20 * ロディム、語る。
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そして今回は若者に語って頂きます。
(これが、クノーマス伯爵領・ククマット……)
【彼方からの使い】ジュリさんが召喚されて以降ここは開発が進み、今尚その速度を落とすことなく続いていて、ベイフェルア国内で最も成長している土地だ。
父からは出立前に軽く教えられてはいたけれど、こうしてククマットを歩いているだけでその気配を感じられる程に、この土地は特別だ。
美しい街並みは、ただ建物が統一されているからだけじゃない。
「『清掃員』と言う。諸事情で定職に就くのが難しい者たちや家庭の事情で働かざるを得ない子供達の日雇労働だ。職業として確立させるのが難しい反面、低賃金ではあるが不特定多数にお金を得る機会が与えられる。それと、『ゴミを集める仕事』ではなく、『美しく清潔にする仕事』として認識を改めさせることで仕事への向き合い方も微々たるものだが変化があって、それも人集めに一役買ってくれている。言葉一つで変わることもあるとジュリが言っていたいい例がこの『清掃員』だ」
麻袋と火バサミを手に各所に置かれている公共のゴミ箱を周りゴミを集め、人の集中しやすい場所や大通りだけでなく細かなルートが存在しルートごとに定期的に巡回して落ちているゴミがあれば回収し、道や公共施設で修繕が必要そうな箇所があればそれを報告するのだという。清掃員と分かるように腕には緑に白線の入った腕章を付け、所定の処理場にゴミを持ち込み報告すると同時に火バサミと腕章を返却、その場で給金が支払われる仕組みだという。返却された火バサミ、腕章はその日のうちに洗浄されて、清掃員はいつでも綺麗な備品で仕事が始められるそうだ。
私は、このククマットの発展はジュリさんや職人たちの物を生み出す能力ありきだと思っていた。
けれど違う。
根本的に違う。
『人を動かす』ことに重点を置くことで、お金を動かしている。
景観を保つために人を雇う。それで生み出されるのは清潔な環境だけではない。清潔な環境は人を呼び込みやすい。快適な環境は人を留める力になる。留まることで物品が必要となりその場にお金が落ちる。その仕組みがこのククマットには既に組み込まれ機能している。
そして、驚くほど頻繁に走る所に遭遇する乗り合い馬車も同じく人を留めつつ動かす一因だ。
周辺地区と合同運用の乗り合い馬車は実によく考えられていた。あえて人が数人しか乗れない馬車と人も荷物もそれなりに乗せられる馬車がある。どちらも巡回式で定期的に走ってはいるものの、コースによって時間帯によって走らせている馬車が違うと。人だけが集中する時間帯や荷物を持った人が集中する時間帯を徹底調査して効率的に回している。効率を重視することで無駄を省き、そのぶん巡回本数を増やせる。増えたぶんだけ便利になり、その便利さを人々がフルに活用する。薄利ではあるが赤字にはならないそうだ。
「これで利益を出すのは簡単だろう。もう少し乗車賃を上げても利用率は今の水準を維持出来ると踏んでいる。だが……この利便性は『幸福度』に反映されるのではないかというのがジュリの考えだ。幸福度が高い場所の定住率は高いはず、領民の流出は税収に直結してしまうのだから例え赤字が心配な薄利しか出せない事業だとしても、基盤の弱い土地なのだから人の定着のためにある程度幸福度を優先した事業として数年は維持してもいいのではという意見をそのまま取り入れた。現状、悪くない。つまりこの土地には合っているのだろう」
そして、驚愕した。
七歳以上の子供『全員』が週五日学校に通っているという。
「領全体の学力の向上を目指している。たった一時間でいい、それでもいいから通わせるようにとすべての保護者に推奨させている。学んだことがいずれ必ず仕事に就く際役に立ち、収入につながるからと。最低一時間の授業では算術と読み書きを徹底し、算盤と文字盤(一人用の黒板)が学校では一人一人が使えるようにしてある。まだ実施は出来ていないが三年間基礎を学んだら四年目からは職業実習時間というのも組み込む計画が進んでいる。あらゆる職業の仕事を見学し、実際に体験出来るようにな。体験させて日雇とは違う厳しい世界を先に見せることでまずは子供自身が文字や算術を習っておくといいと思える環境に持っていく。大人になってから学ぶより先に学んでおくことで働く時の自身の負担を減らせるメリットに気づける環境にするにはまだまだ試行錯誤が必要だが、やらないよりはいいだろう。こちらは赤字だ、人材育成の基盤として結果が出始めるのが数年後だしこの先本当に功を奏すかどうかも未知数だが、先行投資だと思って止めるつもりはないんだ。やらなかったらそれまでで、決して変化は起こらないだろう?」
