3 * 祝、開店
この世界でも新しい店の開店前にはビラ配り的なことはするらしい。
人の集まるとこで『どこの番地にどんな店がなんて名前で開店するよ!!』って喧伝して歩く人を雇って三日間くらいやるんだって。
うち?
しませんよ。
この世界になかったものをどうやって誤解なく宣伝できるのよ? って思いまして。
「スライムの死骸売ってるよー!!」
とか言われたら困る。
なので、自発的な宣伝は全くしてない。
でも開店前からグレイセル様と、計画したように自警団の新人の男の子たちに表に立ってもらって不法侵入? を防ぎつつ説明なんかしてもらってたからそれが宣伝と言えば宣伝。
でも、いざ当日で開店直前には行列が。
これにはローツさんもびっくりしてて、よほど気になってた人が多いんだなぁって感心してた。
開店二十分前に数えたら四十三人。
ありゃぁ、どうしよう。一度に店に入れる人は五人までと決めたばっかになのに。
それは表の少年たちが説明してくれることになって、滞在時間も申し訳ないが今日は購入しない人は短めにお願いすると説明に付け加えてもらった。
あとね、商人。
どーんと扉横にこれ見よがしに即席でライアスが作った看板には
『全て転売禁止商品だ! 特別販売占有権に登録済! 転売発覚後の責任はとらないぞ!!』
と、店の雰囲気ぶち壊しの威圧感たっぷりの看板立て掛けてた。字が厳つい。
こちらの世界は転売に厳しい。恐ろしく厳しい。開発者や製作者より利益を出すことを厳罰で取り締まる。この厳罰が恐ろしい。なにせむち打ちとか走馬による引きずりの刑に罰金まで課せられてるっていうのよ。おかげでこちらの商売がバカを見ることはないんだろうけど、この看板に気づいた商人らしき数人が無言で立ち去ったのを見ると、結構悪どいことをする人間があちらこちらにいるんだな、と実感。
開店日のおよその予定を立てた時点で特別販売占有権に私が見いだした素材を使った商品の作り方を全て登録しててよかった。
売りたかったら作り方と素材の扱いを習いにきなさい、だね。
真面目に商売しようとする人は大歓迎だから教えるよ。
で、そろそろ開けるよーって気合い入れてたらグレイセル様とローツさんに呼ばれた。
何事?
「入店した際は合図を送るつもりだが、ジュリも顔をおぼえておくといいかもしれない」
「え? なんですか?」
「王室の【隠密】が並んでる」
……はい?
隠密って、あの隠密?
スパイ活動します的な?
しかも【称号】として持ってる人もいるよね? あ、その人はまさにそれなのね? 異世界人じゃないのに【隠密】って凄いらしいよ。
この世界の人でも【称号】や【スキル】を与えられている人はわりといるらしいけど、中にはとても珍しい【称号】があると。その一つが【隠密】。
しかも王室関係者と。
すごいな?!
「な、な、なんで王室の【隠密】が?! ハルトに前に教わったけど【隠密】ってものすごいレアな存在で会えるかわからないってくらい貴重って聞いてますよ?! しかも何故に行列に並んでるのですかね?!」
あ、言葉遣い変だ。いや、本当に【称号】で【隠密】って貴重らしいのよ。一時代に【勇者】や【聖女】が一人しか存在しないのと同じくらい。
「あれだ、社交シーズンのルリアナ夫人話題になってたから。王妃や王女も気になっていたんだろうな。出所を探っている話は俺の所にも届いていたし。俺の実家の子爵家でもこのククマットの話題は上がるくらいだからそれなりの人物を王家が送り込んで来てもおかしくない」
グレイセル様とローツさんの話で……。
思い出した。
あれだ。
ストラップ。
実は社交シーズン直前に王都に持っていって何か身に付けられる物はないか相談されたのよ。
で、まだパーツに余裕がない時だったから、直ぐに思い付いて用意できたのがストラップ。
擬似レジンにきれいな押し花と金属パーツを閉じ込めたあと、ライアスがちょっとだけデザインに凝った留め金具と細い鎖に繋いだのをいくつか渡してたんだ、そういえば。ルリアナ様の侍女さんがそれを扇子の飾りと取り替えが可能そうだというので小型の扱いやすいペンチと一緒に予備の金具も入れて持たせてた。
うん、思い出した。
女性だけでなく男性にも質問攻めにされ、次期侯爵夫妻が話題の中心になってたとか。とくにルリアナ様が持ったわけでしょ、女性は競うからね。色んな話を優位に進められたとも聞いてる。しかもあのお二人はしたたかだからね……自慢もせず、さりげなく新作ですって匂わせる会話で人心掌握したらしい。
にしても、何故に【隠密】。
「それは……堂々と買いに来るわけにいかないだろ?」
ちょっといい淀むローツさんに対してケロッとしてたのがグレイセル様。
「公爵領ならまだしも、侯爵領でも一番端にある領内の中途半端な地区の店に王族ですって堂々と来るわけには行かないものだ」
「……見栄とプライドですか」
「まあ、そうなるな」
ふーん……そう。
ちょっと闘争心のようなものが掻き立てられますねぇ。
隠密使ってコソコソ買い物ですか。
買ってくれるなら問題ないけどね。
買わないなら問答無用で追い出す。
そしていずれは王都からわざわざ買い付けに来るようなレースとか雑貨とか、店頭に並べてやるわよ、ふふふふふふふふ。
私の声を聞き顔を見て、ローツさんは引いてた。グレイセル様は安定感抜群です。
私の考えたことを察したらしく、動じず、そしてニコニコしてた。
私もニコニコ。
構ってられるかそんなもの。
私は、私が出来ることをするだけよ。
そしてついにオープンです。
《ハンドメイド・ジュリ》
さあ、皆笑顔でね。
扉を開けて。
「いらっしゃいませ、ようこそ《ハンドメイド・ジュリ》へ。本日開店です」
お客さん、予想外に男性が多い!! そしてほぼ確実にラッピングの説明聞いて有料なのにするんですけど!!
