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『ハンドメイド・ジュリ』は今日も大変賑やかです 〜元OLはものづくりで異世界を生き延びます!〜  作者: 斎藤 はるき


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20 * 【彼方からの使い】だからこそ

『黄昏』の正体分かります。

何となく予想してた方も多いかもしれません。

 


 いつか扱う機会があればと思っていた素材が目の前にある。

 アストハルア公爵様が役に立つのであれば出し惜しみはしない、と決断してくれたからこそこうして実物を瞳で捉え、手で確かめられている。

 本当に感謝でいっぱい。


 数種届けられた中で、デザインで悩まずカットすることで扱えそうなものが実は一番希少で高価なものだと聞かされたときは流石にビビったわ。『皿にしたい』って言っちゃったよ、うん、でもフルーツ盛ったら良さそうなんだよね……ホントに。


 私が目いっぱい指を広げた手で覆えるかどうかの魚の鱗に似た形をしている大きなもので、厚みは薄いところでも一センチ、最も厚みがある部分は三センチはある。パッと見は透明な薄紫色なんだけど、光にかざすと何故か無色になり七色の波紋を自ら発する不思議な現象を起こす。

 それが、三枚。


 ドラゴンの鱗。


 魔物素材ならば私が手掛けたものは異常とも言える魔法付与が可能な場合がある。

「最大限の力を尽くそうとしてくれるなら、私も最大限の事をするまで」

 と、そんな私の特異性を理解して公爵様が秘蔵のものにも関わらず用意してくださった。

 ハルトは。

「想像がつかねぇな、色付きスライムとかだってごく稀に国宝並みの付与が出来たりするだろ、今回は意図して魔法付与を狙って加工するんだよな? 必ずセラスーンの影響は受けるはずだぞ。……何が出来るんだよ、恐ろしいわ」

 と苦笑していた。


 ハルトの気持ちに賛同しておく。

 私がこれを加工して、マイケルが魔法付与するんだけど。

 国宝じゃなく、神具できる可能性が……。

 冗談とか、自惚れじゃなく、出来ると思うんだよねぇ……。


 使うけどさ。


 この鱗、この世界で驚異度が桁外れな『覇王』を除けば最強の魔物。ドラゴン種の『黄昏』と呼ばれる事実上魔物の頂点に立つドラゴンの鱗なんだって。

 なにその名前、自動翻訳バグった? と思ったら『出会ったら最後、死が確定なので皆が黄昏る』からそう呼ばれるようになったっていう逸話があるそうな。今さらだけど、この世界のネーミング、ちょっとずれてる気がするわ。

 それは置いといて。


 この『黄昏』の鱗は、かつてハルトが討伐した『黄昏』。素材のほとんどはロビエラム国に献上されたけど、一部が世に出されオークションにかけられて公爵様が鱗を競り落としていた。

 非常に神秘的な美しさのあるこの鱗が、討伐した本人に使われる為に私の元へ。そして、私はそれを別次元の存在とも揶揄されるドラゴン『覇王』を殺す、刃を向けるグレイと、それを可能にするため『覇王』を押さえ込む、ねじ伏せるハルトの為に加工する。


 二人を人の限界を超えた、世の理を無視した力を解放させる一端を担うために。


 迷ったのも事実。

 そんなものを作る決意をしていいのかと。

 でも、セラスーン様の言葉でその迷いは絶ち切れた。


『グレイセルの【神の祝福】も『覇王』には有効なはずよ。それならば、人々がなにが起きたか分からぬうちに片付けることも出来るでしょうね』


 この世界の問題に神様の力を使う。


 過去、神様が見守るだけだったこの世界の理に、私たちにある神様からの干渉を理由に簡単に関わらせるのは違う気がした。

 そもそもハルトがそれをしようとしていない。いや、出来ていない?

 自力で解決しようとしているか、その道しかない可能性がある。

 つまり、神様に干渉してもらっては意味がないということでさらには強力な【スキル】が通用しない相手。


 何らかの理由がなければ発生しない『覇王』。それは、言うなれば神様による啓示じゃないの? と冷静に今回のことを考えているときに思ってしまった。

 それについてセラスーンに問いかけたけれど曖昧に笑って、答えられないわ、と一言返って来ただけ。その返答は人によって解釈は違ってくる。けれど、全く神様が関与していないとは言えない。何故なら、過去の『覇王』誕生には【彼方からの使い】が関わっていたから。


 そしてグレイもケイティもマイケルも、リンファも。

 同じ疑問にたどり着き。

 私と同じ想いに至った。


 これは、人間が解決すること。


 だから、迷いは捨てた。


 ドラゴンの鱗を加工する。


 ドラゴンの素材はこの世界で最も硬質と言われ、牙や骨となると私では経験が無いためさすがに期限が決められてる状況での加工は難しいと言われた。ただ、鱗は専用の工具や研磨器があれば加工出来るはずで、そして()()()()()()()大丈夫だろうとライアスや職人さんたちがお墨付きをくれていた。