いずれ義兄となるであろうグレイセル・クノーマス伯爵は、穏やかな顔をして私に説明してくれる。
ここは、特別だ。些細なことすら、特別だ。
「……父から」
「うん?」
「伯爵とジュリさんはこのククマットを 《職人の都》にしたいという夢があると聞いています。それらも、その布石ですか?」
「夢ではないよ」
「え?」
「実現させる、必ず」
「……」
「夢で終わらせるつもりはないし、夢で終わるような生半可なことはしていない。今説明したものもそれらの礎となる。利益なら他の方法で出すことが出来るが……《職人の都》としてこの景観が人々を歓迎していると伝わるように美しく保たなくてはならないし、未来の職人たちが学がないからと卑屈になって貴族や富裕層との交流を避けるような教育しか受けられない土地にはしたくない。たとえ些末なことでも挑戦しそして修正しこの土地を強く大きくし、人々に《職人の都》と呼ばせてみせる。まあ御託を並べては見たが……つまりは発展途上の土地だから成長するためにはあの手この手と試行錯誤していかないと直ぐに綻びが出てしまうのでのんびりしている暇がないだけとも言える」
狭い領地だからこそできるんだよ、と軽やかに穏やかに笑って伯爵は語ってくれたけれどそんな一言で済ませられる事ではない。
「バルア」
「はい」
「父上が、卒業後ここで学んで来いと言った理由が分かる気がしないか? ここはどこよりも学ぶべきことで溢れ……『力』を与えてくれる場所に思う」
専属執事のバルアは私の問に少しだけ悩むような素振りを見せ、躊躇いがちに頷いた。
「……今一度、バミス法国へ留学なさるよりも余程有意義な時間を過すことが出来るかも、しれませんね」
バルアはちょうど伯爵と同い年で、私がこんなふうに誰に聞かれているか分からないような場所でこんな質問をするのを許すような男ではない。まして、バミス法国という大国よりもここのほうが優れているような発言をする男でもない。冷静沈着で父に私の教育すら任されてきた男ですら、動揺を隠せぬほどにここは無数の『知識と技術』が根付いている。
そう。
『知識と技術』で構築された土地。
それはいずれ必ず終わりを告げるものだと分かっている。いるけれど、それでもここはこの先長きに渡って最先端を行き、そして成長することがたった数時間見て回っただけでも肌で感じられる。
無限の可能性が秘められた、成長と繁栄が約束された場所がここにある。
「恐いな」
「……なぜ、と問うても?」
「父にはお前なら少しは役に立てるだろうと送り出された。私もそのつもりで来た。なのに、これだ。不安だよ、この環境で暮らしている人々の役に立てるどころか縋って必死に食らいつくしか出来ないような気がして。ジュリさんも、伯爵も、私のような未熟者が来てさぞがっかりしたのではないかな」
「次期アストハルア公爵となるべくあらゆることを学んだお方の発言ではございませんね、そのような弱気な言葉は今後謹んで頂きたく」
「ははは、許してくれ」
ここで学ぶ。
父からそう命令されたときは釈然としなかった。
こんな狭い土地で何を学べというのだと。
今は。
ここで、学ぶ。学んでみせる。
そう、思えた。
父がいつの間にか手に入れていたククマット領新規開発地区の小さな屋敷に滞在する準備が整うまで落ち着かないだろうからお茶でも飲んで時間を過ごすといいと言ってくれた伯爵からのご厚意に甘え、伯爵の屋敷の応接間で一時の休息をとっていた私の前に現れたのは男爵として叙爵することが決定したローツ・フォルテ氏だった。近々叙爵式が予定されていたがこの騒ぎでそれどころではなくなったに違いない。
「申し訳ありません、まともに案内すら出来ずに。グレイセル様は本家に向かう用ができてしまいまして」
「お気になさらず。父からは何事も指示に従うよう言いつけられています。こちらの屋敷で過ごすことで伯爵も安心して外に向かうことが出来るでしょうし、むしろ一息つけたので助かりました」
「そう言って頂けるとありがたいです」
「あ、それと」
「はい?」