ラッピングだけでも二リクル頂戴してる。そうしないと内職さんたちに支払いが難しくなるくらいにはコストがかかるから。私の利益はラッピングからはほとんど出ない。すべて袋が手作りなのと薄くてもリボンも袋もそれなりにいい布だから仕方ない。
それにしても、意外な出だしだったわ。ただ、高いものは予測通りで一時間経過しても売れてない。これはフィンも
「売れないわよ!!」
ってカラカラ自信満々に笑って言ってたけど一般人の収入考えればね。仕方ない。
やっぱり擬似レジンと小さいレースが売れる売れる。手持ちのアクセサリーに付け替えたりバッグに飾りとして付けたり、服に縫い付けたり帽子やマフラー、手袋のポイントにしたりって使い方の提案すると複数買ってくれる。それをラッピングして渡すとそそくさと帰っていく男性たち。
あなたに幸あれ!! と叫んで送り出したいわ。また買いに来てね (笑)。
で。
アクセサリーは、やっと二つ。
お世話になってた職人さん二人がそれぞれ買ってくれた。
これも想定してたことで、アクセサリーには金具が使われているからどうしても高くなるし、擬似レジンで固めた使っているパーツ類も多いからその分も高くなる。
軒並み四十から五十リクルの価格付けをしたのは 《ハンドメイド》はそれだけ手間がかかることを最初に示しておかなくてはならないからだ。
バラ売りのパーツと違い、一つ一つバランスを考え型を選び慎重に作り上げるのは元の世界となに一つ変わらない。
元いた世界でも 《ハンドメイド》はわりと高いものが多いのは作り手がそれだけ手間をかけているからと、経験ある人なら誰でも思うこと。
でも、それでいいと思う。手間暇かけたものを慎重に選んで買ってくれたらそれはそのお客さんに『認められた』ということ。
こちらでも、どんな小さなパーツでも職人や私達作り手の努力が少しでも伝わってくれたらいい。
職人さんはそれぞれネックレスと少し大きめのレースを買ってくれた。どちらも奥さんにプレゼントするのだという。ちなみにネックレスの金具を手掛けてくれた人とレースに使う糸に染色をお願いしている人だ。自分の仕事を自慢する意図もあるか (笑)。
「「開店おめでとう!! ジュリ!!」」
そしてしばらくして元気に入ってきたのは最近仲良くなった女性二人でスレインとシーラ。
スレインはよく行く食堂で働いていて、シーラはお世話になってる職人さんのお嬢さん。どっちもすでに既婚者だけど年齢が近くて明るくてとても親しみやすくて知り合ってから直ぐに仲良くなれた二人。
わざわざお祝いに来てくれた上に買ってくれるみたいだわ、嬉しいね、こういうのも。
でも、二人が妙な視線を送ってきた。
ん? なに?
「ねぇ、次に待ってる人、怪しいよね?」
「そうそう待ってるときさぁ、微動だにしないんだよね。無表情だし」
と、コソッと耳打されて、視線を扉の向こうにいるグレイセル様に向けるとすぐに目があった。
あ、つぎの人ね。
【隠密】は。
友達二人いわく、一人だけ雰囲気違うとか。
それ【隠密】なのか? 普通は目立たないとか気配がないとか、そういうスペシャリストじゃなかった? 疑問だわ。
それは置いといて。
二人はちょっと奮発してアクセサリーで四十リクルするネックレスをお揃いで買ってくれた。なんでも準備期間に差し入れを持ってきてくれたんだけどその時から目をつけていたとか。
差し入れはそのためか!! やるな、さすが女。あざとい。




