのセイレックはもちろん高位魔導師を出すことに難色を示しているわ。でも、私としては私が行くべきだと思っているの、それだけ危険な現場になるはずよ、生半可な魔導師なんて足手まといでしかないし、死者を増やすだけでしょうから。だから、せめてセイレックと序列五十位内から半分は送り込めるよう今魔導院が掛け合っているわ」

「……いいのか?」

「保身に走ってはだめでしょう、ちゃんと現実に向き合って何が起きるのか、その先に何が残るのか、見なくてはならないのよ。それを、後世に残さなくてはならないのよ。私だってセイレックを送り込みたくないわ、でも、彼も同じ気持ちでいるの。それを止めたくはないわ」

「……そうか。正直、セイレックの転移や防御魔法を頼れると思えるだけでこちらとしてもあらゆる対策がしやすくなる、助かる」

「明日にはまとまるはずだから連絡を入れるわね、セイレックは必ず行かせるつもりだから、好きにして。セイレックもそのつもりでフォンロンに入るから」

「……ははは」


 突然、何とも言い難い顔をしてグレイセルが笑って。

 そして、ジュリの寝顔を眺めてから徐に椅子から立ち上がりチェストに向かって、立ち止まり引き出しを開ける。その引き出しから箱を取り出して戻ったグレイセルは私の目の前でその箱の蓋を開けた。

「持っていってくれ」

「これって」

「不純物のない、魔物素材のみのジュリが作ったパーツだ」

 色付きスライムと、かじり貝の螺鈿もどき、そして、色とりどりのリザードの鱗。

「魔法付与が高確率で可能だと分かってから物によっては意図的に付与出来ないようにガラスの粉末等を添加するようになったんだが……これはそれをする前、見た目の美しさに拘って不純物が限りなくゼロに近い状態を目指していた初期のものだ。今回制作したものは全て侯爵家と私の名前で世に出すことになっているから余分なものというのがない。その代わりだ、持っていってくれ。リンファも出来るんだろう? 魔法付与」

「……出来る、けど、でもこれはある意味貴重なものじゃないの?」

「ジュリから言われている」

「え?」

「私が大丈夫だと判断したら必要とする人に渡してほしい、と。……迷わず、躊躇わず、楽しんで良いものを作りたいと思いながらジュリが作ったものだ、良い付与が出来るかもしれない。使ってくれ、このときの為にあるものだった気がするんだよ」


 このときの為に。

 まるで、ジュリは分かっていたかのように。

 いいえ、違うわね。

 彼女は『誰かの為に』『正しく使ってもらう為に』グレイセルに託していたの。

 そして、彼女の想いを穢さないとグレイセルが私を信じているから。

 私なら、決してジュリが傷つく、後悔する使い方をしないと知っているから。


「グレイセル……」

「ジュリの作るものは攻撃系の付与は一切出来ない。無理に攻撃系の付与をしようとすると魔力が逆流し、パーツも破損する。付与する魔法は必ずそれ以外にしてくれ。これでセイレックたちの生存率が高まるならジュリの本望だろう」

 緩慢な動きで出した私の両手に、グレイセルは蓋を閉じた箱を乗せる。

「使ってくれ」

「……有り難く頂戴するわ」

「ああ」


 またジュリが全く可愛くない寝息を立てた。

 グレイセルはやっぱりなんてことない顔をして眺めている。


「戻るわ」

「ああ、忙しいのにわざわざありがとう。ジュリならこの通り大丈夫だ。この後のことは、私達が引き受けることだからもう安心してくれ」

「ええ。落ち着いたら、また来るわ。ちょっと先になりそうだけど」

「そうだな」

「それと、これのお礼にポーションをセイレックに持たせるわ。自由に使えるようなるべく多く用意するわね、お互いそれで貸し借り無しにしましょう」


 友達の作った大事なそれを抱え、私はグレイセルの見送りで外に向かう。


 さあ、忙しくなるわ。

 セイレックたちをフォンロンに送り込む為に皇帝陛下をちょっと脅すしかないわね。死なないけど一ヶ月腹痛に悩まされるポーションを目の前においてやろうかしら。

 小うるさい元老院の奴らを黙らせるには飲んだ瞬間からゲップが十日間止まらないポーションを目の前でコップに注いで置くのがいいのよね。あれ、恥ずかしくて死にたくなるらしいから。気位の高い元老院の奴らには物凄く効果があるのよ。

 あー、骨まで溶けて跡形もなくなる通称『超ヤバい』はまだ大量にあるからあれもチラつかせて。

 回復系のポーションに必要な素材はヒタンリ国のダンジョンが一番手に入りやすいからやっぱり時間が許す限りダンジョンに行くべきね。大量生産しないと。

 忘れちゃいけないわ、グレイセルやハルトの邪魔をするやつがいないとも限らないから運気がダダ下がりになる散水型ポーションもセイレックに持たせて邪魔しそうな奴らに振りかけて貰おうかしら?


「リンファ、質問なんだが」

「なに?」

「……お前の作るものはポーションとは言わない気がするんだが」

「失礼ねポーションよ、ちゃんと味にも考慮してるんだから。『超ヤバい』だけは味がどうにもならないんだけど」


 何よその顔。

 飲ませるわよ。











 一人になって、ふと思う。

 ジュリの【神の守護】について少し理解すると、見えてくるものがある。


 覇王。


 どう考えても、自然の理から外れた存在。


 神の力を思わせる。


 ハルトならば。


【全の神:ライブライト】ならば。


 まさかね。


 覇王が、ハルトの【神の守護】発動で発生したなんてことは、ないわよね?


ラステアに【選択の自由】が発動した話が入っているのですが、ちょっと無理矢理感があるのでは?と思ったかもしれません。

リンファの頭の片隅で【神の守護】が発動する根本的な理由は何なのか、それがジュリではなくこの世界の理すら揺るがしかねないハルトの場合はどういうことが起こるのか、というのを考える時に彼女なりの答えに行き着くには何らかのきっかけが欲しいな、と考えた結果こうなりました。


ラステア、これからの人生大変です。


次回更新、5月7日です。通常更新に戻ります。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
 欲出した特級のお馬鹿の行く末なんて、ロクな終わり方はしないな。自業自得だから崖下(破滅)へ、転がらず直行してどうぞ? としか。
[気になる点]  うーん、ラステアに【神の守護:選択の自由】が発動しているのなら、ジュリの離婚問題を引き起こした黒幕達にも発動してますよね。発動していてもジュリの離婚決意に追い込まれる事態は引き起こさ…
[一言] まさかの(゜ω゜)
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