「私のことはロディムとお呼び下さい、丁寧な言葉遣いも社交辞令も不要です。伯爵にもそのようにしていただくことになりました。あくまで父の補佐の一人としてこのククマットの役に立つために送り込まれましたので公爵家令息という立場で立ち振る舞うのは父の権限を施行するときのみ、側仕えの一人とでも思って何でもお申し付け下さい」
一瞬困ったような顔をしつつもローツ・フォルテ殿はすぐに破顔して頷いた。
「今まさに私宛の手紙が公爵様から魔導通信具で送られてきましたが見ますか?」
「え?」
渡された手紙を開く。バルアがそんな私の手元を覗き込む。
『息子はコキ使ってくれ。多少のことでは死なない』
ふっ、と珍しくバルアが小さく息を吹き出し反応していた。
父はこういう人なのだ。
手紙となるとどうにも言葉が少なくなる。というか、端的過ぎて困ると父の友人でもあるトルファ侯爵が仰る程。
父上、せめて『ローツ・フォルテ殿』と先に書き、最後に己の名前も書いてほしい。
「ああ、それはジュリが『楽ですね!!』と真似をし始めたから直す気はないらしいですよ、封筒と封蝋でわかるし転送具を使っているので偽装も不可能だからそれで構わないと仰っててね、ジュリが『効率的!!』と褒めてもいましたよ」
……あの手紙を褒める人がいたのか。ジュリさんは父と同類か。
「そういうことで、こちらも遠慮しないがそれでいいのかな?」
気安い言葉遣いになったローツ・フォルテ殿の問いかけにハッとして顔をあげる。
「ロディムとお呼び下さい」
「俺のことはローツと呼んでくれ。シャーメイン嬢と会いたいときも俺を通してくれて構わないよ、彼女と連絡をとる許可をグレイセル様からもらってるから」
突然出てきた名前に。
「若様、顔に出てらっしゃいますよ」
さっきまで父の手紙をみて笑いを堪えていたバルアがすました顔で小声で呟いてきた。
仕方ないだろう。
少しまだ、信じられないんだから。
諦めていた恋が思わぬ形で成就してこのままいけば結婚まで出来そうなんだぞ……。
頬も耳も熱くて。
気持ちを切り替えるまで十分かかった。
「それで、グレイセル様から聞かされたんだが、アストハルア公爵が提供してくださった素材は本当に無償で構わないと?」
落ち着きを取り戻した私へ質問してきたローツさんは先程の穏やかさが失われ、神経質そうな空気を醸し出した。
「誓約書を信じてはくださらないと?」
「信じていいのか判断しかねるものだろう、あれは」
「え?」
「……なんだ? 知らされていないのか?」
「ええ、どうせこちらで見ることになるんだからそこで確認すればいいだろうと思いまして」
ローツさんは頭を抱え、私はバルアに視線を向けるとその視線の意味を理解して、『私も知りません』の言葉の代わりにすこし困った顔をして首を振る。
「何か分からず運ばされて怖くないのか」
「魔導転送具で転送出来ないことを考えれば相当な魔素を含む希少な素材であることは予測出来ました、我がアストハルア家で所有している素材でもそのようなものはあまりありませんからそのどれかでしょう。無事にジュリさんの所に届けるのがアストハルア家と私の役目でしたから中身が何であるかは大したことではありません」
「……『黄昏』をその程度の扱いが出来るとは流石というかなんというか」
「え」
今、とんでもない単語が聞こえた気がする。
「……『黄昏』だよ、ロディムの父上が無償提供すると届けてくれた物の中で一番希少で一番高価なものは」
……。
………。
…………。
「?!?!」
いつの間に!
父上!!
いつの間に『黄昏』を入手していたんですか!!
パニックになる私とバルアをスンとした目で眺めるローツさんが呟いていた。
「まあ、それよりもジュリは」
『何これ超キレイ!! このまま皿に出来るじゃん、フルーツ山盛りにして使いたいね!!』
「素材そのままで国宝になってもおかしくないアレを皿にしたいとか言っていたがな……」
シャーメインことシイちゃんとどうやって両思いになったのかはそのうちスペシャルとか季節モノとかで出す予定です。
そして『黄昏』ですが、次話で分かりますので。
作者勝手に『覇王編』と称してこの章と次章を書いているのですが、恐ろしいことにニ章では終わらない気配がしてまいりました。
ハンドメイドが遠ざかってしまってます、申し訳ないです!!
ハンドメイドします、ジュリの自主ブラックまだまだ続きます、でも暫くはフォンロンの危機にお付き合い下さいませ。
◆お知らせ。
今年ゴールデンウィークスペシャルは閑話ではなく本編を更新します。