 私の手先の器用さはこの世界でトップクラスらしいのでそこに期待してくれているみたい。

 そして【彼方からの使い】であり、【技術と知識】を持つゆえの、周囲の自信は私の中にも確かにある。













「?」


 ならば、迷いも躊躇いもない、まずは大まかなカットから早速、そう思った。

 ドラゴンの鱗でも切れるというファンタジーな金属と魔法付与で強化された刃が付いた切断機に鱗を置き、回転する刃にゆっくりと近づけ鱗が刃に触れた瞬間だった。


 ほんの僅か。

 白っぽく一本の線が薄っすらと入っただけ。



 目の前がユラリ、と揺れた気がした。

 なんだろ?


 じっと鱗を見つめていると、急に後ろからグレイが私の肩を掴んで、もう一方の手で私から鱗を奪い取る。

「不活性魔素が大量に漏れ出したな、ジュリ、離れろ」

「え? なに?」

「ドラゴンは魔素の含有量が他と比べ物にならないし一度に放つ量も桁外れだ。ドラゴンや一部の魔物素材は取り扱いに注意する必要がある。すっかり失念していた、ジュリは……キツいぞ?」

「何が?!」

「種類は少ないが、濃い不活性魔素には魔力が少ない者や魔力の扱いに慣れない子供などが近づくと魔素酔いと呼ばれる目眩や体調不良を起こすものがある。ジュリは魔力がない、遮ってくれる魔力がないぶん影響を受けやすい。気をつけろ、しかも……僅かだが可視化されている、こんなに濃い魔素は初めて見る。今の刃を入れた時点で何か変化はなかったか?」

変化。

あった。

目の前が歪んで見えた。

「騎士団長にいた頃、魔物素材から魔素が漏れ出す感覚を感じたことは何度かあるがこんなに濃いのは見たことがない」

「……ファンタジー過ぎて理解が追いつかない」

 驚きつつ、グレイが持つ鱗に恐る恐る指で触れた瞬間。

「ん、 ちょっと、待て?」

「え?」

「ジュリ、もう一度」

「え、なにが?」

「触ってみてくれ」

「ん?」

「……ジュリが触れるだけで、魔素が漏れていないか?」

「は?」


 はぁ?












 可哀想に。

 今回万全の体制で挑むために魔物素材に詳しい学者さんもツィーダム侯爵様が寄越してくれてたんだけど。グレイとハルトに両脇抱えられて引きずられるように連れてこられて混乱してるよ……。着てる服が乱れてるから有無を言わさず拉致されて連れてこられたんだなぁ、と遠い目になってしまったわ。


「こ、これは……久しぶりに見ました。『共鳴』ですよ」


 なんじゃい、それ。

 素でツッコミ入れちゃったよ。


 ただ、グレイとハルトは違った。ひどく困惑した顔で私を見つめる。

「魔素とは人間の持つ魔力とは質が違い、属性や効果そのものを表す魔素と不活性魔素と呼ばれる二種類が混在している状態で物と結び付いているのですが……」


 学者さんの説明はこうだった。

 本来世に氾濫する素材の魔素と人間の魔力は質が違う。だから反発しあって当然、特に魔素が多く濃い魔物素材の加工が難しいのは強烈に反発しあっていることが原因らしい。それをなんとか加工することで魔素が外に漏れ、漏れて空いた空洞に相性のいい魔法を付与出来るようになっている、というのが一般的な見解なんだそう。

 ところが。希に特定の素材と特定の人間にその反発が起こらないことがある。それが『共鳴』。素材の構成に密接に繋がっている魔素を引き出し加工を容易くしてしまう。加工するとき、特に付与の邪魔になるとされる不活性魔素を引き出すらしく、その時に独特の、特別な音が鳴る。私と『黄昏』の鱗だからこそ出る音ともいえる。

 なるほどなるほど、だから『共鳴』かと。

 実際に鱗に刃が入った瞬間、何かを削る音というよりはまるでバイオリンの一音をか細く引いたような音がするので私はそれがこの鱗を削る時の音かと思ったけれどそれは私だから出た音ということらしい。


「使わなくていい」

「グレイ?」

「魔素酔いがどれだけ辛いものか、知っている」

「そうなの?」

「ドラゴン素材ではないが、私が騎士団団長をしていた時の部下で素材の解体でなった者がいる。立っていられず嘔吐して、一度酔うとなかなか回復せず半日起き上がれなかった」

「ええ、その通りです」

 学者も心配そうに私を見つめる。

「長い時間晒されればそれだけ負担は大きくなると言われています。まして加工となれば素材を切断、削りますから継続的にまとまった魔素が漏れるはず。そうなると数回の加工工程で大量の魔素を浴びることに。ジュリさんは魔力がないのですよね? 危険です、遮る役目をしてくれる魔力がないのであれば、想像を絶するものになるはずです。きっと日常生活にも支障が出ます。こういった厄介な素材は魔力による反発と防御あってこそ役に立っていると言っても過言ではありません、職人に魔力豊富の方々が多いのは魔素酔いに悩まされる心配があまりないからこそで」

「それで死ぬことはありますか?」


 説明を続ける学者さんを遮る私の言葉に、グレイが絶句した。ハルトは呆れた様子で頭を抱えて学者さんは困惑して冷や汗でもかきそうな顔をしてしまう。

「し、死ぬことはありません。ただ人によっては数日ベッドから起き上がれないこともありますし、中には数ヶ月療養した人も。その、申し上げるには躊躇いもありますが、でも言わせて下さい。ごく稀なケースではありますが、後遺症として生涯酷い目眩と頭痛に悩まされ、日常生活もままならず職人として再起不能になった人もいるんです、甘く見てはいけません、非常に危険を伴います」

「勉強になりました、ありがとうございます」

「えっ、あの」

「死なないのなら、やるまでです」











 学者さんを連れてハルトが工房を後にした。


 グレイは、椅子に腰かける私の膝に、祈りを捧げるように組んだ手を乗せ、その上に額を乗せて。

「どうして、そんなに嫌なの?」

 その問いに答えてくれない。二人きりなったらこの姿勢になって。

「頼む、止めてくれ。そんなことを望んでいない」

 とだけ言ってからは私が何を質問しても答えてくれない。

「グレイ、教えて。グレイの気持ちを知りたいのよ」


「失いそうで、恐い」


 ポツリと、弱い、頼りない初めて聞く声だった。


「まるで身を削るようで……その先に、別れがありそうで、恐い」


【彼方からの使い】は、異世界の人間。『別れ、そして出会い』がいわば私たちを表す言葉と言ってもいい。

 人間はそれを繰り返す生き物だと思う。特に【彼方からの使い】は皆、それを強く認識していると思う。死ぬはずだった運命を『別れ』と引き換えに、命を繋ぎ、この世界で新しい『出会い』を得て生きている。


 考えたことがある。

 もしかして、また神様に認められる行いをしていて、そして死という運命に飲み込まれそうになったら。

 またどこか違う世界へ飛ばされるかもしれないと。


 それが『私』という人間の運命かもしれないと。


 グレイはそれを言っている。

【彼方からの使い】をパートナーにした人間は、もしかすると同じ事を考えることがあるのかもしれない。

 無茶をして、自分を犠牲にした先にあるもの。


 別れ。


 ひどく、その事が身近に感じるのは【彼方からの使い】だからかもしれないと思う。覆すことが不可能な諦めを抱えているからこそ感じる、思う、別れを知ってしまっているから。


 でもね。

 大丈夫よ。

 グレイ。

 私もうどこにもいかないから。

 いくつもり、ないわよ。


「グレイがいるから、どこにも行かないわよ。私の居場所はここ。あなたがいる、ここだからね」

「ジュリ……」

「作るからね。グレイの力を引き出してみせるから。神様も殺してしまえる、そんな力を与えるものを作るつもりでいるのよ私は。だから、それを身につけて終わらせて帰ってきなさいよ? 命懸けで行くグレイと一緒よ。私にも出来ることをさせて。そうしないと後悔するから。すごいの出来ちゃった!! って笑って送り出すから、グレイも肩透かし食らった、って笑って帰ってきなさい、必ずよ」


 グレイの組んでいた手がほどけ、そして私のスカートを握りしめた。


「……ジュリの、望むままに、私はやるべきことをやろう」

「うん、そうして」

 スカートを握る彼の手を、私は、ただ優しく撫でた。






『黄昏』のほかにも候補の名前があったのですが、これに落ち着いた感じです。『覇王』に王を使っちゃったので使えなかったというのもありますが(笑)。


さて、ジュリが大変そうです。


◆お知らせ

先日もお伝えしましたが今年のゴールデンウィークは本編を更新いたします。

予定としては

5月3日

5月4日

5月5日

3日連続更新(時間はいつも通り)し、その後5月7日から通常更新に戻ります。

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― 新着の感想 ―
[良い点]  覇王、多分鑑定したら出てくる呼称であって人間が名付けたものではないでしょう。神が付けた階級なのかと思います。人間に対する皮肉ですね、神が認める「王」が人ではなく人(国)を罰する方の存在だ…
[一言] ジュリさんの場合魔素に酔ったら逆にハイテンションになる可能性も……
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